彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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最強の必殺技 中編

「……そんなとこだろうと思った」

 

状況は以前のまま。最悪と云って良い。

言の葉を吐いてから数秒経つも、私に向けられている数々の銃口はピクリとも動かないのだ。

一人一人はこの組織では一兵卒の下っ端だろうがその練度には目を張るものがある。

全員が全員、プロと遜色ない動きをしているし、何より殺気が無い。

それは訓練によって培われたものなのだろう。

加えて、私に殺意がないことを知っていても尚、彼らは私に銃口を向け続ける。

この施設に入って数分も経っていないのに、私と彼女達を繋ぐ空間は重く歪んでいて、とても息苦しい。

それこそ数時間は呼吸を止められている気分だ。

「あの楠木さん、織田作は……」

そんな重圧に耐えかねたのか、千束が声を上げる。

私の名前を口にしようとした途端、楠木と呼ばれた女性は「千束」と、彼女の名を呼び、言葉を遮った。

「これは命令だ。その男から離れろ」

その声は冷たく、有無を言わせないものだった。

さすがはこれほどの訓練された少女達を率いた組織を統轄している人間といったところか。

その胆力は組織に見合っていると云って良いだろう。

「それと、たきな。お前もな」

まるで、ついでと云うかのように彼女はたきなの名を呼ぶ。

千束と同じ声色で、たきなと目を合わすこと無く、ただ淡々と。

それは本当に彼女がそこに立つことすら否定しているようにすら聞こえた。

「司令っ、私は…」

たきなが念願叶った司令とのご対面に自身の思いの丈をぶつけようとするが私はそれを制止する。

ここで彼女達を刺激するわけにはいかない。

「千束、たきな。あの人は今は俺に話があるようだ。云うことを聞いてくれ」

「織田作、でも……」

「頼む」

私は二人に頭を下げる。二人の安全がまずは最優先。そうでなければ話が進まないのだ。

「織田さん……」

二人が心配そうな眼差しを向ける。私はそれに応えることなく、頭を垂れ続けた。

それから少しして、二人は諦めたように私の元を離れ、楠木達の背後へと回る。

如何せん皆一同制服を身に纏っているせいで、千束達が混ざっても違和感が無いのが妙な感覚だが、本来はこうあるべきものなのだろう。

これで完全に、私とリコリス。二つに分れた構図が出来上がるとまた首を細指で閉められるように空気が重く淀む。

「さて、自己紹介から始めよう。私はここの責任者である楠木だ。貴様には色々聞きたいことがあるが」

口火を切ったのは楠木。

この状況で生殺与奪の権があるのは彼女達。だからこそ話すのも聞くのも彼女達次第と云うことになる。

「先ず、わかっていたならなぜ来た? 尻尾巻いて逃げた方が賢明ではないのか?」

ここからは、私は匙の上げ下げの動作すら慎重にしなければならない。

この国の幸福と安寧を影から守ってきた平和の象徴。影の暗殺組織DAが相手だ。

私の身体にある穴は九つだが、一体これからいくつ増えることになるだろう。

三秒ほど彼女の目を見た私は口を開いた。

 

 

 

 

 

「別に、身寄りの無い子供に殺しをさせてこの国の秩序を守っているというロクデナシがどんな面か拝みに来ただけだ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

