私は身を捻る。
そして手を伸ばしあるものを掴んだ。それは手首だ。私の背後には銃を構えて腕を伸ばしていた少女がいたのだ。その様相は手前の少女と同じものである。
「なっ!? どうして――」
驚愕の声が上がる。だが遅い。
私は掴んだままの手首を締め上げて握られているそれを地面に落とす。少女が持つにしては大振りな拳銃だ。
足で拳銃を振り払い路地裏の用水路に蹴り飛ばす。
そして私はその反動を利用して半回転し、掴んだ彼女の身体ごと背を向けていた少女に向けて投げ飛ばす。
二人の悲鳴が重なった。
私に声をかけた少女もまた右手に銃を携えていたが、飛び込んでくる仲間を避けることが出来なかったようだ。
二人は受け身を取ることすら出来ず、背中から固いコンクリートの地面へと叩きつけられる。
十数秒は満足に動けないだろうと踏んだ私はすぐにその場を離れようと走り出した。
生憎今の私は丸腰だ。
厳密に言えば銃は持っているが弾が無い。とうに撃ち尽くしてしまったのだ。
少女とは言え、あの手際で人を殺めることができる相手を前にして逃亡以外の選択は無謀極まりないことだった。
私は走った。
幸いなことに路地裏に入ったばかりだったこともありすぐに大通りに出ることができた。そしてそのまま人混みの中に紛れ込むことに成功した。
息を整えながら私は考える。
あれは一体何者なのか。
何故私が襲われたのか。
目的は何なのか。
何もかもが分からない。
だが、このままここに留まってはいられない。またいつ狙われるか分からない以上、今こうしているのすら危険だ。
だが仕事は全うせねばならない。この程度のことで信用を失うわけにはいかない。
ポートマフィアにいた以前の仕事をしていたときも日常茶飯事のようなものだった。
改めて言うと泣きたくもなるが泣くのは仕事が終わったあとでもできる。
私は抱えている荷物を見た。
これは依頼主から預かったものだ。中には貴重な品が入っているらしい。これを無事届けることこそが私の役目だ。
ならばどうするか? 決まっている。目的地に向かうだけだ。
まだ猶予はある。今から向かえば十分間に合うはずだ。
私は再び駆け出した。
大通りを抜けて再び、路地裏に入る。
この頃にはもうある程度思考が巡るようになり、私が何故襲われたのかも見当がついた。
この荷物だ。
恐らくは中身が目当てなのだろう。
実際このボストンバックに何が入っているのか皆目見当もつかないが、お得意先の事情を考慮すれば充分に考えられる。
もっとも狙われるのがあの制服をまとった少女であることは想定外だったわけだが。
一見奇をてらっているように見えるが合理的だ。これほど治安の良い街なら学生などいくらでもいる。
さしずめ、東京の迷彩服と言ったところだろう。
相当厄介だ。これでは人混みに紛れるのが逆に自身の身を危険にさらすことになる。街の中を深海魚のように寡黙に歩く人々の中に、制服を纏った少女が一体何人いるだろう。
一人二人であれば良い方だろう。それこそ、あの少女たちのような集団が幾つもあると考える方が自然だ。
俺が撃ち殺される瞬間に映った彼女たちからは、個人としての自由や意義というモノを感じなかった。つまり、彼女たちは自分勝手な主義主張で動いているのでは無く何者かに統率されて動いていると見る方が妥当だ。
だとすると、私が感じ取ってしまっていたこの街の違和感に説明がつく。
あの子達は、彼らと同じだ。
ポートマフィア。
かつてヨコハマの街を支配していた暴力の秩序。
彼らは自分たちの組織のためだけに動く。
そこに個人の自由は無い。あるのはただ、組織の規律のみ。
そんな彼らが、自分の意思で誰かを殺すことなどあり得ない。それは首領の意思に反するからだ。
黒い背広を身につけ、サングラスで素顔を隠し、冷徹に引き金を引き敵対者を屠る彼らと彼女たち。
一体何の違いがあるのだろうか?
