彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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目に見えない何か

「千束! アンタ仕事しなさいよ! ねぇ千束!」

「……」

「聞いてんのかって云ってんのよ!!」

「むがっ!?」

背後から思いっきり頬をつねられた。

千束は痛みに悶えながら、涙目になって後ろを振り返る。

そこには、眼鏡が怒りに燃え瞳が隠れているミズキがいた。

千束は彼女に引きずられるようにして、カウンター席の隅に連れてこられていた。

まだ客もいないので迷惑にはならないだろうが、千束としてはたまったものではない。

「ちょっと、千束、いつまでサボってるつもりなの?  いい加減働きなさいよ! たきなも織田も今買い出しなんだから!」

「いや別にお客さん来ないだけでさぼってる訳じゃ」

「うるさいわね! クルミのせいでスイカが台無しになるし! 何故かあたしの給料引かれることになってるし! アンタも少しは手伝いなさいよぉ!」

「痛い! 痛い痛い、わかった、わかりました、手伝う、手伝うからぁ」

泣き叫ぶように懇願すると、ようやくミズキの怒りは収まり、千束を解放してくれた。

「まったく……それで、アンタ何悩んでるのよ?」

「え?」

「アンタがそんな風に悩むのなんて珍しいでしょ? 悩みながら働かれても迷惑だし話なさいよ」

「あー……うん、ありがと」

「どういたしまして」

千束の態度から察したのだろう。

彼女の優しさに感謝しつつ、先程見た光景を思い出して、再び思考が沈み込む。

「実は、その、昨日ね、たきなとがね……」

千束は、自身が目の前で目撃した事実をそのまま伝えた。

自身の独断と偏見の混じった話かもしれないが、現場にいた千束だからこそ見えた物を、ミズキに話した。

すると――

 

「ふっざけんなーーーーー!!!!」

 

 

店中に彼女の怒号が響き渡った。

幸いなことに他に客がいなかったことが救いだが、あまりの大音量に耳を塞いでしまう。

それほどまでに、彼女にとっては衝撃的なことだったようだ。

「ちょ…ミズキ落ち着いて…」

「んなことできるかー!!」

彼女は、勢いに任せてグラスを掴むと、一気に中身を飲み干す。

もちろん酒だ。

そのままダンッと音を立てて、乱暴にグラスを置いた。

「じゃあ何!? たきなの奴、織田に惚れてるっていうの? しかも織田も満更じゃないってこと!?」

「いや、織田作がどう思ってるのかはわかんないけど」

「そうよ! そうに決まってるわ! 前の依頼だってあたしの事置いて先に撤収していったじゃ無い!」

「たきなもあの時は足撃たれてたし…」

「しかもお姫様だっこよ!? なんでたきなより長くここで働いてるあたしを差し置いてそんな乙女の夢叶えちゃってんのよ!! あたしなんて候補すらいないのにー!! 若さ!? 若さが物を云うってのー!?」

もはやただの私怨の域にまで達している。

完全に目が据わり、顔が真っ赤になっている。

千束は、慌てて彼女の前に水の入ったコップを置くと、彼女はそれを掴んで一気飲みする。

そして、またもや荒々しくテーブルに叩きつける。

まるで荒れ狂う嵐のような有様だった。

かつて千束が一種の気の迷いでたきなが愛用していたトランクスを履いてしまったのを見られたときよりも酷い。

「つーか、織田っていくつよ? アイツも成人してるでしょ?」

「えっと…確か24じゃなかったっけ?正確な年齢は知らないんだけど」

「あたしより三つ年下じゃん! あーもうこんなことなら織田も候補に入れときゃよかった!」

「ミズキ、織田作のこと興味あったの?」

「時間にルーズな男は無理!!」

じゃあなんでそんなに荒れ狂ってるの?

という疑問を彼女にぶつけても二次被害が増えるだけと判断した千束は、そっとしておいた。

それにしても――

(たきなもあんな顔するんだ)

