彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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今回はBGMを付けるともっとお楽しみできるかと思います。
★のところからYouTubeのページに飛べますので、音を出して云い環境で飛んでもらえると幸いです。
あと、通信量に余裕が無い方はお気を付けて。


Reason Living

「千束! なんだったんですかあの人は!?」

「わかんないよ!」

千束とたきなは、路地裏の中を駆け抜けている。

昼間なのに薄暗く、人通りもない。

だがそれでも二人は足を止めず、必死に走り続ける。

その背後からは、複数の怒声が響いていた。

真島の部下達がすぐそこまで来ているのだろう。

「わかんない…わかんないけどっ……」

 

時計の針は、ほんの数分前まで遡る。

千束とたきなが、追っ手から逃れるために路地裏を走り出してすぐのことだった。

「こっちだ!」

と、曲がり角から声が聞こえた。

骨の無い声を無理矢理張り上げたような声で、それが男の声だとわかった。

その方を向くと、声色通りの優男が立っていた。

少し大きなTシャツと垂れ目が特徴的で、蜜柑のような頭髪。袖が長いせいで手元がよく見えず、上着を腰に巻いているその風貌は、さながら軟派男のようなだった。

だが、その剣幕は真剣なまなざしで2人を見据えていた。

「あの…貴方は?」

「説明している時間は無い! とにかくここを通るんだ! ここはボクに任せてくれ!」

「でもっ、後ろから怖い人達がたくさん」

息を荒げながら不安げな声を漏らす千束に「大丈夫だ」と、その青年は迷わず言い切った。

2人にその真意を確かめる時間は無い。

だが、今は彼の言葉を信じるしか無かった。

普段ならば疑いをかけるだろう。

しかし、その青年の垂れた瞼から覗いたまっすぐな瞳だけで、信じていい人間だということは分かったのだ。

どこか、彼と似ていた。

迷っても、間違えても、諦めずに正しい道を選び続ける覚悟を持った瞳だったからだ。

 

「「ありがとうございます!」」

 

2人はその青年が案内した通路へと走り出した。

そして、今に至る。

 

「きっと、あの人いい人だよ」

「そうですね」

 

路地裏の中、2人は速度を上げて走る。

不思議と、先ほどの青年に対しての疑念は生まれなかった。今はただひたすらに、あの人の元に向かわないとという気持ちだけが、千束とたきなの背中を押していた。

あの青年も、そうしてくれたような気がしたからだ。

「でも少しルートから外れました。なんとかしないと」

「そうだね……ん!?」

 

走っていた千束は急に足を止める。

遅れてたきなも遅れて立ち止まり、どうしました?と問いかける。

そこは大通りに繋がる曲がり角。

丁度死角になるところで2人は身を隠すようにその先を覗くと、真島の部下と思わしきサングラスをかけたツナギ男が2人いた。

タバコを蒸かしているところを見ると、自分たちを追っていないことが見て取れた。

なによりも気になったのが……。

 

「おぉ、良いバイクだね」

千束はその男たちの近くにあったバイクを見て言った。

それは2人乗りが出来る大型バイクであり、その色は派手な桃色を主体とした塗装が施されており、男が扱うには少々可愛らしすぎるデザインだった。

バイクを男達は腫れ物でも扱うように、つかず離れずの距離で見張っていた。

「あれ、真島の趣味かな?」

「いえ、おそらく千束の心臓を壊したあの看護師の物でしょう」

なるほど、と千束はポンッと手を叩く。

千束も検診の時にわずかに顔を合わせたが、無表情な割にちゃんと女の子らしい趣味を持ち合わせているようだ。

たきなにも見習って欲しい。

だけど、千束にはそれよりももっと良い考えが浮かんだ。

「そっか…私、あの人に心臓壊されたんだよね」

「そうですね」

「たきな、私良いこと思いついちゃった」

「奇遇ですね、私もです」

多くは語らず、顔を見合わせた2人はそのまま大通りへ繋がる通路に躍り出ると、駐められていたバイクに向かって走り出した。

リコリスである彼女達の脚力は通常の女子高生の物とは一線を画す。故に、バイクにたどり着くまでの時間は数秒とかからなかった。

 

「とりゃー!」

「それをよこしなさい!」

 

勢いそのままに2人はツナギ男の顔にかけられたサングラスを同時に割る。

プロレスというよりかは日曜特番の必殺技のような動きだったが、そんなことは2人にとっては些細なことだった。

突然の出来事に、何をされたのかわからないまま伸された男2名は気を失ったまま地面に倒れる。

「これでよしっと」

「ナイスタイミングでしたよ、千束」

「たきなこそ」

2人はお互いの健闘を称え合う。

だがすぐに2人して笑い合い、バイクに跨った。

「さぁ! 行きましょう!」

「うん! レッツゴー!!」

と云いたいところだったのだが……。

 