千束の故郷、たきなにとって全てと云って良いDA本部。

全てのリコリスが必ず通る門。

彼女達が一度は踏んだであろうそこで、最悪の空気が漂っていた。

「ちょっと千束さん! どうするんですか!? いきなり挑発し始めましたよあの人!」

「っ……」

肩をぶつけながら小声では抑えきれない声で叫ぶたきなに、さしもの明るさや笑顔が一番の取り柄である千束ですら言葉を失う。

それもそのはず。目の前にいるのは、先程まで自分らの王と仰いでいた人物なのだから。

しかし、たきなの声は当然のように無視され、楠木は織田作之助を見据えたまま、「ほう」と小さく呟くと、彼の言葉の真意を聞いた。

「良く吠えた。勘の良い野良犬だとは思っていたが狂犬とは恐れ入った」

「事実だろう? 救ってやった、守ってやったと言って、一番弱い者達に一番汚いことをやらせる様はマフィアと変わらんぞ」

織田の言葉に、楠木の背後に立つ少女達が浮き足立つ。

眼光が強くなり、銃口が今にも火を噴き出しそうになっている。だが決して殺意の縁が溢れることはない。

彼女らの中央に立つ楠木が、その許可を出していないからだ。

「我々をマフィアのような下劣な存在と一緒にするな。全てはこの国の平和のため。貴様のような薄汚れた男が知ったような口を利くな」

「……」

楠木の言葉に、織田は押し黙る。

それが何を意味するのか、たきなにも千束にもわからない。

彼女達にできることは、彼が生きてこの施設から出られるよう祈ることだけだ。だがそれも淡い希望的観測に終わる。

全ての決定権を持つ彼女が口を開いたのだから。

「それ以上話すことが無いならばもう用は無い。この国の平和のために死ね。誰の記憶にも残らず消えろ」

その沈黙が、これ以上の意味をなさないと判断した楠木はこの場を処刑場とするために手を上げる。

合図をするためだ。後ろにいるリコリス達が織田を処分するための。

それが今、彼女の口から発せられようとしていた。

当然、千束もたきなも止めるために声を上げようとした。

たきなにとってもだが、千束にとっては数ヶ月以上共に過ごした仲間。それを無慈悲に奪われるのは死を最も忌み嫌う彼女ですら耐えられなかった。

だが、その行為すら遮られることになる。

「お前らのお題目はわかった。ただ一つ納得できないことがある」

織田の言葉だ。

同時に楠木の腕も、二人の制止も止まる。

数秒の沈黙の後、「話して見ろ」と楠木は興味深そうに聞く体勢に入った。

「俺はなんの謂われで殺されないといけないんだ?」

織田の問いに、一瞬の静寂が訪れる。

誰も彼もその質問の意図が掴めなかったのだ。

殺す理由など決まっているではないか。そんな顔が全員に浮かぶ中、楠木が静かに答える。

「それはお前自身がよく知っていることではないのか?」

「なんのことだ? 聞くところによるとお前の後ろで銃を構えているこの子ら、リコリスはテロリストなどの犯罪者を未然に殺すのが使命らしいが…」

平然と織田は、「俺が一体なんの犯罪を犯したと?」と聞き返した。

最初から後ろめたいことなどないと振る舞う彼を、楠木は見逃さない。

「貴様はマフィアと繋がり、違法にある荷物を輸出しようとした。知らを切っても無駄なことだ。我々は全て見ている」

「おかしいな」

織田は焦る素振りも強張る表情もせず寂々と反論を始める。

「それについてはもう報告が上がっているんじゃないのか? あれはあの荷物の中身はただのぬいぐるみ。実際に確かめた人間が君の部下にいる。聞いてみると良い」

そう言うと視線を変え、固唾を飲んでいた千束と目を合わせる。

彼女はその意図にすぐに気がついた。織田との距離はかなりあるがそれを悟ることは千束にとって銃弾を避けるよりも容易いこと。

故に──

「はいはいはーい! 私見ましたよ! あれホントにただのぬいぐるみで中身も違法な物は入ってませんでしたー!」

千束の明るい声が、この空間の全てを震わせた。

「千束、少し黙っていろ」

「えー? 数ヵ月前の事件について聞きたいことあるって言ったの楠木さんですよねー? それとも嘘の報告しろって云うんですかー?」

「貴様……」

そう、この報告は彼が千束と共に過ごすようになる前にすでに報告してあった。

織田作之助はマフィアと一切関係ない。

荷物の中身は違法性など微塵もない。だから彼を殺す道理はない。

数ヵ月前に、千束が確認し、ミカが楠木へと、確かに報告した。

「とのことだが? それと、俺はその荷物が海外へと輸出されるとは知らなかった。彼らがただの運び屋に教えるわけもないのは説明することもないだろう?」

彼が指示を受けたのは、荷物を受け取り指定の場所に届けるだけ。

それが何処に向かうかなど知らされるはずもないのだ。

そうなると、この件に関して、彼女達リコリスらは彼に刑事的責任すら負わせることができない。

端から犯罪など犯していない。そんな男をどうやって裁けというのか。

しかし、そう簡単に引き下がるほど楠木も甘くない。

彼女はこの国のためならば手段を選ばず、目的のためなら人命も厭わない。

だからこそ、ここで織田を逃すことは許されなかった。

許されなかった楠木は次の手を打って出た。

「ならば、先月、先々月の一件はどう申し開きするつもりだ? この国で銃を所持することすら禁止されているのは貴様でも知っていることだろう」

楠木の言い分は正しい。

銃の携帯は許可されていない。つまり、彼は銃を持っている時点で法に触れる。

銃を所持すること、殺人を行うことが国から許可されたリコリス達を除いて。

「ならそれは警察の管轄だろう? 知っているなら警察に付き出すなり密告すればよかったのだ。お前らに逮捕権はない」

それに、と織田は続ける。

「リコリスが殺すのはテロリストのような凶悪犯、国家や治安を乱す存在が対象のはずだ。俺は確かに銃を所持していたし、なんなら発砲もしたがそれらに該当することはした覚えがない」

