彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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ちさとと会った日 後編

「いたぞ! 撃て!撃ち殺せ!」

「くそ! 見つかった!」

下水を走りながら、私は悪態をつく。

予想通り、私達が隠れていた場所には何人かの見張りが配置されていたようだ。

「こっちだ」

「はい」

少女の前を先行しながら走る。

地下に広がる下水道はさながら巨大な生き物の体内のように複雑に入り組んでいる。

眼前に広がる風景には通路が2つ。

正面に広がる大通りと、その脇に逸れた細道だ。

同時に未来が見えた。

このまま走り続ければ正面の大通りからやってくる数名の与太者と鉢合わせる。

その上脇道からも声が聞こえる。

会話の成り立ちからして人数は2人だと言うのがわかる。

どちらにしろ挟み込まれる形になる。

しかし、私達は止まることは出来ない。

「……右だ! 二人いるが片方頼めるか?」

「りょーかい!!」

私達は右側の通路に同時に飛び込む。

「見つけた! 撃て!」

通路の奥には私達を視界に捉えた男が2名、銃を構えているところだった。

手に持っているのは拳銃。

私は加速するために地面を蹴る。少女も私に追従した。

的を絞らせないためにお互いの位置を入れ替えながら接近していく。

「コイツら速い!」

「落ち着け! 俺が男を狙う!」

再び見えた。

私が最後に叫んだ男に至近距離で撃たれる未来が。だが、私には関係ない。

さらに加速する。

二人組の男まであと1メートルも無いところで銃口が私達を捉えた。

「撃てぇ!!」

銃口から火花が散った。

だが飛び出した弾丸が私達に当たることはなかった。

「なにぃ!?」

撃たれる瞬間に身体を翻して銃弾を避けた。そしてそのまま男の懐に飛び込むと、顔面に拳を叩き込んだ。

勢いのままに男は壁に叩きつけられる。

私はすぐさまもう一人の方へと視線を向ける。

そこには一歩遅れて迫ってくる少女が、もう片方の男と相対しているところだ。

少女もまた、足を止めること無く銃口に突っ込む。

「くそぉ!!」

自棄のような叫び声と共に吐き出された銃弾が掠めたのは、彼女の柔らかな髪の毛のみだった。

「なっ!?」

彼女はその弾を避けるように体を捻り、最小限の動きで避けていた。

そしてその動きに合わせるように男との間合いを詰めると、相手の顎に掌底を喰らわせる。

男は膝から崩れ落ちるようにして倒れこんだ。

「すまない。助かった」

「このくらいお安い御用ですよ」

「よし、急ぐぞ」

気絶させた二人の男をその場に残し、私達は先を急ぐ。

下水道の中を、怒号や慌ただしく不揃いな足音が響いている。

私達はそれを尻目に、ただひたすら目的地を目指す。

最初に多くの足音が向かっていた場所へ。

「あの」

「待て」

後ろで彼女が声を上げようとしたが、私はそれを制止した。

その場所は曲がり角の突き当たり。僅かに顔を乗り出せば、その通路の先を

覗くことができる。

息を殺し、気配を殺し、ゆっくりと顔を出す。

「どこに行った! 探せ!」

「絶対に逃がすな!」

通路の先に見えたのは多くの足音の正体。

ある場所から銃を担いで出てきた男たちの姿があった。

