シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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am.母親

 

 飛び込んできた光景に、自分の目を疑う。アスカの前に現れたのは、自身の最も愛する女性。その女性は車椅子に乗せられて、収容施設の屋上でジルに銃を突きつけられていた。

 

《ママッ!?》

 

『おっとォ!動かないでくれヨ、惣流・アスカ・ラングレー!動くと君のお母さんはこの世からサヨナラすることになるからネェ!』

 

 拡声器を使いながら銃を突きつけているジルを、アスカ統合体はギリリッと睨みつける。その視線に一瞬怯んだジルであったが、人質を取っている自分の方が有利と踏んだジルはその口角をニヤリと上げた。

 

 今まさにこの場から飛び立たんとしていたアスカ達であったが、ジルの予想外の人質作戦に、アスカ統合体やトウジ達の搭乗しているウルトビーズもその動きを止めた。

 

『アスカのお母さん!?』

 

『こらぁ!ジル!!どこまでジブンは卑怯もんなんや!』

 

『卑怯ぉ?そんな事言われる筋合いナイよ。僕はネルフユーロの総司令だヨ?その僕が、ネルフユーロの戦力をみすみす逃すとでも思っているのカイ!?』

 

『こんの!』

 

《やめて!鈴原、言う通りにして、動かないで!》

 

 トウジが怒りに任せた行動を取ろうとしたのを、アスカが焦って止める。アスカはゆっくりと地面に降り立つと、その、両手に乗せていた加持達をゆっくりと降ろした。

 

「アスカ・・・・・・」

 

『ごめん、加持さん。でもダメ、アタシ、ママを見捨てられない・・・・・・』

 

「・・・・・・そうか、そうだよな」

 

 加持は悪態を吐きそうになる自分を必死に抑えた。それを見たアスカの胸中に申し訳なさが漂うが、それでも自分の母親を目の前で見殺しにはできない。

 

 アスカはゆっくりと立ち上がると、未だ人質を取り続けるジルへと向き直った。

 

《何が望み!?》

 

『全部だよバァカ!お前ら全員、即座にエヴァから降りるんだヨ!でなきゃ今すぐこの女の頭を撃ち抜く!』

 

 ジルの手に持った銃口が、ゴリッとアスカの母親、惣流・キョウコ・ツェッペリンの頭に押し付けられた。当の本人は、何が起きているのかわからないといった様子で、虚空を見つめている。廃人と化した彼女に、今の状況が果たして理解できているだろうか。

 

 しかし、アスカにとっては例え廃人だったとしても、母親は母親なのだ。

 

《わかった。今すぐ降りるわ。だからお願い!ママを殺さないで!》

 

『い〜い態度だネェ!そういう素直な娘は大好きサ。さぁ!さっさと降りるんだヨ!!』

 

 銃を突き付けながら、ジルが吠える。その言葉に、まるで反応するかのように──、

 

 パンッ、と。

 

 軽い発砲音が夜空に響いた。

 

『・・・・・・・・・・・・え?』

 

 ジルが、自分の胸に手を当てる。離したその手には、べっとりと赤黒い血が付いていた。

 

「は?へ?何・・・・・・なにが、なにが起きたんだヨォ!?」

 

 そう叫びながら膝をついたジルは、己を撃ったであろう背後の人物を見遣る。そこに立っていたのは、

 

「ありゃりゃあ・・・・・・いけないんだぁ。キョウコさんに向けて銃口を突き付けるなんて。いくら温厚な私でもそれは頂けないにゃあ」

 

「なぁ!?真希波、博士ェ!?」

 

「なんで私がアスカの事を『姫』って呼んでるか教えてあげよっか。アスカが小っちゃい頃、私が『姫、姫ぇ〜』って呼んで遊んであげてたからだよん。もちろんキョウコさんは私の同僚だし、大切な仲間。それに銃を向けるなんてさ、許されないよね」

 

 がほっと、ジルが血を吐いて倒れる。その横で、ここまでずぅっと呆けていたキョウコが、アスカ統合体に目を向けた。

 

「・・・・・・ちゃ、ん?」

 

 キョウコは虚な瞳に光を宿し、その両手を大きくなった娘に伸ばした。ガタッと音を立てて、キョウコは立ち上がる。

 

「え?」

 

 その姿を後ろから見ていたマリが驚きの声を上げる。

 

《・・・ッ!?ママ!?》

 

「アスカ・・・ちゃん・・・・・・」

 

《ママ!ママ!!》

 

