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「惜しいな」
ジイドはそう呟いた。
その言葉は、真に胸の内から零れたと云って良いほどに自然なものだった。
彼は自身の左足に手を添えてると、流れ続けている流血に触れている。手にまとわりついたそれを、おもちゃを取り損ねた幼子のように見つめて――笑った。
真っ赤に染まった左手をこめかみに当てながら。
「その黒髪の少女の弾丸、それがここに向かっていたら乃公の望みは叶っていたというのに」
ジイドは
ゆっくりと立ち上がった。
傷口を押さえる手の間からは血が溢れ続けていたが、痛みなどまるで感じていないようだった。それどころか、足を撃ち抜かれたというのにその顔には笑みすら浮かんでいる。
先ほどの奇襲。
それは完璧に決まった。
私とジイドの持つ異能である未来予知にはいくつか弱点がある。
予知を見た時点ですでに罠にはまっている場合は回避が出来ないこと。
そして、自身が行動を変えた結果起こることについては、行動を変えた瞬間から初めて予知が可能となると云うことだ。
千束の観察眼と反射神経は、まさに未来予知の天敵だ。
私もかつて彼に同じ罠を仕掛けられたことがある。あの洋館では、爆弾を二重に仕掛けるというものだった。しかし、千束はたきなとの連携でそれを実現させた。
「私達は、誰も殺しません」
「そーゆこと、アンタも捕まえるから」
たきなの言葉に同調した千束は拳銃を構え直した。
だが、ジイドはそんな二人を見ても焦り一つ見せない。
むしろ愉快そうな表情を浮かべていた。
ジイドにとって、彼女達もまた自身存在として敵として相応しいと判断したのだ。
千束達が殺し合いを望まないならば、そう望ませるだけのこと。
ジイドにはそれができる。
例え左足を撃たれたとしても、奴の強さは衰えることは無い。
それは私が誰よりも知っていることだった。
銃の装填の動作を終えて、ジイドと対峙する。
千束とたきなは、私の後ろで銃を持ち、いつでも動ける姿勢を取っていた。
「いいだろう。夜はまだ始まったばかりだ。満身創痍の貴君らがどこまでやれるのか、見せてもらおうか」
「いや、もう夜は終りだ。俺達が勝つ」
「試して見ろ!!」
ジイドが地面を蹴るのと同時に、私も動き出す。
私とジイドの間合いが狭まり、最後の接近戦が始まる。
左足を撃たれているが故に走る速度は遅いが、右手に握られたグラオガイストによる射撃は未だ驚異だ。
接近するまでにも数発放たれてくる。
油断すれば数的優位も一瞬で覆される。
ならば、私ができることは決まっている。
接近してジイドの動きを制限すること。
近づくと事で的を私に集中させ、千束とたきなに対する注意を逸らさせること。
これは2人を守るためでは無い。
勝つためだ。
ジイドを殺すのではなく、捕らえるため。
ずっと私達が考えてきた、無敵の異能力『
その状況を作るために、私は全てを出し切らなければならない。
左手に握られた拳銃と、右手に握られた拳銃による、最後の攻防が始まった。
お互いの鼻も摘まめそうな距離で撃ち合う銃弾。
拳銃を用いた殴り合いのような銃撃戦。
ジイドの放った弾丸は私の頬を掠めて背後へと抜けていく。
私は引き金を引き続ける。
足を撃たれたせいか動きが鈍く、初速に僅かに遅れが出ている。
その僅かな綻びだけで、十分すぎた。
私の弾丸はジイドに着弾する。当たる度に赤い粉塵が舞う。
だが、流石はアラン機関の防弾ベスト。
ここまで撃ち合っても未だにジイドの身体はふらつかない。衝撃で身体が仰け反るだけだ。
やはり、千束の非殺傷弾では彼に決定打を与えられない。
だが、今はそれでいい。
必要なのは、ジイドの反撃が、千束とたきなに向かわないこと。
「驚いたよサクノスケ! こんな力どこに隠していた?」
「2人の可愛い女の子が励ましてくれたからさ!」
彼を捕らえるには、彼女達の片方が欠けていても成立し得ないからだ。
ジイドは返しの銃口を私に向けてきた。
発砲する直前に右の手のひらでそれを逸らしながら、腕の死角から銃を放つ。
それも確かに着弾した。だが効果は薄い。
ジイドは無事な右足を軸に身体を反転させて距離を取ると、銃を向けてくる。
「だがここまでだ。良く味わえ」
撃ち出された弾丸の狙いは正確だった。
一発目は右肩に直撃した。
二発目も同様に左肩に命中。
三発目の弾丸は腰骨に食い込み、四発目が太股に刺さった。
五発目、六発目……。
そして七発目を腹部に受けて、私はその場に崩れ落ちた。
意識が飛びそうになる。
痛みで気を失いそうになっている。
それでも、まだ倒れるわけにはいかない。
すでに、勝利の条件は揃っているのだから。
ジイドは私の眉間に狙いを定める。
しかし、その動作がピタリと止まった。
それは何故か?
