彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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アラン・アダムス

喫茶リコリコ。

その裏側は日本の秩序を秘密裏に守っているリコリス達を率いた組織、DAの支部の一つ。

だが、上記に書かれた名前の通り、表向きは喫茶店として機能している。

隠し事の多い店であるため、割と閑古鳥の泣いているのがたまに傷だが。

それでも店主のミカが入れる珈琲や甘味の味を占めたごく僅かな常連が来てくれる。

千束が中心で管理している店のSNSという物も、多少なりとも集客に貢献しているようだ。

そして、今日も店の扉が開かれた。

「やあ、ミカ。珈琲を一つ頼む」

カランコロン、と鐘の音と共に現れたのは輪郭線の薄い背広姿の中年男。

長身で、黄土色の髪を七三に分けている。

彼の名は吉松シンジ。

この人物のことは良く覚えている。

それは、たきながこの店に移動になり、私の咖喱を食べた直後のこと。

彼女が初めて応対した客こそ、吉松と呼ばれる男だ。

「…シンジか。少し待ってくれ」

カウンターの奥に立つミカは、何か思うような素振りで彼を出迎えるとサイフォンに挽いた豆をセットし、手慣れた様子で火をつける。

「いらっしゃいませ」

「おや? 今日は千束ちゃんもたきなちゃんもお休みなのかい? 珍しいね」

店内を見回しながら、吉松は私達に話しかけてくる。

生憎、ちさともたきなも今は日本語学校の方で講師をしているため今は店にいない。

ミズキもいない。クルミは押し入れの中で機械に囲まれている。

私とミカの二人営業だ。

千束と彼は店で会うとよく話しているところを見かける。

海外のどこで仕事をしていたのか。

どんな人とあったのか。

戸籍の無いリコリスが海外に出ることは出来ない分、外の世界の話に興味があるのだ。

「えぇ、今日はボランティアに行ってるそうですよ」

「……そうかい」

吉松は影に妙な不満を引きずりながらカウンター席に腰をかける。その表情は柔和な笑顔なのだが、どこか不気味さを感じてしまう。

客にこんな印象を持つのは不自然だが、どうやらミカとも面識があるらしい。

彼が店に来て半年も経っていないのにこの距離感の由縁はそれだ。

「すみません。テレビ消しますね」

客が来た時は基本的にテレビの電源を切るようにしてあるため、私はリモコンを手に取る。

「いや、大丈夫だ。流したままにしてくれ」

「そうですか」

客の彼が云うのだから仕方が無い。

何か気になる番組でもあるのだろうかと薄い液晶画面に目を向けると、報道番組の真っ最中だった。

最近は最寄り駅である地下鉄の脱線事故で持ちきりだったが、店に流れている内容は違う。

住民の不安を煽るような物ではない。

ピンと背筋をのばし、品のある化粧をしたアナウンサーは歴史的快挙として、ある文学作家の作品が数々の賞を受賞したと云う報道をしていた。

画面に映る男は感極まった表情で感謝の意を記者達に述べている。

明るいニュースだ。先の不安など忘れてしまうほどだ。

だが、私は見てしまった。

彼の首にかけられているチャームに。

先月。水族館で千束が見せてくれた物と同じ梟の。

男は過去に、何らかの不幸に遭い作家としての道が断たれようとしたがある人物に救われたと涙ながらに語っていた。

名は、アラン・アダムス。

千束が会いたいと行っている謎の支援団体の総称だ。

「……えっと、君は確か、織田君だったね」

「はい」

「千束ちゃんがよく君のことを話してくれるよ。仲が良いんだね」

「えぇ」

ミカから珈琲を受け取りつつ吉松はそんなことを言ってくる。

彼と話すのは初めてだ。

店で顔を見ることはあれど、ほとんどの応対を千束が行っていたからだ。

悪い気はしないが、私のような人間を話しても退屈なだけだろうに千束も変わっている。

「それにしても、素晴らしいと思わないか?」

「何がです?」

「彼だよ」

吉松は指差した。

カウンターの上に載せられている薄い端末。

報道されている作家のことを言っているのがすぐにわかった。

画面の向こう側の人物は、涙ながらにアランに救われた感謝を語っている。

受賞に至った経緯や、受賞した作品の内容について語られていく。

ただ、身振り手振りこそ感動を全身で表しているが私にはそれが台本を読み上げているように聞こえた。

云わされているような。

まるで誰かにそう云えと指示されたような。

「私も彼の本を読んだことはあるが感動したよ。彼のような才能が世界に届けられたこと、これ以上に幸福なことはあるまい」

アランは素晴らしい人物だ。

と吉松は言う。

「彼が若くして病に倒れた時に、治療費を無償で提供したという。そして今も、彼の生活を支援し続けているという」

「そうなんですか」

吉松は語る。

「あぁ、そうだとも。アランに救われたという才能は数知れずいる。彼のような才能は、必ず世界に届けられなければならない」

君もそう思うだろう?

