「ルリ、お願い。私を置いて逃げて」
「何云ってるのよ百合、できるわけないでしょ!?」
「でも…このままじゃ」
新設された新たな電波塔、『延空木』
その地上のフロアに広がっている通路の中を、2人の制服を着た少女が歩いていた。
片方は顔や足に目も当てられない火傷と裂傷があり、片目は包帯で覆われている。もう片方の少女はそんな彼女の肩をしっかりと握りながら、周囲を警戒して進む。
彼女達もまた、リコリスだ。
延空木を狙ったテロを迎え撃つために赴いたが、敵の卑劣な作戦により返り討ちにあってしまったのだ。
引きずられている少女の負傷は、敵との銃撃戦によるものと、仕掛けられた爆弾によるものだった。
とても1人では歩いていられる状況じゃ無い。
現に彼女達は、撤退している仲間達とはぐれてしまったのだ。
「諦めないで、ほら、頑張って」
「ダメだよ。多分、アイツらが来てる。そしたらルリまで殺されちゃうよ」
ルリと呼ばれている彼女は知っていた。
今何が起きているのか。
彼女達が今、何に命を脅かされているのか。
テロリストなんて生やさしいものじゃない。
彼女達が所属している組織、DAの元締めが直々に彼女達を始末して、この事件の真相を闇に葬ろうとしているのだ。
そして、その存在により大切な仲間を殺されたこともだ。
だからこそ、今彼女に手を貸している少女にも同じ目にあってほしくない。しかし、百合の言葉を聞いたルリという少女は首を横に振った。
「だったら尚更でしょ? 約束したじゃん。2人で生きて帰るんだって」
「それは……」
そう、確かに誓った。
2人で生き抜いて見せると。
若し出来ないなら、2人で死ぬと。
「死ぬ時は一緒だって、ね?」
「……ルリぃ」
涙ぐむ親友の姿を見たルリは、優しく微笑みかけた。
リコリスである彼女達にとって、血と硝煙の香りにまみれた彼女達にとって、死はいつも隣り合わせだった。
だからこそ、共に背中を合わせて戦った仲間の死にも、涙を流しながらも立ち向かうことが出来た。
それがどんな結末を迎えるとしても、最後まで戦い抜くことができたのだ。
百合がいなければ死んでいた。
ルリがいなければ死んでいた。
そんな場面が何度もあった。
だから、今回もきっと上手くいく。例え敵が何者であろうと、自分達が生き残る為に戦うだけなのだから。
「大丈夫、絶対に2人で帰ろう!」
「うん! ありがとう、ルリ」
「お礼なんかいいってばぁ」
そう言って笑いあう彼女達の正面から迫る存在があった。
「いたぞ!」
彼女達の瞳に映るのは、4つの竜胆の花。
それは白と浅葱色の2色を基調とした制服をきた数人の男達。
肌や顔つきから彼女達と歳はそう離れていない彼らはリリベル。
顔や正体が割れたリコリスを処分するために編成された孤児達を集めた特殊部隊。
彼女達にとって、絶望と死を運んでくる死神の総称だった。
「構えろ」
リーダー格の男の声と共に全員が一斉に銃を構える。
彼らの手には、百合やルリに支給されているハンドガンなど豆鉄砲と化すようなサブマシンガンが4つ。
寸分違わず彼女達に向けられていた。
「ごめん、ルリ、私のせいで」
「謝らないでよ。この日が来たんだ」
もう逃げられない。
いつか来るとわかっていたその時が訪れただけだ。
ただそれだけのことなのに、胸が苦しくて仕方がない。
恐怖か後悔か悲しみか。それとももっと別の何かなのか。自分でもよくわからない感情に心を押しつぶされそうになる。
「ルリ」
「何?」
「大好きだよ」
「…うん、私も」
お互いの顔を見合わせる。
霞む視界に映る大切な相棒の顔には涙がこぼれ落ちていた。きっと、同じ顔をしているのだろう。
そのことがなんだかくすぐったかった。