千束とたきなが動いていたからだ。
ここに来て動き出した2人に注意が向く。
だが、ジイドは不用意に彼女達に向けて銃を向けることが出来ない。
なぜならば、今ジイドの持つグラオガイストに込められた弾丸はあと一発だけだからだ。
例え、私でも、いかに歴戦の軍人であるジイドでも、銃を得物としている以上は避けられない隙がある。
それはリロードだ。
その間は大きな回避も防御も出来ない。
私はずっと数えていた。
ジイドがもつグラオガイストに込められた弾丸の数を。
そして、その合図を送っていた。
だから2人は動き出したのだ。
次の弾丸を撃てば、弾倉を変えないといけないジイドにとって、この数的不利は致命的な隙になる。
私達がジイドに付け入る隙は、もはやここしかない。
次の瞬間、ジイドは息を飲む。
目の前に起きている現象の意味が理解できなかったのだろう。
彼の赤い瞳が向いているのは千束だ。
私を除いて、自身を殺しうる可能性を秘めた少女。
この戦いにおける最も未知数と云える異分子。
その彼女が、なんとジイドに背を向けたのだ。
真島が用意した最凶の切り札に。
未来を読む、歴戦の軍人に。
死を求め彷徨う、最悪の亡霊に。
無防備に背中を晒したのだ。
だが、銃口は私に向けられて放たれた。
「ぐっ…」
身体を捻り急所は避けたが、肩を貫かれた。再び意識が飛びそうになる。
だが、ここを逃せばもうチャンスは無い。
唇すら噛みしめて、歯が砕けそうに形ながらも耐える。
何故ジイドが無防備な背中を晒している千束では無く、私に狙いを定めたのか。
その行動は、私が予見していたからだ。
全身を撃たれ、膝をついている状態でも、この間合いならば外さない。
もし千束に銃を向ければ私の銃弾がジイドを捕らえる。
そして、ジイドにも見えているはずだ。
千束達がこれから何をするのかと云う未来を。
彼女の影に隠れていたたきなが動き出す。
たきなは、射線に千束がいるのにも関わらず銃を向けて、躊躇いなく引き金を絞った。
地下の射撃場でいつも見せてくれた、私以上に正確で精密な、さながら機械のような弾丸だ。
寸分違うことなく、それは銃口から、全く同じ間隔で六発、吐き出される。
それを、千束は全て避けた。
正確な射撃であればあるほど、千束の回避は驚異を増す。
相手に視線や僅かな動作を読み取り射撃のタイミングを見切る千束にしか出来ない芸当だ。
だが、それは、ジイドも同じだ。
彼もまた、千束というブラインドがありながら飛んできた弾丸を、全て躱しながら弾倉交換を始めている。
ジイドにも見えたはずだ。
千束がたきなの弾丸を避けて、自身にまで届くという未来に。
だから私に銃を向けたのだ。
自身の未来に対しての最大のノイズである、未来予知を持つ私の動きを止めるために最後の弾丸を使い、千束達の行動を読むために、予知を使った。
それが、ジイドの敗因だ。
勝利を確信したジイドは弾倉交換を終え、千束の後ろ髪に向けて銃を向けようとした。
だが、それは叶わなかった。
ジイドの身体が衝撃で揺れる。
数発の弾丸が彼の腕や胴体、その全身に炸裂したからだ。
彼の灰銀色の襤褸に、赤い粉塵が舞う。
それは、千束の非殺傷弾だった。
「何!?」
ジイドの表情が驚愕に染まる。
そして、見たはずだ。
千束は背面でありながら、ジイドに向けて非殺傷弾を放っていたことに。
私とジイドの未来予知のもう一つの弱点。
それはシンプルだ。
仰々しく語っているが、私もジイドも、五秒以上、六秒未満の未来しか見えない。
つまり、六秒後に起きる未来を予知できないのだ。
故に反応が後れた。ただそれだけである。
だが、それだけだと根拠に乏しい。
まず何故、自身が激しい回避を行い、ジイドもまた動いていた状況で、背中を向けたまま弾丸を当てることが出来たのか?
