「……えーと、そろそろ機嫌直さない?」
「うちは機嫌悪くなんかありませんけど?」
そんなふくれっ面でよく言う、と言いそうになった口をきゅっと結んだ。世の中には事実でも言わない方がいいことがある。
俺の前でこういう顔を見せてくれるようになったのはいいのだが、俺にご機嫌取りなんて器用な真似ができるとは思わないで欲しい。
というか、俺はどうするのが正解だったというのだろうか。
「……服部くんに喧嘩でも売ればよかった?」
そう、紅葉とのデートの途中、東京観光に来たという服部平次くんと本当にたまたま鉢合わせてしまったのだ。
彼と一緒にいた新一くんが俺を見つけて声をかけてきたのだが、俺の隣に紅葉がいることに気付いたときの新一くんの顔ときたら。紅葉に見えないところで必死に両手を合わせて謝る彼にはちょっと笑ってしまったが、俺としては思うところは特にない。
まあ紅葉は気まずさがあるかなと思ってなるべく俺が前に出たが、西の名探偵、大阪府警本部長のご子息、へえそう、よろしく、それくらいもの。
服部くんも俺のことはどこかで聞いていたのか、えらい優秀な方やって伺ってます、大阪府警でもよう噂になってるそうで、もし関西くる機会あったら是非お話聞かせてください、とかそんな社交辞令を返してくれた程度だ。
そんな五分もない無難で軽い挨拶を済ませて振り向けば、すでにこのふくれっ面は完成していた。
「……別に、喧嘩してほしいやなんて思いませんけど」
思いません「けど」って付くあたりちょっと思ってんだよなぁ、とは言わない。脳内で伊達が「正解」のプレートを掲げた。いくら俺でもそれくらいはわかります。
しかしどうするか、と頑なにこちらを向こうとしない横顔を見つめる。数秒思考を巡らせ、ふむ、とわかりきった問いを口にする。
「未練とか、」
「ありません!」
紅葉には珍しい、あまりにも食い気味な否定。
だよねと軽く笑えば、ようやくふくれっ面がこちらを向く。
「わかってるから俺は何とも思わないよ、いま紅葉の隣にいるのは俺だし。紅葉を振るなんてずいぶんもったいないことするなとは思うけど」
「……言うときますけど、今は旭さんのほうが何倍も素敵やと思てますから」
「うん、ありがとう。その言葉で十分」
だから、と俺なりのとびっきりの笑顔を浮かべ、その手を取った。
「ほかの野郎のこと考えるより、俺とのデートに集中してくんない?」
ぼふん、と音がしそうなほど一気に紅葉の顔が紅に染まる。その様子についつい肩を揺らせば、ぎゅうぎゅうと繋いだ手を握りしめられた。が、残念ながら紅葉くらいの握力なんて痛くもなんともない。
「旭さん、わざとでしょう……!」
「そりゃ、あるものは活用しないとな。手段選んでられないよ」
でも言ったことは本当、と手を引けば、つられて紅葉も一歩足を踏み出した。
「行こう、紅葉」
少し唇をとがらせた紅葉は小さく息をつき、ホンマに仕方ないひと、と小さく呟いて笑う。その優しい眼差しは、今までもらったどんな「目」より柔らかい。
「──はい」
過去よりも未来よりも、俺は紅葉と歩く