彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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Parallel and Now.

「なんで私ばっか外回りなの!」

「仕方ないだろう、急がないとタヌキが逃げる」

喫茶リコリコ内の財政状況は徐々に改善傾向にあるが、今までのは表向きの喫茶店業で副業のようなものにすぎない。

彼女達リコリスの本業は、あくまで外部からの依頼なわけだ。

日本語学校の臨時講師、幼稚園のレクリエーション、得意先の組事務所への珈琲から迷子の捜索、銃を持った不審な輩をとっちめることなど多岐にわたる。

元来、本部のDAからは見向きもされないような溝さらいばかりなわけだが私の前職と似たような仕事内容なので個人的には気に入っている。

かくして私と千束は、神社で見つかった狸の捕獲にも勤しんでいる最中だ。

隣で網を振り回しながら狸を追いかけている千束はなぜか南瓜のお化けを模した小悪魔のようなドレスのまま。

最初は幼稚園のレクリエーションを手伝っていたのだが、人数的なコストを考えて分担をたきなに提案されたため、そのままで出てくる事となった。

無論私も吸血鬼を模した格好で神社近辺を走り回っている。

傍から見たら職質されてもおかしくない状態だろう。

しかしまあ、このあたりは住宅街だからいいものの、一歩でも外に出ればそこはもう都会のど真ん中である。

田舎と違って人通りも多いうえに、警官の姿など滅多に見かけないので下手すれば職務質問からの補導まであり得るのだ。

「あの狸、次の角を右折する。二手に分れて挟み撃ちにするぞ」

「わかった! こっちは任せて!」

異能で見えた未来を元に狸を先手を打って確保するために手分けして行動を開始する。

私はそのまま狸を追い、千束は角を曲がらずに直進していく。

曲がり角を曲がれば、まぁるい形をした毛並みの良い狸の尻尾が上下に揺れているのが目に入る。

そのまま路地裏の奥へと逃げていくつもりらしい。

私は足を速めた。

徐々に尻尾との距離が狭まってくるがまだ手に触れることすら叶わない。

しかし、その時は来た。

「とりゃー!!」

奥の角から回り込んでいた千束が、南瓜のスカートを翻しながら網を振るう。

だがすばしっこい狸は野生の勘とも云える動きで最初からそれを予知していたかのごとくひらりと躱してみせた。

そこでこの子の逃走劇は終りとなる。

なぜなら、この狸が飛んだ先には私の両手が待ち構えていたからだ。

「っと」

千束の網を躱すのは予知で見抜いていた。

回避の動作を取るために必要な硬直で一気に距離を詰めた私は、狸が飛ぶ方向に手を出しているだけでことがすんだのだ。

まるで猫のように襟首を掴んでやると、ジタバタ暴れながらも観念したのか大人しく捕まることを了承してくれた。

「織田作ナイスキャッチ!」

「これで依頼完了だな」

「よーし! 次の依頼へゴー!」

最初こそ外回りばかりなのに対して不満を吐露していたが、なんやかんやで楽しく感じているようだ。

その後も次々と依頼をこなす。

バイタリティに溢れた千束ならば、1度波に乗れば驚くほどの勢いで仕事をこなしてしまうのだ。

おかげで今日一日で随分懐具合が良くなった。

その証拠に千束が持っている少し季節が先に思える真っ白な袋の中にはその日の依頼で稼いだ報酬の札束が詰まっている。

 

「いやー働いたね-」

「これだけ金払いがいいならやりがいもあるな」

前の職場はこうじゃなかった。

と、らしくない愚痴を零してしまうほどには浮かれてしまっていた。

仕事の内容はほとんど変わらないのに、待遇面が違いすぎる。

千束がいなければこうはならなかったはずだ。

「織田作の前の仕事ってどんなことしてたの?」

「…あまり面白いものじゃないが、今やってるのと似たようなものだぞ?」

「え~なにさー教えてよ-」

「とある商店街で万引きしている子供を懲らしめた。とあるチンピラが拳銃を紛失したって云うからその捜索と自宅の掃除。続いて、ある企業の役人が、愛人と妻の間に挟まれている修羅場の仲裁。それと、事務所裏手に見つかった不発弾の処理。似たようなものだろ?」