「天国でも一緒だからね」
「うん。地獄までだってついて行くよ」
「ありがと……愛してる」
それ以上、言葉は聞こえなかった。
代わりに聞こえた声は、正面から。
絶望の竜胆の花たちが、彼女達への死刑宣告を今下そうとしていた。
「全員、撃て」
「ちょっと訊いていいか?」
それはあまりに唐突だった。
まるで道を尋ねるかのような無造作な質問を投げかけられたリリベル達は、その方角を向いた。
反応する間もなく破裂音が二つ。
正面に立っていたリリベル2名が仰向けに倒れた。
「なっ!?」
突然の出来事に動揺が広がる中、また一人。
眉間に咲いた赤い花が、リリベル達に混乱を撒き散らした。
「誰だ!!」
最後に残されたリリベルの一人が叫んだ。
彼の瞳に写ったのは翻るベージュの外套だけだった。
反応することすらできずに、彼は倒れ伏す。
首に銃弾が炸裂したからだ。
気道に与えられた衝撃で、空気を失ったのだろう。
「クルミ、ここは抑えた」
私は無力化したリリベルの意識が無くなっていることを簡潔に確認しつつ、インカム越しにいるクルミに指示を仰ぐ。
「この先にある通路を開けたからそこを通って避難してもらえ。そこなら撤退組と合流できる」
「わかった」と、短く返事をした私は、顔を上げた。
視線の先には少女が2人、片方の負傷が酷く肩を貸して歩いている。
案の定、制服を着ている。彼女達もリコリスだ。
「君たち」
「え……あ、あの」
警戒心を露わにする2人に、なるべく安心させるように微笑みかける。
こういう時、胡散臭い笑顔になるのが難点だが致し方ない。
「もう大丈夫だ。この先に安全な道がある。そこならはぐれた仲間達と合流できるはずだ」
「……あ、はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「礼は不要だ。それより急いだ方がいい。アイツらはまだいるぞ」
そう言って、私は彼女達が走ってきた方向へと目を向ける。
そこには、私の足下にいる少年達と同じ格好をした奴らが何人もこちらへ向かって来ていた。
数はおおよそ5名ほど。
彼女達が安全なルートに入るまでの時間を稼ぐ必要がある。
「さぁ、早く行け」
「はいっ…」
「ありがとう、ございましたっ……!」
そう言って駆け出した彼女達の背中を見送った私はその場に残る。
彼女達が逃げるだけの時間を稼ぐために。
「ちょっと百合! 何でそんな顔真っ赤にさせてんのよ!」
「そ、そんなことない…っ!」
「あるから! 絶対ある!! まさかあの男に!? ねぇちょっと百合!!」
何やら騒いでいるが気にしないことにした。
向こうは私に考える暇など与えてはくれないのだから。
大きな足音が複数、鼓膜に響く。
やがてそれは現れた。
「何者だ!」
「目撃者は殺せ!」
リリベル達は私を視界に捉えると、抱えていた銃を私に向け始める。
だが、彼らが持つ銃の照準の先には、私はすでにいなかった。
正面からうめき声。
懐に潜り混んだ私は右手に持っていた拳銃で最初に叫んだリリベルを撃つ。千束の非殺傷弾が見せる赤い粉塵が、彼らの白を基調とした制服に咲き誇った。よろめいたリリベルの左頬に銃口ごと叩きつけるようにして鉤突きを放つ。
左手に握られていた銃で隣で銃を向けていたリリベルにも三発撃ち込む。その手を半回転させて銃口を変えて二連射。
全て顔や胸の中心に着弾し、一瞬で3人のリリベルを無力化した。
しかし、まだ2人いる。
後方に立っていた彼らは、私に撃たれた仲間の姿を見て、ようやく敵を認識してくれたらしい。
「撃て!」
残されたリリベルが叫ぶと同時にサブマシンガンの引き金を引いた。
轟音と共に放たれたのは、無数の鉛玉。
それは、私を殺す為だけに生み出された暴力の嵐だった。