とそれが世界の全てで、至極当然の事実であることを確認させるような口ぶりで、彼は私の目を見上げた。

細めたその目が、言葉以上に彼の信条を物語っていた。

「どうでしょうね。俺は、このアランという存在は人の可能性を潰しているように思えます」

「……なんだって?」

吉松の目の色が変わった。

「可能性を……潰す? どういうことだ」

「そのままの意味ですよ。彼…組織だかはわかりませんが、その支援のおかげで、この人は小説家になれたかもしれない」

けれど……。

「けれど、小説家以外の、別のなにかになれたかも知れない」

それこそ、今涙を流している男が本当になりたかった姿だという可能性だってあるのだ。

「あるいは、別のことにその才能を使いたかったのかもしれない」

私にはわからない。

画面に映る彼が、本当に今の姿でありたかったのか。

彼が今も尚述べ続けているアランへの感謝が、露骨にその疑惑を裏付けていた。

彼は、アランに人生を変えられてしまったのではないか。

それは、果たして良いことだったのだろうか。

「はははっ」

乾いた笑い声が聞こえた。

「君は面白いことを言うね」

「そうでしょうか」

「天才は神からのギフト、才能とは神の所有物だ。人のものではない。だからこそ無駄に使われて云いものではないのだよ」

彼は続けた。

才能を与えられた人間には役割がある。

それを許された人間は稀少だ。だからこそ、アランは彼らを支援しているのだと。

「これは幸福なことなんだ」

「何故です?」

「人類と世界に貢献できることが約束されているからだ」

迷うことなく言い切る。

陶酔とも心酔とも取れる口調で。

自分の考えこそが正しく、それを疑うことはないのだと。

私の考えこそが愚かで、それにふさわしくないと。

「…では、その人物に生きる理由はないのでは?」

それだと順序があべこべだ。

与えられた物で生き方を決めるのではなく、生き方を貫くために与えられた物を使うのが生きるということではないのか。

才能とは、その助けに過ぎない。人類や世界のために才能を使うのは素晴らしいことだとし、正しいと思う。

だが、それしか選択肢が無いというのは残酷だ。

なぜなら…

「彼は生きてすらいないのではないのでしょうか?」

他人に才能の使い方を決められ、生き方を決められ、そうして生き続ける。

そこに本人の意思はない。

果たしてそれを生きていると云うのだろうか?

私の友人が聞けば、つまらない無意味な人生が数十年以上、他人に生かされるという史上の拷問と同じさと云うことだろう。

生きることも許さず、死ぬことも許されないのと同義ではないのか?

「例え幸福な人生を送れても、その人物が生きる意味があるのでしょうか?」

「もうやめてくれ!」

私の言葉を制止したのはミカだった。

「作之助、シンジも客だぞ。あまり機嫌を損ねるようなことはするな」

その声は震えていた。

怒っているわけでは無い。

ただ怯えているように私には見えた。

この話題に、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

あるいは、千束にかけられていたチャームと何か関係があるのか。

事の真偽はわからない。

今の震えているミカに根掘り葉掘り尋ねるのは、ポートマフィアの拷問部屋に連れ込んで尋問するのと何一つ変わらないだろうから。

「…すみません。失礼でした」

「いや、構わないよ」

自分自身が店員のため、客である吉松に頭を下げる。

彼も苦笑しつつ許してくれた。

私達の間に、重苦しい沈黙が流れる。

耐えきれなくなったのか、彼は立ち上がる。

「楽しい討論だった。また来るよ」

そう言って、吉松は店から出て行った。

また閑古鳥が帰ってきたが、店の空気は最悪だ。

いつもなら、この時間帯は暇になる。息苦しさを感じるほどに静かで重い。

吉松の飲みかけの珈琲から立ち上る湯気だけが揺らめいている。

「作之助」

「…すまない」

「いや、いい」

ありがとう。と、ミカは小さく呟く。

そして、彼はカウンターの下へと姿を消した。

彼が何を考えているかわからなかったが、私は何も言わなかった。

そもそも、私が才能やら生きる理由やらを説ける権利があるわけがない。

ただ、吉松の言葉に、信条に対してどうしてもと口がうごいてしまったのだ。

そんな時だった。

再びカランカランと音が鳴る。

「はーい、千束がきましたー!」

千束だ。たきなもいる。

日本語学校から帰ってきたのだ。

けたたましくもあり、どこか安心できる元気な声が店内を包んだ。

彼女の明るい声を聞いて、私はようやくほっとした。

ミカも千束が戻ってきて、ホッとしているように見えた。たが、取り繕っているだけのようにも感じる。

千束に、先の話を聞かせまいとしているのだろう。

彼女も吉松とは仲が良い。

私のせいで彼が店に来なくなれば千束も悲しむはずだ。今後は気をつけなければならない。

「おかえり、千束」

「ただいま織田作!」

屈託のない笑顔を見せる千束。

先ほどの討論など忘れてしまいそうだ。

「にしても、随分と上機嫌だな。何かあったのか?」

「そうそう! ミズキからメールで依頼が来たんだって!」

「へぇ」

リコリスとしての依頼だ。

ここ、喫茶リコリコは、本部であるDAが目もくれないような依頼ばかりをこなしている、まるで私の前の職場のような扱いの場所だ。

どんな依頼でも明るくこなしている千束が、今日はいつにも増してやる気満々。

果たして、今日の依頼とは?

 

 

「なんと次の依頼は……・ボディガードでーす!!」










今回はチョイ短め。
でもやらないといけない話なんじゃ。
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