シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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ag.彼方の待ち人-11

 

 知性を無くし、獣の姿となったエヴァンゲリオン"ビースト”の爪が迫り来る。触れるものを例外なく切り裂くであろうその一撃を、『シンジ』は一歩だけ下がる事で躱してみせた。

 

 空中に浮かび上がったその隙だらけの身体に、手にした刃をそっと当てる。まるで時が止まったかのような悠久の時間の中で、『シンジ』は冷静に、手にした刀を獣の鎖骨部分を這うように滑らせた。

 

 たったそれだけの動きで、目の前の獣は自身の勢いそのままに当てがわれた刃をすり抜けていく。ゆっくりと獣の体が裁断されていき、斬られた傷口からは綺麗なピンク色をした筋組織が顔を覗かせていた。

 

 血は溢れない。刃はそのまま獣の体をそのコアごと切り裂き、獣の体は勢いそのままにエヴァ01の横を通り過ぎていった。

 

 背後で、獣が大地に叩きつけられる。しかし、その叩き付けられた際に発生したはずの音ですらが『シンジ』の耳にはゆっくりと聞こえてきて。

 

(次は・・・・・・)

 

 向かってくる二匹目の獣に目を向ける。遅れてようやく、背後で倒れたビーストから血飛沫が舞う。その血飛沫の舞う様すら、まるで時間が引き延ばされたようにゆっくりとしていて。

 

 鋸のような牙が並んだ口を大きく開けて、ビーストが迫る。その口端を切り裂くように、再び刃をそっと当てる。ビーストの勢いは止まらず、顎の上と下を綺麗に斬り分けた。そのまま刃は獣の勢いを利用して、頭、首、肩、背中、そして獣の体内にあったコアを通り過ぎて肉を両断した。

 

 その向こうから三匹目、四匹目と次々に襲いかかってくる。だが、それらの動きですらも──、

 

 

 

「遅いよ」

 

 

 

 紫色の鬼神の前には無力。『ムメイマサムネ』の刃がキラリと閃く。振るわれた剣閃は八つ。それらがほぼ同時に太陽の光を反射したかと思うと、エヴァ01に迫ったビーストたちが細切れに切り裂かれて血飛沫をあげた。

 

 エヴァ01が顎のジョイントを無理やりに引きちぎり、口を大きく広げたかと思うと、飛んできた肉片のうちの一つにがぶりと噛みつき、咀嚼して飲み込んだ。

 

 途端、エヴァの体内に変化が起きる。最高品質の肉を喰らった体が喜びに打ち震える。エヴァの素体が他者の肉片を嚥下し、その身体に存在しなかったモノを体内で急速に造り始めた。

 

 しかし、足りない。たかが肉片一つではまるで足らない。鬼神の眼光がギラリと獣たち、否、『餌』に向けられた。その眼光に当てられた獣たちは皆一斉に、その身を恐怖で硬直させた。

 

 エヴァだけではない。エヴァが手にする巨大な刀『ムメイマサムネ』。それもまた、ビーストの血肉、いや、魂を欲していた。たった今斬り裂いてやった四匹分のコアではまだ足りない。もっと魂を寄越せと怨念が『シンジ』に訴えかけてくる。

 

 『ムメイマサムネ』の刀身が赤熱する。もっとだ。もっと寄越せ。この場にいる全ての贄を、自身に差し出せとでも言うように。

 

 エヴァの足が、大地を蹴った。

 

 音が、漸く時間の流れに追いついた。

 

 パンッ!と空気が弾ける音が渓谷に響き渡る。音を置き去りに、鬼神の姿が紫色の残光となって、赤い大地を駆け抜けた。

 

 それはまるで暴風だった。刀を振り抜いた形で静止したエヴァの背後で、鬼神の通り道にいたはずの獣たちが細切れの肉片と化して宙を舞っていた。エヴァ01は右手の刀をぶらりと垂らしながら、空いた左手で飛び散る肉片の一つを掴み取るとゾブリと噛みついた。

 

 エヴァの身体が、再び喜びに震える。

 

 『ムメイマサムネ』の刀身がさらに怪しく赤い光を放ち、食い散らかした魂を刀自身のATフィールドによって、その刀身に無理やり封じ込める。

 

「ヴォォオオオオオオオ・・・・・・ッ!!」

 

 エヴァの咆哮が、絶対的な捕食者の絶叫が、渓谷に響き渡った。

 

「殺す」

 

 『シンジ』はたった一言、獣たちに告げた。恐怖に錯乱した獣たちが精一杯の雄叫びあげながら、自身の生死を賭けてがむしゃらに突撃してくる。

 