この狭い通路にその弾幕は致命的だろう。
避ける手段は無い
そこに私がいればという話だが。
「なっ……!」
「どこに……ぐはっ!!」
壁を蹴って疾走した私はいち早く彼らの背後に回り込むと、滞空したまま彼らの無防備な背中に両手に握られた拳銃の中身をくれてやる。
「ぐあっ!!」
「がはっ……!!」
一発ずつの威力は低いが、それでも至近距離で食らえばそれなりのダメージが入る。
私はそのまま壁に着地すると、もう一度跳躍して今度はリリベルの脳天を蹴り飛ばした。
リリベルの頭がトマトのように潰れながら床にたたきつけられる。
そして最後の一人。
私のようやく発見した彼は辛うじて意識を保っており、私に向けてサブマシンガンの連射音を聞かせてくれた。
ただ、聞かせてくれただけだった。
身体を半回転させた私は右手の銃で彼の胸に非殺傷弾を撃ち込む。最後の気力もそこで尽きて気絶したようだった。
ふぅと、息を吐くとインカムから声がした。
「さっきのリコリスたち、なんとか安全なルートに入ったぞ」
「わかった、他に逃げ遅れた子はいるか?」
「あと一つある」
「すぐ向かう。ナビを頼むぞ」
任せろという声と共に通路の奥へと走り出す。
多くの観光客を呼び寄せるために作られた施設が完成初日で見る影も無くなってしまっている通路を駆け抜ける。
数分もしないうちに、私は見つけた。
先ほどのリコリス同様、負傷した仲間の肩を持っている少女がいた。
「っ!」
敵の追撃かと見られた少女は空いている手で銃を撃ってくる。
この状況でも正確に眉間を撃てる技術には感嘆の意を示せるが、今はそんなことをしている場合ではない。
最初から撃たれる未来が見えていた私は首を捻って避けた。銃を上に向けて敵意が無いことを示す。
「俺は味方だ。安全なルートを教える」
あらかじめクルミが伝えてくれたのだろう。
彼女は私の言葉を聞くと、警戒しながらも私の誘導に従ってくれた。
「あ、ありがとう、ございます」
「あぁ」
「えっと…いきなり撃ってごめんなさい」
「気にするな」
絶体絶命の状況で本来の仲間と違う格好の男が駆けつければ警戒されも仕方ない。
むしろ、あの状況下で冷静に対処していた彼女の方が凄いと思う。
「ここを真っ直ぐ行けばしばらくは安全だ」
「わかりました。本当に、ありがとうございます」
「礼は不要だ」
「あ、あの……お名前は……」
時間が無いため手短に名乗ろうとしたが、耳に聞こえた電子音に遮られた。
「そっちにもリリベルが向かってる。30秒もしないうちに来るぞ」
「方向と数は?」
「7時方向からだ。数はかなり多いぞ」
クルミのナビは敵の位置も完璧に把握してくれて助かる。
彼女の言葉通り、遠くからこちらに駆けてくる足音が聞こえる。
「名はまた会えたら教える。とにかく今は逃げろ! ここは俺が引き受ける」
「は、はい……っ!」
私の声に弾かれたように走り出した彼女を見送ると、私はリリベルを迎え撃つため、クルミが指示した方向に走り出す
数十メートル先の通路の曲がり角から白い制服の彼らが顔を出しているところではないか。
彼らは私を視界に捉えると迷うこと無く撃ってきた。
おそらく先ほど無力化した仲間からの連絡が途絶えたことを不審がってのことだろう。
その選択はきわめて正しい。
私は速度を落とさない。
予知で見た映像を元に弾道を避けると手前にあった曲がり角に飛び込んで身を潜めた。後れて銃声が止むと、すぐに顔を出して反撃に転じる。
飛び出すと右手の愛銃と左手に握られた千束の銃で隊列を組んでいたリリベル達に向けて発砲する。
「ぐあっ!」
「がはっ!」
「うわあああっ!」
うめき声に近い悲鳴が上がる。
