「うわークルミが考えたあれ、映画化するの?」
開放された千束が初めて目の当たりにしたのはある映画の広告だった。
『リコリス・クライシス』
デカデカと描かれた広告には、見慣れた制服を着た少女が左右に2人。
黒い制服の少女は拳銃、左の無性に顔を見ていると腹が立つ赤い制服の少女はバズーカを抱えていた。
何故このような構図の映画の製作が決定されたかという理由を、千束はよく知っている。
それは、真島という戦争屋が11月に引き起きた延空木ジャックテロ事件。
千束達リコリスの存在をあぶり出すために企てられ、全国に放送されたその事件の収束のためにでっち上げられた物だ。
実際起きたことは全て事実で、千束達の活躍により、なんとか一段を付け、創作の一つとして落ち着かせることに成功したのだ。。
だが、未だに混乱と困惑の声が絶えることは無い。
街並みを歩いていて、耳を澄ませれば延空木の話題で持ちきり。
あの場に自分がいなくてよかったと心底思っている。
「まぁ、10年前に比べたらマシか」
千束自身が関わっていた旧電波塔事件に比べれば、完成したての電波塔が即日爆破されなかっただけ良かったと云える。
もっとも、企てた真島は最初から爆破などするつもりがなかったと言うことが、千束の腸を煮えくりかえるわけだが。
「おっ」
だが、真島と関わったことが悪いことばかりでも無い。
それは数メートル先。
千束はある物を見つけた。
自動販売機だ。
その片隅にあるジュース缶だ。
丸い顔を可愛らしい笑顔で彩っている赤ん坊が印刷された緑色の缶。
真島との戦いの最中、休憩で飲んで見つけた美味なジュースだ。彼は甘すぎると云っていたが、千束の舌にはよく合った。
おそらく、これから流行ること請け合いだ。
さて、見つけたことだし飲んでみようと駆け寄ろうとしたときだった。
「うわっ!」
千束は自動販売機に気を取られていたため、曲がり角から現れる人影に気付くことができなかった。
どうやら随分と背丈が高いようで、耐えきれずに尻餅をついてしまった千束は、自身の不注意を謝罪をしながら顔を上げる。
「痛たた……ごめんなさ……」
だが、その謝罪を最後まで言い切ることはできなかった。
見上げた彼女の視界に現れた人影に、千束は息を飲んだからだ。
「む? 貴女は……」
見上げた千束の視界に入ったのは、灰銀色の襤褸、そこから覗くひび割れた赤い瞳と、水気の無い褐色の肌、長いくすんだ銀色の髪を後ろにまとめた長身の男だった。
「貴方は……っ」
男もまた、見下ろしている彼女を視界に捉え、静かに口を開いた。
それはまるで、凍り付いたような冷たい声音だった。
しかし、その視線だけは違う。
男の眼差しは、どこか懐かしむようにも見える暖かなものだった。
そのことに千束は驚きを隠せない。
(なんで?どうして?)