そうだ。

織田が銃を使ったのは何れの時も決まっていた。

違法に武装した組織に対してのみ。

リコリス達が敵対視するような犯罪者にのみ、彼は発砲していた。

その証拠に、間接的とは言え織田はリコリス2名を手助けをしている。

「全て見ていたのだろう? ならばわかるはずだが」

こうなると、いよいよこの場で織田が殺される理由は何一つとして存在しなくなる。

一見、一方的と思われた構図が、みるみるうちに整った天秤のように揃っていく。

驚くべきことだ。

千束自身、彼女と話すことはそこまで畏怖すべき相手ではない。

だが、リコリス達にとって楠木と云う人物がどれほどの存在なのか、千束は理解している。

同じ空間にいればまともに話すことすら出来ないリコリス達を彼女は何度も見ている。

その楠木がここまで押されていることに、千束は驚きを隠すことが出来なかった。

だがそれで引き下がれるなら、今の状況はない。

楠木は表情こそ変わらないが、予想だにしない彼の反抗によって陰りが見えはじめたのが千束にはわかった。

彼女のそんな姿など今まで見たことが無い。

率いられた他のリコリスらもまた、同様に困惑を隠せていない。

それは当然、楠木にも伝わっていた。だがここで止めるわけにはいかない。

強行の意を示したまま再び口を開く。

「いずれにせよ、貴様の所行は看過できない。貴様が犯罪を犯していなくとも、我々は貴様を生かしておくことはできない」

「それはなぜ?」

「貴様は数度に渡りリコリスの襲撃を躱し、逃走した。これ以上、この国の秩序を守る我らの顔に――」

次の瞬間、先ほどの挑発でも微動だに無かった楠木の表情が変わった。

目を見開き、何かとんでもない過ちを犯したような顔に。

織田が何かしたわけでは無い。何も話していない。

だが、楠木はその言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。

「……貴様」

初めて、楠木の顔が歪んだ。

悪い局面になった将棋盤を前にしているように苦虫を噛み潰すような顔をする。

「……まさか、最初からっ…」

その変化を見逃さなかったのは織田は無かった。

「お前らの顔に、なんだ?」

織田の言葉に、楠木は歯を食い縛る音で応える。

千束とたきなには、何故楠木が追い詰められているのかがわからない。ただ、相対している織田の表情が、いつも店で見せる何を考えているのかよくわからない面持ちがその不気味さに拍車をかけた。

その間も彼を睨み続けるが、やがて楠木は小さく息をこぼした後、視線を逸らすとそのまま踵を返す。

「全員、銃を降ろせ。この男を客として迎え入れろ」

その言葉に、リコリス達は驚愕の声を上げた。

先ほどまでとは打って変わって、場がざわつき始める。

無理もない。

つい数秒前まで殺し合おうとをしていた相手が目の前にいるのだ。

だが楠木はそれを意に介さず、部下達に指示を出す。

それを受けて、リコリス達も渋々銃を下げた。

「織田作之助」

彼女は自らの巣に戻る途中で足を止め、織田の名前を呼んだ。

「今は見逃してやる。だが予告しておくよ。貴様が生きてここから出られることはないとな」

「なら俺も一つ予言しておこう」

織田はそっと目を閉じて続けた。

「お前は俺を生きてここから出す。加えて、千束達と協力して活動することも認め、俺達を見送る。それも、内股歩きのお嬢様口調でな」

俺の予言は必ず当たる。

そう付け加えて、引き上げていく楠木とそれに続く少女達を見送った。残されたのは、織田と千束とたきな。三人のみ。

先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのように、辺りは静寂に包まれていた。

そんな中、最初に声を出したのは織田だった。

「さあ、いくか」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「それで、早くネタばらしして欲しいんだけど?」