 『シンジ』は自分の意識を、深く深く己の中に沈めていった。思考が邪魔だ。考える時間すら惜しい。身体が最適な動きを導き出してくれる。

 

 ただ、斬ることだけを考えて。

 

 エヴァの腕が振るわれる。血飛沫が舞う。その血の雨を掻い潜るように、エヴァ01が再び大地を蹴った。

 

 斬る。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。噛み付く。躱す。飲み込む。躱す。斬る。躱す。斬る。斬る。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。噛み付く。躱す。飲み込む。躱す。斬る。躱す。斬る。斬る。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。噛み付く。躱す。飲み込む。躱す。斬る。躱す。斬る。転がる。斬る。喰らいつく。斬る。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。噛み付く。躱す。飲み込む。躱す。斬る。躱す。斬る。斬る。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。噛み付く。躱す。飲み込む。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。斬る・・・・・・。

 

 まるで徹底されて最適化された作業のように、獣共を解体していく。

 

 空中に舞った肉片や血の雨。それを飲み下すごとにエヴァの体内で、存在しなかったはずの器官が形を成していく。

 

 それは使徒が持つS²機関。無限の生命力を宿した、『生命の実』そのものであった。

 

 そして、手にした刀も、本来ではあり得ないはずのエネルギーをその身に宿していく。斬り殺したエヴァビースト共の魂、それが纏うATフィールド。それを刀自体に宿っていたATフィールドによって無理矢理に刃の形に落とし込み、封じ込め、まさしく無銘の獣共の魂を宿した妖刀へと化していく。

 

 刀身が赤熱し、灼熱の光が周囲を照らす。それを篝火のように掲げ、振り回す巨人の姿。

 

 まさしく、この混沌とした絶望の世界に齎された、人の希望の道を照らし出す巨神の姿であった。

 

 NERVの通信衛星を経て、その姿が全世界の数少ない人類の生き残りへと届けられる。

 

 ダデス渓谷にいつのまにか集まっていた人狼たち。もとは人類であった獣たちが野を越え山を越えて、この地に集結しようとしていた。

 

 人の意識が、すべての生き物の意識が、渓谷で暴れ回る巨神に向けられていた。

 

『全ての意思を束ねし者・・・・・・』

 

 エヴァのエントリープラグ内に、葛城ミサトの呟きが流れた。『シンジ』には分からないだろうが、その呟きを聞いた瞬間、『シンジ』の実の父親が狂喜乱舞しそうなほどに笑みを深めたのを、ゲンドウの横で冬月は見ていた。

 

 だが、まだだ。まだまだ、獣の数は減りはしない。『シンジ』は雄叫びを上げて、刃を振い続ける。

 

 最初にあったのは憎しみだった。アスカを、綾波を、無惨に殺した者共への復讐。それだけが『シンジ』の心の中にはあった。

 

 だが目の前の獣たちががむしゃらに向かってくるのを見て、その歯牙が自分には決して届き得ないと知って──、

 

「あは・・・・・・」

 

 『シンジ』の顔に、笑みが広がった。

 

「あは、あはは、あははははははははははははははははははははははッ!!」

 

 ()()()!どうしようもなく、『シンジ』の心に広がっていったのは愉しさ。思い通りにいかなかった人生。自分の手が届かないままこの世を去ることになってしまった愛しい少女たち。そういった『シンジ』自身の人生においての鬱憤を今この場で晴らさんと、『シンジ』はエヴァの持つ刀を振るっていた。

 

 そして同時に、自身の中の憎しみが強く強く、大きくなっていくのを感じる。決して戻ってこない時間、物事、人。失っていった何もかもが戻ってくることはない。その事実に、『シンジ』の中の憎しみは強くなっていった。

 

 『ムメイマサムネ』の刀身が、あまりの熱量に溶けて落ちる。しかし『シンジ』は構うことなくソレを振い続けた。既に刀身の大半が溶け落ちても尚、ATフィールドによって封じ込められた獣の魂たちが解放されることは無い。

 むしろ刀は、それに込められた怨念の魂たちは、道連れをこそ欲していた。自分だけでは割に合わない。この怒り狂う鬼神に斬り殺された者は道連れだと言わんばかりに、エヴァンゲリオンビーストの魂を貪り喰らっていく。

 喰われた魂に、来世は存在しない。転生はあり得ない。ただ憎しみの刃の一部となって、哀れな犠牲者を地獄の焔に巻き込んでいくだけ。その刀は、ある意味で地獄の体現であった。

 

 とうとう、刀身の全てが溶け落ちる。その瞬間、『シンジ』は手にした刃が『完成』した事を実感した。

 

 それは焔の刀身。獣どもの血肉によって鍛えられ、魂を練り上げることによって顕現した、この世に(あらざ)る神殺しの刃。その刃の名を、『シンジ』は無意識のうちに呟いていた。

 

 すなわち、『天之尾羽張(アメノヲハバリ)』、と。

 

(アスカも、綾波も、戻ってくるかもしれない。僕が、『フォルトゥナ』を殺して、二人の魂を解放することができれば・・・・・・!)