そもそも、ジイドが未来を予見したタイミングを正確に特定する方法は?
それは、たきなの弾丸に答えがある。
たきなの弾丸は、正確な精度、同じ間隔で放たれた。
足を打たれたジイドは飛び退くような回避はできない。隙を出さずに仕留めるならカウンターが理想的だ。
それがジイドには可能だった。
だから最小限の動きで避けた。
それが、千束に情報を与えたのだ。
ジイドがどの位置に立っているかという事を。
そして、同じ間隔で放たれた銃弾が教えてくれた。
ジイドが見えない未来の先の瞬間を。
私の未来予知と、たきなの精密な射撃、そして、千束の洞察力。
この3つが揃って初めて実現可能となった。
もう一つの『
千束は振り返る。
いかに防弾ベストで保護していようと、至近距離で放たれた弾丸の威力が消えるわけでは無い。
正面を向き、走り出す隙としては十分すぎた。
銃を構えて引き金を引くことなど、造作も無い。
再びジイドの身体に赤い花が咲く。
私が1度に彼に撃ち込んだ以上の弾丸をだ。
ただでさえ足が負傷している亡霊の輪郭がこの瞬間初めて揺らぎ出す。
「まだだ!!」
銃を構えたジイドの顔は、すでに驚愕から笑みに変わっていた。
自身の持つ絶対的な異能力を幾度となく覆してきた少女に、最大限の敬意と敵意と殺意を向けた弾丸が向けられる。
ふらついていたはずなのに、銃を構える腕だけは、鉄筋でも通っているかのように真っ直ぐだ。
ジイドは千束に向けてグラオガイストの弾丸を放つ。
だが、亡霊の弾丸が捕らえたのは彼女の柔らかい暖色混じりの白髪のみ。
千束は全て回避して見せた。
そして、再び返しの非殺傷弾が炸裂する。
「チサトと云ったな! 最高だ!」
だがジイドの顔から笑みが消えない。
それどころか、その口角は更に上がっていく。
ジイドは再び引き金を引いた。
この刹那にも思える攻防で、ジイドは冷静さと冷酷さを取り戻していた。
ジイドは、かつて千束を恐怖に陥れたフェイントを挟んで引き金を引く。
それをわかっていた千束は注意深く観察していたせいで、僅かに動作が遅れた。
「痛っ……」
腕や肩。
千束の柔肌を亡霊の銃弾が貫く。
だが、千束は歯を食いしばり耐えた。足は止まらない。
このフェイント対策は簡単だ。
完璧に躱すことを放棄すれば良い。頭や心臓、加えて足。
戦うために最低限必要な生命活動が出来る部分だけを回避できればそれでいい。
「あああああああああっ!!!!」
雄叫びを張り上げながら千束は走る。
もうすでにジイドの懐にまで到達していた千束は、両手で固定した愛銃をジイドの左足、たきなに撃たれていた場所に正確に撃ち込んだ。
この距離ならば、絶対に外さない。
傷口を抉られたせいか、ジイドが苦痛の声を上げる。
だがジイドは倒れない。
反撃に転じまいと銃口を千束に向ける。だが遅い。
この間合いならば千束の独壇場だ。
ジイドが動くよりも先に、千束は引き金を引ける。胸に4発の非殺傷弾が舞う。
だが、そこで千束の動きに陰りが見えた。
表情が強ばり、呼吸が出来ていない。
心臓だ。
ここに来て、吉松に壊された心臓のバッテリーが上がってきたのだ。
「っ! ああああ!!」
それでも千束は止まらない。
引き金を引いてジイドの動きを止める。
なぜなら、後ろからたきなが追いついていたからだ。
彼女の手には拘束用のワイヤーショット。これでジイドを拘束して無力化する。
殺しをしない私達が持っている、敵を仕留めるための唯一の切り札だ。
だが、ジイドには、すでにそれが見えていた。
正面にいる千束を無視し、銃口をフィニッシャーであるたきなに向けた。