命中精度の低い非殺傷弾だが、密集の中を連射すればそれなりに効果はある。
だが全員を抑えるのは流石に難しく、予知で見えた返しのサブマシンガンが来るタイミングで再び曲がり角に身を隠す。
数秒ほど弾幕が形成されたが、無意味と分かるとすぐに止んだ。
代わりには何だがと正面の壁に何かが当たる。
それは手榴弾だ。
器用に壁にぶつけて私が隠れている方に放り投げてきたらしい。
正面に転がってくるが、それも知っていた私は左脚でポンっと通路に押し戻す。
「うっ…うわあああああ!!」
と、同時に叫び声が聞こえた。
彼らも爆発に巻き込まないように通路の隅で止まるようにしていたが、投げ込んだ爆弾が戻ってくればこんな声も出るだろう。
爆音と爆風が狭い通路を満たしていく。
手榴弾が破裂した破片が周囲の床や壁を抉って砂煙を作り上げた。
即席の煙幕の中に突っ込んだ私は、正面で防御姿勢のまま固まっていたリリベル達に銃弾を撃ち込む。
「ぐあっ!?」
「があっ!!」
「ぎゃああっ!!」
突然の銃撃に混乱している隙に距離を詰めて一気に制圧する。
最後の一人を蹴り飛ばすと同時に、耳元からクルミの声がした。
「また来るぞ。正面と後ろからだ」
「わかった」
私は足下に落ちていた空薬莢を踏んでそのまま足を振り、後方へと転がした。
ここで迎え撃つ。
そのためには足下にこんな物が落ちていては危ないからだ。
慌てて踏んでしまえば転んでしまうだろう。
クルミ曰く、正面の敵は目と鼻の先にある曲がり角から突入してくると云う。ならば最適解はこれだ。
私は彼らが現れるであろう場所に身を潜めるように立っていた。
そして、私は両手に握られた銃を構える。
そこに彼らは現れた。
銃口は、彼らの頭部に合わせられていた。
「なっ……」
「なにっ……」
「えっ……」
「なん……」
驚く彼らの眉間に寸分の狂いも無く弾丸を撃ち込み、沈黙させる。
未来が見える私には、彼らがどのタイミング、どの位置から顔を出すかがわかる。突っ込んでくるのがわかるなら、これが最も適した奇襲だ。
正面はこれで終り。
後は背後の敵だが。
「うわっ! うわああああああ!!」
「おまっ! 退け! おわ!!」
「ぎゃあ!!」
あぁ、どうやら慌てん坊がいたらしい。
転がしていた空薬莢に気がつかずに踏んづけたのか、勢いよくつまずいて派手に転んでいた。
仰向けに転んでしまった最前列のリリベルは、後ろにいた仲間を巻き添えにしてドミノ倒しに倒れてしまう。
その隙を逃すわけもなく、私は彼らにも非殺傷弾の赤い花を送ることとしよう。
背中と胸の痛みでうめき声すら上げられない彼らが気絶する時間はそう長くは無かった。
「織田作!」
クルミの声が聞こえたと同時に未来が見えた。
私の後頭部に銃弾が炸裂して、血が噴き出すと力なく床に倒れる。
インカムからクルミの声が妙に反響して聞こえたというものだ。
私はすぐに身体を半回転させて翻る。
銃を構えた先にそれはいた。
「貴様! 何者だ!?」
拳銃を構えていた茶髪の少年がいた。額には三日月のような前髪が垂れ下がり、つり上がった瞼が私を見据えている。
先ほどまで相手にしていたリリベル達と様相が違う。
制服の形状は彼らと同じ物だが色が異なっていた。
彼はサブマシンガンから持ち替えた拳銃を顎のすぐ前でコンパクトに構え、脇を開き、銃把を右手で押し、左手で引くように握りしめて固定している。屋内近接銃撃戦における最適解の握り方だ。
臙脂色を基調とした制服が、どこか千束達と似た雰囲気を感じた私は本能的に理解した。
おそらくこいつはこの場にいるリリベル達を指揮している隊長格だろう。リコリスである千束に準えるならば、ファーストリリベルと云ったところか。