「……」

指で数えながら話していると、何故か千束は顔色を悪くしながら黙ってしまった。

変なことでも言っただろうか? 私にとってはどれもこれも同じような仕事ばかりだったが、彼女にはそう思えなかったのかもしれない。

今のところ、どこかのマフィアのフロント企業の役人が、愛人と妻に左右同時に罵声を浴びせられたことがないのも高評価の一つだ。

あのときは流石にその場で舌を噛みきりたいと願ったほどだ。

2度とやりたくない。

「千束なら案外そういう修羅場もうまく取り持てそうだな」

「え~私そういうドロドロしたの嫌いだな~。もっとほら、みんなで幸せになりましたENDとかそっちの方が好きだな」

「お前らしい」

彼女の性格からして、それは容易く想像できる。

だからこそ、彼女に惹かれているのだろう。

きっと、この先も。

「さて、幼稚園に戻ろう。たきなに報告しないとな」

「うんっ」

満面の笑みを浮かべる千束と共に歩き出した。きっとたきなも同じように笑ってくれるはずだ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「もう…そのパフェやめます…」

 

しばらくして、たきなの表情は曇り事となる。

喫茶リコリコの財政はかなり良好となり、最初に見せつけられた悲惨な経理ソフトの画面が今や花園が広がっているほど右肩上がりと云って良い。

現にミカが前から欲しがっていた品の良いレコードに、全自動食洗機、お給仕ロボットまで導入できるほどの経済力を手にすることが出来ていた。

その根幹となるたきな作の新メニューを止めると言い出したので何事かと目を見開いた。

今や大盛況、このパフェ目当てでやってくるお客が店に大蛇のような行列を作っているのにだ。私の咖喱など助けにもなっていない。

なぜなら開店してすぐに制限である10食が終わってしまうからだ。

だからほとんど貢献している感触を感じない。

一時は開店前で列の順番を巡って女性客がお互いの髪の毛を引っ張り合っていたらしいがなにがなにやら。

それに比べてば彼女作のパフェはこの店に無くてはならないもののはずだが……。

「気づいたか~。いいじゃない人気なんだからさ~」

「一体何に気付いたんだ?」

「それは…」とたきなは顔を赤らめて言い淀む。

未来が見えた私は咄嗟に顔をかがめた。

ミズキに後頭部をしばかれる映像が見えたからだ。

「女の子に何言わせようとしてんじゃ貴様!! そして避けるな!!」

「だからなんなんだ?」

「あぁもうアンタって奴は変なとこで鈍いんだから」

ミズキはブツブツ文句を垂れながら新しく導入されたロボットにたきなのパフェを処分するよう命じていた。

「ハイ、ナガシテオキマス」と、スピーカーから発せられた電子音と共にロボットはパフェを持っていく。

何故か、トイレに流しにいったそうだ。

詰まったらどうするのだ。

それに、食べ物を粗末にするものじゃないだろう。

「とりあえず、一つくらいは俺が食べておくよ」

「え? いや…その、止めてください…」

「なんでだ?」

「だってそれ……うぅぅぅぅぅぅ~」

たきなは顔を押さえてその場にしゃがみこんでしまった。

何故こんなことになっているのか全くわからない。

彼女がこのパフェの何に気がついたのか、その根拠の紐付けを行う暇は店に鳴り響いた電話の音によっかき消された。

たきなはずっと顔をかくしたままだし、私が出た方が良さそうだ。

「はい、こちら喫茶リコリコです」

「あら、その声は織田さんだったかしら? 山岸よ」

受話器から聞こえた声には覚えがあった。

私と千束がジイドと交戦した際に負傷した傷を手当てしてくれたかかりつけ医の山岸。

彼女もまたDAの職員の1人で、千束達リコリスの身体のケアや月一の検診などの任務を請け負っている。

そんな彼女が一体何用か?