そう思った途端、私の脳裏に一つの可能性が浮かび上がった。
それは裏社会の本質。
敵対者は必ず殺す。
例え地球の裏側にまで隠れようが必ず見つけ出し、自らに逆らった者達の血と臓物がどのようにまき散らされるのかを知らしめるのだ。
となれば、私はいよいよこの仕事を完遂せねばなくなる。
私のような独身者がそのような組織から逃れられる術があるとすれば、別の大きな組織に庇護してもらわなければならない。
今回の成果を手土産に、お得意様に取入るしか私に生きる道は無いのだ。
地面を蹴る力が次第に強くなる。焦る胸中とは真逆の静寂な空気を切り裂くように私は走る。
順調だ。このまま走り続ければ目的地まで10分も掛からない。地道にこの仕事を続けていた甲斐もあったというもの。
人目に悟られない道筋はすでに出来ていた。
しかし、その考えは希望的観測だった。
数歩進んだ先、路地裏の少し開けた十字路を飛び出した瞬間、私は蜂の巣にされる未来が見えた。
私は咄嵯に横に飛び込んだ。
刹那、私がいた場所には弾丸の雨が降り注いだ。
「……」
私は声を上げることも出来なかった。
銃口を向ける先にいたのは、やはりあの少女達だった。
皆一同に、あの左胸を不自然に守る制服を身につけている。違うところがあるとすれば、いくつか色が違う制服の者がいるくらい。
赤が一人、黒が三人と言ったところか。
「くそっ! 外れた!」
「落ち着け、次は当てればいい!」
私は地面に転がりながら思う。
一体何度撃てば気が済むのか。
あの拳銃は確かに高性能な代物のようだが、こんなにも連続して撃つようなものではない。
弾だって無限にあるわけではないのだ。
私はすぐに立ち上がり走り出す。彼女達から背を向けることになるが背に腹は替えられない。
すぐさま私が背後から撃たれる未来が見えた。肩甲骨から腰にかけて風穴だらけになる姿がだ。
地面を蹴り上げて鉛玉の嵐をかわす。
「アイツ! 完全に死角なのに!」
驚愕にどよめく声を背に、曲がり道入り込んだ私は再び駆け抜けようとする。
だが、今度は正面から複数の足音が聞こえた。
子供に追いかけられるのは慣れていたが、それが命がけの追いかけっこになるとは全く思っていなかった。
しかし走り続けるしか無い。隠れる選択肢はない。
あれだけ完璧な奇襲を繰り出してきた相手対して身を隠すという選択肢は自殺行為だ。
自ら天井に輪っかを作ったロープをくくりつけている方がまだ常識的と言って良いだろう。
立ち止まれば最後、首つり自殺以上に苦しんで死ぬのが間違いないからだ。
かといって、彼女らを一度撒かないことには話にならないのも事実。
いや、それ以上に考えないと行けないことがある。
何故彼女らはここまで完璧に私を追い続けられるのだろうか。その手腕だけを見ればポートマフィアも舌を巻くほどだ。
そのからくりの正体は、意外にも簡単に発覚した。
背後。それも頭上の方で何かが動く音がかすかに聞こえた。駆動音だ。
私は振り返り、上を見上げる。
するとそこにはあるモノがあった。
小さな箱状の物体が私を追うように飛来していたのが見えた。四つのプロペラが高速に回転して浮遊し自在に動くという代物だろう。
恐らくはあれで私の位置を把握していたのだろう。
だが、これで謎は全て解けた。
あの物体を破壊すれば、少なくとも数分は私の追跡は出来ないはずだ。その間に身を潜めればあるいはと考えた時、再び未来が見えた。
見えた未来は、向かいの曲がり角の影から長い黒髪の少女が飛び出し、私を撃ち殺すというモノ。
私は曲がり角に向かって加速した。普段の私なら回避する選択肢を取るが、今回は別だ。
「っ!」
私が曲がり角を飛び出すと、長い黒髪の少女が即座に銃を発砲した。おそらく背後の飛来物からの情報でタイミングは完璧だった。
だが少女の身体には似つかない大ぶりの銃から放たれた鉛玉が私に当たることはなかった。
「嘘…この距離で…っ!」