通路の中腹に不自然に開かれた穴があり、彼らはそこから現れた。

人一人が少し屈んだ程度で入れるその場所から一人、二人と一目散に走り去っていく。おそらく逃走経路を先に抑えて私達を袋にするのが狙いだろう。

瞬く間に足音が遠ざかっていく。

「行きましたね」

「あぁ」

私達は足音が完全に消えたのを確認してから、彼らが飛び出してきた穴にたどり着いた。

「あった」

その中に、私達の目当てのものがあった。

ここが彼らの武器庫だ。

先ほどまで奥にしまっていた銃火器の類いを引っ張り出してきたのだろう。

私の荷物と、彼女のモノと思われる鞄が乱雑に放り出されている。

ヘドロや腐臭にまみれた下水道には不釣り合いなほど清潔な学生鞄だった。

「そういえば、君の銃はあの男が持っていたんじゃないのか?」

「もーおにーさんも分かってて聞いてるでしょ? こーいうのにはー」

鞄を拾い上げ、付着した汚れを軽くてで払いながら彼女は鞄を開いた。

「ちゃーんと予備の銃も用意してるって」

彼女は学生鞄を普通に開いた訳じゃない。

側面を器用にスライドさせると、男が見せびらかしていた銃と同じものが顔を出した。

「不思議な鞄だな」

「女の子の鞄には不思議がいっぱい詰まってるものなんですよ?」

「そういうものなのか?」

「そういうものでーすよ」

そういうものなら仕方がない。

私も例の荷物と隣に置かれていた愛用の銃を拾った。

「おにーさんの銃、すごい古いですね。先生よりも年上かな?」

「さあな。その先生とやらがいくつかわからん以上になんとも言えん」

「それもそっか」

私は手早く準備を整える。

が、肝心なことを忘れていた。

「しまった。弾切れだ」

「あらら、それは大変ですねぇ」

「他に使えるものは……」

武器庫に入ってすぐのところに私はそれを見つけた。

それは私が黒髪の少女から奪った銃だ。借りると言って拝借したが返すあてを無くしてしまった。

「とはいえ、これも弾が限られてる」

「そんなことないですよ」

「どういうことだ?」

これ、と言いながら彼女は見せた。

マガジンだ。おそらく例の秘密の詰まった鞄から出したのだろう。

数は全てで10。学生鞄の殆どを占めていると思われる量だ。

「その銃、私の仲間のでしょ? なら使えるよ」

「なるほど、それしかなさそうだ」

二人で分ければ5つずつ。これでなんとか足りるか。

それを彼女から受け取るべく手を伸ばそうとする。

「その前に」

だが、直前に手を止められる。

「1つだけ質問に答えてください」

「内容によるが?」

私の目をじっと見つめてくる。

何かを推し測るような目つきで、射抜くように見据えている。

やがて彼女は口を開いた。

「人を殺すのは好き?」

と。

その問いに、私は数秒ほど沈黙で返した。

だが、すぐに答えを出した。

「勿論、大嫌いさ」

私の返答に満足したのか、彼女は満面の笑みを浮かべてマガジンを差し出してきた。

私もそれを受け取ると、素早く銃に装填する。

愛用の銃が使えないのは心許ないが、無いよりはマシだ。

それに、この銃を黒髪の少女に返さないといけない。

彼女も直ぐ様、自分の銃を操作し始める。

慣れた手つきと言うよりは、呼吸のように平然に安全装置を外し、いつでも撃てる状態にする。

「よぉーし、それじゃあ……」

そして、少女は狼煙を上げるように笑いながら口火を切った。

「反撃開始っ」

 