 互いに駆け寄る親子。とはいっても、アスカ統合体はエヴァのサイズだ。二人しての抱擁は叶わないが、それでもアスカの伸ばした手に、キョウコはひしっと抱きついた。

 

「アス、カ、ちゃん・・・・・・」

 

《ママ・・・!アタシが、アタシの事がわかるのね!?》

 

「・・・ふふ。ひ〜めッ。今のうちに、キョウコさんを連れて行ったげて。私にはまだ仕事がある。それが済んだら、後から私も追いかけるからさ」

 

《・・・ッ!ありがとう。誰だかわからないけれど、ほんとにありがとう!》

 

「あらら、流石に忘れちゃってる?少し寂しいにゃあ。まあ思い出話はまた後ですればいいかんね」

 

 真希波・マリ・イラストリアスは事もなげにアスカに向かって手を振ると、地面に膝ついているジルに向かって銃を構えたまま近付いていく。いつでもジルの頭を吹き飛ばせるように、慎重に、ゆっくりと。

 

「ジル司令〜?とうとう年貢の納め時、って言っても、わかんないか。どう諦めはついた?言っとくけどその傷、致命症だよん?」

 

「は、ははは。まさかキミから撃たれるとは思ってなかったヨ。こんなところ、で、僕は死ぬのかィ?」

 

「あ〜死ぬねぇ。私を手篭めにした事は置いとくとしても、ジル司令はやっちゃいけない事を随分とやらかしてくれてるし。どの道、長生きはできなかったんじゃにゃい?」

 

「そぉかい・・・・・・」

 

 ジルは諦めたように、両手をダラリと降ろした。その手には、未だ銃が握られたまま。それを油断なく見据えるマリは、警戒しながらも更にジルに近付いた。

 

「それなら、確かに僕はもう長くはないネ・・・」

 

「そう言う事。何か言い残す事は・・・・・・」

 

「ナイヨ」

 

 

 

 

 

「やり残した事は、あるけどネ!!」

 

 

 

 

 

 パァン、と。今度はジルの銃口が火を吹いた。その銃弾が撃ち抜いたのは──、

 

《・・・・・・ママ?》

 

 アスカの母親。その背中だった。

 

《ママッ!!!》

 

 アスカ統合体の手が、崩れ落ちる母親を咄嗟に掬い上げる。掬い上げた手のひらの上に、母親の血が、ドクンドクンと脈に合わせて流れ出てくる。その血が、アスカの手のひらをゆっくりと染めていく。

 

《ママ、ママッ!!嫌ぁぁああああ!!》

 

 キョウコの胸がゆっくりと上下する。その動きが、だんだんと緩慢になっていく。生命の灯火。それが、ゆっくりと消えていくように。

 

《嫌!嘘よ!嘘!ママ、死んじゃう!?ダメ!ダメよ!》

 

 必死のアスカの呼びかけに対して、しかしキョウコは反応できないでいた。キョウコの目が、ゆっくりと閉じられていく。

 

《ダメ!ダメダメダメダメ!ママ、死んじゃ嫌だ!!》

 

 アスカの慟哭が夜空に響いた。それと同時に、僅かに遅れてパァンともう一発の破裂音。マリがジルに止めを刺した音だった。

 

 だが、その音がアスカの慟哭を消し去ることはない。

 

《嫌ァァアアーーーーーーッ!!》

 

 アスカ統合体が、夜空に叫ぶ。その声と共に、キョウコの体から力が抜け落ちた。

 

《う、うぅ・・・・・・うううううう・・・・・・》

 

 その様に、誰も、何も口は出せなかった。

 

《ママ、せっかく会えたのに・・・・・・まだ、まだまだ話したい事があったのに・・・・・・》

 

 アスカの言葉に、その場に居合わせた全員が目を逸らした。それほどまで、己の手のひらに小さな母親の亡骸を掬い上げていたアスカの姿は、悲痛に過ぎた。

 

 アスカの両目から大粒の涙が溢れる。そのうちの一滴が、アスカの母親の亡骸を濡らす。

 

 そのキョウコの亡骸から、なにか、金色に光る粉が舞い上がる。錯覚か?とその光景を目にした全ての者が目を擦った。しかし、それは決して幻では無かった。

 

 光の粉が、ゆっくりとアスカの体に溶け込んでいく。

 

 その瞬間、アスカの意識は光の奔流に包み込まれていた。

 

 

 

 

 ここは?