「あの~。お店によ。千束はいます?」

「千束ですか? 今日は遅番のはずですよ?」

確か、今日検診を受けるためにたきなが無理矢理時間を作ったのだ。

ズボラが服を着て歩いている千束に取っては、こうして強制的にでも行くと云わせないとズルズルと先延ばしにされているのが目に見えているからだ。

「それがね、来てないのよ。携帯も出なくてよ」

「そうですか? わかりました。少し探してみますね」

適当に挨拶をしてから受話器を置く。

ふと視線を下に向けると真剣な顔のたきながいた。先ほどまでの乱心が嘘のよう。

「千束、検診に云っていないんですか?」

「らしい」

「少し電話してみますね」

そうしてくれと私も同調する。

不安が私の心臓を駆け巡る。千束の安否がわからない。

もしやジイド達が仕掛けてきたのではないのかという焦りだ。いくら監視の目が厳しいとは云え、かいくぐることの出来ない男ではない。

その気になれば強硬手段に出ることなど容易のはずだ。

今すぐ駆け出すべきだと脳裏で軽傷が聞こえる。

だが確かめる術は、たきなが鳴らしている千束への電話のみなのが、歯痒くて仕方がない。

どうか無事でいて欲しかった。

そして、その願いは届く。

「千束? どこです? 定期健診行ってないんですか?」

「ああごめんごめん。急用でさ~。ちょい遅れる…って山岸先生にも言っといて~」

スピーカーからは千束の声。

どうやら彼女は無事なようだ。

しかし、安堵したのもつかの間。

彼女の言葉に不穏なものが混じる。

まるで、誰かと話しをしているような。まるで、周囲の音を聞かれたくないような。

そして、露骨に会話を切り上げたような違和感が襲った。

私は、たきなに目配せをする。

彼女も同じことを考えていたようで、無言で首を縦に振っていた。

「千束の自宅に向かった方が良いな」

「私が行きます」

「俺も行こう」

とすぐにカウンターを出ようとしたが、客の来訪を知らせる鐘がドアの開閉音と共に聞こえた。

いらっしゃいませと咄嗟に2人合わせて口にする。だがやってきた客はかなりの人数。

テーブル席2つ分は埋まりそうだ。

なんと間が悪い。ただでさえ千束がいない状況で2人も抜ければミズキが白目を剥くに違いない。

「織田作さん、私が行きますのでお店の方をお願いします」

「わかった。千束を頼む」

 

バックヤードに消えていくたきなの背中を見送った私は、決して穏やかではない胸中で客と案内することになった。

きっと難しい顔になっていたに違いない。

それからは、忙しなく時間が過ぎていった。

注文を受け、料理を出し、会計を済ませる。

その間、ずっと千束のことを気にかけていた。

あの時感じた不安感が拭えなかった。

もしものことがあったらと想像するだけで、目の前の作業に集中できない。

それでも何とかやり遂げられたのは、今まで培った修羅場を思い起こし、その経験が私を支えてくれたからだろう。

千束とたきな。

私には2人の無事だけを祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「真島が家に来た!?」

「やったか? たきな」

「残念です…目の前にいたのに…」

2人が無事店に戻ってきたのは日が傾き始めた頃だった。

千束が何故、検診に向かうことが出来なかったのか、その事情を話していると私は背筋に悪寒が走り、声を上げることすらできなかった。

ミズキの叫び声もどこか遠くに聞こえた。

真島。

彼はジイドと結託して何かを企んでいるテロリスト。

奴が千束の家を突き止めて大胆不敵にも上がり込んできたのだ。

何が目的かは不明。

ただ、ジイドと同じで千束に興味を示しているらしい。

その由縁もわからない。

ただ、唯一分かることがあった。

 

「あいつもこれ持ってたわ…」

 

それは、千束の首にかけられた梟のチャーム。

アラン機関から支援された天才であること。

彼もまた、アランチルドレンの1人。

なんらかの才能を持っていることの裏付けだ。

それだけでも、千束にとっては並々ならぬ因縁を感じた。

「あ~んな奴にどんな才能あんのよ?」

「凶悪犯も支援されるものなんですか!?」

アラン機関は私でも知っている支援団体。

報道番組ではアスリートやアーティストなどが大きな賞を受賞したことくらいしか聞いたことが無いから驚いたはずだ。

だが、今は違う。

アラン機関と関わりが明確に示唆されている人間を、私は1人知っている。

「吉松と何か関係があるのか?」

「吉さんがあんな奴支援するわけない!」

千束の声が喰い気味に響く。

失敗したと歯が軋む。

彼女にとって、吉松とは自身の恩人だ。

機械心臓を提供し、彼女を救ったと云って良い。

そんな彼が、ジイドのような亡霊とつるむような奴を支援したなんて事実など受け入れられるモノでは無かった。

だが千束の言葉とは裏腹に、私の中での吉松に対する不信感は募るばかりだ。

私だけじゃない。

たきなもまた、吉松という名が出た途端に目の色が変わる。

私もたきなも、僅かながらに彼の人となりを知っている。

才能が世界に届けられるならば、殺しでも肯定して当然だと、あのホテルでは云っているようなものだったからだ。

「ねぇ先生、先生もそう思うよね?」

周囲が見えなくなっている千束は、吉松と最も親しいであろうミカに同意を求めている。

しかしミカは答えない。

ただボンヤリと珈琲の豆が入った瓶に写っている自分の顔を見ているだけだった。

「先生?」

「ん?ああ…そうだな」と千束の声に遅れて気がついたミカはおぼろげ答える。

普段の彼ならあり得ない光景に、私は息を呑んだ。

明らかに様子がおかしい。

まさか、あのバーで何かあったのか?