最近こそ、感情や表情を表に出すことが増えた実感があるが、それでも彼女があそこまでわかりやすい顔をするのは初めて見た。

いつもどこか冷めたような眼差しをしていたたきなに変化が起きたことは嬉しく思う。

これなら、前以上にお洒落にも興味を持ってくれるかもと、淡い期待を抱いてしまうのだけど――

「千束、アンタはどうすんのよ?」

「え? どうって、何が?」

「何がって、織田のことよ! このままじゃたきなにぜーんぶ良いとこ持ってかれちゃうわよ?」

「それは……」

「アンタ、たきなとジャンケンで家事決めたっていうけど、それでぜーんぶたきなに押しつけたでしょ? 織田にも命令で無理矢理最初はグーからにさせてたんでしょ!?」

「そうだけど…織田作は私に逆らえないし…」

「そーいうとこよー? せっかく3人で暮らしてるのに~全然家事してないなら生活力皆無の女って思われてるわよ~? あーアンタもー終わった-」

「ちょちょちょっ…なんでそういうことになるわけ!?」

ミズキの話が飛躍しすぎてついていけない。

確かに今の暮らしでは掃除も洗濯も料理も何もしていない。

料理も全く出来ないわけではない。

ただ、好きな映画を見てたりするとついつい出来合やお菓子で済ませてしまうこともしばしば。

特にそれで困ることは無いし、何よりなんで自分にまで飛び火しているのかがわからない。

(べ、別に私は……)

「今からでもアピールしとかないとダメよぉ? アンタ、そのうちたきなと織田作に居場所取られちゃうわよ~?」

「そんなこと……」

「無いって言い切れるぅ?」

「…………」

千束は答えられなかった。

何故ならば、その可能性を完全に否定できないからだ。

「ほらぁ、やっぱりそうなんじゃなぁい! まったく、情けないったらないわねぇ!」

「だって……」

「だってじゃないの。いい? 女の価値はね、いかに男を手玉に取れるかどうかなのよ。あたしらの年頃の女子に求められているのはそれしかないの。だからみんな必死にオシャレしたり化粧覚えたりしてるの。なのに、千束と来たらさっきの話を聞く限り、自分の仕事押し付けて、挙げ句の果てには自分勝手で、家事の一つもしない、だーれも振り向かせられない残念女よ!」

グサッグサッと、言葉のナイフが突き刺さる音が聞こえた気がした。

今までの千束であれば、この程度の言葉など気にも留めなかっただろう。

しかし、今は違う。

想像してしまった。

もしこのまま、ミズキの想像通りの展開になった結末をが。

ふと声が聞こえた。

 

 

――作之助とたきな、最近いいコンビになってきたな。それに比べて千束、お前と来たら。

 

(先生!?)

 

――全くだ。お前を育てるのにどれだけ苦労したと思っている? これならば、この支部の管理はたきなと作之助に一任したほうがよさそうだ。

 

(楠木さん!?)

 

――やっぱりお前にその制服は似合わねぇな。

 

(フキ!?)

 

――そういうことです千束。今日からは私がこの店のファーストとして活動します。つまり千束は用済みです。

 

(たきな!?)

 

――なら、もう俺がお前の命令を聞かないと行けない理由はないな。

 

(織田作!?)

 

千束の人間関係の中で指折りの人間から言葉。

彼らはトドメを刺すように一斉に同じ言葉を口にした。

 

――お前はもういらない。

 

 

 

「ヴェアアアアアアアア!!」

 

幻想、と云うにもその脳裏にありありと浮かんが風景に、絶望した千束は倒れながら絶叫した。

「千束、ミズキもうるさいのにお前まで騒ぐなよ」

そんな千束を救うべく現れたのは、世界最強のハッカーとして名を馳せたウォールナットこと、クルミだった。

いつも通り店の仕事を手伝わず、押し入れの中でゴーグルを被り電脳世界へと足を運んでいたのだ。今はDAの管理AI、ラジアータにハッキングを仕掛けて例のリコリス殺人事件についての全容を追っている。