「どうしよう、鍵が無い」

「えぇー!?」

千束の言葉に、たきなは驚きの声を上げる。

確かに、よく見ると鍵穴には何も刺さっていなかった。

吉松の腹心は思ったよりもマメな性格らしい。千束の心臓を手にかけた手際と良い、流石と云えるがそこはズボラであって欲しかった。

せっかく手に入れたと思ったのに……とたきなは肩を落とす。

彼女のため息に、「いや待って」と千束が答えた。

「確かこの間見た映画で電線同士を繋げてエンジンをかけるシーンがあったんだ」

「それフィクションですよ」

「やるだけやってみよう! ほら、工具出して!」

「あぁもう!」とたきながサッチェルバック風の戦術式鞄に備え付けられた工具を出すために手をかけようとする。

しかし、「いたぞー!」という声が、2人の案に水を差した。

 

「うわ! もう見つかった!」

「千束! 早くしてください!」

「んなことわかってるけどそんなすぐできないって!」

「じゃあ私がかわりにやりますから変わってください!」

「やーだよ私が運転したいんだもん!」

「こんな時に何云ってるんですか!」

「喧嘩をするなバカモンが!!」

普段店や任務中で頻繁に起きる2人の夫婦漫才の間に、低くて大きな怒声が割って入った。

全く聞き覚えの無いその声に、追っ手が追いついたと顔を青ざめる千束とたきな。

しかし、振り向くとそこに立っていたのは真島の部下では無かった。

ツナギもサングラスもしていない。

代わりに銀縁の眼鏡をかけた、2人がよく見るベージュとはまた違った色合いのスーツに袖を通した長身の男が、凄い剣幕で仁王立ちをし、後ろにまとめていた長い髪を靡かせていた。

 

「え? あの」

「貴方は?」

「説明している時間はない。とにかく、鍵が無いならこれを使え」

と、先ほど助けてくれた青年と同じ事を云うとある物を渡してきた。

ハンドルを握っていないたきながそれを受け取るが、それを手にしてすぐに訝かしい顔をした。

なぜなら、握っているのは鍵なんてモノではないただの紙切れだったからだ。

二つ折りにされており、開いてみると『自動二輪鍵』と書かれただけ。

紙の端には破られた後があり、それが手帳の一項を素手で切り取ったものだとわかる。

これに何の意味があるのかわからずに観察していると、紙切れに変化が起きた。

突然まばゆい光を放ちだしたのだ。

やがて、握られていた薄い紙切れに確かな感触と手応えと金属特有の冷たさを感じた。

手に握られていたのは、鍵だった。

 

「嘘っ…千束、これ!」

すぐに前に跨がったいる千束に渡すと、その光景を目の当たりにした彼女も驚きに満ちた顔のまま鍵を刺す。

ピッタリ入る。

そして強く捻りをいれた。

すると、エンジンがかかり、バイクが振動する。

それはまるで、バイク自体が鍵を認識しているかのようであった。

驚きながら2人はバイクに跨り直すと、再びエンジンを吹かす。

問題無く、いつでも走行できる。

 

「急いでいるんだろう? ここは俺に任せて先を行け!」

 

懐から手帳を取り出しながら男はそう声を上げる。

その手帳は、千束達の年代からすれば中々古風で渋いデザインで、表拍子にはデカデカと墨字で『理想』と書き記されていた。

 

「あの…なんで私達を助けてくれるんですか?」

先ほどの青年と云い、この男性と云い、なぜ千束達の手助けをしてくれる理由が分からない。

もし彼もまた先ほど報道されたニュースを見ているなら、同じ制服を着た少女である千束とたきなに手を貸そうなんて思わないはずだ。

それに、あの紙切れを鍵に変えるなんて非現実的な現象、これは一体……。

 

「俺は…いいや、俺達は依頼を受けた。お前達を助けろとな」

「誰が?」

「時間が無いのだろう? 早く行け!」

彼の云う通りだ。

ここでその疑問の答えを探していては間に合わなくなる。

それでは意味がない。今は、彼らを信じる他ない。

千束はアクセルを握ると、思いっきり回し、バイクを走らせた。

後ろに乗ったたきなはバランスを取りつつ、千束にしがみつく。

彼女の腕力であれば落ちる心配は無いが、やはり少し怖い。

それでも、千束は彼女の手を振り払うことはしなかった。

そのまま勢いよく加速し、走り去る。

それを見届けると、彼は静かに呟いた。

 

