シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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d.激流(前編)

 

 そのニュースは、昼夜を問わず時差の壁を飛び越えて、瞬く間に世界中を駆け巡った。

 

 

 

『米国、英国、および欧州連合、ネルフJPNを国際テロ組織指定へ』

 

『12月開催の主要国首脳会議にて正式に可決か』

 

『国連、安全保障理事会にて全会一致でテロ組織指定可決の方針を示す』

 

 

 

 西暦2020年、9月13日。

 

 この発表は、人々の眠っていた記憶を呼び起こした。

 

 奇しくも20年前のその日、未曾有の大災害が世界を襲った事を。

 

 『セカンドインパクト』が発生し、一瞬にして世界が変わってしまった事を。

 

 

 

──────

 

 同日、午前9時。

 

 ネルフJPNの発令所には錚々たる面子が揃っていた。彼らの目は一様に、発令所のメインモニターに映し出された文章に釘付けになっていた。

 

 

 

『NERV JAPAN、及びそれに関する組織と、アメリカ合衆国政府および国民との間に戦争状態が存在することをここに宣言し、これを起訴するための規定を作成する。NERV JAPANは、アメリカ合衆国政府および国民に対して、一方的な戦争行為を犯した。

 

したがって、合衆国の上院および下院は、このように合衆国に押し付けられた合衆国とNERV JAPANとの間の戦争状態を、ここに正式に宣言することを、召集された議会で決議する。大統領はここに、NERV JAPANに対する戦争を遂行するために、NERV USAとそこに保有されるEvangelionを含めた合衆国の軍隊のすべてと、政府の資源を使用する権限を与えられ、指示する。 そして、紛争を成功裡に終結させるために、この国のすべての国民及び資源は、米国議会によってそれを支持する事をここに誓約する』

 

 

 

「第二次世界大戦時の宣戦布告か。それをそのまま流用するとは、芸が無いな・・・」

 

 サングラスの位置を整えながら、碇ゲンドウが真っ先に口を開いた。彼は、伊達でネルフの看板を背負っていたわけではない。ネルフ司令として、各国の首脳やそれをまとめていた国連、更にそれを裏で操るゼーレと直接舌戦を繰り広げてきたのが彼だ。その胆力は司令の座を引いた今でも微塵も衰えていない。

 

 だが、この場にいる他の者。特に、組織の責任者として外部の人間との交渉に臨んだ経験の薄い者たちは、画面の文字、それの意味するところに衝撃を受け、皆、一様に青ざめていた。

 

 大国が発した、正式な宣戦布告。それも、世界大戦以降で正式な宣戦布告を一度も出さなかったアメリカが、ネルフJPNに向けて発したモノだ。日本という国に対して、ではない。たった一つの組織に対して発した宣戦布告である。

 

「テロ組織認定は12月、って話じゃなかったかしら?」

 

 発令所に満ちた重い空気を一掃するように、ネルフJPNの総司令である葛城ミサトは極めて軽い口調で、ため息と共にその疑問を口にした。驚愕はない。2年前にネルフLUNAの建造計画を世界的に発表した時。そして、その直後に洞木ヒカリをユーロに返還した時から、こうなる可能性は予見できていた。地球環境が落ち着きを見せ、各国の国力が戻れば、待っているのは新たな地球の覇権争い。そのトップを走り続けるネルフJPNが槍玉に上げられるだろうことは、容易に想像できていた。

 

「12月の首脳会議は建前だろ。否決なんてされるハズがない。1秒でも早く攻め込みたいのが奴らの本音さ」

 

「わかってるわよ、そんな事」

 

発令所の壁にもたれながら指摘した加持リョウジの発言を、ミサトは手を振ってあしらった。

 

「ちなみに、罪状はなんなのかしらね〜?」

 

「『航空機に対する不法な奪取』。空を飛べるエヴァは一応、航空機に値するとでも言うのかしらね。弐号機は一応、ネルフドイツの所有物でもあるし。『国際的に保護されるべき要人に対する犯罪の防止』、『人質を取る行為に関する条約違反』。これは洞木ヒカリのことね。それ以外にも、『海上航行の安全や国際民間航空への不法行為』。でもまぁ、一番大きなところは、ネルフLUNAが存在する事で起こりうる『大陸棚上に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為』ってところじゃないかしら?」

