彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

23 / 48
今日はちょっとギャグより?


夜の密会追跡大作戦 前編

「人のスマホを覗き見すんじゃありません」

「だって見えちゃったんだもーん!」

「……目がいいと余計なものまで見えてしまうんですね」

「はは、パンツとかな……イデッ」

夜の喫茶リコリコ。

そのバックヤードに店主を除いた従業員全員がお互いを囲っていた。

議題は、なにやら深刻な内容でこの店、喫茶リコリコが閉店の危機に陥っているというものだった。

そもそも、ジイドが現れた時点で店ごと爆破されても可笑しくない状況で何を言っているのだと私は感じているが、千束達の肝の据わり方にはいつも驚かされてばかりだ。

「楠木だとなんでわかる?」

「そうですよ。司令とは限らないでしょう?」

聞くところによると、今日、千束が営業中に店主のミカのスマホを覗いてしまったことが発端。

千束の今後についてという意味深な内容から、彼女は自身がDAに戻されるのでは無いかと危惧していた。

もっとも、あの落ち着きのあるミカが、あの仏頂面の楠木にたらし込まれるとは到底思えないが。

いや、私とたきなはあれを見てるから彼女の人物像が大分おかしな事に鳴っている分一塩だ。

千束もその内の1人だが、彼女は今拗ねているたきなに抱きつきながら頬ずりをしている。

「それがなんで店の閉店と関係してくるんだよ?」

「小さいとはいえ、一応DAの支部だからねぇ……ファーストリコリスが居ないと存続できないのよ」

「じゃ私が戻りますよ」

「え~そんな寂しい~」

千束の頬ずりがさらに増している。

最近は、1人じゃ不安だからとよく私やたきなの家に上がり込んでは甘えてくる始末だ。

私も彼女達を案じる立場である以上、無碍にはできない。

あと忘れていたが、甘味処の形をしてここも立派な公的機密機関の支部。その辺りの条件や規則は例外が無いらしい。

故にジイド達をはじき返す要因にもなっているのだが、私個人の問題としてもこれはゆゆしき自体なのだ。

「皆だってお店が閉店したら困るでしょ!?」

「まあ……私は養成所戻りですし」

「まだ此処に潜伏しないと僕は命が危ない……」

「俺も元はと云えばクルミと同じでマフィアから逃れるためにここにいるからな」

「私も男との出会いの場がなくなる…!」

ミズキの動機はもはや果たされてすらいないのでは?

現にここに足を運んでくる彼女のお眼鏡にかなった男性を今まで見たことが無い。

私が働くようになってから一年続いている。

別の手段を探すべきでは無いだろうか?

変な事を口にすれば彼女の逆鱗に触れて議題が脱線してしまう恐れがあるのでこの場は口を詰むこととしよう。

「そもそも、千束を連れ戻すと決まったわけじゃ無いだろう?」

「わかんないわよ~? あのジイドって奴が千束をボコボコにしたって云うし、安全策のためにDAに匿っておきたいとか」

「も~ミズキ! 私、ボコボコになんてされてないよ!!」

「なーに云ってんの! 肩撃たれただけなのに織田にお姫様だっこで店まで戻ってきた奴が云うセリフか!」

「ちょっその話は止めてって~!!」

顔を真っ赤にして両手を振り回して抵抗する千束とそれを揶揄いながら笑うミズキ。

この2人は本当に仲が良いと思う。

共にいた時間は、私やたきなをも優に超えている。

私の知る友好とはまた別の形の絆があるように感じるのだ。

そんなことはともかくと、クルミが話が脱線して収拾が付かなくなる前に軌道修正を行う。

「普通に逢い引きの可能性もあるんじゃないか?」

「「ないないないない」」

「何でだよ、ありうる話だろ!」

「「ないないないないないない!」」

千束とミズキ、この2人は息が合っているのかあっていないのかわからん。

だが、本題はこの状況をどうするべきかだ。

千束曰く、メールでは明後日の二十一時に、ある会員制のバーで落ち合うとのこと。

それだけ情報が集まっているのならば、私の除いた彼女達、公的機密機関のエージェントとその職員、日本最高のハッカーという錚々たる顔ぶれがやることと言えば一つだけだ。

それは――

「尾行か?」

「尾行だね」

「尾行ですね」

「尾行ね」

「尾行だな」

 