千束達リコリスの総本山、DA本部に足を踏み入れた私にふて腐れた声で話しかけたのは千束だった。

施設の中は埃一つ落ちていない、清潔なガラス張りで仕切られ近未来的とも言えるその空間は、そこが東京から遠く離れた山奥と云えば嘘だと言われても可笑しくないほどだった。

一度だけ踏み入れたことのある、ポートマフィア本部ビルに負けずとも劣らない造りの中、少女達の間に立っている私の隣を歩く彼女はこちらを覗くように身体を傾けていた。

「ネタばらしもなにも、俺はただ事実を云っただけだが?」

「だ~か~ら~! そんなんで楠木さんが引き下がるわけ無いじゃん! 一体どんな魔法使ったの? もしかして、例の異能力ってヤツ、もう一つあったりするの?」

そんなことあるわけがない。

私の異能はたった一つ。一度に二つの異能を持った人間などポートマフィアも含めてどの犯罪異能組織でも見る事などなかった。

千束が云うような特別なことなど私は一つもしていないのだ。

話したのは、数ヶ月前にあったこと、先月等のことを正直に話しただけ。

親切に丁寧に事情を話しただけだ。

だが千束は納得がいってないご様子で、私の周囲をぐるりと回りながら質問を繰り返す。

「仕方ないな」と呟いて、彼女に向き直る。

あの時、楠木という女性が私を殺すことは無いと確信していた。

その理由を一つ一つ話す。

「先ず一つが、彼女は俺を殺す気ならあんな風に待ち構えたりしない。人知れず、人に紛れて、人を殺めるのが彼女らの本懐だ」

リコリスとは暗殺集団だ。堂々と構えるようなことはそれこそ滅多に無い。

慣れてないことをしているのだ。

だから最初の時点でもうすでに茶番のようなものだったのだ。無論、その気になれば楠木の一声で私を蜂の巣にできるだろうが。

「そして二つ目が、そもそも彼女達には俺を殺す正当な理由がないからだ」

「それは、楠木さんの前でも話してたよね」

あの時は助かった。

千束の性格と判断力ならすぐに私の意図を察知してくれると思っていたが、どうやら予想通りだったようだ。

数ヶ月前のマフィアの荷担に関しての違法性は皆無。二ヶ月前からの銃の不法所持は犯罪でこそあるがリコリスが私を殺す理由としては不十分。

それに、警察に密告すれば芋づる式に喫茶リコリコにも調査が入るだろう。

警察にもその存在を秘匿している彼女達DAが自分の首を絞めるような真似をするわけが無い。だからこそ、わざわざ私を本部まで招き入れるような大胆な行動に出たのだ。

その作戦自体は悪くない。ここで起きる出来事は誰も干渉されない。誰にも知られることは無い。

どうせ殺すのだから、懐に入れても問題ないと踏んだのかもしれない。

どちらにせよ、彼女の思惑通りに事が運んだのは確かだ。

だが彼女は、楠木は最初に致命的なミスをした。

それがなければあの場で私を殺せていたのに。既の所それに気がついたが、既に後の祭りと云うわけだ。

そのカラクリを今から話す。

「前提として、彼女達DAは、俺を死ぬほど殺したいんだ。それはなんでだと思う?」

「えっと…織田作が邪魔だから?」

少々的外れの答えを出す。

当たらずも遠からずと云ったところなのだが、本当の理由はもっと単純で、明確で、子供のように、わかりやすい理屈だ。

「恥ずかしいからさ」

「へ?」

間抜けな声を上げる千束。

たきなも目を丸くしてこちらを見つめている。

あまりに予想外の回答だったのだろうか。一言にまとめすぎたらしい。

失敗した。これでは逆に意図が伝わらない。

仕方ないが順を追って説明することにする。

「何故、DAが俺を殺したいのか。それは楠木とやらが教えてくれただろう。数度に渡りリコリスの襲撃を躱し、逃げられたと」

「そうだね」

「要は面子を潰されたんだ。この国の平和と秩序を守っている彼女らが俺のような薄汚れた男一人、始末することができなかった。しかも、蓋を開けて見ればその男は多少の犯罪を犯してこそいるが殺すほどのことをしていないときた」