 

ミサトの隣に立つ赤木リツコが、想定される罪状を羅列していく。それを聞いたミサトは、特に驚くこともなくポリポリと頬をかいた。

 

「身に覚えがありすぎるわねぇ。まあ、こじつけの建前としてはご立派。・・・日向君、総理からなんか連絡あったぁ?」

 

「いえ、今のところは何も」

 

「そりゃそっか。戦自は?」

 

「そっちからも何もないですね。データベースをハッキングしてメールなどのやり取りを追ってますけど、どれも『総理の判断を待て』ってなもんです」

 

「・・・さりげなく罪状増やすようなことしないでよ、青葉君」

 

サラッと出された問題発言に、ミサトは苦笑するしかなかった。

 

 しかし、本当に頼りになる仲間たちだ、とミサトは改めて思う。使徒殲滅からネルフ本部決戦を経て、アルマロス騒乱へ。その全てを、ここにいるメンバーで乗り越えてきた。新人の若輩者たちとは、それぞれ担っている責任と覚悟が違う。ミサトの事を理解し、既に手を打ってくれている仲間など、人生でそうは得られないだろう。その事に、ミサトは心から感謝していた。

 

「しっかし、よりにもよってテロ組織ねぇ。各国の皆さんのウチへの投資額はそりゃあ大層なもんだったけど、そのあたり、忘れちゃってるのかしら?」

 

「払った額より、ネルフJPNが世界を手中に収めた際に掛かるリスクとコスト。それを天秤にかけて判断を下した。それだけの事だ」

 

「碇副司令代理?別に私は世界のトップになりたいわけでもないし、税金の徴収とか考えてないですよ?なんなら逆に、ウチの納税額でも提示してみます?」

 

「やめておけ。時間の無駄だ」

 

「ですよね〜」

 

 ミサトとゲンドウの関係も、この二年間で、だいぶ砕けたものとなっていた。

 

 かつてゲンドウはミサトに対して「敬語を使うな」と忠告を発した。しかし、ミサトがゲンドウと仕事を共にしてきた中で感じたのは、圧倒的な経験値の差。「人をまとめる」という点についてはミサトの方が秀でているという自信はあったが、冷徹に「人を使う」という点においては、ゲンドウの手腕はミサトのそれを数段も上回っていた。ともすれば作戦行動に人情や感情を入れがちなミサトに対し、組織としての利を最優先するゲンドウは良きストッパーとなっていた。意見のぶつかり合いも多かったが、それらは全て、意味のある衝突であったと、ミサトは思っている。年長者であることを除いても、ミサトはゲンドウをある意味で尊敬していた。例え部下でも、尊敬に値する者には敬意を払う。ゲンドウからは何度も注意されたが、ミサトがその態度を改める事はなかった。

 

 その内に、いつしかゲンドウもその姿勢を受け入れるようになっていた。頑なに人を拒絶するか、己の意見を押し通すしか術を知らなかったこの男も、ミサトとのやり取りを通して「落とし所を見つける」事を覚えていったのだ。それはゲンドウにとって、他人を理解するための第一歩だったのかもしれない。もしかしたら、悩みながらも司令として必死に差配を振っていたミサトの姿に、かつて私情を最優先していた自分の姿を重ねたのかもしれない。

 

 そんなミサトの姿に、時には物足りないと感じ、時には教えられることもあった。そして今、大国を敵に回そうという局面において、それを恐れる事なく振る舞っているミサトの姿を、ゲンドウは誇らしいと感じていた。もっとも、彼がソレを口にする事は決してないが。

 

「さぁって、と。どのみち私たちはテロリスト扱いになっちゃうんだし、とっと逃げ出そうかしらね。碇副司令代理、進捗状況は?」

 

「問題ない。通常稼働に必要な設備の設営については既に完了している。あとは細かな装飾程度というところだ。運営自体に問題はない」

 

「それは結構!なら・・・、そろそろ本部を移転する頃合いかしらね。あの空に浮かぶ、我らがネルフLUNAへ!」

 

