彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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最後の一日 前編

延空木での戦いが終わった直後、ジイドとの決戦を終えた私達は有り体に言う死に体だった。

千束は只でさえ、心臓の問題を抱えているのに真島との戦闘で受けた肩の傷、ジイドの銃撃による負傷。

私は決定力と弾数を制限された状態で、防弾ベストを着込んだジイドとの60分にわたる死闘で体中に穴だらけだった。

一番軽傷だったたきなでさえ、肩の火傷が完全に消えるか怪しいと云われてたほどなのだから目も当てられない。

女の子が十代で身体に消えない傷を負うなんてあってはならない。

だが幸いなことに、ほぼ痕が残らないようになると聞いて、最新の医療は凄いものだと感心したものだ。

私自身もまた、全身銃創だらけ、三ヶ月は寝込んでいるという満身創痍の状態だった故に、事が起きた現場に居合わすことができなかったのだ。

まずジイドとの戦いの後、何が起ったかというと、心臓手術をした千束が忽然と行方をくらましたのだ。

その期間なんと半年。

どこをほっつき歩いていたのかは定かでは無いが、足取りは思いも寄らない場所から判明した。

それは、たきなが初めて喫茶リコリコに左遷されたその日に受けた依頼。

沙保里という人物が、彼氏と宮古島に行ったときに撮影した写真に写り込んでいたのだ。

真島の銃取引の件と良い、何かを引き寄せる物を映り込ませる呪いにでもかかっているのだろうか?

若し今後、裏社会の恐ろしい現場を図らずも映してしまい、命を狙われる危険がありそうで今から心配である。

閑話休題。

 

そこから一人宮古島に訪れたたきなは、現地でジイドと遭遇するというとんでもない事態に見舞われながらも無事?、千束を確保することに成功して東京に戻ってきた。

だが、そこからまた波乱が起るとは、彼女達の帰りを待っていた私には想像もつかないことだったのだ。

何故かって?

それは……

 

 

「よぉーしお前らぁ、準備できたかぁ!?」

「おーミズキ、テンション高いねぇ!」

「なーに言い出しっぺのアンタが云ってんのよ!」

 

喫茶リコリコのホール。その中央で千束とミズキがお互いの士気を高め合っている。

客の世話はどうしたのかという話だが、今の店の玄関には『CLOSE』の掛札がされており、客が来ることは無い。

そもそも、もうこの街で喫茶リコリコが営業することはないからだ。

 

「たきな」

と、はしゃいでいる千束とミズキを脇目に隣で呆れた顔で立っている彼女に声をかけた。

そもそもの一番間近で発端を知っている彼女に、事の次第を訊くためだった。

「なんでしょう」と誂えた人形のように首を傾げる彼女に私は改めて尋ねた。

「なんでハワイに行くことになったんだ?」と。

 

そう。

喫茶リコリコのメンバー全員で、ハワイに向かうことになったのだ。

旅行では無い。

完全に向こうに居着くために。

たきなが宮古島から千束を連れて帰ってきてすぐのこと、店の扉を開ければ『千束が来ましたー!』の挨拶の後に云ったのだ。

ハワイに行こうと。

入院していてつい先日退院してきた私にとっては本当に何がなにやら。

私は千束に逆らえないため、問答無用でついて行くしか無いのだが、その由縁くらいは訊きたいのである。

その問いに、たきなは「あぁ…そのですね」と口を濁しながらも語り始めた。

「千束が自分が死なないならこれからどうしようかと云われたので云ったんです。諦めたことから始めたらどうですかって」

「それがなんでハワイなんだ?」

「私達リコリスは、戸籍が無いのでパスポートが取れないんです。だから、日本からも出られないんです」

「なるほど」

得心がいった。

千束と初めて会った時も彼女がそのようなことを話していたのが印象に残っている。

戸籍が無いなら以上、この国から出ることは出来ないのは勿論、死んでの最初から存在しなかったことになるのだ。

孤児を集めて殺しをさせるのが公的機密機関の仕事とは、本当に非合法組織と大差ないでは無い。

だが、もうDA側に文句を垂れる云われも無い。

なぜならば、私達は日本からいなくなるのだ。そうすれば、天下のDAといえど手出しできない。

よその国にまでリコリスやらリリベルを嗾けることなどできないだろう。

もとより、千束は外国に興味があった。良く店にやってくる客から聞いた外国の話を良く楽しそうに訊いていたのを良く覚えている。

だからこそ、ずっと諦めていたことに今挑戦しようとしているのだ。

だが、戸籍も無ければパスポートも無いのは私も同じ。

同じ穴の狢である千束達が、なぜ海外移住を敢行できる算段を付けられたのか。

それは云うまでも無い。

 

「お前ら~僕に感謝しろよ~?」

「ありがとね~クルミぃ~!」

 

私達には彼女、世界最強のハッカーことウォールナットがいる。

DAが独自に開発した最高峰のAIラジアータ、この国のインフラに対して全ての優先権を持ち、偽造も隠蔽工作もなんでもござれなスーパーコンピュータをポンコツと言ってのけた彼女に掛かれば、パスポートの偽造など朝飯前だ。