そうなると、リコリスの力量不足やDA側の調査責任などが問われることになる。

その結果、彼女らの立場を危うくする要因となる可能性だってあるのだ。

もし仮にそうなった場合、どうなるか。

答えはすぐに出た。

リコリスは解散とまではいかなくとも、国からの信頼は落ちる。楠木はその責任を問われることになる。だから殺してなかったことにしたい。失態を帳消しにしたい。

自分たちが、犯罪者やこの国の異分子を排除し塗り替えているように。

つまり、彼女達は私を殺すことで、自分達の組織を守ることができる。

私を殺してしまえば、私がやったことは全て闇の中に葬られる。

何より、私さえ居なくなれば全てが上手くいく。

だが、それはできない。

「なぜなら、彼女らはこの国の平和を守る正義の味方だろう? そんな組織が、自身の面子を守るためだけに人を殺すことが出来るか?」

何の罪を犯していない、と言えば多少は嘘になるかもしれない。

しかし、数ヶ月前の下水道事件に関しては確実にそうだった。そんな無実の人間を、自らの面子のために殺したなどという理屈が通る組織はこの世で私が知る限り一つしか知らない。

「あっ」

千束も私が言いたいことに気付いたらしい。

きっと理解したはずだ。私が開口一番で口にした言葉の意味を。

「だからあんなこと云ったの? マフィアみたいだって!」

その通り。

と私は応える。

最初の時点で私が殺されないのは確定していた。

まして彼女は親切にも宣言してくれたのだ。

我々をマフィアのような下劣な存在と一緒にするな。全てはこの国の平和のため。貴様のような薄汚れた男が知ったような口を利くな、と。

そんな正義の使徒が彼らと同じ理由で殺しができるわけがない。

これが、もしマフィアだったら、それも私がよく知っているポートマフィアならば話は違っただろう。

彼らの面子を潰すこと。それ自体が罪だ。

それも極刑に値するほどの。

本人だけに飽き足らず、家族、親戚、恋人、友人。

その者と関わりのある人間を全て見つけ出し、爪を剥ぎ、皮を割き、骨を砕き、耳を削いで、眼球をくり抜き、鼻をそぎ落とし、指を一本一本切り落として、四肢を切断させ、腹を裂いて内臓を引きずり出して、最後には火で炙って焼き殺した後に、海に沈めて魚の餌にする。

それくらいのことは平気でやってのける連中だ。

そして見せつける。

彼らに逆らうことの罪深さを知らしめるために。

だがリコリスは違う。

私がリコリスと、それを統括するDAという組織の存在を知ったときにある感想を抱いた。

最初こそ、その両方が似ていると感じたが今は違う。

マフィアとリコリス、この二つには決定的な差違がある。

それは人を殺めるという汚れ仕事をしているのに、外面は必死に取り繕うとしてるところだ。

彼女達は法を超えた力を持っているが、法を犯す度胸はない。

とどのつまり中途半端なのだ。

彼女らは自らの存在をひた隠しにして人を殺め、正義を貫こうとしている。

矛盾していない分、マフィアの方がわかりやすい。

そもそも無理があるのだ。

この世の物事を全て白と黒に分け、黒を全て排除するという考え方自体が。

どれだけ強力な力で白く塗りつぶそうと、黒が消えることは無い。

いや、消えてしまえばその白が黒の役割を担ってしまう。

リコリスはまさにその典型だ。

世界を白にするために汚れた黒に染まるという矛盾を孕んでいる。

塗りつぶした黒を土台に積み上がった清らかな白は、本質的には淀んだ黒と変わらないのでは無いのか?