入り組んだ下水道の中を飛び出した私達はそのまま走り抜ける。

もはや身を隠す必要は無い。相手も私達の存在に気付いているはずだ。

だからこそ、もう遠慮はいらない。

むしろ、相手にもこちらの存在を知らせてやるべきだ。

「弾倉にはいくら入ってる?」

「18発。それがマガジンの数だけ」

「十分だ」

私達は走る。あてなど無いが構わない。相手は向こうから来てくれる。なら、後はそこに全力を持って撃ち込むだけだ。

「おにーさんは敵は何人だと思う?」

「足音からして20人以上と見た。所詮はこの下水を縄張りとした弱小集団。それ以上の人数は無いだろう」

「右に同じ!」

二人揃って曲がり角に差し掛かる。

同時に、互いに銃を構え、身を乗り出して引き金を引いた。

通路に響き渡る銃声。通路の先にいた男達が一斉に銃を構えたのが見えた。

だが、それは既に遅い。

私は彼らの姿を視界に収めると同時に、躊躇なく発砲した。

「ぐあっ!」

命中した男からは赤い霧が散る。血では無い。

彼女が特注と謳っていた被殺傷弾だ。だが、火薬による爆発で撃ち出されたそれの運動エネルギーは直撃した男を容赦なく吹き飛ばし下水に落ちる。

これはいい。手足を狙う手間が省ける。

「くそっ! いたぞ!! こいつら銃もってやがる!」

集団の内の一人が迎撃せまいとこちらに銃口を向けるが私は動かない。

私には未来が見えていた。直にその男も吹き飛ぶ。

「やるね! いきなりその弾で当てるなんてすごいじゃん!」

背後から聞こえてきた声に振り向かずに答える。

その瞬間、先ほどの男が悲鳴を上げずに爆ぜた。

やはり彼女の弾丸だったようだ。

私は再び前を向いて駆け出す。

「うっ、撃て! 殺せ!あいつらを生かして帰すな!!」

集団の中には私に取引を持ちかけた男がいた。彼の怒号を皮切りに、無数の銃弾が飛んでくる。

射線を切る遮蔽物も無い下水道の通路を、真正面から銃弾が迫ってくる。

だがその狭い通路であろうとも、全て覆い尽くせるほど銃弾というモノは大きくない。

隙間を縫うように走りながら銃口を向けて引き金を絞る。

すると、放たれた弾はまるで吸い込まれるように男の体に着弾した。

「ぐああぁあ!?」

「なんだアイツら! 弾が当たらねぇ!」

「ふざけるな! 避けられるわけないだろうが!」

威嚇するように再び発砲。

だが当たることは無い。

それは私の隣にいる彼女も同義だった。

「ほっ!」

紙一重で銃弾を躱し、白髪を跳ね返らせながら返しの弾をお見舞いする。また一人、男が崩れ落ちた。

「すごいな、あれを躱せるのか君は」

「目の前で先にやられた人に言われてもうれしくなーい」

軽口を叩きながらも、彼女と共に前進を続けるが、今度は背後からも足音が複数。

銃弾の音を聞きつけて追ってきた連中だろう。正面からの同じだ。挟み撃ちにするつもりか。

「おい、後ろから来てるぞ」

「分かってますよーっと」

自然と背中を預け合う形になる。

「俺が指示したタイミングで避けられるか?」

「え? 急にどしたの?」

「前の連中の射線を教える。君は目の前に集中してくれ」

「さらっととんでもないこと言われたんだけど…」

苦笑しながらも、彼女は私の言葉に従うべく意識を切り替えたのを感じる。

再び視界を前に。

銃を構えた男達と相対し、同時に見えた未来をそのまま彼女に伝えた。

「2秒後に左に、3秒後にかがめ、5秒後は撃て」

「チョイチョイいきなり言われてもわかんないってば」

撃ちながら話しかけてくる私に聞こえたのは動揺した声と同時に聞こえたのは地面を蹴る音だった。

「でも出来ちゃうんだな~これが! えいやっ!」

私の言う通りの動きをしたのか、私が避けた弾丸達が少女に当たることはなかったことを、通路の風を切る音が証明した。

5秒後、最後の回答のように発砲音が数発。遅れて響き渡るうめき声。

すべて彼女が行ったであるのは言うまでも無い。

私も引き金を引き、同じうめき声を上げさせてやった。

「くそ! 銃はダメだ! 瓦斯を使え!」

「バカ! この中で使えば俺らも巻き添えだ!」

「ならフラッシュだけで良い! 奴らの視界を奪え!」