「く、クルミぃ」

「アンタも仕事してよ」

「まぁ、実際そうなれば僕もたきなにつくからお前が必要なくなるわけだが」

「ぐはぁっ!!?」

更に追い打ちをかけられた千束は吐血しながら倒れた。

そんな彼女を放置して、クルミは話を変える。

「そもそも、未来予知ができる織田作にジャンケンで勝つなんてどういう手品だ?」

「それに関しては簡単よ。千束が相手の服や筋肉の動きで次の行動を予測してるのは知ってるでしょ?」

答えを出したのはうつぶせに倒れた千束では無くミズキだ。

彼女は続ける。

「グーから始めちゃうと次の手を変えるかどうかを読まれちゃう」

例え彼が未来を見て千束が何を出すか判断してから手を変えても、千束にはわかる。

つまり、あいこになった時点で織田は脱出不可能の罠に閉じ込められているのと同じだ。

いくら未来が見えても、その未来を元に行動を変えたのを見て千束も行動を変えれば、未来は上書きされてしまう。

と、懇切丁寧に教えていた。

「織田もそれをわかってるけど、命令で無理矢理あいこにさせてるのよコイツ。マジで最低ね」

「あ゛ぁぁ~もうゆるじでぇ~」

いよいよ千束が涙目になり始めるが、クルミにはまた新しい疑問が出来たのでそれを本人に尋ねることにした。

「なら、千束は銃撃戦でも織田作に勝てるんじゃ無いのか?」

「うぅ…ぐずっ、あぁ……それは無理」

今度は千束が答えた。

涙を拭いながら立ち上がり、その理由を説明する。

「ジャンケンみたいに出してすぐ勝ち負けが決まるなら負けないよ」

でも銃撃戦は違う。

と千束は云う。

「だって弾避けて近づいても、織田作もそれを予知して避けちゃうから」

つまり千束には彼に致命打を与えられない。

織田も右に同じだが、そもそも彼も千束と同じ事が出来る。

彼の場合は異能ありきである程度弾丸を予知しているとはいえ、元々の戦闘力と機敏さ、判断力に優れた彼を倒すには、千束1人では難しい。

そもそも、彼の異能力、天衣無縫と云う異能力が最強なのでは無い。

その異能を扱う織田作之助がいて、初めて無敵の異能力として昇華するのだ。

勝負にはなる。

たが弾が無くなってジリ貧になり、格闘になればリーチや体格の差でどのみち負ける。

と言うのが千束の負け筋だ。

「なるほど、ジャンケンで例えると銃弾を避けたら勝ちで止まっている訳か」

「じゃあ、マジでアイツ最強じゃん。倒せる奴なんているの?」

「あーそうだね…」

千束は云う。

彼の強さを最も長く、近くで感じたからこそ理解している彼女は、断言する。

そんな人間は1人しかいない。

 

 

「もしいるとしたら、それは──」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで! 私も家事を手伝います!」

織田が住まうマンションに戻ってきた千束は、2人の前でそう宣言した。

だが、等の2人はというと……。

「どういう風の吹き回しですか?」

「まぁ、やる気を出してくれたならいいじゃないか」

たきなは不服そうにしているが、織田は反対しなかった。

千束自身、イカサマとは云えないが常人の範疇を超えた力で無理矢理勝ち取った物だし、なにより、今この部屋の家主は織田で、押しかけることになったのも千束の我儘が発端だ。

「それにしても、どうして急にやる気を出されたんですか? まさか、やましいことでもあるんじゃないですよね」

「そ、そんなことしないよ!?」

たきなの問いかけに、千束は慌てて否定した。

これ以上は甘えられない。

自身の今後の立場や、周囲の信頼を勝ち取る為にも、ここで頑張らないと、と彼女は気合いを入れる。

だが、たきなは疑り深い視線を向けて続けるが。

「まぁいいです。じゃあ私は夕飯を作るので、千束は織田作さんの部屋の掃除と洗濯をお願いします」

「はい! 了解であります!」

千束は敬礼をして、意気揚々と部屋に向かった。

とは言っても、織田の部屋だ。もとより散らかっている筈も無く、せいぜいゴミをまとめるくらいだ。

彼は基本的に部屋にあまり物を置かない主義なのか、必要最低限の家具しかない。

趣味というか、彼を模る象徴がないのが千束には異様に思えた。

故に、大掛かりな片付けや清掃などは無く、ものの数十分で終わってしまうだろう。

ふと、耳を澄ませると下の部屋から話し声が聞こえた。

たきなと織田の声だ。

「あの…すみません。昼間に間違って買ってしまった物があって…」

「そうか、なら俺が行くよ」

「でも」

「今単独行動するのは危険なんだろ? 俺なら大丈夫だ」

たきならしくないが、なにやら忘れ物をしたらしい。

織田と店と夕食の買い出しに出歩いていたはずだが、几帳面なたきながそんなミスをするなんて珍しい事もあるものだ。

だが、同時に千束の頬が緩んだ。

(来た……)