脱線まみれに思えたこの議論も、奇跡的に一つの場所に執着してくれることとなった。

かくして、夜の密会追跡大作戦が始動した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

とは云ったものの、尾行決行にはまだ猶予がある。

各人が集まる店で目立った準備をすることは対象であるミカに悟られる可能性があるため、当日までは普段通りに振舞うことにした。

その翌日の昼間、テレビではこのご時世には似つかわしくない悲惨な事件の報道が発せられた直後のことだった。

「千束はいるか?」

「お~!フキいらっしゃい」

 

来客を伝える鐘の音と共に千束を呼ぶ声がしたので一同顔を集めると、そこに現れたのは客では無かった。

千束とたきなと同じ制服を着た少女が2人。

私とも面識がある。

確か、フキとサクラ。

特に赤い制服の少女はよく千束が愚痴を言って話してくれるためよく印象に残っている。

口ぶりから相当嫌っているようにもおもえるのだが、私の友人が職場の相棒の馬鹿さ加減をぼやいている様子に似ていて、どこか微笑ましく思えるときがある。

後者とも地味に因縁がある。

たきながDA本部に赴いたときに声をかけてきた子だ。私でも分かる露骨な嫌みで彼女をまくし立てていたが、今のたきなには些末なことと云って良いだろう。

それだけ、2人の絆が深まっているのだと思えば、自然と笑みもこぼれるものだ。

 

「説明は不要だな。見せたい物がある」

フキは千束に目もくれず足早にクルミが座っているカウンターの隣に腰をかけるとすぐに本題に入ろうとした。

「あと、アンタにも見て欲しい」と、私にも促してくる。

リコリスではない私には無関係の話と思うがそうでもないらしい。

一体何用か?

 

「あ?見ない顔だな」

「でででDAの者です…」

「そうなのか?」

「え?あ…ああ…うんうんうちのコンピュータの人…」

隣に座るクルミが露骨すぎるほどに挙動不審になっている。

昨日も話していたが、クルミはロボ太だけではなく千束達の元締め、DAにも命を狙われているらしい。

クライアントの依頼とは云え、彼女達の任務の妨害をしたとして私と似たような立場でこの店にいる彼女からすれば、本部の人間に正体がばれる事がもっとも恐ろしいことのはずだから無理も無い。