あれ以来、吉松が来ないのと何か関係しているのか?

「千束!」

たきなの声とバンとカウンターを叩く音が私を現実に引き戻す。

真剣な目をした彼女は千束に声をかけていた。

「私からの電話は3コール以内に出てください! 出ない場合は危険と判断して次のワン切りですぐに向かう通知とします!」

「え…あ…はい」

「いやならすぐ出るように」

矢継ぎ早に話すたきなの言葉は、約束というよりかは通達のようだ。

否が応でも千束を従わせる迫力があった。

その勢いに圧倒されて返事をする千束。

たきながこれだけ必死になるのは珍しい。

「俺も賛成だな。今回、真島だからよかったののも、ジイドがいれば2人とも殺されてもおかしくなかった。たきな、連絡がつかなかったら俺にも連絡をくれ。すぐに駆けつける」

「わかりました」

「つまり2人とも、どこにいても来てくれるのね」

そういうことになる。

というか、千束が無防備すぎるのだ。

ジイドに真正面から負かされたのにこの飄々ぶりは称賛に値するが、大胆さと無謀さは似て非なる物。

もっと早く対策するべきだったのだ。

「それと他のセーフハウスに移ってくださいね」

「え~。あそこ一番気に入ってるんだけど~」

「また遊びに行きますから」

「ほんと~?同棲~?またご飯作ってくれる~?」

「俺の家にも上がって良いから」

「やったー!」とわかりやすく声色を上げてくれる。ここにきてようやく千束の扱い方にも慣れてきた気がする。

たきなも同じようで、最近の財政改革でさらに磨きが掛かったようだ。

「はいはい、仕事しましょ」

たきなはスッと席を立って話を締めくくる。

まだ話し足りない千束だったが、ここは大人しく引き下がってくれた。

営業時間は終わっていないし、その後も締めの作業が残っている。

不安は尽きないが、今は目の前のことに集中するほかないだろう。

各々が動き始めた。

 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

その後、営業時間を終えて、無事締めの作業に移ることができた。

最近は本当に忙しなく働いているが、やりがいはかなり感じているので気分が良い。

給料も上がったことで懐具合が温かくなったのも嬉しい。

休憩のシフトに入った私は店のベランダに出て風に当たっていた。

秋が深まり、冬が近づいているからだろう。

冷たい夜風が肌に当たると心地よく感じる。

空を見上げると、星は輝いていない。

代わりに、千束がかつて守ったとされる旧電波塔が、歪な形ながらも虹色に照らされていた。

どうやら、平和の象徴らしいのだがその内実は過去に千束が真島と交戦した結果、爆破された物らしい。

千束本人から聞いた話だ。

外の世界から来た私にとってはあまり現実味を感じない話だが、本人が言うならそうだろう。

もっとも、千束自身は真島のことを覚えていなかったそうだが。

「織田作-!」

背後から私を呼ぶ声がしたので振り返る。

千束とたきなが明るい顔をしてベランダに出てきた。

「見て見て! これたきながくれたんだー、イッヌ!」

と初めて会った時に紹介した秘密の詰まった女子学生鞄を見せてくる。

取っ手には犬の形のキーホルダーが提げられている。

どうやら、たきなからもらったらしい。

幼稚園のレクリエーションでたきなからのプレゼントをせびっていたが、どうやらもらえたようだ。

「可愛いな」

「えへへ~そうでしょ~」

「織田作さんもなにかほしいですか?」

「いや、俺はいいよ」

別に今の生活に不満はない。

むしろ満足しているくらいだ。これ以上望むのは分不相応と云って良い。

「え~つまんな~い」

ただ、千束は違うようだった。

「じゃあさ、織田作の誕生日っていつ? その日にたきなと何か渡すよ」

ね、たきなもいいでしょ?