至近距離で撃ち込まれても、防弾ベストのあるジイドの動きを鈍らせることしかできない。
たきなが現れることを予見していたジイドはたきなに狙いを定める。
これで詰みだ。と、云わんばかりの笑みが見えた。
実際のところそうだ。
ジイドを殺すだけならば、千束の銃に込められた銃眼が実弾ならば、すでに決着がついていたはずだ。
この亡霊を無力化するという無茶を叶えるためには、千束の心臓を抜きにしてもあと一手足りなかったのだ。
「―――――っ!」
ひび割れた赤い瞳に、ジイドの瞳に、ベージュの外套が揺らいでいるのが写る。
その一手はすでに埋められていた。
振り向いたジイドの鼻っ柱に拳がめり込んだ。
それは、私の右拳だった。
例え風穴が空いていようと、握りしめて叩きつける事くらいはできる。
あれほどの攻防の中、自由に歩けないジイドに近づくことはできる。
その一撃は、左手よりも遙かに強く、重い。
この一瞬を待っていた。
再び予知を使い、それに対応する瞬間を。
例えどれだけ撃たれようとも、傷つこうとも、この力だけは残して置いた。
この死霊にとどめの一撃を与えるこの一瞬のためだけに!
「ジイド!!」
叫びながら私は拳を振り切った。
全体重と全筋肉の力を右腕に乗せて。
ジイドの身体は吹き飛ばされる。
襤褸に包まれた背中は、延空木の第一展望台の壁に叩きつけられる。
それとほぼ同時に、二つの物が飛来した。
一つ目は千束の非殺傷弾。
そして、もう一つは、たきなが放ったワイヤーショット。
前者がジイドの受け身を止め、後者が的確にジイドの四肢を縛り上げたのだ。
「かはっ……!!」
肺から空気を押し出されたところに上乗せされた胸への衝撃に耐えきれず、首をしならせながらジイドは項垂れた。
そこから数秒は、声は誰も出せなかった。
皆、乱れた呼吸を整えるべく肩で息をしている。
はぁ、はぁ、と、誰かの荒々しい吐息が聞こえてくる。
「……勝った」
最初に口を開いたのは千束だ。
胸を抑えながら、絞り出すような声で呟く。
顔色が悪く、今にも息絶えそうにしているが、その声は安堵と喜びが混じっているように感じた。
「……勝ったんですよ」
次にたきなが答える。
倒れそうな千束を両腕で抱き寄せながら。
たきなの声色は、どこか誇らしげで、少しだけ震えていた。
その答えを聞いた途端、千束の目から涙が流れ出した。
千束は泣きながら笑った。
そして、「織田作」と私の名を呼んだ。
「よかったね。勝てたんだよ……私達」
嗚咽混じりで、言葉が途切れ途切れになる。
だがそれでも、千束は心の底からの笑顔を浮かべていた。
千束は、この勝利に満足しているようだった。
私は、そんな千束を見て、どうしようもない感情が込み上げてきた。
目頭が熱くなり、喉の奥が痛くなる。
私は顔を夜空に向けた。
そして、零すように、「あぁ」と応えた。
「……勝てたんだな」
勝ったのだ。
私達は、勝てたのだ。
あの男に。
ジイドに。
ポートマフィアも、異能特務課も恐れおののいたこの男に。
誰も死ぬこと無く。
殺すこと無く。
勝つことが、出来たのだ。
「うん。勝ったよ。私達の勝ちだよ……」
千束の言葉を聞き終えると、私の頬を一筋の雫が流れた。
それは雨のように冷たくはなく、暖かい。
私は泣いていた。
「……ありがとう。千束、たきな」
私は二人に感謝した。
すると、二人は不思議そうな表情をした。
私が礼を言う理由が分からないのだろう。
だがそれでもいい。
私はただ言いたかっただけだからだ。
この二人の少女に、感謝を伝えたかっただけなのだ。
