アスカの放った一言に、ネルフLUNAの作戦司令室に集まった面々は口を閉ざしてしまった。アスカとシンジ。人類史にとって、2人はアダムとリリスの描いたシナリオから生み出されたイレギュラーだと言う。
心臓をエヴァンゲリオン最終号機と共有したシンジ。
エヴァンゲリオン弐号機そのものと融合を果たすアスカ。
「みなまで言わなくてもわかるわよね?アタシ達という存在が、どういった存在なのか」
リリスの使徒として、知恵の実を有するリリンであるアスカとシンジ。
使徒からS²機関、つまり生命の実を取り込んだエヴァンゲリオン初号機。
そしてアダムより生まれしエヴァンゲリオン弐号機。
「アタシとシンジは、生命の実と知恵の実の両方を持っている。それはつまり、アタシ達は『アダムやリリスが目指していた者になっている』、という事なのよ」
「……『人類補完計画』における神と等しき者、ということか……」
「そーゆー事!」
碇ゲンドウの指摘に、アスカはミライを抱き直しながら頷いた。
「アタシ達がなんのために生まれてきたのか。その答えは残酷だけれど、ただの『餌』だったという結論よ。だけど、アタシ達リリン、いや、『人類』は、もはや餌ではないわ。アタシとシンジの存在が、アタシ達人類をさらに進化させ、アダムやリリスよりもさらに上位の存在へと導く事ができる。その最初の1人がこの子。碇ミライなのよ」
アスカの発言に、参加者の視線が抱きしめられたミライに集まる。ミライはもちろん、この話を理解していないが、それでも注目を集められて、恥ずかしそうに身じろぎをした。
「ミライはこのLUNAでしか生きられない。リツコ、あんたは以前、そう言ったわよね」
「ええ。もっとも、ミライちゃんの成長によっては地球でも生きていけるようになるかもしれないけれど」
「それは心配ご無用よ。ミライは強く成長するわ。なぜなら、ミライはアタシ達の娘。すでに、アダムやリリスと同等の存在なのだから」
アスカはそう言って、ミライの頬に自分の頬を擦り合わせる。それは誰が見ても心和むような、親子の触れ合い。
「ミライの存在により、人類は、少しずつだけど進化していくわ。種全体が、きっとこの宇宙空間に適した姿形を取っていくようになるはず。アタシとシンジは、新世界のアダムとイブ。そしてミライは、アタシ達が名付けたとおり、人類のミライなのよ」
だから、とアスカは言葉を続けた。
「アタシ達の戦いは、人間っていう種族の生存競争になる。これは、旧世代の人類を駆逐する、という事じゃないの。新しい可能性を、摘まれてしまわぬように、守る戦い……」
それは、きっと、想像もできないほどの苦難の道だろう。新しい種族の可能性を宿した御子を、この世界に送り出す。そして、人類という種族が徐々に、だが確実に進化していくための種。
「だから、アタシは戦うわ。もはやこの戦いは、ネルフLUNA対世界各国の対ネルフLUNA連合軍なんて小さな問題じゃないの。アタシは変わらずにこの娘を守るつもりだけど、この子は、人類の希望なんだから……!」
アスカの決意に感化されるように、参加者の一人一人が強く頷いていく。特に碇ゲンドウは、孫娘を絶対に守るという鋼の意志をその目に宿していた。
そんな中で、議論に波紋を作り出す男が1人。
「相田ケンスケは、どうなんだ?」
もちろん、ネルフLUNA防諜部の統括、加持リョウジである。
「ヤツも、異質とはいえ使徒やエヴァンゲリオンと融合した人類だ。ヤツもシンジ君やアスカと変わらない、進化した人類だ。ヤツも生かしておいたほうがいいのか?人類の未来のために?」
加持の質問に、アスカは静かに首を横に振った。