 ミサトの言葉と共に、発令所のメインモニターに建造中のネルフLUNAの、地上から撮影された姿が映し出された。見てくれは建造途中の無骨な姿が映っていただけだが、運営機能が備わっているならば言う事はない。世界の大国から宣戦布告を正式に受けた以上、ネルフJPNが地上に留まる理由はない。

 

「現地スタッフにはたっぷりボーナス弾んでやらなきゃね。ま、どこまで出せるかは経理部との相談だけれど♪」

 

 明るい言葉とは裏腹に、ミサトは獣のような笑みを浮かべて舌舐めずりをしていた。

 

 かつての覇権国家であったアメリカの宣戦布告。それ自体はネルフJPNにとっても多大な影響を与えるものではあるだろうが、しかし、決してミサトの想定を超えるものでは無かった。全世界を敵に回す。それくらいの最悪の事態を、ミサトは想定していた。それはともすれば、かつてネルフ本部におけるゼーレとの戦い以上の事態になるのではないか、と危惧するほどに。

 

 アメリカ単体で発せられた宣戦布告は、裏を返せば、世界規模での連携が取れていない何よりの証拠。足並みが揃っていないならば、例え大国同士の同盟だろうと、ネルフJPNにとっては烏合の衆。戦力的には、世界を破滅から救ったエヴァンゲリオン最終号機やアスカエヴァ統合体、F型零号機アレゴリカといった一騎当千の機体がネルフJPNには揃えてある。世界を終わらせるだけの力を持っていたアルマロスを撃退した戦力に対して、現在の地球で揃えられる戦力など、知れたもの。この宣戦布告を受けて、各国からの支援、特に戦自との協力関係を築いていた日本政府からの支援が打ち切られる可能性が大きい事はネルフJPNにとっても痛手ではあったが、すでに天空の城は成った。ならば後は城に引き篭もり、無駄な舌戦を繰り広げようという世界各国をあしらうだけで済む。

 

ミサトはそう、軽んじていた。

 

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 

 それに「待った」をかけたのは、ネルフJPNの技術部マネージャーである伊吹マヤであった。

 

「この宣戦布告、おかしくないですか?」

 

マヤの指摘に、発令所にいたメンバーの目が再びメインモニターに移る。

 

「もう一度、宣戦布告の文章を出してください。・・・・・・ほら、ここ」

 

映し出された文章に対し、マヤはおかしいと思える部分を指差して言った。

 

「『NERV USAとそこに保有されるEvangelionを含めた合衆国の軍隊のすべて』。この部分です。なんでアメリカは、わざわざネルフUSAの名前なんて出したんですか?」

 

 マヤはミサトとリツコに厳しいを目を向けながら、己が疑問を口にする。

 

「世界中のネルフの機能は5年前、葛城総司令がネルフJPNを設立した際に、その大半を吸収しています。USAは確かに、我々にも秘密裏に獣型エヴァンゲリオンである『ウルフパック』を開発し、アルマロス騒乱の際に投入してきました。ですがアレは、USAに残っていた僅かなアダムの素体を無理やりエヴァに登用して、獣性で補ったようなモノ。あの存在自体が、ネルフUSAに余裕が無かった事を示すようなものです。にも関わらず、この宣戦布告には、なぜ『NERV USAのEvangelion』なんて一文が明記されているんでしょうか?そんな余裕があるハズはない。なのに、なぜ?何のために?」

 

マヤの目は真剣そのものだ。まるで、この場にいる全員が、ナニかを見落としている、と言わんばかりに。

 

「ネルフUSAは、間違いなくエヴァンゲリオン、もしくは、それに連なるモノを開発しているはずです。でなければ、こんな文章に意味がない事くらい、かの大国は理解している筈です」

 

「・・・単なるブラフではない。そう言いたいのね?」

 

マヤの真剣な眼差しに、ミサトも真面目に応えざるを得ない。そして、その反応を待っていたと言うように、マヤも力強く頷いた。

 