動きがあった。懐に手を伸ばそうとしている男が一人。

迷うこと無くそれを撃つ。

「がっ!」

生憎、同じ手にハマってやるほどお人好しではない。

男はそのまま倒れ込み、動かなくなる。

その後もダンスは続いた。

私の得手は二丁拳銃だが、幸運なことに相方がいる。

本来なら洗練された社交場で行われるべきだろうが、あいにくそこまで甲斐性はない。

この程度のエスコートで我慢してもらおう。

やがて、残る敵の数は1人。背後からずっと響いていた発砲音と足音もいつも間にか消えていた。

「さすが、やるね。おにーさん」

背中を預けていた彼女が、ひょっこりと顔を覗かせた。

私と同じでキズ一つ無い。何度か撃たれていたが全て躱していたらしい。

「君こそ。やるじゃないか」

「とーぜん、強くて優しくて可愛い美少女が私だからね」

「美少女というならもう少しおしとやかにお姫様をして欲しいものだったがな」

「近頃世間はヒーロー不足。お姫様だって、自分で世界を救わないといけないの」

とのことらしい。

実際、私抜きにしてもこの集団を無力が出来る力が彼女にはあると見て間違いないだろう。

「さて…」

「それじゃあ…」

口を揃えて再び前へ。

通路の奥には気丈に銃を突きつけているが、腰を抜かしている男が一人。

私に取引を持ちかけ、彼女を撃った男だ。

「そこの震えてるおにーさーん! ちょーっとここでアンケートなんだけどさ-」

銃を突きつけて彼女は言う。

「美少女のキッツいおしおきはお好き?」

「ひっ!?」

もはや振り回すことしか出来ない銃を片手に男は叫ぶ。

「なんなんだよお前ら…っ。このガキはともかく! お前はなんなんだ! こんな化け物じみた人間がいるなんて聞いてねえぞ!!」

「その手の言葉は、もう何万回も承ってるよ」

怯える男にゆっくりと歩み寄る。

「ま…待て! お前ら! 俺の話を聞け!」

男はただでさえ怯えていたのに、頼れる仲間も失い、自身の痛々しい過去を蒸し返されたとなれば、恐怖というのは限界を突破する。

恐怖が一定を超えると、人はある種の本性を曝け出す。

「よく考えて見ろ! お前がこのガキに協力しても後で消されるだけだ!」

俺だけにしておけばいいモノを、男は彼女にまでその演説を始めた。

「お前だってそうだろ! 国のよくわからない連中に殺しの片棒担がされてるだけだろ? そうやって殺し続ければいつか幸せになれるとか唆されてるだけなんだろ! そうだ! 俺らで手を組めばいいんだよ!そしたら邪魔な奴らも全員黙らせられる!そうすりゃ俺たちは自由だ!  お前も消されないし、お前も国の連中のトカゲの尻尾切りにならなくて済むんだぞ!」

その言葉は、端的に言えば俺は悪くないと言う言葉を意味や形を変えて何度も繰り返しているに過ぎない。

だが、追い詰められた人間は藁にもすがる。

今、まさに男がそうだったように。

男にとってはそれが、救いの手のように思えたのだろう。

「とのことだが、君はどうする?」

念のため、隣にいる彼女の意見を聞こうと思ったのだが、彼女は呆れた顔を浮かべながら、私の問いに答えた。

「ん~確かにそうかもね~。私戸籍とか無いから死んだら多分何も残らないと思うし~。おにーさんは?」

「俺か? まぁ、どの道マフィアに狙われている身だ。なんらかの後ろ盾が欲しいと思っていたんだ」

どうやら、同じ意見らしい。

私が答えると、目の前の男は勝ち誇ったような笑みを見せた。

「そ…そうか! なら俺達は――」

言い終わる前に私と彼女は一歩踏み出した。

「「そんな訳、あるかーー!!」」

 

 

「ちょ、おにーさんもっと押して!」

「もう十分押してる」

「ダメだって、ちゃんと息合わせないと!」

「じゃあせーのでいくぞ」

「え? それせーの、うんで行くの? それともせーので行くのどっち!?」

「とにかくいくぞ!」

「あーもうわかった! じゃあいくよ、せーのっ」

 

私達は久方ぶりの空との邂逅を果たした。

下水道をさまよい、なんとか見つけたマンホールと思わしき場所を2人がかりでこじ開けたのだ。私達を照らしつける光は、まるで天使が私達に祝福を与えているかのようだった。