目の前に立つ男を千束は知っている。
特に特徴的なのが喋り方。
人を呼ぶ二人称を、キクンとキジョと呼ぶ口回しは、さながら古い騎士を思わせるこの人物の名を、千束は知っていた。
「ジイドさん!?」
彼は、テロリストである真島、その用心棒として付き従い、千束達と相対していた彼の名はジイド。
千束は仲間達と共に、彼と命を賭した戦いを繰り広げた男だ。
「…」
「…」
千束とジイドは、互いの存在を認識しながら、互いに言葉を発せずにいた。
「すまない。らしくも無い話、少し考え事をしていた。許してくれ」
沈黙を破ったのはジイドの方だった。
ゆっくりと手を差し伸べ、立ち上がらせる。
その際、千束の肩に触れた指先は冷たく、そして硬い感触をしていた。
ジイドの手を借りて立ち上がった千束は、彼を見上げる。
若々しくこそないが、それでも老けているという印象を受けることはない。
それは彼の容姿が原因だろう。
彫りが深く、整った面貌に、鍛えられた体躯。
それはまさしく、美丈夫と呼ぶに相応しいもの。
良い意味で日本人らしからぬ外見だ。
そんな彼は、赤い瞳を困惑に染め上げながら口を開いた。
「して、銃は構えないのか? 少なくとも、乃公とは殺し合った仲だと云うのに」
「え? あー今は真島とは関わってないんでしょ?」
「そうだな」
肯定するジイドの言葉からは嘘は感じられない。
リコリスの元締めであるDAやリリベルを統括しているお偉いさんも含めて、延空木事件の主犯である真島の足取りを、その手がかりすら掴めていないのだ。
千束の勘では生きているという嫌な確信があるが、殺さないという信条の彼女の理念には沿うので目をつぶることにする。
そんなことはともかく、今は目の前にいる人物のことを考えなければならない。
「なら、もう戦う理由無いじゃん」
千束は、慌てる素振りも逃げる素振りも、ましてや銃を向ける素振りも見せずに、両手をプラプラと振って見せた。
「それに、今私制服着てないから銃撃っちゃいけないの」とも付け加えた。
それを見たジイドは驚いた様子を見せる。
「あ、そうだ。私、そこの自販機で飲みたいジュースあるんだけど、ジイドさんも何か飲む?」
千束は「奢るよ?」と、彼の表情を見向きもせず、当初の目的である自動販売機を指差しながら、そう言った。
「……では水を」
お国柄、淑女の申し出を断ることの出来ないジイドは、遠慮がちにそう答えた。
「じゃ、買ってくるね」
千束は笑顔で答えると、小走りで自動販売機に向かう。
その後ろ姿を困惑の色を隠せないままのジイドは、ただ眺めることしかできなかった。
数分後、トタトタと肩まで伸びた暖色混じりの白髪を揺らしながら、千束がペットボトルの水を買って戻ってきた。
「で? 何してたの?」
「何、とは?」
路地裏の片隅に腰掛けた千束とジイドは、各々が片手に持っている液体を経口摂取していた。
飲み方が実に対称的だ。
缶ジュースを選んだ千束は、さながら発泡酒の広告のように喉を鳴らしながら一気に中身を飲み干している。
一方、ジイドは、毒蛇が舐めるように少しずつ水を口に含んでいた。
「考え事してたって云ってたじゃん。織田作と同じで未来が見えてるのに曲がり角でぶつかるなんてあり得ないもん。悩みなら相談に乗るよ?」
「乃公の異能は、そこまで便利なモノでは無い。サクノスケも同じ事を云ったのでは無いのか?」
ジイドの問い掛けに、千束は露骨に顔を引きつらせた。お前は何を云っているんだと言葉では無く表情で語っていた。
織田やジイドの異能が、どれだけリコリスに対して驚異であるか、それは彼らが残した戦いの後が記録している。
現に、今隣で水を啜っている男は歴代最強のリコリスである千束に初めて黒星を付けた男なのだからだ。
「だがまぁ、質問には答えることにしよう。いつもどおりの事をしているだけさ」
「いつも通りのこと?」
「そうだ。乃公は軍人として死に値する戦場を求め、各地を流浪していた。戦いが終われば、また流れるのみだ」
「もう違うでしょ?」と、千束は指先で摘まんだ缶をぶら下げながら首を傾げる。