 具体的な確証は無いが、ネルフJPNの技術部の責任者が感じる違和感を「気のせい」で終わらせるほど、ミサトも馬鹿ではない。マヤもそれが解っているからこそ、今この場にて発言した。決して自分だけの妄想だと受け流すような上官ではない。マヤもまた、ミサトを信頼しているからこその問題提起であった。

 

「あ〜あ、先に言われちまったか・・・」

 

 その提起された問題点を、加持が顎を撫でながら肯定した。

 

「なによ、加持君。なんか知ってたわけ?ならなんでとっとと報告を上げなかったのよ?」

 

「確証を得たわけじゃないからさ。何か決定的な証拠なんてものは、手元に揃っちゃいなかった。そんな状態で報告した所で、余計な混乱を招くだけだろ?」

 

「それを判断するのは、総司令であるこの私。それに、あんたのその口ぶりからすると状況証拠は揃ってるんじゃないの?」

 

「御明察」

 

 加持が胸ポケットにしまってあるタバコを取り出そうとして、一瞬動きを止めた。複雑な問題を説明するとき、ついタバコに手が伸びてしまうのは喫煙者の本能のようのものだ。

 

「かつてのネルフUSA。その実験棟における人の出入りがこの2年間で膨れ上がっている。恐らく、ウルフパック開発途中であった頃の2倍。それに伴って、合衆国の各地で用途不明の工場が乱立してきた。どこかの企業のもんじゃない。なんの看板も掲げず、しかし軍人が見張りを務めるほどの重要な施設・・・・・・」

 

「合衆国が軍備を整えてるって言いたいの?」

 

「確証は無いって言ったろ?だが、出入りしている人間を尾けさせたところ、『AE』という単語が頻繁に出てきた。詳細は判らないが伊吹技術顧問の言う通り、エヴァに関係するものの可能性は高い」

 

「そう」

 

加持の報告した情報に、ミサトは眉を顰めた。もし、本当にエヴァンゲリオンを建造しているならば、それは確かにネルフJPNにとっての脅威となるだろう。

 

「だけど、アダムもリリスも居ない状況で、一からエヴァを作ったっていうの?どうやって?」

 

「・・・・・・似たような事例は、欧州でも確認されている。もしかしたら合衆国だけではなく、世界的に流用が効く技術で作られた、『エヴァに似たナニカ』って事かもしれない」

 

「あり得ない話じゃありません。戦略自衛隊の作った『あかしま』。機体のスペックこそエヴァには及びませんでしたが、今思えば、あれの建造コストの安さと完成までのリードタイムの短さは異常です。その技術が、アルマロス騒乱のどさくさに紛れて流出していたとしたら・・・」

 

「汎用ヒト型兵器の軍隊の出来上がり、ね」

 

加持の報告にマヤが考察を重ね、リツコが結論を述べる。その内容は、フルオーダーで作られる従来のエヴァンゲリオンとは違った強みを持っていた。

 

「人殺しに特化した、汎用ヒト型兵器・・・」

 

ミサトはついに舌打ちをした。

 

「それが量産化されてるって事?世界中で?」

 

「かもしれないってだけだ。だが、留意しておいた方がいいだろうな」

 

「量産規模はわかるか?」

 

ココこそが重要という点を、ゲンドウが的確に突いた。最悪を想定して動くならば、敵の戦力がどの程度なのかの把握は必須であろう。加持は困ったように頬を掻いた。

 

「正直、お手上げです。完成形を見たわけではないし・・・」

 

「『あかしま』をモデルにしていると仮定し、アレと同程度の物を作れるとした場合はどうだ?」

 

ゲンドウの問いに、加持はポケットの中の携帯端末を取り出した。数秒だけ画面を操作した後、加持はため息を漏らした。

 

「『あかしま』級であれば、月に30万台は作れるでしょう。量産体制が整ったのがいつからだったのかは不明ですが、一年前からと仮定しても360万の機体が用意されているでしょうね」

 

「機体だけを作ってるワケじゃないと思うわよ、リョーちゃん。機体が扱う兵装も製造してるハズ。それならば、合衆国の機体の保有数は半数以下になるんじゃなくて?」

 

半ば気落ちしていた加持を慰めるように、リツコが助け舟を出す。だが、加持の表情は冴えない。

 

「合衆国だけ、ならな・・・」

 