千束は、泣き笑いのまま、もう一度「ありがとう」と言った。
たきなは、静かに微笑んでいた。
「あの、これからどうしますか? クリーナーを呼びます?」
だが、そこはいつも冷静なたきな。
すぐに気持ちを切り替え、今後のことについて聞いてきた。
確かに、このままではいられない。
ジイドの身柄も、ここに置いておくわけにはいかない。
だが、私には考えがあった。
ずっと考えていたこと、疑問に思っていたことが、あったのだ。
それを訊かなければならない。
でなければ、何も終わらない。
「行こう」
私は傷ついた身体を引きずりながら歩き出す。
ジイドの、元へ。
縛り上げられている、亡霊の元へ。
私の足取りを見た千束とたきなが慌てて駆け寄ってくる。
心配する彼女たちを他所に、私はジイドの前に立った。
「…サクノスケ」
千束達の嵐のような猛攻を受けて尚意識を保っていられるのは流石と云うべきか。
苦しげに眉を寄せながらも、はっきりとした口調で話しかけてきた。
ジイドはこちらを見据える。
「こんなことをしても意味は無いぞ。乃公を殺さなければ、再び貴君らの前に現れる。どんな手段を使ってもな」
あの時と、同じように。
とジイドは云う。
敗北を受け入れて尚、ジイドは未だ不敵な態度を取っていた。
その態度からは、ジイドの揺るぎなさが伝わってくる。
ジイドは、自分の意志を変えるつもりはないようだ。
だが私には、彼が駄々を捏ねている子供に見えた。
いや、それも適切では無い。
ただ、あの時、あの洋館で殺し合ったときのジイドとは何か違っていた気がした。
「……ジイドさん」
先に言葉を書けたのは、千束だった。
敵でありながら、敬称をつける彼女の優しさが垣間見える。
千束はジイドに向かって、語りかける。
「私、真島から訊いたんです。貴方は、本当に死を求めているのかって」
「…何?」と、ジイドは目を丸くさせた。
千束は続ける。
「貴方がもし、織田作と殺し合いたいなら、もっと手段を選ばなかったはずです。わざわざ、真島の話に乗っからなくてもよかったはずです」
私がずっと疑問に思う、違和感を隠せないでいた事を、千束が尋ねた。
もしジイドが、本気で私か千束、そのどちらかと殺し合いたいならば、軍人として戦場で死にたいというならば、私達の仲間の内誰かが必ず死んでいたはずだ。
その気になれば、単独でも仕掛けられたはずだ。
なのにそれをしなかった。
私は彼の全てを知っている。
戦争犯罪者として仕立て上げられた悲しき英雄は、祖国を失い、誇りと失い、非合法な傭兵として汚れ仕事を請け負った。
祖国を守って戦い、死ぬはずだった魂達は、誰のためにも使われず、ただくすんで汚れ、地に落ちていったことを。
彼らはどこまでも軍人であることに固執した。
戦い、傷つき、仲間を失い、それでも立ち上がること。それが彼がかつて軍人であったということの意味であり、今も彼を軍人として駆動させている血液だと。
自分たちが、何者であるかを思い出させてくれる場所を、求めていた。
だが、私には今、見下ろしている彼が、かつての彼と同じ人物とは思えなかった。
何故だか、そう感じたのだ。
「ジイドさん。あの、もう一つ訊いて良いですか?」
千束は恐る恐る尋ねる。
ジイドは無言だった。
何かな、と千束を促す。
千束は一度息を吸い込み、そして吐いた。
そして、ジイドの目を見ながら言う。
「織田作の話を聞いて、真島の話を聞いて、思ったことがあるんです。ずっと怖くて訊けなかったことなんですけど……」
他にもっと方法は、なかったんですか?