 

 

 

 

「全く、太宰の馬鹿野郎め」

 

彼の背中に立ちこめたバイクの排気瓦斯が空気に溶けて行くと同時に、彼女達を追っていた真島の部下達が数人押し寄せてきた。

中には姫蒲という、吉松の腹心もいる。

私物のバイクを盗まれてさぞご立腹なのか、眉間のシワが深く刻まれていた。

だが、それよりも深いシワが彼には出来ていた。

 

 

「こんな依頼! 俺の予定には入っておらんぞ!!」

 

 

理想と書かれた手帳の一項を破り取りながら彼は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「このまま旧電波塔へ急ぎましょう!」

「わかってるちゅーの!」

 

エンジン音とタイヤの音にかき消されないように声を大きくしながら2人は目的地へと急ぐ。

目指す先は旧電波塔。

已然変わりない。

違うことは、大通りのこの大型バイクで駆け抜けていることだけだ。道行く人々は突然現れた謎のライダーに目を丸くしたり指を指したりしている。

しかし、そんなものは関係ない。

今この時、彼女達にそんな事を気にしている余裕は無かった。

「っ! 千束! 上!」

バイクで走っている最中、たきなが不意に口を開いた。

見上げると数十メートル先に歩道橋があった。

人影が二つ、見下ろしていた。

よく見るとサングラスに作業着。

彼らも真島の部下だ。

片方は眼帯を付けているのが妙に印象的だった。

ここで撃ってくるのかと身構えた千束はアクセルを踏み込んでさらに加速する。

減速は悪手だ。

的を絞らせずに駆け抜ける。それしか方法はない。

と、思った矢先、彼らは思いもよらない行動に出た。

丁度歩道橋に差し掛かるところで彼らは飛び降りたのだ。

爆走するバイクを止めるために。

なんと果敢な男達だ。

敵ながらあっぱれと、千束とたきなの顔色が驚愕に変わる。

だが、その程度の勇姿を、すぐに忘れることになる。

なぜなら――

 

「ぐはっ!?」「があっ!?」

 

彼らは同時に何かにぶつかって歩道橋の奥へと飛んでいく。

飛び降りた彼らを打ち落としたのは長い棒状のものだった。

いや、先端に何か角の取れた三角の板がついていた。

たきなには一瞬のことでわからなかったが千束には見えた。

それは標識だった。

止まれと書かれた真っ赤な標識が歩道に落ちている。

そして、その横を2人を載せたバイクは通り過ぎていく。

つまり、彼らが飛び出た瞬間に道路に立っていた誰かが、あの標識を投げたのだ。

一体誰が?

と、運転している千束には背後が見えなかったため、今度はたきながその姿を確認した。

 

「だいじょーぶですかー? そんなところから飛び降りたら危ないですよー!」

 

背の低い、金髪の少年が何かを投げた後のポーズを取っていた。

少女のように幼い外見に麦わら帽子、畑のはの字もないこの東京のど真ん中にはトコトン似合わない農作業着を着込んでいた。

たきなは鍵を渡してくれた男性の言葉を思い出す。

俺達と云っていた。

つまり、あの青年とあの男性と、あの少年は同じ組織に属していていると云うことだろう。

そうでなければ、顔見知りでも無い彼女達の行き先に立つ障害をここまで立て続けに排除してくれるわけが無い。

バイクはその少年を置いて走り去っていく。

手を振っている金髪の少年の姿がどんどん小さくなっていった。

やがて、歩道橋から飛び降りた男2名の近くにまで差し掛かった。

標識をぶつけられてまだ生きているのが奇跡というべきなのだろうが、彼らは起き上がって千束達に追撃を与えることができなかった。

その理由は――

 

「おんやぁ、アンタ、怪我してるねぇ。その目どうしたんだぁい?」

濡れ色の髪をしたボブカットに大きな蝶の髪飾りを着けて、ハイカラな服装に身を包んだの女性が倒れていた男を介抱していたからだ。

言い回しから医者なのだろうが、手には明らかに治療に使われるような道具を持っていない。

人間なんて簡単に両断できるような鉈を片手に、うつろな瞳で男達を見下ろしていた。

 

「こりゃ至近距離で銃に撃たれたのかねぇ。可哀想だねぇ……治してやろうかぁ?」

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――あっ♥」

 

 

バイクはそのまま走り去る。

 

「千束、あれは何?」

「わしらには救えぬものじゃ」

 