千束の言葉に、数秒の暇の後「そうだった」とジイドは零す。
11月の延空木第一展望台での決戦で、全てが終わった。
そして、始まったのだ。
――俺達はもう、終わっている。なら、また始めれば良い。
――俺が、もう一度小説を書くと誓ったように。お前もまた、別の何かになれば良い。
――お前には、その資格がある。
彼がジイドにそう言った。
ジイドは肯定も拒否もしなかった。ただ、その場から消えただけ。
だが、自身の胸に置かれた愛銃にはまだ弾が残っていた。
自由になったのに千束達を撃たなかったのは、少なくとも織田の言葉を受け入れた証拠でもあるのだから。
ジイドは再び、水の入ったペットボトルの縁に口を付けるが、千束が見ても微々たる量しか喉を通っていないのがわかる。
喉を潤しているというよりかは、口を湿らせていると言った方が適切かもしれないほどだった。
「しかし、生き方を変えろと云われても、何をすればいいかわからん」
ジイドにとって、戦場で戦い、軍人として死ぬことこと全てだった。
そのために裏切った祖国を捨て、流れるままに戦いを続けてきた。その終着点であり、出発点である場所があの延空木の第一展望台。
ならば、これから先、自分はどう生きていけば良いのか。
「そんなの簡単だよ」
と千束は云う。
ジイドの悩みなど、もはや彼女にとっては取るにも足らないものとでも云うように。
「わからないなら、探せば良いんだよ」
「探す?」
彼女の言葉の意味が理解できないとばかりに、ジイドは聞き返す。
千束は、うん、と笑顔で首肯する。
ジイドは困惑した。
何故、彼女はこんな自分に笑いかけることができるのかと。
この少女は、ジイドのことを恨んですらいないのだ。それが不思議でならなかった。
「死に場所を探して世界を旅してたんでしょ? なら今度は生きる場所を探して旅をすればいいじゃん」
そっちの方が、幾分か素敵だよ。
と千束は屈託の無い笑顔を見せた。
ジイドは、そんな彼女を眩しそうに見つめていた。
やがて顔を上げる。ジイドの視線の先には、雲一つ無い澄み渡った青空が広がっていた。
彼は思う。
嗚呼、確かに悪くない。
自分の未来を探しに行くというのも。
彼の心は、いつの間にか晴れやかな気持ちになっていた。
「今度は乃公が質問する番だがいいか?」
「うん、どうぞ」
「貴女は何をしている? 最低限の傷は癒えただろうが、あの戦いからそう時間は経っていないだろう?」
休んだ方が身のためでは無いのか?
と、ジイドは軍人らしい意見を付け加える。
延空木、特にジイドとの戦いは一瞬で終結したが、その刹那の攻防で千束もまた傷ついたはずだ。
それなのに、何故こんなところで、お茶会のようなことをしているのだろうか。
ジイドには理解出来なかった。
「それに、なんだその様相は? その荷物はなんだ?」
ジイドは兼ねてから疑問に思っていた千束の格好を改めて見やる。
彼女が着ているのは制服では無く、Tシャツと短パンという部屋着と見間違う物。
そして、地べたに腰掛けている千束の隣に無造作に置かれた風呂敷に包まれた荷物。
「傍から見れば安直な盗人、あるいは夜逃げではないか」とジイドは付け加えると、「あ~これはね~」と千束は困ったように頬を掻いた。
その時、彼女の手の動きがピタリと止める。
「これちょっと見てみて?」
と首に手を伸ばすと、Tシャツの襟元を引っ張り出して晒し出す。
千束とは座高にかなりの差があるジイドはほんの僅かな隙間だけで十分だった。
祖国を追われた身であれど、淑女の、ましてや生娘の胸元を覗くなど、紳士の恥だと心得ていたジイドは慌てて目を逸らそうとしたが、それは叶わなかった。
なぜならば、千束の胸元にあるそれに、釘づけになってしまったからだ。
「それは…」とジイドは零す。
千束の胸には絆創膏が貼られていた。それも応急処置で扱うような簡易なものではなく、何重にも重ねられたガーゼと包帯がぐるりと巻かれており、肌が露出しないようにされている。
負傷と考えが及んだが、それはあり得ないとジイドは断言できる。
そこはほぼ心臓の位置だった。