他のリリベル達とは一線を画した実力者だ。
この騒ぎを非常事態と見て飛び出してきたのだろう。
「名乗るほどの者じゃ無い」
「ほざけ!」
ファーストリリベルが引き金を引く。
放たれたのは対人殺傷用の軟弾頭。彼の狙いは正確で、的確だった。
私は予知を駆使して弾道を読むと、すぐに避けて反撃に転じる。
銃を向けるが横から凪ぐように手の甲で弾かれた。そして再び銃口が向けられる。
だが左手に忍ばせていた千束の銃が顔を出す。
見えていたのか銃身をぶつけて向きを変えると、ファーストリリベルは返しの銃弾を放つ。
流石にこの程度の手品には動じないらしい。
首を捻って避けると、弾かれた右手を引き戻して再び向ける。相手の銃もリコイルから戻ってきたところだ。
そこからは激しい銃撃戦だ。
お互い至近距離、握られていた拳銃が火を吹く。
私は二丁拳銃による手数で、相手は自由な左手を器用に使い、私の腕を掴みながら発砲する。時計の針のように身体の位置を回しながら的を絞らせずに銃撃を繰り出す。
銃弾が空を切る音だけが響く。
耳元を銃弾が掠める。私達の足下には空薬莢が転がり、壁には小さな穴が増えていく。
私は肘をふるって銃口を逸らすと、右手の銃で彼の眉間に銃口を突きつける。
それを読んでいたのか相手はニヤリと笑うと私の腕を掴んで懐に潜り込もうとした。だが、私は敢えてそれを狙ったのだ。
私の腕を伝おうとしたタイミングでわざと引き金を引き、彼の耳元で銃声を聞かせる。轟音に苦悶の声が響くと同時に、空薬莢が排出される。
それが丁度、金の弧を描いて彼の瞼に触れた。
火薬の爆発で高熱になっている金属が、彼の薄肌を灼く。ジュッと肉が焼ける匂いがした。
「あ゛ぁ゛!!」
私はその隙を見逃さなかった。
長い膝を折りたたんで、相手の太腿、膝、足の甲へと下段蹴りを三連。体勢が崩れた相手の首筋に鋭いフックが突き刺さる。銃床を向けていたそれはまさに金槌の一撃だ。ブチブチと首の筋が切れる感触を感じながらも振り切り、軽く飛んで彼の胸板に前蹴りをたたき込む。
全体重を乗せた一撃は彼の背課かを壁に叩きつける。後頭部を打ったのかむち打ちのように首をしならせていた彼にもはや回避も防御も出来ない。
私の両手に握られた二挺拳銃が火を噴く。
非殺傷弾でこそあるが、彼の胸に咲いた花は、死に体であった彼に残った僅かな意識を刈り取るには十分すぎた。
「ば…け、もの……」
そう言い残して彼は気を失った。
私は倒れたファーストリリベルから拳銃を奪うと、弾倉を外して安全装置をかける。
インカムからまたクルミの声がしたと同時に足音が複数。
今度は前後から同時にやってきた。
無論、リリベルだ。
数は6人と云ったところか
彼らは私の前に倒れ伏している赤い制服の彼を目の当たりにして声を上げていた。
「そんな…アイツがやられた……?」
「囲め! 囲むんだ!!」
指示を飛ばしてこそいるが、荒げている声色が動揺を隠し切れていない。
どうやら、彼らリリベルにとって、今倒した某は相当な実力者の一角だったらしい。
だが、観客が来たからには、ダンスを止めるわけにはいなかい。
舞踏会はまだ始まったばかりだ。
「う、撃てぇぇぇぇぇぇ!!」
銃声が鳴り響いた。
*****
「嘘だろ……」
「ねーだいじょーぶだったでしょー?」
ていうかフキも手伝ってよー、と千束は文句を零しながら制御室の中を漁っている。
クルミに渡されたUSBメモリを刺す場所を探すためだ。
だが、千束とたきな以外、制御室から見る事ができる監視カメラの映像に息を飲んで手を止めている有様だ。
「あの人、マジで強かったんっすね」
「なんかある意味危ないこと云ってたから心配だったんだけど」
「あの、織田作さんも疲れると思うので早くしてください」