「加持君。欧州でも似たような動きってさっき話してたわよね?もしかして、他国も同程度の生産体制を整えてると想定した方がいいのかしら?」

 

「そう思いますよ。葛城総司令」

 

加持が乾いた笑いをミサトに向けた。

 

「・・・割と最悪な状況じゃないのよ、ソレ。世界の宇宙航空技術も劇的に向上しているし、下手したらネルフLUNAに直接攻め込んでくる事も考えられるわね」

 

「葛城総司令。事はそう単純でもない。不確定ではあるが、仮にこの技術が世界に流出していたとしよう。にも関わらず、ネルフJPNにはその情報を徹底的に秘匿した事実こそが重要だ」

 

「・・・結託してるって事ですか。世界中が」

 

「ああ。ネルフJPNを『敵』としてな」

 

 ゲンドウが再びサングラスに手をかけた。

 

 ミサトが想定していた最悪の状況に近い状況。いや、想定される敵の軍事力を考えれば、状況は更に悪い。

 

 しかし、バッドニュースは続く。

 

「ああ、それとな?」

 

「なによ?これ以上の悪い報せは勘弁願いたいんだけど?」

 

「いや、ユーロに潜り込ませてた相田ケンスケなんだが・・・・・・」

 

「・・・・・・?」

 

「たった今、消息を絶ったそうだ」

 

 その場にいたネルフJPN主要メンバー全員の目が開かれる。

 

「・・・・・・どっちだと思う?」

 

 ミサトの不明瞭な問いの真意は、「ネルフJPNへの裏切り」か「ユーロによる抹殺」か、どちらの可能性が高いかを想定したものである。それはミサト自身がケンスケに対して抱いている印象が原因であった。

 

 彼、相田ケンスケは、エヴァに乗れなかったという悔しさと、それを払拭しようとする自尊心の高さゆえ、任務を疎かにする傾向がある。「自分はエヴァに乗っていてもおかしくない人間のはずだ」「チルドレン達よりも優れた箇所があるはずだ」といった感情が胸中に渦巻いているのを、ミサトはケンスケを間近で見た時に感じ取っていた。それゆえ、ケンスケが自尊心を優先する余りに、ネルフJPNを裏切って敵方に回る可能性をミサトは捨てきれないのだ。

 

「何とも言えないな。だが、俺が彼と最近仕事してて思うのは、『根っからの悪い奴じゃない』って事かな。なんだかんだで、友人想いの良いやつだと思うぜ?」

 

「そう・・・。あんま参考にならないけれど、とりあえず心に留めとくわ」

 

 もし仮に、ケンスケの離脱が裏切りによるものであれば、ネルフJPNの機密情報を手土産にユーロに入り込んでもおかしくはない。エヴァに乗りたがっていた彼が、エヴァに代わる機体に乗りたいという理由で寝返る事も考えられる。

 

 しかし、彼の離脱問題に時間を割いている場合でもない。

 

「ネルフJPNの全機能をLUNAに完全に移転できるまでの期間は?」

 

 ミサトが司令として、スタッフ全員に問い掛ける。

 

「MAGIの移転を最優先にしたとして、それだけで1か月はかかります。逆に、MAGIの移転さえ完了してしまえば、後はどうとでもなります。全行程で3か月以内、つまり、ネルフJPNのテロ認定までにはギリギリ間に合うかと思われます」

 

 技術部代表として、マヤが答えた。

 

「行程短縮が最優先だ。最悪、MAGI以外については切り捨てても構わない。もちろん、運用に関わる人員は除いて、だ」

 

「ゲンドウさん。そんな言い方をするから誤解を呼ぶのよ?」

 

「む・・・」

 

 ゲンドウの判断を、リツコが注意する。

 

「ネルフJPNの人員は全員必要。だから、切り捨てるなんて選択肢はない。切り捨てるのは施設的に優先順位の低い箇所。こんな風にちゃんと説明しなければ、本当に言いたい事は伝わりませんわ?」

 

「・・・うむ。そうだな。誤解を生んだならば謝罪しよう」

 