 

 『シンジ』が手にした刀を右肩に乗せて、大きく振りかぶる。

 

(その為には、邪魔なんだ・・・・・・僕のエヴァ以外は、ビーストも、『フォルトゥナ』も!!)

 

 『シンジ』の視界いっぱいに映る景色。赤い大地を埋め尽くすほどの巨獣の群れ。その向こうに聳え立つ山々。そして遥か悠久の青空。

 

 それら全てを視界に収めて、その視界の中に映る全てに憎しみを向けて。

 

「だから、みんな・・・・・・」

 

 視界に映る全てを断ち切る勢いで。

 

「死んでしまえばッ!いいのにッ!!」

 

 真一文字に、横に斬り裂いた。

 

 

 

 

「凄まじいな・・・・・・」

 

 モニターの向こうに広がる光景を前に、冬月はそう漏らさずには居られなかった。

 

 映像に映し出されたのはエヴァ01が手にした刀を思い切り振り下ろした様。それ自体は大して驚きもしないが問題はそれが齎した結果。

 

 エヴァ01を中心として、半円状に広がった焔の剣閃。それが押し寄せていた巨獣の群れを一度に巻き込み、その向こうに聳えていた山脈をも斬り裂いた姿であった。

 

「リツコ・・・・・・あなた、ここまで予想できた・・・?」

 

 震える声でミサトが横に立つリツコに問いかける。

 

「まさか・・・・・・想定外よ」

 

 刀の開発者であったはずのリツコですらが、その声を震わせていた。

 

 赤木リツコは確かに妖刀とも呼べる代物をこの世に生み出した。それは『フォルトゥナ』を滅するために必要なものであったからだ。当然、それに至るまでにエヴァンゲリオンビーストの魂を必要とする事も想定した上で、この兵器を生み出したのは事実だ。

 

 だが、これほどまでに一方的に虐殺行為が行われるなどとは夢にも思わなかった。それはリツコ自身が『碇シンジ』という少年の内気な性格を考慮しての思案だったが、今、目の前で広がる虐殺の光景は、リツコの想像を遥かに越えていた。

 

 『碇シンジ』の人間性。それはNERVの面々にとって、想定外のものであった。それは彼の実の父親であるゲンドウにとってもそうであった。

 

 だが、齎された結果に大してNERVの面々が恐怖を覚えるのとは裏腹に、碇ゲンドウ自身はその場で狂喜乱舞したいほどであった。

 

 彼の息子の実力は、ゲンドウの思惑を優に越えていた。これ程の実力があれば、ゲンドウの思い描いた『人類補完計画』は間違いなく実現されるだろう。ゲンドウの計画にとって異分子であるはずの『フォルトゥナ』を滅し、ゲンドウにとって最大の目的である最愛の妻、碇ユイへの再会を確実にするものと確信できるほどに。

 

 邪魔なエヴァビースト共は、程なくして『シンジ』によって一匹残らず滅せられるだろう。事実、画面の向こうの光景は、覚醒した天之尾羽張(アメノヲハバリ)を手に残り少なくなったビーストを狩り尽くすエヴァ01の姿を映し出していた。

 

 腹の底から漏れ出そうな笑いを、ゲンドウは必死に抑える。自身の子供の予想外の勇姿に。己の目的達成に向けて馬鹿ではないかと思うほど一直線に進む息子に対し、賞賛の拍手を送りたいほどであった。

 

 だが、自身の狂喜とは裏腹に僅かに残った理性が、ゲンドウを必死に引き留めていた。

 

 まだだ。まだ、『フォルトゥナ』が残っている。それを滅せられないかぎり、自身の目的は達成されない。

 

 ゲンドウの思惑の中に、アスカや、綾波レイの魂の復活など一切組み込んでいない。どうでも良い異物なのだ。ただゲンドウ自身の目的を達成するためについた、『シンジ』が奮起するための方便でしかないのだ。後は『シンジ』すらが気付かないうちに『フォルトゥナ』を滅し、ゲンドウとユイの再会が叶えばよいのだ。