そう呟くと、アクセルを強く踏み込んだ。

だけど追っ手は完全に撒いた。

あとは、一直線に向かうだけだ。

2人を乗せたバイクは加速した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

バイクを奪ってから数分も経たないうちに、千束達はたどり着くことが出来た。

歪にそびえ立つ平和の象徴。

旧電波塔。

千束にとっては十年前の因縁の場所でもあるその場所。

そこにはとんでもない物が、そこにいた。

 

「え? 嘘、本物?」

「……虎?」

 

そこには、確かにいた。

一匹の虎が。

真っ白な毛並みをした巨大な獣が、2人の目の前にいた。

白い体毛に包まれた体躯はゆうに3メートルはあるだろうか。

鋭い牙を生やした口は、人なんて簡単に噛み砕けるだろうし、四肢は太く筋肉質な足取りは、そこらの人間なんて簡単に蹴散らしてしまう。

そんな獣が、バイクに跨がった千束とたきなを、まるで2人を待っていたかのように行儀良くお座りの姿勢で待機している。

さながら招き猫ならぬ招き虎だ。

「えっと……どういうこと?」

「動物園から抜け出したとか?」

バイクから降りた2人はお互いの方をぶつけ合いながら、2人は混乱する頭を整理しようとする。

「ていうか、なんで襲ってこないの? 虎なのに行儀いいというか」

「お腹空いていないんでしょうか?」

「威嚇もしてこないし」

人に慣れているのか、敵意を向けるどころか怯える仕草すらしない。

野生というものを、この虎から感じない。明確な意志が、確かに感じられた。

それどころか、その白虎は無防備にも2人に背中を晒した。

そして、長い尻尾をしならせて自分の背中に来いと促しているようだった。

「もしかして、乗れって云ってます?」

「多分、そうみたい」

「じゃあ、失礼しますね」

「ちょっ! たきな!?」

たきなが恐る恐ると白虎に近づくと、背に乗る。

 

すると、彼女は慣れた様子で首元に手を置いて落ちないように姿勢を整える。

続いて千束が同じように跨がろうとするが、白虎が前脚を上げると、それに驚いて「ひゃあ」と尻餅をつく。

その様子を見て、白虎は慌てて千束の方に向き直り、「大丈夫ですか?」とでも云うような顔をして顔を近づけてきた。

「お、おう……」

自分より何倍も大きな生き物に見つめられて萎縮してしまったのだ。

「大丈夫ですよ。ほら、千束も早く」

たきなに手を引かれ、ようやく千束は立ち上がった。

そして、ゆっくりと近づき、先程と同じように白虎に跨る。

今度はしっかりと掴まることが出来た。

そして、たきなの真似をして首元の毛皮を掴んだ。

「よし、行きましょう!」

「うん!」

たきなの言葉に返事をすると同時に、千束を乗せた白虎が走り出した。

風のように駆け抜けるその姿は、まさに疾風の如き速さだ。

東京の街を走り抜けていたバイクとは比べものにならないくらいの速度が出ているのが分かる。

虎はそのまま、旧電波塔の最上階へ向けて疾走していく。

「すごいです、千束。虎に乗っているんですよ、私達!」

「うん、凄いよ、たきな。こんな体験初めてだよ」

十年魔の爆破によって歪な形にされたこの塔は、柱や鉄骨などの骨組みが当時のままにされており、周辺各地に接地されたワイヤーで無理くり形を保っているという状態だった。

中央から爆発して、土台部分に頭頂部がそのまま落っこちたため、随分な突貫工事で支えられている。

ちょっと大きな地震が起きれば、骨組みの一つでも街に降り注いでしまいそうなほど、危うく見える。。

「またここかあ」

「千束にとっては十年ぶりですね」

「今度は爆破はさせたくないかな」

普段通りの軽口を叩き合いていると、虎は壁をよじ登り始めた。

最上階にある展望台まで昇るつもりらしい。

千束達はその背中の上で、虎の首元にしがみつきながら、揺れに耐える。

爆破によって変形した土台部分は花が開くように広がっており、少しでも力を緩めれば地上に向けて落下してしまいそうだ。

そんな不安を感じながら、千束は必死に虎の毛を掴みながら、しがみつく。

「はははっなんかアニメの映画みたい!」

「千束って本当にそういうの好きですよね」

「だって楽しいじゃん? あ、そうだ。前にオススメした映画見た?」

「まだ見てないです」

「えーなんで? DAに戻ってるときとか暇だっただろうし見たらよかったのにー」

「あの状況で見れると思いますか?」

「まぁそれもそっかー」

2人は他愛もない会話をしているなかも、虎は順調に登頂を進めていた。

土台部分の攻略は難なく済ませると、今度は中央にそびえ立つ最上階を目指して入り組んだ鉄柱の森を進んでいく。

「!?」

だが、当然何事にも邪魔立てというのはあるもので。

虎は何かを察知したのか速度を上げた。思わず「きゃあ」と二人して声を上げたが、虎がいた場所から火花が散ったのが見えた。

銃撃だ。

それもフルオートの火器を連射してきたのだ。

流石にここまでくれば正体が誰か分かる。

「なんだあの虎!」

「クソ! 撃て撃て!!」

皆、真島の部下だ。

 