「またまたぁ!碇副司令代理の性格はここにいる全員が知ってるんだから、ワザワザ指摘する人間なんて居ないですよぉ。ねぇ、リツコ?」

 

「ええ、そうね」

 

 内縁の妻らしく振る舞うリツコの態度に居心地を悪くしたゲンドウを庇う様に、ミサトが茶化した。

 

「さて、ならばマヤ。青葉君と日向君と合わせて移転完了までのスケジュール作成を。宣戦布告が出された以上、最短で我々は動かなければならない。3日で作って提出して。いける?」

 

「2日でいけます」

 

「よろしい!スケジュールが提出され次第、碇副司令代理は各方面への通達と指揮を。今回は少しばかり無茶しても構わないわ。リツコもフォローに入ってちょうだい」

 

「了解した」

 

「加持君は引き続き各国の動向調査を。あと、人員を確保して」

 

「人員?どんな?」

 

「移転中のネルフJPNとLUNAにおける平行稼働のためには、今ココにいるスタッフだけじゃ足りないわ。はっきり言うと、移転中だけ使って、移転後は切り捨てる事のできる契約社員みたいなのを用意して」

 

「かなり無茶言ってくれるな。そんな優秀な人員が、おいそれと集まってくれるかね?」

 

「それをやるのがあんたの仕事。もし有用であれば、正式雇用も視野に入れるとニンジンぶら下げていいから」

 

「わかった。できるだけやってみるとするか」

 

「加持君。人員リストができたら一度私に見せたまえ。振り落としは私がやろう」

 

「頼りにしてますよ、副司令代理」

 

「あとリツコ。基本は副司令代理のフォローだけど、エヴァ整備関連の移転については臨機応変にマヤのフォローにも回って。だいぶ忙しくなるわよ?」

 

「勤務中の喫煙は目を瞑ってくれるかしら?」

 

「問題無し。それでは各自、持ち場に着くように。問題発生の場合はすぐに報告を上げて。どんな細かい事でもいいわ。バカ加持みたいに、一人で抱え込まないで。私が判断します」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

「ひでぇ言いようだな・・・」

 

 ミサトの矢継ぎ早の指示に、スタッフ全員が即座に応じた。

 

 ここまで来れば時間との勝負。地球の上にいれば、日本という小さな島国は全方位からの攻撃を受けてしまう。それを防ぐために、まずはLUNAへの移転を終える事が最優先であった。

 

 スタッフがそれぞれの持ち場に着いて仕事を開始しようとした矢先、発令所内に携帯端末のアラーム音が響いた。

 

「すまない。私だ。失礼・・・」

 

 鳴ったのはゲンドウの端末。ゲンドウは端末を耳に当ててその場を離れる。

 

「会議中だ。後にしろ。・・・・・・なんだと?」

 

 ゲンドウの会話の内容は他者には聞こえない。だが、その会話でゲンドウの纏う空気が一変したのを、ミサトや主要メンバーは見逃さなかった。

 

 突然の事であった。

 

 ゲンドウは端末を握りしめながら、何も言わずに発令所を飛び出したのだ。

 

「ちょ!?副司令代理!?」

 

「ゲンドウさん!?」

 

 いきなりの事態に、その場にいた全員が驚きを隠せない。

 

 一体何が起きたのか?

 

 その答えは、次に鳴ったリツコの端末からもたらされた。

 

「はい、赤木・・・・・・なんですって!?わかった。すぐ向かうわ」

 

「なによリツコ!?何が起きたの!?」

 

 リツコもゲンドウ同様に発令所を飛び出そうとした為、ミサトは急いでリツコを呼び止めた。

 

 

 

「アスカよ!アスカが産気づいたわ!!」

 

 

 

 叫ぶや否や、リツコは発令所を飛び出していった。

 

「全スタッフそのまま!仕事を続けて!リョウジ、日向君、青葉君!悪いけどここ任せたわ!マヤは一緒に来て!!」

 

 ミサトは急いで指示を飛ばし、ゲンドウとリツコの後を追った。

 

 アスカの妊娠が発覚してから、2年。

 

 この世界に、人類の進化の可能性が、『新人類(ニュータイプ)』が生まれようとしていた。

 

 

 

つづく

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