そこが街の往来が行き交う大通りなのが唯一残念な点だったが。

普段は穏やかな顔つきの市民が、突然現れた私達の姿を見て、皆一様に驚いた顔をしている。

まぁ、それは仕方が無い事だ。

なんといっても、地下から地上へいきなり男と少女が飛び出してきたのだ。

しかも、男の方が少女を肩車しながら。

驚くのも無理は無い。

「あーもう疲れたー。髪ベトベトだし、服ドロドロだし、足痛いし、お腹空いたし、お風呂入りたいし、寝たいんだけどー」

すぐさま大通りを抜け出し、路地裏を隣り合って歩く。

彼女は文句を言いながらも、どこか楽しげだ。

「でも、やっと外に出られたよ。これで自由の身ってわけだね」

「まぁな。もっとも、今度は君に狙われているわけだが」

「え? それどういうこと?」

「君はこの荷物が目当てじゃ無いのか?」

私は担いでいたボストンバッグを彼女に見せる。

そもそも、私がこの制服を着た少女達に襲われた原因はこの荷物だ。

持ち主はマフィアの首領。

勅命を受けて配送に臨んだが、結果はこの通り。もし彼女達がこの取引を阻止することが目的ならばもう果たしているが、どうやら私を始末するのが仕事らしい。

ならば今こそ絶交の好機。なのに、彼女は首を傾げるばかり。

「あー、私は人殺しはしない主義なの。だから気にしないで」

「だが、仲間に突き出さなくていいのか?」

「そしたらおにーさん殺されちゃうでしょ?」

「まぁそうだがな」

私の未来は、この制服少女に殺されるか、マフィアに酷く拷問されて殺されるの二択になったらしい。

あの下水の中でネズミのように生きるよりかはマシな選択だと信じたいわけだが。

「っていうか、おにーさん途中から私が人を殺さない主義だって知ってるでしょ?」

「まぁ確かに」

「いつから?」

「最初から」

「え!? 嘘だぁ!」

声を上げる彼女に嘘じゃ無いと告げる。

そして納得させるべく根拠を上げた。

「君の仲間は警告無く一切の予備動作無しで人を殺せる手練れ揃いだ。その中で、完全に背後を取ったのに警告してきたのは君だけだった。殺すのが目的なら、警告なんてするわけが無い。以上」

「……なるほどねぇ。つまり、私の事を信用してくれたんだ?」

「そういうことだ」

「そっかそっか~」

そう言うと彼女は嬉しそうに微笑む。

何故喜ぶのかわからなかったが、どうやら私の判断は間違っていなかったようだ。

私が彼女らに殺される。一つの懸念材料を払拭できたが未だに残っているゆゆしき問題が一つ。

「これをどうするべきか」

提げられているボストンバックを一瞥。

下水の彼らにくれてやるのも癪だったから取り返したが、取引の時間に遅れた私がマフィアから生きていける術はない。

どうしたものか。

「ねぇおにーさん」

思案していると少女が顔を覗いてくる。

頬にまで泥がついているが、それでも彼女の美貌に陰りは無い。

「なんだ?」

「その荷物の中見せてもらえる?」

「それは」

「だっておにーさん、マフィアの取引に失敗したんでしょ? どうせ殺されるなら中身見てもそれ以上の罰は当たらないんじゃ無い?」

否定できなかった。確かにその通りだ。

毒を食らえばなんとかというが、この黒い布に包まれたモノの正体を知りたいという好奇心には勝てなかった。

「わかった」

と一言。

膝をついてボストンバッグを地面に置く。

彼女も同じように膝をついた。まるで聖夜の夜明けを迎えた子供達が枕元を探すような面持ちだ。

待ちきれないという様子に応えるべく、ファスナーを開けた。

中に入っていたモノ、それは。

「これ…」

それを彼女は手にとって拾い上げる。

2頭身ほどの大きさ、肌触りの良さそうな茶色い毛並、丸く愛くるしい瞳。そして、デフォルメされた手足。

「ぬいぐるみ?」

ふと彼女のスカートの上にひらりと一枚の紙が舞い落ちる。それも拾い上げて彼女は読み上げた。

「えっと……HAPPY BIRTHDAY. My Dear Little Lin……?」

妙に流暢な発音で読み上げて見せた。

「えっと…これなに?」

「愛しき我が娘、リンへ。誕生日おめでとうと書いてあるな」

「いやいやそうじゃなくてさ、誰の娘って書いてあんの?」

「そりゃ、マフィアのボスだろう?」

「へぇ……ん? え? じゃあなに? おにーさんが運んでたのって、ただの誕生日プレゼント!?」

裏返った彼女の声が路地裏に響き渡る。

彼女にはわからないかもしれないが、この手の手口はマフィアの十八番。

というか、マフィアのボスが自分の娘に普通の手段で贈り物を届けるわけが無い。

もしその荷物に手を加えられて爆弾でも仕掛けられたら?

中身をすり替えられていたら?

外面だけ同じモノと入れ替えられたら?

そうならないために独自の郵送ルートを築いているモノだ。

マフィアのボスの、しかもその実娘となれば尚のこと。

私の前職では当たり前のことだが、彼女にとってはそうでないらしく二つのそれを持って震えていた。

「いや…ちょっと待って………っ、そんなのって……」

そう言い残して彼女は倒れた。

まさか最初に撃たれたキズが傷んだのかと顔を覗いたが、帰ってきたのは元気な声だった。

「あはははっ! ちょっ……マジ無理! ホント無理! お腹痛いっ!! 死ぬ! 死ぬっ!!」

腹を抱えながら笑う姿は、先程までとは打って変わって年相応の少女だ。

 

「あっはははは!! もぉ~そんなのってないよ~。この荷物、司令が滅茶苦茶真剣な顔で新型爆弾か? とか、新しい麻薬か? とか話してたんだよ? それが、こんな可愛い女の子への誕生日プレゼントだなんて」