 

 アスカは自問する。真白い世界に自分一人。他には誰もいない。

 

 その目の前に現れたのは。

 

「アスカちゃん」

 

 元気な頃の姿をした、母、キョウコの姿だった。

 

「ママ!ここにいたのね!」

 

 いつの間にか幼い頃の自分の姿に変わっていたアスカは、その姿に疑問を覚える事なく母親に抱き付いていた。

 

「ママ、つ〜かま〜えた!」

 

 抱き付く娘の頭を、優しく撫でる母親。その顔には、優しく微笑みが刻まれている。

 

 その母の顔を見上げたアスカは、少しばかりの違和感を覚えて、母親に問うた。

 

「ママ?」

 

 問いの意味は、問うた自分にもわからない。ただ何故か、母親の湛えた笑みは、幼い自分に向ける者とは違う気がして。

 

「大きくなったのね。アスカちゃん」

 

 その言葉に、アスカはハッとする。その瞬間、自身の姿は現在の姿にまで成長していた。娘と母親が、同じ目線の高さでもって見つめ合う。

 

「ママ、アタシ・・・・・・」

 

「嬉しいわぁ。アスカちゃん。こんなに大きくなって」

 

 その言葉に、アスカの目から涙が溢れる。

 

「大きくなっただけじゃないわ。アタシ、ママになったのよ?娘がいるの」

 

「あらあら、まぁまぁ」

 

 同じ目線に立つ母親が、アスカの髪を優しく撫でる。その手をアスカはキュッと優しく握り、自分の胸に置いた。

 

「ママの孫なのよ。ママ、おばあちゃんになったの。アタシ、ママとミライを会わせるの、すごい楽しみにしてたんだから」

 

「あらぁ、そうなの?アスカちゃんは優しいのね」

 

 キョウコはアスカの取った手を、空いたもう一つの手で優しく握りしめた。その温もりを感じた瞬間、アスカの目から涙が溢れる。

 

「ねぇ、ママ?」

 

「なぁに?アスカちゃん」

 

「アタシの娘に、ミライに、会ってくれるわよね?」

 

「アスカちゃん」

 

 その言葉に、キョウコはゆっくりとかぶりを振った。

 

「ママ・・・ッ!」

 

「私、もうダメみたいなの。私の命は、どうやらここまで」

 

「そんな、そんな事ない!なんとかなるわよ!アタシの旦那だって、何度も死んでも蘇って・・・」

 

「アスカちゃんのお婿さんね。私も、会いたかったわ」

 

「やめて、やめて!ママ、まだ大丈夫なのよ!ママはまだ、シンジやミライに会えるのよ!?」

 

「ごめんねぇ、アスカちゃん」

 

 そう言って、とても申し訳のないように、キョウコはアスカを抱きしめた。それを受けたアスカは察した。もう、目の前の母親の命は限界なのだと。

 

「ママ・・・・・・!」

 

「アスカちゃんは、生きて、生きて、生きて生きて生きて生きて、生き抜いて。私、あんまり良い母親じゃなかった。だけども、アスカちゃんにはずっと生きていてほしい。私と違って、アスカちゃんはお孫ちゃんを抱きしめてほしいの」

 

「やめて、ママ・・・!」

 

「私、今、とても幸せよ?アスカちゃんが大きくなって、お嫁さんになって。娘も生まれて大変だろうけど、きっと今のあなたは、幸せなのよね?」

 

「ママ!もちろん、幸せよ?でも、ママが居たらもっと・・・!」

 

「それはダメなのよ、アスカちゃん。でも、あなたなら」

 

 そう言うと、キョウコは両手でアスカの頬をギュッとつまむ。

 

「大丈夫よね?アスカちゃん」

 

 その顔には、アスカが今までに見た母親のどんな顔よりも優しくて。

 

 アスカの両目から、涙が溢れた。しかし、アスカは泣き崩れない。その微笑みに精一杯の微笑みを、アスカの持つ優しさの全てを湛えた笑顔を、己の母親に向けて返した。

 

「大丈夫・・・・・・大丈夫よ、ママ」

 

「それを聞けて安心したわぁ」

 

「ママ・・・」

 

「生きなさい。アスカちゃん、私の分まで、最後まで生きて生き抜くのよ。それが、私の最後の望み・・・・・・」

 

 キョウコの両手が、アスカから離れる。その手を名残惜しそうに見つめるアスカだったが、アスカはその両手を追う事はしなかった。

 

 ただ、自分の母親の瞳を真っ直ぐに見つめ返して、ただ、それだけだった。

 

 それだけで、アスカの想いはキョウコに伝わる。それが心の底から嬉しいと、キョウコの笑顔が物語っている。

 

「ママ、さようなら」

 

 アスカのその言葉と共に、真っ白な世界が光に包まれていった。

 

 

 

つづく

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