と千束は尋ねた。
「貴方にどんな過去があったかはわかりません。ただ、戦場とか軍人とか、死に場所とかそういう理由じゃ無くて…なにか、別の……」
「何か別の?」
「なんて言うか…誰かの幸せに関係する何かで」
千束は上手く言葉にすることが出来ないようだったが、それでも懸命に想いを伝えようとしていた。
ジイドはそんな彼女を、震えるような笑い声を出した。
とても小さく、自らを嘲笑うかのように。
「貴女は優しいな。乃公は貴女達を何度も傷つけたと云うのに」
そんな彼の名を呼んだ私は、痛みで泣き叫ぶ身体にムチを打ちながら脇に投げ出されてある拳銃を、拾った。
それはジイドが、彼らがミミックであることを証明するための物。
彼らが軍人であることを証明するためのエンブレム。
それを、拾った。
「ジイド、望み通り殺してやる。お前を亡霊の呪縛から解いてやる」
私は銃口をジイドに向けた。
ジイドは、何も言わない。
ただ、こちらを見つめている。
その表情は穏やかで、まるでこの結末を受け入れているかのように見えた。
後ろにいた、千束も、たきなも止めることはしなかった。
引き金を引いた。
数発。
その狙いははずれること無く対象を射貫いた。
「な……何だと?」
ジイドから漏れたのは、驚きの声。
グラオガイストから放たれた弾丸は、全て命中した。
弾丸は、彼を縛り上げていたワイヤーを引きちぎったのだ。
その意味を後れて理解したジイドは怒りを露わにして声を上げる。
「何の真似だ!?」
「俺は確かにお前を殺した。お前を縛り上げている亡霊の影を、軍人としてのお前を殺した」
「そんな詭弁を」と云うジイドに被せるように私は「お前は、あの時云ったよな」と尋ねた。
それは、私とジイドの間に出来た異能力の特異点で起きた出来事。
お互いの未来を読み合い、時間が無限に引き延ばされたあの世界の事を。
「生き方を変えて、軍人では無い何かになることはできたのかもしれないと。お前は云ったな」
「それは……」
「今がその時だ」
そうだ。
そもそも、私達はもう終わっている。
私達の戦いは、あの世界で、あの洋館の舞踏室で、終わっている。
何もかも、最初から。
だから、今この瞬間は終わった後の話だ。
「俺達はもう、終わっている。なら、また始めれば良い」
俺が、もう一度小説を書くと誓ったように。
お前もまた、別の何かになれば良い。
「…お前には、その資格がある」
私の言葉を聞いたジイドは呆気に取られたような顔をした。
あの時、あの人に言われた言葉だ。
きっと、私も似たような顔をしていただろう。
もう話すことは無い。私が彼に言うことは、もう無い。
グラオガイストを、彼の胸に置いた私は彼に背を向けた。
それに、と私は付け加える。
「今の俺の仕事は、『困っている人を助ける仕事』だ。死にたがりの手伝いは含まれていない」
そう言い残し、私は歩き出した。
千束も、たきなも、私を追ってくる。
背後で、何かが動く気配がした。
ジイドが立ち上がったのだとわかった。
だが、私は振り向かなかった。
彼はもう、そこにはいないとわかっていたから。
ジイドは、あの亡霊は、私達の前から消えた。
「っ……!」
だが、私は足がもつれて倒れそうになる。
緊張がほぐれたのか、アドレナリンが切れたのか、痛みが増し、足に力が入らなくなる。
ただでさえ出血も多かったせいで、頭の回らない。
このままでは倒れてしまうと手を出そうとした。
「織田作!」
「大丈夫ですか!?」
その必要は無かった。
私の両脇を抱えるように、2人の少女が支えてくれたからだ。
千束とたきなだった。
見下ろせば、淺日色の瞳と花色の瞳が、心配そうにこちらを見つめていた。
2人は、微笑んだ。
「帰ろう。3人で」
「えぇ、一緒に」
私は、その言葉に静かに目を閉じた。
そして、再び目を開いた時には、彼女たちに支えられながら、一歩ずつ、自分の足で歩いて行った。
「あぁ、帰ろう」