いつまでも匿えるわけにはいかないから、うまいこと落としどころを作ってほしいものなのだが。

「して、その見て欲しいって云うのはなんなんだ?」

「これは署内の監視カメラの映像だ。アンタが話していた、千束を撃った奴はドイツだ? あと、真島って奴も」

クルミの端末を借りて小さな欠片のような物を差し込むと警察署内の映像が映った。。

だが、刑事さん達が穏やかに勤務している様子などは無い。

フルオート火器で武装した集団が、署内を荒らして回っているという悲惨なものだ。その上、場所というのがたった今報道されていたニュースの内容と合致する。

つまり、指定暴力団が行ったというのは建前で、内実は彼らによる犯行だったらしい。

「モンモンじゃねーじゃん」

「報道はカバーしてるに決まってるじゃないっすか」

「けど行動前にやるのがあんたらの仕事でしょ~?」

「フン!」

ミズキとサクラが言い合っているが、私も千束もそれどころじゃない。

集団の服装が、ジイドが引き連れていた集団と同じだ。

まだジイドの影は映っていないが、状況証拠としては十分すぎるだろう。しかし、実際の映像を捉えなければ……。

「おや?珍しいお客さんだな」

逸る私の心中を差し置いて、カウンターの奥からミカが現れた。

「団子セットいいっすか~?抹茶のやつ」

「抹茶団子セットね。フキ。お前は?」

調子者という言葉が似合うサクラは、現れた店主にノリノリで注文を取るが、相棒のフキはというと……。

「いえ…任務中なので…」

身をかがめてカウンターから顔を隠しているように見える。

背後から見ても、耳元が真っ赤に茹で上がっている。

どう見てもミカを意識しているのが見え見えだ。

「千束ー!どれだ!どいつだ!」

「あーあーそんな大きな声で叫ばなくたって」

フキが気恥ずかしさを誤魔化すように声を張る。店内で叫んでいるフキを見て、千束も呆れた声で諫めているがすぐに息を飲んだ。

私も割って入るように端末に触れて動画を止めた。

奴が、いたからだ。

「こいつこいつ!ねぇ織田作!」

「あぁ、間違いない」

ジイドだ。

普段は襤褸を被っているくせにこの映像では素顔を見せている。

いや、見せつけていると云った方が正しいのか?

廊下を通る一瞬、カメラに目を配せている。カメラ越しに見えるひび割れた赤い瞳孔が、まるで私を直視しているかのようだった。そして、彼の手前には、緑色の頭髪の男。

私が殴り飛ばした男だ。

「たしか、この男が真島だな」

「おそらくコイツが主犯で、ジイドって奴は用心棒ってところか?」

あのジイドが用心棒なんて収まるものかと内心では唾棄してしまうが、現に本人からも悪い気はしないと云われているのだ。

その通りなのだろう。

しかし、私達を狙えないと分かると警察署を襲うとは一体何を考えている?

それにこの映像が撮られたのは昨日の夜。私と会ってから数時間ほど後には彼らと合流してこの襲撃を決行したと考えると、あの時、ジイドの背中を撃っておけばこの警察署内にいた人々が悲惨な目に遭うことが無かったはずだという根拠の無い焦りが湧いてくる。

私は無力だ。

自分の信念を貫くことすらままならない。

「ほらこれ両方とも髪型私のじゃない」

「色だけじゃないですか!」

千束とたきなは、画面を見ずにカウンター奥に飾られた四枚の絵を指さしている。

どれも、2人の人物が描かれている。

千束が描いたと思われる絵は、緑色の頭髪の男と銀髪の男。

たきなが描いたと思われる絵は、短髪の黒毛男子と長髪の黒毛男子。

どちらも味のある絵だ。

友人が用意してくれた洋食屋で暮らしていたあの子達と似たような雰囲気を感じて、少しばかり心が和む。

「千束、たきな、ずっと気になっていたんだがこれは誰の似顔絵だ?」

「誰ってわかるでしょ!? ジイドと真島!」

「織田作さん! 私の方が似てますよね!!」

これが…ジイド?

両者ともそこはかとなく美化や脚色が加えられている気がして、本人の顔すら忘れてしまいそうになるが…どちらかが似ていると言われたらそうだな……。

「ジイドは千束の方が似ているな」

「ほーらそうでしょ!! 宿敵なんだもん間違えるわけないよね!」

「どこがですかよく見てください!!」

「でも真島はたきなだな」

「そうですよね!」

「いやどこが!?」

というか、真島という男が私の中で確かな輪郭を模っていない。

顔を見る間もなく鼻をへし折ってしまったからだろうか。

それとも、ジイドの陰に隠れていたせいで印象が薄いのかもしれない。

なんにせよ、千束達を守るだけでは無くいずれは打って出る必要があるのかも知れない。

だが、彼の居場所が分からない以上は手の出しようが無い。私達では調べられる範囲に限界がある。

この辺は、本場のリコリス達の調査にかかってくるのだろう。

「サクラ。行くぞ」

「え?まだ団子が~!」

千束とたきなの言い争いに巻き込まれている間に、フキとサクラは店を出るそうだ。

サクラはまだ頼んだ団子を口にしていないせいか涙目になっているが、力なくフキに引きずられて消えてしまった。

店に客が射なくなっても千束もたきなの言い争いは続き、もはや私など蚊帳の外になっているなか、「織田作」と幼い声で私を呼ぶ声がした。

クルミだ。

「これ見ろよ?」

戻ってきた端末を触っていた彼女は、私にある画面を見せた。

そこは荒らされた警察署内のある部屋。

椅子や壁板の高級感からそこが所長室であることが推測できたが、今や凄惨に荒らされていて見る影も無く、辛うじて分かる程度だ。

そして、デカデカと赤い塗料でこう書かれていた。

 

――勝負だリコリス!