と、たきなの同意を求めると彼女も首を縦に振ってくれた。

しかし、2人の素晴らしい提案は叶うことはないだろう。

なぜならば……。

 

「すまん、俺、今日が誕生日だ」

「「え……?」」

2人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「「ええええええ!?」」

「あ、ああ……」

そんなに驚かなくても良いのに。

と声を出す間もなく千束は詰め寄ってきた。ここがベランダで、私は柵に肘をついていたため後ずさりしようにも逃げられない。

「なんでもっと早く云ってくれなかったの!?」

「そうですよ!なんで黙っていたんですか!?」

たきなも同調してくる。

予想以上の反応だ。まさかここまで食いついてくるとは思わなかった。

「いや…別にこの年になって誕生日を祝われてもな」

「そんなことない! お祝いはいくつになっても大事な行事!」

「その通りです」

なんだか凄く怒られてしまった。

千束は私の手を握りながら力説してくれる。

彼女の手は暖かくて、どこか安心感を与えてくれる。

それはきっと、彼女が自分の意志を持って行動できる人だからだろう。

「あーもうどうしよう。何か渡そうにも何も用意してないよ-」

「すみません。ハロウィンの贈り物も子供達の分で無くなっています」

「じゃあたきなのパフェは?」

「絶対ダメです!!」

千束の提案にたきなが猛反発する。

どうやらたきなはあのパフェを是が非でも私に食べさせたくないらしい。

彼女は一体何に気がついたと云うのだ。

どちらにしても、この2人がこのまま私に何もしないという選択肢だけはないのは確かだ。

私が何か提案した方が良いのか?

だが急に思いつけというのも無理がある。

何か無いものかと思案していると、千束がパンっと手を叩いた。

「そうだ!」

なにか思いついたらしい。

目を宝石のように輝かせてこちらを見つめてくると私の手を引いて店に引きずってくる。

千束の妙案とは一体何なのか?

それはすぐに明らかになる。

 

「写真撮ろうよ」

 

千束はそう提案した。

店の締めが終り、薄暗い灯りだけがおぼろげにホールを照らし私達の顔を照らす。

ミズキもミカも自宅に戻り、クルミは押し入れに籠もっている。

ここにいるのは、私と千束とたきなの3人だけだ。

「写真?」

「それならいつもSNSに上げてるじゃないですか?」

たきなもまだ千束の考えに追いついていないようで、可愛げに首を傾げている。

私もさっぱりだ。

「ほら、織田作の持ってる写真あるでしょ? 友達と撮ったってやつ」

「あぁ」

それならば持っている。

今の私に残された、唯一と云って良い大切だった物。

彼らと過ごした日々と記憶。

しかし、それが何故私の誕生日に必要だというのだろうか?

「それと同じ写真撮ろうよ」

「なるほど、そういうことですね」

どうやらたきなには伝わったらしい。

千束はスマホを取り出すと、カメラアプリを起動させる。

私は未だに理解が及ばすカウンターに座っていた。

「どうしてそうなる?」

「有名なんだよ? Then and Nowって云って、昔撮った写真と同じ構図とシチュエーションで写真を撮るの」

「でも私達だと昔じゃないですよね」

それもそうだ。

千束とたきなは私達のかつての友人じゃない。

まったくの別人物だ。

そうなると、『Then and Now』という名称はいささか不適切と云って良いだろう。

「じゃあ、Parallel and Nowっていうことにしよう!」

咄嗟に考えたにしてはなかなか上手いネーミングだと思う。

千束はスマホをテーブルに置き、撮影の準備を始めている。

「はい、織田作さん、どうぞ」

「…あぁ」

たきなもいつの間にか私の隣に腰掛けている。

落ち着いた物腰の表情が、かつての友人のようで少しだけ懐かしかった。

おまけ大きな氷が浮かんだロックグラスを手渡してきた。中には酒が入っているのだが、これはまさかミズキの飲みかけか?

「うん、あの写真とピッタリ」

納得のいく位置にスマホをおけたのか、タイマーをセットした千束もまた、足早に私の隣へと歩いて行く。

だが席には座らない。

カウンターに両腕を載せ、カメラとは目を合わさずに瞼を閉じる。

つかみ所が無く落ち着きが無く、でもどこか聡明で視野が広い彼女もまた、彼の面影を感じた気がした。

「ほら織田作、そろそろだよ。前向いて」

「…あぁ」

目を閉じた千束の云う通り、グラスを持った私は座敷に鎮座しているテーブルの上に置かれたスマホのカメラを注視した。

やがて、カシャリとシャッターが切れる音がした。

私が彼らと撮ったあの写真。

彼らと共にいた、ただそれだけを記録した写真。

だがそれは、今隣にいる彼女達とともにいる記憶にもなった。

 

 

 

 

 

――――だが、ジンクスというのだろうか。

この写真を撮ったのを機に、全てが壊れることとなる。

私がかつて失った、2度と手に入れることはないと嘆いたあの黄金の宮殿よりも価値のあるものは、再び失われようとしていた。

1つ、前回と違うことがあるとすればそれは――

 

 

 

 

 

 

 

―――――私自身の手で、壊してしまったことだけだった。











さぁ、地獄を作るぞ。
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