私は彼女の銃を握る手を掴むと同時に空いている腕を振るう。この間合いでよけきるのは不可能な位置で放たれたそれは的確に少女の気管を潰し一時的に動きを止めることを可能とした。
「かはっ……」
絹のような黒髪がなびくと同時に小さな身体が崩れ落ちた。
今度は最初の攻防と違い、落ちる銃を掠め取る。
普段から愛用している古い銃に比べて重心が大きく扱いづらいが文句は言っていられない。
私は背後を執拗に追っていた物体を迷わず打ち抜いた。反動が大きく、手が大げさに揺れた。
「悪いが、俺も仕事なんでな。これは少し貸してもらう」
「っ……待ちなさ…」
彼女は私の言葉を聞き終わる前に、意識を失い倒れた。私はそれを見届けることなく、再び走り出した。
そして、見立て通り少女達の執拗な追撃は無くなっていた。
どうやら上手くいったようだ。
そう思った途端、私の中に安堵と疲労が一気に押し寄せてきた。
通りがかった廃屋に身を潜めた私はここに来てようやく一息つくことが出来た。
あの後、私は彼女達を振り切ることに成功した。
あの機械仕掛けの追尾機を破壊したことで、あの追跡劇は終わったのだ。
だが、それはあくまで一時凌ぎに過ぎない。
あの子達が諦めたわけでも、ましてや死んだわけでもない。
いずれ、またどこかで出くわす可能性は高い。
それまでにこの仕事を終えてお得意様のところに転がり込むのが私の唯一の勝ち筋だ。
つまり時間が刻一刻と迫っているというわけだ。ここにいるのも息を整える程度にしてすぐに移動しなければならない。
私は懐中時計を取り出し時間を確認する。
残り時間は3分を切ろうとしていた。
今から目的地までは目と鼻の先。つまり切羽詰まってこそいるが不可能では無いということ。
私は覚悟を廃屋を飛び出した直後だった。
「はいはいはいはーい、おにーさーん。そこで止まって―」
突如として、声が聞こえた。
それも真後ろから。私は反射的に振り向いた。
そこには、赤い制服を着た少女が立っていた。
だが彼女には見覚えが無い。私に奇襲をかけた者の中に同じモノを身につけていた人物がいるのは記憶に新しいが、こんな容姿ではなかった。
茶髪でもなければ、つり上がった三白眼でもない。
白髪というには健康的な暖色が混じった髪は肩まで伸びていて、淺日色の瞳が拳銃と共に私を見据えている。
「いやーお兄さんすごいねー。ここまで逃げた人お兄さんが初めてだよ」
にこやかな笑顔で私を賞賛する。
しかし、その言葉とは裏腹に銃口はぴたりと私の額に照準を合わせて離さない。
まるで私が逃げることを予想していたかのように。
「それは光栄だな。なら、是非その栄誉に預かってここは見逃してもらいたいんだが…」
「ん~私も出来ればそうしたいけど~、それにはお兄さんの協力も必要かな~」
「具体的には?」
「その荷物の中見せて?」
「それは出来ない相談だ」
少女は私に向けて銃を構えた。応えるように奪った銃に手をかける。彼女との距離は手を伸ばせば触れられるほど。そして、相当の手練れであることが見て取れた。おそらくは、私を追っていた者達よりずっと強い。
「なら、力ずくで貰うしかないよね」
「……ああ、そうするしかないようだな」
私は銃を引き抜き、銃口を向けようとした瞬間だった。
少女と私の間にあるモノが落ちた。私達は同時にそれを見た。
それは二つあった。
一つは閃光手榴弾。
もう一つは瓦斯手榴弾。
未来が見えた。そしてそれは手遅れだった。
私が見た未来は閃光手榴弾により視界を奪われ、放たれたガスによって私は気絶させられるというものだった。
だから、これはもう避けられない未来だ。
可笑しいことがあるとすれば、それが目の前にいる少女の手による仕業では無いということ。
あの驚きと焦りの顔はいかなる切れ者であったとしても演技なわけがない。出来るとすれば魔人と言って良いだろう。
では一体誰が?
私を追っている彼女達では無いのなら、原因は他にある。
心辺りは一つしか無い。私が後生大事に持っている荷物だ。
そうなると下手人の正体は……。
しかし、その根拠の紐付けを行う暇もなく私達は気を失った。