「こんなところにまで」

「織田作さんは大丈夫なんでしょうか?」

「クルミを信じよう。最上階にいる」

お願い、と改めて虎に囁くと、虎は再びスピードを上げて駆け上がる。

虎は銃弾をものともせず、まるで弾幕の中を突っ切るようにして突き進む。

だが、千束は見てしまった。

「!?」

真島の部下の1人が、とんでもない物をこちらに向けていた。

ロケットランチャーだ。

「あれはっ…」

「チョーイチョイチョイチョイ! あれはやばいって!」

流石の千束もこれには血の気が引いた。

なんて物を持ち出してきたんだ、と。

虎は止まらない。

的を絞らせないためにジグザグと蛇行しながら走っている。

そして、とうとうロケットランチャーの照準が虎に向けられた。

2人を乗せているせいか、本来の速さを出せていないらしい。

それだけじゃない。

この旧電波塔のどこかに着弾しただけでも大惨事だ。相手もなりふり構っていられないようだ。

「たきな撃って! 撃って!」

「無理です! こんなに揺れてるのに手なんて離せません!」

「このままじゃ虎さんと一緒に爆死だよ!」

たきなの云う通り、千束の虎の身体にしがみつくことしか出来ていない。

まだ頭頂部まで距離がある。2人だけ飛び退くことも無理だ。

それに、ロケットランチャーを向けられていても減速する素振りすら見せない。

まるで、何かを信じているように。

やがて、男が構えていたロケットランチャーは発射された。

轟音と共に、巨大なロケット弾が虎に向かって飛んでいく。

千束はその光景を見て、もう駄目だと目を瞑りかけたが、虎は避けるどころか、さらに加速させた。

たきなはもう目を瞑って虎にしがみついているだけだった。

「っ!」

かすかに見えた光景に、千束は息を飲んだ。

発射されたロケットは、丁度、発射地点と虎の中央で真っ二つに割れたのだ。

遅れて込められていた火薬が暴発するが、虎からも発射地点からも絶妙に離れた位置で炸裂したため、爆風と熱風が2人の髪を激しく揺らす程度で済んでいた。

だが、千束の目にはしっかりと映っていた。

ロケットを真っ二つにしたのは、仕込み杖を持った女性だった。

いや、正確には女性じゃ無い。

あきらかに人間では無いと確信が持てた。

雪のように真っ白な和服はまるで甲冑武者姿をした女の幽霊のよう。

それが空中を飛んでいたロケットを切り裂いたのだ。

手にしていた仕込み杖で。

ロケットランチャーを抱えていた男も唖然としていた。だがすぐに次の弾を装填して千束達を狙おうとした。

だが、それすらも阻まれた。

「動かないで」

「ひいいいいいいいいっ!!」

赤い着物を来た、千束達よりも幼い少女が小刀で銃を向けていた彼らを1人1人脅して縛り上げていたからだ。

ロケットランチャーの男は最後に締め上げられている。

 

「なにあれ……」

 

わからない。

さっきからずっとわからないことだらけだ。

千束の知る常識も、公的機密機関のエージェントとしての常識であるため一般のそれとはかけ離れているが、それを加味しても度重なって起きる非現実的な光景に理解が全く追いついていなかった。

ただ一つだけ、わかることがある。

それは、千束達のために。

そして、彼のためにここまで力を貸してくれる人達が、こんなにもいたということだ。

彼に生きて欲しい。

彼に人を殺めないで欲しい。

そう願う人達が、こんなにもいたということ。

彼のように自分の意志で生き方を決めて欲しいという人達が、千束達以外にもいるということを。

 

「ありがとう」

 

今は、今はそれだけで十分だった。

 

「…ありがとう、力を貸してくれて」

 

身を寄せる虎の首元に顔を擦りつけながら呟くと、虎はまるで返事をするかのように喉を鳴らした。

 

「千束!」

 

先ほどまで目を瞑っていたたきなが声を上げる。

前、と云われて顔を上げれば目指していた場所は目の前にあった。

 

あそこに、きっと彼がいる。

(お願い…間に合って!!)

 

旧電波塔の最上階は、もうすぐそこだった。

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