シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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関西弁、むずかしいです・・・・・・

良ければご笑覧ください


c.双星の光、別つこと能わず(前編)

 

昼下がりの病室に、シトシトと雨の音が響く。

 

「今日は雨かいな。辛気臭いのぅ」

 

鈴原トウジはサイバネティクスの義手である左手をそっと窓枠に添えた。セリフとは裏腹に、彼の表情は陰鬱なものではない。数ヶ月前、ハリケーンが吹き荒れていたころに比べれば、こんな雨など穏やかなものだ。むしろこの雨は、新生の月を手に入れて四季を取り戻した日本の気候を、その風情を味合わせてくれる。生まれた時から常夏の日本しかほとんど知らなかったトウジにとって、この穏やかな雨の音は心地良かった。

 

「昼メシ、食った後やからかなぁ・・・」

 

ふああ、とトウジは大きくあくびをした。

 

窓際から離れたトウジは、病室に備えてあった椅子に「どっこらせ!」と座る。微妙にオッサンくさい仕草であるが、それには理由がある。彼の左脚。それも左腕同様、サイバネティクスの義足なのだ。かつて使徒バルディエルに侵蝕されたエヴァンゲリオン参号機に搭乗していたトウジは、一命を取り留めたものの左腕と左脚を失い、その身にバルディエルの残滓を宿している。普段は鳴りを潜めている使徒ではあるが、トウジの身体が生物的にヒトガタに戻ろうとすると活性化し、トウジの身体を乗っ取ろうとする。本来であればトウジには、再生培養により生成した左腕と左脚を移植する手術を受けてもらう予定だったのだが、使徒の活性化の危険性がある為、その手術の実施は見送られたのだ。

 

サイバネティクスの手足。その接続部が、この低気圧で軽く痛む。雨の影響だろう。普段はなんて事のない仕草でも、今のトウジにとっては億劫なものだった。もっとも、彼はそんな様子を微塵も面に出さないが。

 

「・・・ほれ。少しは食べんと、元気出ぇへんぞ」

 

ベッドの上に配膳された病院食。その味噌汁のお椀をトウジは手に取り、この部屋の住人に差し出した。

 

「・・・・・・いい。今は要らない」

 

「そんな事言わんと。味噌汁くらいなら飲めるやろ」

 

「食欲がないのよ」

 

部屋の住人、洞木ヒカリはトウジの差し出した味噌汁から目を逸らした。

 

「・・・まあ、確かにここの飯はお世辞にもウマイ!とは言われへんからなぁ」

 

そう言って、トウジは手にした味噌汁に口をつける。薄味の味噌汁。病人を気遣っての味付けだが、男子高校生であるトウジからすれば全く味気なく感じる。

 

だが、それでもトウジは実に美味そうに味噌汁を飲み干した。

 

「あ、アカン。全部飲んでもぉた」

 

「いいよ。別に・・・」

 

「ホンマか?おおきに!いやぁ、意外とイケるで、この味噌汁」

 

「・・・そんなに美味しかった?」

 

ベッドの上のヒカリがトウジに向き直る。その顔は疲労と食欲不振によって痩せこけていた。中学生の頃、委員長として活発に動き回っていた面影はない。

 

「お、興味持ったんか?スマンのぉ、全部飲んでもぉて」

 

「いいよ。トウジが美味しく飲んでくれたから。・・・あ、トウジ。お弁当付いてる」

 

「ん?ホンマか?どのあたりや?」

 

「ん〜。口では言いづらいから、ちょっと顔をこっちに・・・」

 

ヒカリの指示に従い、トウジが彼女に顔を寄せる。その瞬間、ヒカリはトウジの唇に触れるかどうかのキスをした。

 

「・・・・・・ふふ。やっぱり薄味じゃない」

 

「・・・・・・アホ」

 

気恥ずかしくなったトウジが顔を逸らす。その様を、ヒカリは愛おしそうに眺めていた。

 

雨足が強くなったのだろう。雨音が病室を満たす。

 

「・・・・・・・・・少しは、元気出たんか」

 

「・・・うん。トウジのお陰でね」

 

力無くヒカリが微笑む。その微笑みは一瞬で消えてしまったが。

 

「・・・なんか、あったんか?」

 

「ううん。何も・・・」

 

「さよか」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

再び、沈黙が病室を満たす。

 

先に口を開いたのは、ヒカリだった。

 