 

 そのゲンドウの希望が形となるように、画面の向こうで、天から稲妻が落ちてきた。稲光が去ったあと、『シンジ』の駆るエヴァ01の前に、『フォルトゥナ』は姿を現した。

 

 その光景に、ゲンドウは思わず射精してしまいそうなほどの喜びに身震いする。

 

 ようやくだ。愚かな息子の前に、最後の生贄である『フォルトゥナ』が姿を現した。ゼーレですらがその存在を把握できていない存在。それを生贄の祭壇に捧げる事で、ゲンドウの計画は全て完遂される。

 

 ゲンドウは思わず立ち上がった。そして、自身の息子に優しい口調で語り掛けた。

 

「シンジ・・・・・・約束の時が来た」

 

 それに対し、一切の疑問を持たない愚かな息子は応えた。

 

『うん・・・、僕が、『フォルトゥナ』を殺す!!』

 

 

 

 

 目の前に突如として稲妻と共に現れた者。それを目にした瞬間、『シンジ』の全身も喜びに打ち震えた。

 

 それは失われた愛しき少女達への邂逅。そして、その少女達の魂を取り戻す目的が目の前に現れたが故。

 

 目の前の存在を殺す。そして、『シンジ』が失ってしまった日常を取り戻す。ただ、それだけのための、たった一つの願い。

 

 その喜びと殺意が混在した『シンジ』の胸中とは裏腹に、目の前の存在、『フォルトゥナ』は不快な音を奏でる。

 

【全てのヒトの意識を束ねし者よ・・・】

 

 それは、惣流・アスカ・ラングレーの声であった。

 

【人類のさらなる歩みを進めるべき者よ・・・】

 

 それは、綾波レイの言葉であった。

 

【最後の剪定は、貴方の手に委ねられた・・・】

 

 二人の少女の声が重なる。二人の少女の命を奪った、目の前の存在から。

 

【さあ、すべての魂の救済を。人類の新たなる歩みを選び「うるさいよ」

 

 『フォルトゥナ』の言葉を遮るように、『シンジ』の手にした刀が、『フォルトゥナ』の喉を切り裂いていた。

 

【!?】

 

「アスカの声で喋るな。綾波の声で喋るな。お前がいるからいけないんだ。全て返せ。アスカと綾波を、返せ・・・ッ!」

 

 エヴァ01の手にした刀が、『フォルトゥナ』の体を切り開こうと真っ直ぐに振り下ろされる。それを『フォルトゥナ』は反射的に、手にした異形の槍で防いだ。

 

 『フォルトゥナ』の手にした槍は、NERVも、ましてやゼーレも一度として目にしたことの無い遺物であった。後の世で「ロンギヌスの槍」と呼ばれ、人類補完計画の要とされた槍。だがその槍は、幾度と繰り返される円環の理の中で初めて、この世界において齎されたものであった。

 

 それは神の御業だった。ゼーレがこの後の、幾度と繰り返される世界において全霊を注いで模倣をしようとするほどの、奇跡であった。

 

 だが真に恐ろしいのは、その神の御業で以てようやく防ぐ事のできる、人の業。その顕現である『天之尾羽張(アメノヲハバリ)』。それは神の依代の命に届くほどの、あり得ない奇跡であった。

 

【シンジ・・・】

 

【碇くん・・・】

 

 愛おしい少女の声の模倣が、目の前のエヴァもどきから発せられる。それが『碇シンジ』にとって、どれだけ神経を逆撫でるものであったか。

 

 神の御使にはわかるはずもない。神は、ヒトの心が解らない故。

 

「お前を殺す・・・・・・そして、アスカと綾波を取り戻すッ!!」

 

 この世界における人類の希望。『碇シンジ』の口から、怨嗟の声が発せられる。

 

 その声に応えるように『フォルトゥナ』はエヴァ01から距離を取り、自身の持つ槍の必殺の間合いを保つ。

 

 すでに終わってしまった世界。全てが失敗してしまった世界。二度と取り戻す事のできない世界。

 

 その世界における、最後の戦いが、ここに幕を開いた。

 

 全ての人間にとって、決して望まぬ結末をもたらす最後の戦いが。

 

 全ての円環の始まりが。

 

 誰一人望まぬ形で、誰一人幸せにはならぬ形で。

 

 全てを不幸にする形で、ここに開かれた。

 

 

 

 

 

つづく

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