「アイツは、確かに認めたくないけどアタシ達と同類の存在になったわ。でも、アイツは危険すぎる。アイツの生み出すエグリゴリは、きっと世界を混乱に突き落とす。使徒もどき生産機なんて、どう考えても人類との共存はできないわ」
「だがヤツはそうは考えていないだろう。ヤツは自分の力を最大限に利用し、全人類を管理するつもりでいる。それはヤツの態度や言動からもわかりきった事だ。それに……、ヤツはお前に、アスカに並々ならぬ執着を見せている。ヤツだけは生かしては置けないだろうな」
「だからこそ、あのクソ野郎だけはきっちりと始末をつけなきゃならない。あいつを生かしてはおけない。……まぁ、バカシンジなら、なんとか言い訳を作って相田のバカも助けようとするんだろーけど、ね」
「それはダメだ」
短い否定の言葉は、碇ゲンドウから。
そして、それを手助けするように、冬月が意見を述べる。
「彼奴は自分の力に酔いしれている。あれはこの世の全てを自分の意のままにすることしか考えていないだろう。我々人類の上に管理者という立場で君臨し、支配する。それしか考えておらん相手に、情けなど無用だろう」
「そうね……ミサト」
「なに?」
「いま、地球ではどうなっている?あのクソ野郎は、何をしているのかしら」
アスカの質問に即答せず、葛城ミサト総司令は髪をかきあげながら、コンソールの端末を操作した。瞬間、空中に現れたのは、シンジが消息を絶った日本の九州の映像。
「相田ケンスケは、エヴァンゲリオン・シェムハザを駆使して何かしらの実験を行っているみたいだわね。この前シンジ君を吹き飛ばしたインパクト。アレを何度も何度も撃ち続けている。もう九州の地形は見る影もないわ。なにがしたいのかしらね?」
ミサトは腕を組んで映し出された映像を睨み付けている。
「どーせ、碌でもない事を考えているわよ。それと、今の地球圏の情勢はどうなの?」
「そうね。ネルフUSAは先の大戦で失ったエース、リアム・アンダーソンを欠いた状態。どれだけの技術力があろうと、すぐには復活できないでしょうね。ネルフASIAの動きは不透明だけど、艦隊を相田ケンスケに貸し与えてることから見てもシェムハザの配下として動いてるんでしょうね。厄介よ。質は落ちても現在の地球圏では最大規模の軍の集まりだものね。それが私たちに牙を剥いたら、シェムハザとエグリゴリも合わせて地球最強の軍隊の出来上がりよ。今のネルフLUNAの戦力ではどうにもならないわね」
「やっぱ、ね。ネルフユーロは?あのマリって人、アタシ達に協力してくれるみたいな事言ってたけど」
「それが本当なら、心の底から大歓迎ね。ネルフユーロはオルタナティブ・エヴァンゲリオンの軍隊を温存できている。単純な彼我戦力差は覆らないけど、私たちでどうにかしなきゃいけない状況ってのは脱出できそうだから、かしらね」
「葛城総司令」
ミサトの呟きに応えたのは綾波レイ・トロワ。
「ネルフユーロは、本当に仲間になってくれるかしら?」
「さぁ?それについては冬月先生のが詳しいんじゃない?」
「冬月」
「ああ。その点については問題はないと思っている。彼女、真希波・マリ・イラストリアスは私たちの前身でもあったゲヒルン時代からシンジ君や惣流・アスカ・ラングレーを知っていたようだ。という事は──」
「──味方になってくれそう、と言いたいわけね」
「おそらくだが、まず間違いないだろう。アスカ、君のお母上やシンジ君の母である碇ユイ君の学友だからね」
そう冬月が言葉を放った瞬間だった。ネルフLUNAの作戦司令室にポーンと軽い音が響く。外部通信の入った事を知らせる音だ。
ミサトは一瞬だけこの場の全員に目配せすると、オープンチャンネルで通信を開いた。
『や!どもども〜!いま噂してたね?真希波・マリ・イラストリアスだよーん!』