サクラもエリカもまた、織田が彼ら、リリベル相手に無双していた事実に驚いていたようだ。
さながら織田が主役の舞台、天幕の下で踊っているようにすら見えた。
もはや相手にすらなっていない。現に、彼1人で突入してきたリリベルはこの階にたどり着けてすらいない。
そのせいで、たきなが急かすまで誰も手が動いていなかった。
千束はというと、部屋の中をあちこち探しては首を傾げている。
「ていうか何っすかあれ? 壁とか走ってるし」
「確か、たきながジイドって奴と同じって云ってたけど」
「あれくらい強かったらやる気無くすっすね~」
「え? たきな、DAにいた時どんなだったの?」
千束は制御室の中央のモニター下に潜り込み、隣では四つん這いになぅているフキと尻で会話しながらも反応した。
たきなに対しての興味は人一倍の彼女が、この話題に反応しないわけが無い。
答えたのは隣で尻を揺らしているフキだった。
「コイツ、なんかすっげぇ腑抜けてたんだよ。司令にまで作戦にケチつけてやがった」
「ちょっと今その話する必要あります!?」
フキの言葉にたきなが慌てて立ち上がる。
リコリコを出た彼女の姿は、特に千束には知られたくないはずなのだ。
「へー、腑抜けになったたきなかぁ、見てみたいなぁ」
「見てても面白くなかったぞ?」
「ちょっと! だからその話止めてください!!」
珍しく声を荒げるたきなの姿に皆が笑う。
下では織田がリコリス殺しの死神達をあしらっているある種の地獄絵図が広がっているのだが、まるで地球の裏の出来事のように少女達は和やかな雰囲気に包まれていた。
その後、探していたUSB差し込み口が見つかり差し込みに至るまで、彼の舞台が5分ほど延長することとなった。
「んで?こっからどうなる?」
「さぁね~」
無事差し込みが終わった千束達は、中央のモニターを注視する。
無線から聞こえたクルミの声から放送そのものは中断されたみたいだが、あとの後始末をどうするか。
それに全てがかかっているのだが、果たして――
「え?」
「なんだこりゃ?」
制御室に響いたのは陽気な三味線と喇叭の音色だった。
反響して彼女達の耳に響くこの音は、制御室だけではなく延空木全体のスピーカーやモニターの至るところから流れている。
長いイントロの後に聞こえた演歌の歌詞は、千束達がこの施設に乗り込む前に乗っていたヘリでミズキが口ずさんでいた曲だ。
まさか、クルミはそこから取ったのでは無いのかという疑念が千束に沸く。
モニターに写し出された映像は、全て彼女のモチーフのリスたちが日本特有の文化を再現しているというなんとも滑稽な映像が流れていた。
そして、次の瞬間、画面が切り替わる。演歌はそのままだ。
「こんにちは。びっくりした?びっくりしましたよねー? リアルで私もほんとかと思っちゃいました」
明らかに電子音で作られた声でその内容を読み上げているのはおそらくはクルミが即興で作り出したアバターなのだろう。
赤い眼鏡をかけた女性のキャラクターのアナウンスが、片言の電子音で紡がれる。
あまりに突拍子も無く、それでいて唐突過ぎる出来事に全員が唖然とする中、彼女は続けた。
「延空木では今紹介した秘密結社リコリスのアトラクションを開催決定。手加減なしのアドベンチャーいっぱい。年明けは是非延空木で盛り上がりましょう」
これがウォールナットことクルミの打ちだした解決策らしい。
真島によって公にされたリコリスという存在は、完全にフィクションの物として書き換えるつもりのようだ。
つまりは、真島が電波をジャックしたこと自体が巨大な嘘であり、現実味のある作り物だったということだ。