「そいつは悪いことをしたな」

「ほんとだよ。マフィアのボスが、幹部一同揃えて何か企んでるって言ってたけど、誕生日の催しか! マフィア可愛すぎじゃん!!あはははははは!!!」

可愛いと言うが、私はその可愛い催しをしくじったばかりに殺されることが確定しているわけだが。

笑い転げる彼女を尻目に、私は空を見上げた。

雲1つ無い澄みきった空が憎たらしいほど私達を見下ろしていた。

「今日は良い天気だ」

「はぁ~笑った。そうだね、良い天気だね」

「死ぬにはいい日だ」

「まぁ確かに」

死ぬならこんな日がいい。

と、彼女は言った。私はこの子の事情など欠片もしならいが、人知れず暗殺の片棒を担いでいるのだ。

何かしら思うところはあるのだろう。

「ねぇ」

「なんだ?」

「おにーさんが死ななくて済む方法って何かある?」

「それは君が気にすることか?」

「私が関わった人は皆死んでほしくないの! 良い人も悪い人も、おにーさんみたいな面白い人も!」

そう言うと、彼女は私の顔を覗き込むように見上げてくる。

その目は期待しているようでもあり、不安に揺れているようでもあって。

本当に私の身を案じているようだった。

一応、心当たりが無いわけでもない。

「そうだな。マフィアが善意で俺を見逃すわけがない。見逃すとしたら、手を出せない状況になるくらいのものだ」

「それって、例えば?」

「何処かの組織に所属する。マフィアですら恐れののくような組織に。もしくは、マフィアそのものを壊滅させるような存在に」

そんな都合が良い組織を私がすぐに見つけて、よしんば見つけたとして所属させてもらえるかなんて、どれほど都合が良いことか。

「ははは」

返ってきたのは笑い声。

明らかな無理難題に匙を投げるような苦笑ではなく、まるで子供のような無邪気さすら感じさせる明るい笑顔。

「なーんだ。それならもう解決してるじゃん!」

「どういうことだ?」

「ここにいるよ。マフィアもヤクザも、悪い人みーんなが怖くて手を出せないところを知ってる人」

彼女はそう言うが、私もそれが何を意味しているか理解できないほど、頭の回転は悪くはない。

「君は、俺に女子学生の格好をして殺しをしろと?」

それなら、下水道で持ちかけられた取引の方がまだ受ける気になれる。

「あー確かにそれは見たくないかなー。でも、逆に気にもなるってそうじゃない!」

「何がだ?」

「言ったでしょ? 私は人を殺す仕事はしないって」

「じゃあ、君は何の仕事をしているんだ?」

彼女がどこかの組織に属しているのは最初からわかっている。

だが所属をもつということは、その中である程度成果を上げなければ籍を置き続けるなど不可能だ。

彼女の組織は殺しを専門としている。そんな中で不殺を心情にしてるなどよっぽどの変わり者。

と、そこで考えが止まる。

そういう存在を、私はよく知っている。

待ってましたと言うばかりに彼女は言った。

「困ってる人を助ける仕事」

と。

私を見上げながら、得意げに胸を張る姿は、その言葉を疑う余地も無いと思わせる。

自然と頬が緩んだ。

「詳しく聞かせてくれるか?」

「え? ほんと!? やったー!!おにーさんならそう言ってくれると思ってたんだよね!」

喜びながら飛び跳ねる姿は、見た目通りの少女にしか見えない。

いや、本当にそうなのだろう。

彼女は普通の少女だ。

銃を持ち、人を救うために引き金を引くこと以外は。

「そういえば、私、おにーさんの名前知らないや」

「奇遇だな。俺も君の名を聞いていない」

「私は錦木千束。おにーさんは?」

「作之助、織田作之助」

「良い名前だね。でも、おにーさんみたいな人は、織田も作之助も普通すぎるよ」

「じゃあどうしろと?」

「そうだね、織田作さんって呼ぶことにするよ」

織田作。

同じことを、古い友人に言われたことを思い出した。

彼もそう言って私をそう呼び始めたのだ。

まさか、彼女に千束にもそう呼ばれるとは思わなかった。

それがおかしくて、今度は私が吹き出した。

「聞きたいことが山ほどある。まず君達は何者だ?」

「あぁ、そう言えばそれも話してなかったね。私達はーー」









たきな:私の銃返して……。
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