七色の閃光が空間を穿つ。空間を文字通り削り飛ばした大弓アズマテラスの一撃は、『フォルトゥナ』の磔にされた青白い十字架を瞬きの間に消し飛ばした。
しかし、綾波レイはそのあまりにも呆気ない結果に違和感を覚える。
「目標消失・・・・・・いえ、見つけた」
レイの視線が左右へと素早く動く。その視線が一点に集中された。視線の先には『フォルトゥナ』の姿があった。恐らく、被弾の直前に『回廊』を使っていち早く離脱したのだろう。
だがその出現位置はアズマテラスの射線上。これは赤木リツコの想定した通り、空間圧縮により『回廊』の終着点がアズマテラスの射線上に強制的に集められた結果だろう。
「第二射」
レイがエヴァ00の右手を大弓に添える。見えない弦を引くように、ギリギリとエヴァ00の右腕が軋んだ。再びアズマテラスの周囲に浮かぶ七色の光球。
アズマテラスが発光し、周囲のエヴァンゲリオンビーストたちからエネルギーを吸い取り始める。手持ちの『コア』は消費していない。『コア』の代わりはまだいくらでもいる。
動きの鈍った周囲のビーストどもは、そのエネルギーの吸収から逃げられない。機体が砂のような粒子に変わっていき、その身がアズマテラスへと吸い込まれていく。
七色の光球が、一列に並ぶ。射線上の『フォルトゥナ』は動かない。いや、動けないでいた。空間圧縮によって『回廊』が一箇所にまとめられているからであろう。その様子に、レイは次弾の必中を確信した。
「発射」
その言葉とともに、エヴァ00が右手の弦を解き放とうとした瞬間であった。
『フォルトゥナ』が右腕を軽く上げる。それを合図に、『フォルトゥナ』の周りを徘徊していたエヴァンゲリオンビースト達が一斉にアズマテラスの射線上に集まってきた。
(盾?)
レイの思案したとおり、それはビースト達による肉の盾であった。何重にも重なったエヴァビースト達が手足を組んで、『フォルトゥナ』の盾となる。
「無駄よ」
レイは今度こそ右手の弦を解き放った。途端に光の光球が音を置き去りに、再び空間に大穴を開けた。凄まじい速度で矢が空間を駆け抜ける。その威力を前に、肉の盾となったビースト達は紙切れ同様、いや、それ以下の抵抗力しか発揮できなかった。
矢が駆け抜けた一瞬のあと、周囲に轟音と、凄まじい突風が吹き荒れる。再び巻き上げられるエヴァビースト達。矢の通った後には、何も残されていなかった。
「任務、完了。これより帰還します」
レイの言葉と共に、NERV本部の作戦室から歓声が上がった。今この瞬間、全人類を脅かしていた人狼化現象、その大元が絶たれたのだ。
人類は救われた。いや、自分たちで勝利をもぎ取ったのだ。残された人類は少なく、人狼化した人間達がもとに戻るかはわからない。だが、人類再建の希望はこの瞬間に生まれたのだ。
エヴァ00がアズマテラスの固定を解く。この重たすぎる兵装も、ここまでくれば用済みであるが、しかし持ち帰らないという選択肢は無い。またあの億劫な作業を繰り返すという状況に、レイは辟易してため息をついた。
その時だった。
『エヴァ00!まだだッ!』
通信に、オペレーターである日向の悲鳴が流れた。踵を返していたエヴァ00がその声に振り返る。
眼前に、左半身を消し飛ばされた『フォルトゥナ』が立っていた。
「なぜ・・・・・・!?」
レイは驚きながらも大弓を構え直すが、それよりも早く、『フォルトゥナ』の2本の右腕が飛んできて、大弓を押さえ込んだ。そのパワーは凄まじく、エヴァ00はそれを振り解けない。
「う、くう・・・・・・!?」
エヴァ00が蹴りを飛ばす。蹴り上げられた右足は、『フォルトゥナ』の左の側頭部に綺麗に命中した。あまりの衝撃に、『フォルトゥナ』は姿勢を崩し、2本の右腕のうちの一方が大弓から離れた。
「はぁぁああああああああッ!」
レイは気合いを込めて、大弓を振り回す。その場で一回転する勢いで振り回された大弓は、それに取り付いていた『フォルトゥナ』を激しく打ち、弾き飛ばした。
回転を終えた勢いをそのままに、エヴァ00が再び弓を構える。眼前でタタラを踏んでいる『フォルトゥナ』は絶好の的だった。この距離であれば外しはしない。
「今度こそ・・・!」
エヴァ00が見えない弦を引き絞る。アズマテラスが発光して、『フォルトゥナ』からエネルギーを吸い取り始めた。途端に動きが鈍くなる『フォルトゥナ』。これならば、逃げようもない。『回廊』を使おうと、この至近距離では逃げ切れるわけがない。
「第三射・・・・・・発・・・」
レイが弦を解き放つ瞬間であった。
「ッ!!うあ・・・っ!?」
左足に走る激痛。
見ればエヴァ00の左足に、エヴァンゲリオンビーストのうちの一匹が噛みついていた。
それを認識すると同時、周囲からエヴァンゲリオンビーストの群れが飛び出してくる。
どこにこんなに生き残っていた!?