銃創であれなんであれ、今胸に張られている仰々しい絆創膏を貼るほどの傷を胸に受ければ即死は免れない。
だとすると、もっとも有り得る可能性は、戦いによって発生したものではないと云うこと。
詰まるところ……
「手術痕か」
「そっ」と千束はまるで他人事のように呟き、その部分を撫でながら続ける。
ジイドは、彼女の胸の事情を知っていた。
アラン機関のエージェント、吉松シンジから訊いたからだ。
真島と協力して彼を拉致したジイドは、彼から千束を人を殺す天才として生きていくために敢えて彼女の心臓を壊したのだ。
千束に人を殺させるために。
ジイドは千束か織田と殺し合うために。
利害が一致した彼らは情報交換をしていたのだ。
手術痕から、おそらく吉松の胸に入れられた人工心臓が千束の胸に移植された。
吉松を殺した何者かがいる。
千束か織田。それ以外の別の誰かの手によって。
「気がついたら病院にいてさ。なんか手術した痕があってめっちゃ痛かったの。こりゃもう死ぬなって思ってさ」
「待て。それは答えになっていないぞ?」
「そう?」
と、相も変わらず他人事のように振る舞う千束にジイドは続けた。
軍人であった彼にとって、人の生死など日常茶飯事だ。
戦場で、人が死んでいくのを何度も目にしてきた。
だからそこ、死ぬと分かっているならばやるべきことがあるはずだからだ。
「もしそうなら、貴女はここで乃公と話しなどせずに、仲間達の元に戻るべきでは無いのか?」
残された時間を、共に背中を預けて戦った戦友達と過ごすことこそ最後の安らぎでは無いのかと、ジイドは問う。
だが千束の、「だって湿っぽいのやだし~」という一言に、ジイドは呆気に取られてしまう。
「動ける内に良い場所探そうと思ってさ」
「良い場所とはどういう場所だ?」
「え? そりゃあ、ここで死ぬのが一番気分がいいなって思える場所」
迷わず応えた千束に、ジイドはまたもや面食らう。
そして数秒の沈黙の後、彼は風船が破裂したように笑いを吐き出した。
そして、高らかに笑い出して見せた。
「ハハハハハッ!!」
「え? ちょ! 何で笑うの?」
千束の抗議の声すら耳に入らないほど、ジイドは腹を抱えて笑っていた。その間も、隣に座っている千束は
「な~んでわ~ら~う~の~! ねぇ~な~ん~でぇ~」
とジイドの肩を揺らす。
それでもジイドは止まらない。
一頻り笑い終えたジイドは、目尻に浮かんだ涙を拭うと、 ようやく千束に向き直った。
そして言う。
「軍人としての死に場所を求め各地を流浪していた生き方を否定し、乃公に生きる場所を探せと云ったはずの貴女が、死に場所を探して旅をするというのか?」
これが笑わずにいられるか。
と、ジイドは愉快そうに口角を上げる。
対する千束は頬を膨らませ、不機嫌な表情を浮かべている。
そんな彼女を見て、ジイドはまた声を上げて笑ってみせた。
「サクノスケが貴女のこと気に入る訳だ」
この少女は本当に生きることに執着していないのだ。
だが、ジイドのように死を求めて戦っていたのとは違う。
彼女の言葉や立ち振る舞いには、もはや生と死という概念は相反する事象では無い。
死は生きるに組み込まれた機能の一部にすぎない。
だからこそ、死すらも楽しもうとしているのだ。
「このようなトンチ話、祖国にいた頃部下達と休暇で見た劇場でも聞いたことが無い」
「へぇ、その時どんなお話だったの?」
千束は劇場という単語にえらく食いつく。
彼女は、物語が好きなのだ。
真島も映画の話を聞かせてくれたものだと、ジイドは思い出す。
ジイドはふむと顎に手を当てて、思い出すような素振りを見せる。
そして、ゆっくりと語り始めた。
どこの国でもあるようなありきたりな話だが、千束はジイドの話を興味津々といった様子で聞いていた。
他にも、ミミックとして世界各地の戦場を渡り歩いていた時の話などをねだってくる。
ジイドもまた、2度と戻れないあの世界への思い出。
部下達のと戦いの日々を懐かしく思い、つい饒舌になってしまった。
そして気がつくと、空はすっかりと茜色に染まりだしていた。冬の訪れが近いせいか、日暮れが早くなっている。