しばらくすると、隠し扉が開き、千束が選んだ夏服を来た織田が部屋に現れた。

「たきなが買い忘れたものがあるらしいから買いに行ってくる。千束も部屋にいてくれ」

「はーい」

掃除の手を止めて愛想良く返事をした。

内心は映画の子悪党のようにニヤついている。

そして、再び織田が外に出て行った。

ついに待ち望んでいたチャンスが来た。

千束が織田の家に行くことを即決したその理由。

それを果たすときが来た。

千束はすぐに動いた。

先ず調べるのはベッド。織田が寝起きしているであろう場所に目をつけた。

見たところ、目立ったところはない。

マットレスの上にシーツがしかれているだけ。何の変哲も無い。

だが、見るべき場所はそこではない。

千束は身体をかがめた。

「ふふふ~ん、お宝はあるかな~?」

「お宝って何ですか?」

「おわっ!?」

突然後ろから話しかけられて千束は驚いた。

振り返るとそこには、エプロン姿のたきながいた。昨日から料理を作ってくれているからか手慣れており、織田とともに並んで立つとさながら夫婦のように見えてしまったのは内緒だ。

彼女は千束を冷たい目で見る。

まるで犯罪者を見るような眼差しだ。

「まったく、急にやる気を出したと思ったらこういう魂胆でしたか」

「いやその……」

千束は必死に弁明する。

何故バレたか分からないが、取り敢えず誤魔化すことにしたのだ。

「ほ、ほら! 掃除だよ。ベッドの下にも埃ってたまるし」

「じゃあお宝ってなんですか?」

「それは……」

「はぁ、織田作さんに黙って部屋を物色するつもりだったんでしょ?最低ですね」

「うぅ」

たきなは容赦が無い。

確かに彼女の云う通り、元々部屋の家主とは云え、無断で中をほじくり返すのは褒められた行為ではない。

だが、千束は引かない。

「でも、たきなも気にならない? 織田作がどういう趣味なのか」

「そ、そんなことないですよ!?  別に……」

どうやら彼女にも思い当たる節があるのか、途端に口ごもった。

それを好機と見た千束は畳み掛ける。

「そう? ホントは興味あるんじゃ無い? 私も気になるんだ。それに、これはたきなの為でもあるんだよ?」

「そ、そうなんですか?」

「うん! だって、もし織田作が私達に云えないことでも知っていればくみ取ってあげられるじゃん」

「たしかに……織田作さんのプライベートとか全く知りませんね」

織田は普段自分の話をしないので当然なのだが、たきなは納得してくれたようだ。

千束はほくそ笑む。

「だから、一緒に探してあげようよ!」

「はい、分かりました。そこまで言うなら仕方ありませんね」

こうして、二人はベッドの下を探ることになったのだが……。

 

「ない」

「ないですね」

 

何も無い。

比喩表現、誇張表現抜きにして無い。

本当に、何一つとして無かった。

そもそも、この家には家具以外のものがほとんど置いていない。

本棚や机はあるが、それ以外の生活用品は一切無く、テレビやパソコンといった娯楽品すら見当たらない。

退屈が嫌いな千束にとって、この空間で過ごすことは等しく拷問と云って良いだろう。

たきなも同じようで、呆れた様子で呟く。

「まさか、本当に何も無いなんて……」

「……いや、ひとつだけあるよ」

 