それが私の見解だった。

だから、彼女達が私を始末しようとする理由はただ一つ。

顔を汚された自分達の立場を守りたいだけ。

それがどんな理由であれ、リコリスを統括する楠木にとってはそれが全てなのだ。

だが、まだ千束は納得が出来たいところがあるらしく、「でも」と疑問を口にした。

「ならなんでわざと挑発したの? 楠木さんが感情的になる所なんて見たことないけどその場で殺されてもおかしくなかったのに」

「それも簡単だ。あの手の組織を率いられる人間が短絡的な訳がない」

千束達にとって、楠木と云う人物は王と云って過言ではない。

だが、彼女にも逆らえない存在がいる。

それはこの国の上層部。

俗な言い方をするなら既得権益者達だ。

DAという組織がどれだけの力を有していても、国家が運営している身の上では彼女らは媚びへつらうしかない。

マフィアのように、ボスという圧倒的な暴君により形成された独自の規律とは違うのだ。

そんな組織の長が、感情的に物事を判断できるわけがない。

「俺を殺すもの、上の奴らに納得がいく報告が必要だ。そのために、向こうは必死で台本を作ってるところだろう」

「え、それじゃ、まだ楠木さんは織田作を殺すのを諦めてないってこと?」

「大方、事故に見せかけて殺すだろう。それなら、多少の非は被っても責任はかなり軽くなる」

おそらく、私がこの施設にいる間に何か仕掛けてくるはずだ。

と付け加えて話す頃には千束は納得こそしてくれたが、表情は険しいままだった。

「じゃあ何も解決してないじゃん!」

確かにそうだ。

私は首を縦に振る。

でなければわざわざ私を本部に呼び込む訳がない。

物事の筋書きをすげ替えることなど彼女らの常套句だ。

だが乗るしかない。

私が生きて帰るには彼女らの企みを正面から砕かなければならない。

書き換えも塗り替えもできないほど徹底的に。

「……ねぇたきな」

「えっ…なんですか?」

千束はここに入ってほとんど声を聞いていなかったたきなに声を掛けた。

たきなは驚いたように顔を上げる。

どうやら彼女は、先程の会話の間ずっと自分の世界に入っていたらしい。そもそも、彼女は楠木と話すことが目的でここにきた。

それを軽くあしらわれたのだから無理もない。

私と目が合うと、慌てて頭を下げた。

「すみません。聞いてませんでした……」

「気にしないで。それよりお願いがあるんだけどいいかな?」

「なんでしょう?」

「織田作の傍にいてあげて」と、千束はたきなに頼んだ。

「でも…私は」

「私は測定にいかなきゃだし、こんなのたきなにしか頼めないの」

それに、「楠木さんは多分、織田作に用があるから一緒にいればまた話せる機会はあるよ」

と、さらに説得を続ける。

「……わかり、ました」

そう言って、たきなが了承すると、千束は笑顔になって彼女の肩に手を置いた。

「ありがとう! それじゃ、よろしくね」

「……はい」

たきなが小さく返事をするのを見た千束は施設の奥へと歩いていった。

清潔な空間に残されたのは私とたきなの二人だけ。

千束の声ばかりが響いていた分、急に訪れた静寂に居心地の悪さを感じる。

たきなも同じようで、視線が泳いでいた。

「えっと…どうしましょうか……」

考えてみれば私と彼女が二人きりになることなど、今までに一度も無かった。

店で働いているときもそこには千束の他にミカやミズキ、最近だとクルミがいた。だから、この状況は珍しいどころの話じゃない。

それはたきなにとっても相当気まずい状況らしい。

「たきな」

名前を呼ぶと、肩をふるわせ身体を強張らせた。

また物思いにふけっていたのか、たきなの意識がこちらに戻って来る。随分と思い詰めているようだ。

「君は俺達のところに来る前はここで暮らしていたのだろう?」

「あ……はい、そうですけど」

「なら、案内してくれないか? こんな珍しい場所、滅多にお目にかかれない」

千束と合流できるまでしばらく時間が掛かるだろう。

元来、彼女のライセンス更新に必要な身体測定のために赴いた私達が出来ることなど、せいぜい暇つぶしくらいだ。

ちょうど、お誂え向きに探検しやすい場所にいる。

どうせ私が殺させるとしても、冥土の土産に持ち帰る景色としてはなかなか趣があるだろう。

「……はい、わかりました」

少し考えた後、たきなは私の前を歩き始めた。私も彼女に続くために動き出す。

その足取りは、決して軽くは無いが、私にも悟られることのできた思い詰めた様子は無い。

たきなの背中を追うようにして施設の廊下を突き進むと、ある広場に出た。

「ここは?」

そこには屋内の施設には似つかわしくないほど神秘的な噴水が一つ。

 