「もうこんな時間だ」
「そうだね」
ジイドの言葉に、千束は驚いた顔をして、自身の腕時計を見やる。
「では、乃公はそろそろ行くとしよう」
さらばだ、とジイドは立ち上がると路地裏の奥へと歩き出していく。
千束はそんな彼の後ろ姿を呼び止めることはなかったが、途中でジイドは「あぁそうだ」と足を止めた。
「貴女が恵んでくれたこの水、感謝する。これで三日は歩けるだろう」
「は?」
ジイドの突然の告白に、千束は何を言っているのか分からないとばかりに目を丸くしている。
「ちょーいちょいちょいちょい、えっと何云ってんの? 歩くの、どこまで?」
「何とは? 乃公は軍人だぞ? 行軍で三夜三日など当たり前のことだ」
「寝ずに歩くの!?」
千束の悲鳴にも似た声が辺りに響く。
その大音量にジイドは顔をしかめながら、 それがどうかしたのかと首を傾げる。
千束は、呆れたように溜め息をつく。
リコリスである彼女にとっても、そのリコリスである変わり者の極みである彼女であっても、ジイドの言葉は衝撃的であった。
「えーっと…あ、ジイドさんってお金持ってないの?」
「ここで過ごしている間は、全て真島が用意してくれたからな」
ない、と締めくくると千束の表情は更に青ざめる。
元来、不法入国者であるジイドは言葉こそ辛うじて通じるものの東京の街に溢れた日本語を読めるわけが無い。
真島の一派に属していた間は、真島とその部下が食事やらその他諸々の生活を保証してくれていた。
だからジイドは、金銭の必要性を感じたことが無かった。
だが、それはあくまでも今までの話であって、これからはそうはいかない。
千束はまた大きな溜息をついた。
「はぁ~、じゃあどうしよっかぁ」
どうやら、行軍を敢行しようとしているジイドを止めまいとしているらしい千束は暫く唸り始める。
やがて、「そうだ」と手をパンと叩く。
そして、
「ねぇねぇ、私と一緒に旅しようよ」
と、とんでもない提案をしてきた。
「何?」
これには流石のジイドも驚き、思わず聞き返す。
千束はニコニコとした表情のまま、ジイドの手を取った。
「私も一人旅も悪くないって思ってたけど、話し相手がいないのも退屈だと思ってたんだ~」
彼女の口ぶりは、もはや提案では無く決定であるかのように話が進んでいる。
いくらなんでもな話だと当然ジイドは待ったをかける。
「いや待て、乃公と貴女は殺し合っていたのだぞ?」
「今はそうじゃないでしょ? それに、私は最初から殺すつもり無いし」
「しかしだな」
「それに、貴女って言い方も面白いけどちゃんと千束って呼んでよ」
千束は、ジイドの言い分など聞く耳持たないとばかりに話を進めていく。
「…チサトよ。旅は道連れと言えば聞こえがいいが、行動を共にするとなるとまた何かと入り用だぞ?」
旅や行軍は、人数によってかかる労力も手間も、必要となる物資の量も変わっていく。
安易に決めていい問題では無いはずだが、「もーまんたい!」と千束は笑う。
「ジイドさんも、織田作と同じで未来が見える力を持ってるんでしょ? なら良い考えがあるの。お金には困らないから」
その自信満々な笑みに、ジイドは何故か心惹かれてしまう。
だが、それでもと断ろうとするジイドの口を、千束の人差し指が塞ぐ。
そして、彼女は自分の唇にそっと触れさせる。
その行為の意味が分からず困惑するジイドに、千束は微笑む。
「だーいじょうぶ。私に任せて。きっと上手くいくよ」
根拠の無い、けれど不思議と信じてしまいそうになる。
ジイドは、ふぅと息を吐き、千束の瞳を見つめた。
「……分かった。貴女の提案を受け入れよう」
「わー、ありがと! よろしくね、ジイドさん」
「……こちらこそ、宜しく頼むぞ、チサト」
こうして、生きる場所を求めて彷徨う男と、死に場所を探して流浪する少女の奇妙な逃避行が半年間に渡って繰り広げられ、日本の果て、千束を追って宮古島に訪れたたきながジイドと遭遇してひっくり返ることとなる。
その後、千束とジイドは妙な事件に巻き込まれたり巻き込まれなかったりするのはまた別のお話。