「聞かないの・・・?」

 

「何がや」

 

「『なにかあったのか』って・・・」

 

「話しとないとちゃうんか?」

 

「・・・・・・うん」

 

「ほな、ええやろ」

 

そう言うと、トウジは病室に備え付けの机の上に置いてあったマンガに手を伸ばした。

 

アルマロス騒乱後、ネルフJPNにより『保護観察対象』となったこの2人は、数ヶ月もの間、この病棟から一歩も外に出ていない。アルマロスの手先として人類に牙を剥いてしまった2人が、今後、再び人類に牙を向かないという保証はない。それゆえに、彼らは厳しい管理と観察の下、限られた空間でのみの生活を強要されていた。外部情報が入手できないように、携帯電話などの通信機器の所持は一切許されていない。もちろん、テレビや週刊誌なども置かれていない。彼らの手元にあるのは通信機能を排除された携帯ゲーム機や、単行本として発売されたマンガや小説など。娯楽として最低限の役割を果たしてはいたが、数ヶ月も同じものに触れていれば流石に飽きる。

 

「あ〜。アカン。そろそろセリフをそらで言えそうや・・・」

 

トウジは手にしたマンガを雑に机に放り投げた。

 

「そろそろシンジかミサトさん辺りが差し入れしてくれんかのぉ・・・」

 

貴重な、新しい娯楽の供給源。ネルフJPNの中でも、トウジ達に面会できる権限を持つ者は少ない。

 

トウジはまだ良い。ネルフJPNの副司令代理として活躍したトウジに対しては、ネルフJPNも比較的穏和な対応が許されている。だがヒカリは、人類全体から見れば大罪人だ。親友であるアスカですらが面会を許されていない。彼女を訪れるのは葛城ミサト総司令か、それに準ずる地位にある者のみ。多くの民間人を殺害した罪の意識に苛まれながら、この病室で娯楽も無く、親しい間柄の人間も訪れず、彼女はひたすら監禁され続けている。

 

ヒカリを訪れる事のできる数少ない人物の中に、自身の恋人であるトウジが含まれていたのがせめてもの救いだった。監視の目があるために2人だけの逢瀬は叶わないが、それでもトウジがそばに居てくれるだけで、ヒカリの心は癒やされていた。

 

2人だけの時間が、永遠に続いてくれれば。

 

全てのことを忘れて、2人だけでずっと生きていけたら。

 

「トウジ・・・・・・」

 

ヒカリが、声を震わせてトウジに声を掛ける。

 

「ん?どないした?」

 

「・・・・・・ミサトさんなら、来たよ」

 

「・・・なんやて?」

 

ミサトがヒカリを訪れる。その意味を、トウジは知っている。決して慰労のためではない。ミサトがヒカリを訪れる時。それは決まって、ヒカリに関係のある、ネルフJPNにとっての決断を伝えるときだ。

 

「いつや?」

 

「昨日・・・」

 

「・・・・・・それを早く言えやぁ」

 

トウジが天を仰ぎ、額にピシャリと右手を当てた。

 

「何ぞオカシイと思うててん。ジブン、明らかに元気ないみたいやったし」

 

「・・・ごめん」

 

「ヒカリが気にする必要あれへん。で、何を言われたんや?」

 

ヒカリが俯く。ヒカリの手は、布団のシーツを強く握りしめている。

 

「私、さ・・・」

 

「うん」

 

「トウジに会えて、よかったよ」

 

「・・・・・・あぁ?なんや、今生の別れでもあるまいし」

 

嫌な予感がした。

 

「・・・・・・嘘やろ?嘘って言えや。ミサトさんに何言われてん、ヒカリ!」

 

嫌な予感は、だいたい当たる。

 

「ごめん、トウジ・・・・・・!」

 

シーツを握りしめた手に、ヒカリの涙がポツポツと落ちた。

 

「私、ユーロに連れ戻されるって・・・・・・!」

 

「んなアホな事あるかいッ!!」

 

トウジが椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がった。

 

「今さら、今さら過ぎるやろ!なんでそんな・・・!」

 

「しょうがない。しょうがないんだよ、トウジ・・・・・・」

 

ヒカリの泣き顔が、トウジに向けられた。

 

「私、いっぱい殺しちゃったもん・・・。許されるはずないよ。下手したら世界を滅ぼしてたんだよ・・・?この世界の誰が、私を許してくれるっていうの?」

 