 

と。

 

「これはまた、わかりやすい宣戦布告だな」

赤い塗料というのは血かもしれない。

彼らならば、平然とした顔でやりかねないだろう。

奴のことだ。

警察を手玉に取るくらい容易いことだろう。

何せ、あのジイドが居るのだから。

私は、拳を強く握り締めた。

 

 

 

 

 

やがて夜になった。

今日も平和に終わった。

来客のために付けていた照明が消え、今は間接照明が薄暗くカウンターと座敷を照らしている。

あれほど派手に動いた昨日の今日で奴らが私達に仕掛けてくることはないだろうが、ここ数日は頭痛の種になってしまっている。

奴ら……ジイドがこの店に襲撃に来ないかという不安もあるが、何より千束達を信じ切れない自身の胆力のなさに嫌気が差すのだ。

そんな私が、今、何をしているのかと云うと……。

 

「腹減った~」

「おうどんでもゆがきます?」

「いいね」

「咖喱はどうだ?」

「うどん食べまーす!」

「僕もうどんを」

「咖喱は?」

「じゃあ私が」

そうか。

たきなだけか。

今日は皆気分じゃ無いらしい。それにしても、皆一同は麺類が好きなのか?

確かに麺類は消化に良いと聞くが、カレーも負けてはいないはずだ。

私も食べるし、たきなもご所望なら作ってやらないと。

「あ~悪いが私は用事で外出する」

一同の中で唯一今日は何も口にしない人物がいた。

ミカだ。どうやら出かけるらしい。

彼は杖をつきながらゆっくりと店の扉を開けて、「戸締まりを頼むよ」と店を後にしようとする。

「ミカ」

私は彼を呼び止めた。

不思議と千束達の視線が痛い気がした。

「昨日暴れ回ったばかりだから監視の目が厳しいだろうが、奴らには気をつけてくれ」

「あぁ、勿論だ。移動には気をつけるよ」

そう言うと、彼は扉を閉めて出ていった。

彼の姿が消えると、私達も動き出す。

まずは米だ。賄いで余っているものがあったが量が心許ない。しかし、夜食ならばこの程度でいいのかもしれない。

次はルウと具。

ルウはともかく、問題は具だ。挽肉とタマネギと卵だけで十分なのだが今日はこのうちの前者が無い。若干物足りないが仕方ない。今から買いに行くには時間が無いだろうから、今回は妥協せざるを――

 

「言い忘れたがガスの元栓…」

 

不意に店の戸が開く。

ミカが戻ってきたらしい。

たしかに、料理をする手前、その当たりはしっかりとした方がいい。忘れてしまったら店が奴らの手にかかる前に火の海になる。

「どうした?」

「いや…うどんはどこかな~と…」

「ここにうどんはありませんでしたー」

「あ、ないかー…」

千束とたきなは鞄の中を開け閉めし、ミズキはよくわからない体操をしている。クルミは千束を覗くように身体を上下に跳ねさせていた。

「うどんなら納戸だ」

おかしな彼女達を諭すように、ミカはうどんのありかを伝えると今度こそ店を後にした。

三度目になる鐘の音が聞こえると、おかしな動きをしていた彼女達は「はぁ」と息をつきながら糸の切れた人形のようにその場にへたり込む。

一気に緊張の張りがぬけたらしい。

だが、彼女達は一斉にカウンターから身を乗り出して私に詰め寄ってきた。

「ちょっと織田作! 未来が見えるならちゃんと先生が来るって言ってよ!」

「いやでも咖喱が」

「アンタこういう時に役に立たないでいつ役に立つのよ!」

「そうだぞ! マジで肝が冷えた!」

「いや、たきなも咖喱食べたいって」

「ちょっと何言ってるかわかんないです」

 

 

そんな、酷い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。