レイの驚きを意にも介さず、ビーストの群れがエヴァ00に殺到した。
「うああッ!?」
全身に噛みつかれ、エヴァ00が体勢を崩した。地面に引き倒されようとしていたエヴァ00は、誤って右手の弦を手放してしまった。
「あ・・・・・・」
途端に上空に向けて放たれる、第三の矢。再び空間を削り飛ばし、周囲を轟音と突風が駆け抜ける。
続けて三射も撃った影響か、空間全体にまるでガラスのようにヒビが入った。そのヒビがバリィンッと割れると同時、周囲一帯に世界が割れたかと思うほどの衝撃が走った。
「きゃあああああああああああ・・・!」
咄嗟にレイはATフィールドを展開したが、それでも衝撃を殺し切ることができない。空間ごと引きちぎられたような衝撃は、いとも容易くATフィールドを引き裂いた。
途端に襲いくる、衝撃の嵐。周囲の山々がその衝撃に切り刻まれていく。エヴァンゲリオン00も例外ではない。全身を切り刻まれ、エヴァの全身から血が噴き出した。
「あ、があ、あ・・・・・・」
あまりのダメージに、レイの意識が飛びかける。だがレイはアズマテラスを強く握りしめると、倒れそうになる体を必死に支えた。
「まだ、まだ・・・・・・」
レイが強い瞳を周囲に向ける。自身に噛み付いていたエヴァビースト達も今の衝撃に襲われて、満身創痍だ。
だが、『フォルトゥナ』だけが違った。エヴァビーストをまたもや盾にして、今の衝撃から身を守っていたのだ。
レイはアズマテラスの弦を引き絞る。しかし──、
「きゃあああああああああああああッ!!」
引き絞った瞬間、エヴァ00の全身の傷が開いた。血液を周囲に撒き散らし、満身創痍のエヴァ00は、立っているのがやっとといった状態だ。
そこに飛び掛かる、エヴァンゲリオンビーストの群れ。傷を負ってようがいまいが、必ずエヴァ00を噛み殺すという強い意志を感じさせる。
なす術も無く、エヴァ00の全身にビーストが喰らい付いた。傷口をさらに広げられる痛みに、レイの絶叫が渓谷に木霊する。しかし、ここにいるのはレイ一人。友軍はいない。
次々に群がってくるビーストの群れは、まるで死体に集るハイエナのよう。肉が、骨が、その牙によって次々と食いちぎられ、エヴァの内蔵が引き摺り出される。
レイはそのあまりにも壮絶な痛みに声も出せないでいた。
(ああ・・・・・・このまま、食べられて・・・)
薄くなっていく意識のなか、視界を覆っていたエヴァビーストの影がサッと引いた。
その影の向こう。逆光を浴びた人影は、
(碇、くん・・・・・・?)
その歪な人影が、ゆっくりと右手をエヴァの頬に添えた。
(ちがう・・・・・・、貴女は・・・・・・)
人影が、声を発する。
【アタシと、一つに────】
(エヴァ02の、ひと・・・・・・)
それを認識した瞬間、レイは自分の体が解き解けていくのを見た。まるで細い糸のように身体が解けていき、目の前の人影にゆっくりと吸われていく。
『──!──────!!───!!』
通信の向こうで、誰かが叫んでいる。しかし消えゆく意識の中、レイの耳はたった一人の声だけを聞き分けた。
『レイ』
「碇、司令・・・・・・」
『よくやった』
その言葉を最期に、レイの意識は、深い深い闇へと落ちていった。
つづく