「ふざけんなや!あんなん、事故みたいなモンやろがい!ヒカリに何の罪があんねん!」

 

「じゃあどうしろっていうのよ!事故だったとしても、私が殺したっていう事実は消えないでしょ!?」

 

トウジの怒りを上回る、ヒカリの叫びがトウジを圧倒する。

 

「トウジはわかんないでしょ!?私、殺した人たちの感触や感情が、全部わかったんだよ?わかっちゃったんだよ!?そんなの・・・・・・、私の中から消せるわけないでしょッッ!!」

 

その事実を、トウジは知っている。他ならぬヒカリの手によって、アルマロスの従者であるトーヴァートに変貌させられたトウジは、その直前のやり取りでヒカリ自身から聞かされていたからだ。しかし、「知っている」事が「理解できている」事と同義になる事は稀だ。そして、今のトウジもソレに当てはまっていた。ヒカリの叫びに反論できる要素を、トウジは持っていなかった。

 

「・・・・・・私、もう疲れたの。ここでずっと来る日も来る日も、自分だけが生きてるっていう実感があるの。それと一緒に、なんで生きてるの?って心の中の私が私に言うの。その度に、私が殺した人たちの顔が頭によぎるの。死ぬ瞬間に思った事がよぎるの。大人だけじゃない。小さな子供や、赤ちゃんの声が・・・・・・!」

 

「やめいヒカリ!」

 

トウジが思わずヒカリを抱きしめる。ヒカリも、それに縋る。

 

「怖いよ!生きてるのが怖い!このまま、生き続けていいの?生き続けなきゃいけないのかなぁ!?」

 

「アホ抜かすな!じゃあお前は、ジブンで死にたいっちゅうんかい・・・!!」

 

トウジの腕の中で、ヒカリが激しく首を振った。

 

「怖い、怖いよ!死ぬのが怖い!みんなに恨まれながら、死ぬなんて嫌だよ!私、悪いことしてないのに・・・、コダマお姉ちゃんの仇を討ちたかっただけなのに!!私は自分のために、みんなのために戦っただけなのにィッ!!」

 

ヒカリの泣き叫ぶ声が、病室を揺らした。トウジは必死で抱きしめる事しかできない。自分の愛する少女を、この場で救う手段を彼は持っていなかった。

 

だが、今この瞬間にこの哀れな少女の命を諦める事も、トウジは選ばない。選ぶはずもない。ヒカリの叫びは、トウジの心の中にあった天秤を大きく傾けた。

 

「・・・・・・ヒカリ。聞いてくれや。ワシは今から、めっちゃ自分勝手な事言うで・・・」

 

ヒカリの耳元に、トウジが顔を寄せる。

 

 

 

「なぁ・・・・・・、ワシと一緒に生きてくれや。ヒカリ」

 

 

 

「・・・・・・トウジ?」

 

「お前の気持ち、ワシは1ミリもわからん。お前の辛さが、ワシにはさっぱりわからん。辛いやろうなぁって、ありきたりな感想しか、ワシは持てん・・・・・・」

 

だけど、とトウジは続ける。

 

「それでもワシは、お前に生きていてほしい。ワシが愛した女を、ワシの目の前で、ワシの手の届かんところで死なしとぉない。お前の気持ちなんて考えてへん。自分勝手なお願いや。だから、お前の答えなんて聞きとぉない。ワシがこれから勝手にやるわ」

 

「ト・・・・・・」

 

トウジの名を口にしようとしたヒカリの唇を、トウジは無理やり塞いだ。長い、永いキス。永遠を無理矢理誓わせる、トウジのキス。決して離さんと強く抱きしめるトウジに、ヒカリも応えた。

 

やがて、ゆっくりと2人の唇が離れる。

 

「次、ここに来る時は一緒に出るで。ヒカリ」

 

そう言い残し、トウジは病室から出て行った。

 

 

 

「うん・・・。待ってるよ。トウジ・・・・・・」

 

 

 

閉まった扉に向けて、ヒカリが泣きながら呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリの病室から離れた場所で、トウジは思い切り壁をぶん殴った。

 

「すまんなぁ、シンジ。もう差し入れは必要無さそうや・・・・・・」

 

後悔、いや、未練か。未練が無いと言えば嘘になるだろう。だがそれでも、トウジの決意は揺るがない。もう既に、彼の中での一番大事なモノは決まっていたのだから。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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