「貴女が冬月先生のお知り合いの真希波さん、ね?」
『真希波さんなんて他人行儀な……マリさん、て呼んでくれてもオッケーよん♪』
「率直に聞くわ。貴女は私たちの味方、と捉えていいのかしら?」
『もちコース!ただね、エヴァ八号機は手に入れたものの、ユーロ全体をまとめて軍としての体裁を整えるのにはもう少し時間が必要かにゃ?それまで待てる?』
「どのくらいかかりそうなの?」
『そうね〜あの相田の坊やが言っていた七日間、てのよりは早くまとめられると思うよ?こっから先は総力戦、でしょ?ギリギリまで待ってほしいかにゃ〜』
「了解。貴女の協力に感謝するわ」
『そんな改まれられても困るんだけど』
「そんなことはないわ。貴女もわかってるでしょうけど、これは総力戦になるもの。全てのエヴァ、それと貴女たちの保有するオルタナティブ・エヴァンゲリオンの力がどうしても必要なのよ」
『だろーね〜、にゃは!』
「最終決戦は7日後。そこに異論はない?」
ミサトはマリに問いただしながら、作戦司令室の面々にも視線を配る。皆の顔には、決意を込めた表情が浮かんでいた。
『異論なし!パーティーまではあまり時間はないけど、なんとかするにゃん♪』
実に軽々しく回答を寄越すマリに対し、ミサトは若干の違和感を感じつつも、心からの謝意をミサトは告げた。
「頼んだわよ、大先輩!」
『任されよう!派手に行こうぜ〜♪』
そう言って、マリは通信を切った。
ミサトは全員に聞こえるように大声で命令を下す。
「聞いてたわね?あんたたち。これは人類の未来を担う戦いよ。持てる全てをこの戦いに注ぎ込んで!私たちで地球の平和を取り戻し、新たな人類の可能性を導くわよ!派手にやんなさい!」
その号令に、全員が大きく頷き返した。
「アスカ」
「なによ」
「あぁは言ったけど、実質地球上で戦えるエヴァは貴女だけよ。トロワ達にはやっぱりネルフLUNAの防衛をお願いする事になるわ。行ける?」
「はん!誰に向かってモノ言ってんのよ!そんなのお茶の子さいさいよ!」
「なぁ、待ってくれや」
アスカの言葉に待ったをかけたのは、この場で静かにしていた鈴原トウジ。そして、その横で決意を込めた表情をしている鈴原ヒカリだった。
「私達も、出撃させてください。アスカの力になりたいんです」
「ワイら、みんなに迷惑かけっぱなしやったやんな?だから、今度は惣流と一緒に戦わしてくれや」
「あら、そう?鈴原副司令代理として戻ってきてもらうのも薮坂ではないんだけど?」
「堪忍してぇや、ミサトさん。ワイも男や。惣流1人に戦わせるなんて事できひん。少なくとも、惣流の露払いくらいはさしてつかぁさい」
「ウルトビーズなら、それが可能です!やらせてください!」
どうやら、鈴原夫妻の決意は固いようだ。それを聞いたミサトは獣の笑みを浮かべている。おそらく最初から、そのつもりだったのだろう。
「OK。承諾したわ。いい!?みんな!基本的な戦略は、アスカとウルトビーズによる相田ケンスケの撃破!そこに現れるであろう使徒もどきやなんかは、ユーロのオルタナティブ・エヴァンゲリオンをぶつける!弐号機およびウルトビーズによる速やかな相田ケンスケの撃破が勝負のキモよ!」
ミサトは組んでいた腕を解き、全員に向けて告げた。
「終わらせるわよ!この世界の、行く末を担う戦いを!私達の手で!」
静かに、とても静かにミサトの熱が伝導していく。
唯一、赤子であったミライだけが状況を掴みきれず、ただただ、キョトンとしていた。
(バカシンジ。こっちは準備OKよ。だから、さっさと戻ってきなさい!)
アスカの胸中では、未だ行方不明の夫への懸念だけが、燻る燃え滓のように、ジリジリと燃え続けていた。
つづく