しかも、リコリスという組織そのものを完全に抹消するのではなく、あくまで創作の一部として存続させるようだ。
そうすれば、ここで起きたことは全部虚構で塗り固められる。
という算段としか思えないのだが…。
「いやこれ大丈夫か?」
「わかんない。でも、なんか面白いからいいんじゃない?」
「いやそういう問題じゃねぇだろ」
幼い頃からの調子で文句を垂れるフキに、「とにかく」と千束は話を戻す。
今はそれどころじゃない。
問題は、これでリリベルが引き下がるかどうかなのだが……。
*****
「ということらしいが?」
男は通路の中で呟いた。
已然、演歌とAIによる自動音声が生み出したアナウンスは通路中に響いている。
彼の言葉は、誰に向けているのわからない。
なぜならば、この場にいる全員に話しているのならばそのほとんどが禄に返事すら上げられない状況にあるからだ。
男の周りには夥しいほどの倒れた制服の少年達。
リリベルだった。
延空木にいるにリコリスを抹殺すべく出動した彼ら全体は、今この場に立っているたった1人の男に壊滅的な被害を負わせられていた。
死んではいない。
ただ、その場にいる全てのリリベルは、うめき声でしか返せなかった。
「……撤退だ」
うめき声の中に、ようやくまともな言葉が聞こえた。
赤い制服を着た少年だ。この部隊を率いていた隊長格だが、今立っている男に為す術無く伸されて、たった今、現世に戻ってくることが叶ったらしい。
彼は耳元に手を当てて誰かと話しているが、彼の耳からは怒り任せの罵声と発狂するかのような奇声が聞こえる。
声の主はリリベルを統括している司令官だ。
何を話しているのかまでは聞こえないが、もはや彼らに戦う力も理由も無い。
これ以上の被害は、絶対に避けたいところだろう。
「そうか、なら俺も引き上げるよ。千束達と合流しないとな」
「千束…だと?」
男の言葉に、無線を行っていた少年が反応する。
知っているのかと男は問うが、返すことができたのは力の無い舌打ちだけだった。
このリリベルもまた、錦木千束の強さを知っているのだ。
まともな手段で殺せる人間では無いという事に。
「まぁ、アイツなら恨みの一つや二つ買うか。達者でな」
「…覚えてろよ」
そう言うと男は勝手に納得し、長いベージュの外套を翻すと通路の奥へと消えていった。
後に残ったのは、再びうめき声に包まれた空間だけだ。
リリベル達は、その男の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
「おい、誰か動ける奴は肩を貸してやれ…」
首や背中や腰に鈍く走る痛みを堪えつつ身を起こした少年は、周囲に倒れていた他のリリベルに指示を出す。
非殺傷弾による痛みに苦しみながらも全てのリリベルがゆっくりと立ち上がる。
皆、骨折などの致命的な怪我はしていない故、時間が立つほどに徐々に動ける人間が増えてきた。
だがあまり悠長にもしていられない。
あの外套を着た男の事を含めて本部に報告しなければならない。
半分以上のリリベルが壁伝いで立ち上がれるようになれば、互いの肩を持ち合いながら本部に帰投すべく動き出す。
「なんだったんだアイツは…」
「たった1人だったのに…」
口々に他のリリベル達は言葉を漏らすが、答えられる者はいない。
そんな最中、赤い制服の少年がふらつきながらも立ち上がった。
最も重傷な彼が立ち上がれるのは、仲間達の支えがあったからこそだろう。
「行くぞ」
「あ、ああ」
「次は絶対殺してやる」
そして、彼らは歩き出した。
だが、彼らは思い知ることになる。
彼らリリベルにとって、あの男が敵であったことが人生最大の幸福であったということを。
「ちょっと訊いていいか?」
乾いた声が、彼らを呼び止めた。