千束は指差した。

あった。

この部屋で唯一、織田作之助を象徴する場所が。

玄関には行ってすぐのところに立てられているハンガーラックだ。

そこには以下の物があった。

ベージュの外套、黒地のストライプのシャツ、深緑色のズボン。

レーザーハーネスと左側に差し込まれた一丁の拳銃。

今の彼は千束が選んだ夏服で出歩いているため、この部屋に存在する物。

だが、逆に考えればこれらこそが織田を織田たらしめるものなのではないか? 千束は考えた。

不躾に人の服をまさぐるわけにもいかないし、店だとミカやミズキの目がある。だが、今は千束とたきな、2人の共犯者しかいない。

千束は決断した。

「よし、やろっか」

「……はい」

たきなの許可を得た後、千束は早速、彼の衣服に手を伸ばす。

まず手に取ったのは黒いシャツだ。

洗濯されているが、洗剤程度では拭いきれない匂いが鼻腔を刺激する。

「ふーん、なんか不思議な香り」

「どうして嗅ぐんですか?」

「えっ? あ、そうだよね! ごめん……ん?」

すぐに違和感を感じる。

胸ポケットに何かある。

固い箱状の物が二つ。

「タバコと…ライターだ」

織田の愛用している銘柄のタバコとジッポーのライターだった。

どちらもかなり使い込んでいるのように見える。

液晶の劇中でも見る機会が減ったが、あまり見かけないタバコだ。

「次は、ズボンを見てみましょう」

「う、うん」

たきなが先に手を伸ばした。

千束は少し躊躇ったが、彼女が気にしていない以上自分も遠慮する必要はない。

ベルトを外し、チャックを下ろす。

が、たきなの手がそこで止まる。

「あの……触った感じポケットには何も無いと思うのでこれで……」

「あ、うんわかった」

確かに、男性の下半身を隠す物だ。

たきなじゃなくても恥ずかしいに決まっている。

彼女は顔を真っ赤にしながら目を逸らしていた。

実際、千束が触ってみてもわかる。ポケットは多いが何かが入っている感触は無い。

そして、たきなの云う通り、これ以上は無駄な時間になりそうだったので諦めることにした。

「あとは……」

「コートですね」

一番目立ち、彼を象徴づけるほど2人の脳裏に焼き付いたベージュの外套。

風に煽られる度にひらりと揺れる姿はまるでマントのようにも見える。

千束はそれを手に取り、しげしげと眺めた。

が、やはり何も見つからない。

織田作之助という男の情報が、何一つ出てこないのだ。

一体どうなっているのか。

こんなことは今までに無かった。

織田作之助とは、いったいどんな男なのか?

2人は途方に暮れていた。

時だった。

「?」

パサリ、と千束のつま先に何かが落ちる。

紙切れのようだ。

折りたたまれたり、服同士の擦れ合いのせいで紙の端々がボロボロになっている。

ただ、靴下越しに感じる僅かな堅さが、それが写真であると辛うじて理解できた。

千束は拾った。

たきなも横から覗き込む。

そこには3人の男性が映っていた。

古いカメラで撮ったのか、モノクロのせいで背景がわかりづらいが、各人の手元にあるグラスからそこがバーであると2人は遅れて把握する。

左には大きな縁の無い丸眼鏡をかけた背広の男。

皺一つ無いスーツを着こなし、いかにも出来るビジネスマンといった風貌でカメラを見ている。

右側には目を閉じてまま微笑むように下を向いた男性。

男性と云うには若々しい、千束やたきなとそう歳が変わらないのではと思えるほどだ。

特に彼の特徴をあげると全身怪我だらけということ。

包帯が右目と両腕、襟元にもある。左頬に絆創膏。

写真ではここまでしかわからないが、少なくとも彼がまともな状況ではないことだけは分かる。

だが、そんな異常さなど些細なことだと思わせるような異質がその中央にはあった。

彼がいた。

丸い氷が浮いたロックグラスを片手にまっすぐ立つ男。

2人の近くに広げられたストライプのシャツを袖に通している。

「織田作だ……」

千束は呟く。

織田作之助だ。

間違いない。

状況から考えれば、両脇にいるのは彼の友人だろうか?

写真を携帯に記録するのが当たり前の千束にはわかる。

大切な写真だ。

空気が違う。

腕を組んだり、ピースをしたり、千束達が普段、店に上げるSNS用の写真とは違った、目に見えない何かが、そこにはあった。

――ガチャリ、と音が鳴る。

並んで肩が大きく揺れた。

玄関の扉が開いたのだ。

「帰ったぞ」

声の主は織田だ。

「ん?」

「お、おかえり織田作」

「おかえりなさい」

咄嗟に、千束達は挨拶をする。

だが、その様子はあまりにも不自然だ。

そもそも現場がマズい。なぜなら彼の衣服が床に散りばめられているからだ。

「何してたんだ?」

「あ…いや、その……洗濯しようと思って中に何か無いか調べてたの! 大切な物とか入ってたらマズいでしょ!?」

苦しい言い訳だ。

しかし、織田は納得したようで、そうか、と一言だけ返した。

ここで正直に写真も出せばよかった。

別に恥ずかしいモノでも無いのに。

だけど千束は隠してしまった。

折りたたんで、自分のスカートの中に潜めてしまった。

どうしてだろう? 自分でもよくわからなかった。

ただ、なんとなく、千束はこれを見たら行けない気がしたから。











以下、たきなが買い出しで忘れ物をした理由。




近所のお婆さん:あら織田さんと、たきなちゃんじゃない。お買い物?

たきな:あ、はい。

織田作:そうですね。

お婆さん:ふふふ、並んで歩いていると夫婦みたいね。若い頃を思い出すわぁ。

たきな:えっ……、いや、その……。

織田作:お婆さん、俺達は夫婦じゃありませんよ?

お婆さん:あぁ、そうだったわね。

たきな:お、織田作さん、行きましょう。もう買い出しは十分だと思うのではい。

織田作:そうか。
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