そして、その周りを囲うように円形のベンチが並べられており、休憩スペースとして機能しているようだった。

見上げれば、フロアが各階層ごとに分けられており、噴水を中心に空間が広がっていくように水が流れ落ちていく。

まるで、この施設は水の中に作られた箱庭のようだ。

だが、不思議なことにこの広間からは人工的なものが感じられない。

人の手によって作られたのは明白だが、写真のように切り取れば神話の絵画からそのまま出てきたような幻想さが漂っている。

「すみません。紹介できるような場所はここしか思いつかなくて…」

申し訳なさそうな顔をするたきなを見て、私は首を横に振った。

この施設がどれだけ広いのかわからないが、この施設について知っている人間の方が少ないはずだ。

それなのに、彼女はここまで連れてきてくれた。

十分すぎるほどのもてなしだ。

「して、ここはどういう場所なんだ?」

一見、暗殺を生業としている人間が利用するとは思えない施設ではあるが、この場所にはどこか懐かしさを覚える。

それが何なのか知りたくてたきなに訊ねると、たきなは口を開いた。

「ここは……リコリスにとっては全てと云って良い場所です」

「全て?」

「はい。リコリスは皆、DAに拾われてここにたどり着くのが目標だったんです」

そう言ってたきなはベンチに腰掛ける。

たきなは私を見上げて続けた。

「だから、私はなんとしても戻らないといけないんです。孤児である私達が生きられるのはここだけなんです……」

「そうか……」

私はたきなの隣に座る。

彼女の言葉には、本当にそうだと信じている者が、理不尽と言う名の暴力によって奪われた哀愁があった。人間の持つ声の中でも、最も深くて重いものの一つだ。

何故、彼女がそこまで思い詰めているのか、このような悲しい声で語るのか。

その訳は、彼女自身の行動の結果としか言い表すことができない。

 

「ほらあれ! 味方殺しの」

「DAから追い出されたんでしょ?」

「組んだ子みんな病院送りにするんだって。恐ろしっ」

どこから共無く声が聞こえた。

ある少女達の集団が、たきなを見ながらこそこそと話している。無論、皆たきなと同じ形の制服を着ている。

おそらく、ここに所属しているリコリス達だ。

その視線に敵意はない。

むしろ、憐れみすら感じる。

だが、私が耳にしたことよりも脚色された噂話が、彼女への視線をより冷めたものにしている。

隣に視線を降ろすが、たきなには動きが無い。

だが、座っているためか、私より遙かに小さいはずの彼女の輪郭が、私には酷く小さく見えた。

今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しく見える。

見下ろしている私には彼女の絹のような前髪が顔を隠していたが、下に何が隠れているのかは、想像に難くなかった。

「…たきな、他のところも見てみたい。案内してほしい」

「え……あ、はい」

私の一言にたきなは立ち上がる。

たきなの表情は見えないが、私の言葉に驚いたのは確かだろう。

表情は見えなかったが、私の声に反応するように身体を動かしてくれた。

「こっちです」

噴水が滴る音を後ろから感じながら、たきなは私の前を歩く。

あの場所に居続けるのは、彼女にとって酷だ。

気を利かせたつもりだったが、早計だったと後悔する。先程の少女達の噂話は、事実ではあるが間違いもある。

噂には尾ひれがつきものだ。

たきなが何をしたのか。

二ヶ月前、彼女はある銃取引の現場に乗り込んだ。その際に味方が人質に取られ、それを救うために行動した。

その結果、人質は奇跡的に無事だったが、捉えるべき武器商人は皆死亡。挙げ句の果てに取引に使われた銃が現場に無かった。

それら全ての責任を、彼女の独断に押しつけた。

私が聞いた限りでは、掻い摘まんだ話しかわからない。ただ、彼女が私達のところに来た最初の頃、左頬に貼られた痛々しい絆創膏が、その内実を物語っていた。

「たきな」と、私はまた彼女の名を呼ぶ。

「はい」

振り返ると同時に、勤めを果たしているような声で返事をする。そう振る舞わないと、感情が溢れてしまうのだろう。

千束もそうだが嘘や隠し事が下手だ。

私には隠せば隠すほど、その様が滑稽で見苦しく、悲しげに見えた。

「少し喉が渇いた。飲み物が欲しいんだが取ってきて欲しい」

「わかりました。少し待っていてくださいね」

そう言うと、たきなは駆け足で無菌室のような廊下の奥へと消えていく。

彼女の足音が遠ざかり完全に聞こえなくなると、私は後ろを振り返った。

「いつまで隠れているつもりだ? 君たちは暗殺者だろう。尾行ならもっと上手にやれ」

私がそう口にすると、物陰から一つの人影が現れた。

「あ…あの」

少女だ。

制服からして間違いない。

くすんだ柑橘類のような頭髪が、千束ほどの長さで止まっているが妙に丸みを帯びている。合わせたかのような垂れた瞼に太い眉毛、それと頬に浮かんだそばかすが、彼女を更に幼くみせていた。

制服はたきなと同じ色であることから、たきなと同じリコリスというのが見て取れた。

「君は?」

「え、エリカです…」

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