会員制のバーから、パスポートの偽造、果てにはリコリスの存在の改竄。

クルミがいなければすでに詰んでいた事態が多々ある。彼女には皆足を向けて寝られないのが本音だ。

私も彼女に悪い事をしてしまったが、ケジメで許してくれた彼女の海のように広い心に感謝しよう。

……身体は小さいのだが。

 

「おい! 織田作! 今なんか変な事考えただろ!」

クルミの予知よりも鋭い反応に、「さぁなんのことやら」と肩をすくめて誤魔化した。

彼女への疑いは晴れずむくれたままだが、千束が抱きついて頬ずりし始めると表情が和らぎだして「まぁいいか」という毛色になっている。

「お前ら、浮かれるのもいいがまだ支度が終わってないんだ。それに、出発は明日なんだからはしゃぎすぎるな」

騒がしいホールの喧噪を制した声は店の奥から現れたのはミカだった。

落ち着いた面持ちとともに杖をつきながら、老犬のようにゆっくり歩いてくる。

「だいじょーぶ! もう全部準備は終わったから! 飛行機で過ごす暇つぶしもたくさん用意したんだから!」と千束は自信満々に答えるが、その脇にたきなが歩み寄っていた。

「千束、それ以外にちゃんと着替えと両替の準備はできてます? 偽造パスポートとチケットはちゃんと忘れない場所に管理できてますか? あと、それから……」

まるで母親が腕白な娘に話すのような剣幕でまくしたてる彼女に、千束はたじたじになって、苦笑いで応えている。

しまいには「じゃあ全部たきなが持ってて~」と泣きついているが、それすらも冷たくあしらわれていた。

だが、その様子を低い声がまた間に入る。

ミカだ。

「千束、たきな」

と真剣な面持ちで声をかけたのだ。

「どしたの先生?」

「店長?」

「そう言う準備もいいが、他にもやっておくことがあるんじゃないのか?」

と首を傾げている二人にミカは指をさしながら告げる。

「もう日本から出て行くんだ。会えない人もいるだろうし、ここでしかできないこともある。やり残したことは今のうちにやっておけ」

その言葉に二人はハッとしたように目を見開く。

なぜか視線が一瞬私に向かったのだけが疑問だ。

ミズキも、クルミもなにか思わせぶりなニヤケ顔で私をみているのだからまた気味が悪い。

私がいったいなにをしたと云うのか。

「作之助、お前は何か無いのか?」

視線が集まったせいかミカの矛先が私に向いた。

だが特に思い当たることは無い。

常連客への挨拶は済ましたし、取り立てて深い面識がある人間もこの場に立っている彼女達を除いて他にいない。

小説だって、日本で無ければ書けないなんてことはない。

原稿用紙も今時は通販で届くのだ。

クルミには紙で小説を書くなんて時代錯誤だとか、小学生の感想文でも使わないぞとか云われたが、かねてからの夢なのだ。

ここは譲れない。

つまりまぁ、何が云いたいかというと…

「俺は特にないな。もう十分すぎるくらいだ」

俺の言葉に、ミカは「そうか」と少し拍子抜けした声を上げた。

千束とたきなも同じようにキョトンとして私を見ている。

そんなに意外だっただろうか。

確かに、私からしてみれば彼女達との出会いこそが人生の転機であり、奇跡だ。

ここにいる全員との出会いが無かったら、私は小説家になる夢どころか、人並みの生活さえ送れていなかったかもしれない。

だが、彼女達とは出会いこそ特殊だが、この場にいる全員と共に過ごした時間は決して長くはない。

一年にも満たないのだ。

だが、それでも、この数ヶ月の濃密な時間は私にとって掛け替えのないものだ。

そして、それは彼女達にとっても同じだと思う。

「じゃあ俺はもう一度荷物の確認でもしてるよ」

私は背を向けて、あらかじめ旅の荷物が並べられている店の奥にある居間に戻る。

どこへ行こうとも、彼女達とならばどこでも楽しい。

きっと、何処に行っても思い出が残る。

だから、これ以上の別れの余韻はいらない。

今はただ、その時が来るまで待とう。

そして、いよいよ明日だ。

長いようで短かった。

明日の夜には、私達はこの地を離れる。

そう思うと、やはり感慨深いものがある。

しかし、たきなの言葉通り、今一度、準備した物の確認は必要だろう。チケットと偽造パスポート。

この二つは必須だ。

あとは最悪現地で調達すればなんとかなるが、出発五分前に見つからないという悲劇だけは避けたい。

私の私物はほとんど無い故、荷物も他の面々に比べれば少ない方だ。

着替えも三着しかないし、下着に至ってはトランクスを二枚持っているだけだ。

これなら明日出発直前に確認しても大丈夫だろう。

念の為、もう一度、見落としが無いかを確認しようと荷物を漁り出す。

「作之助」

背後から声がした。

ミカの低い声だ。

杖をつく特徴的な足音が声の前に聞こえたため、彼しかいないことがわかる。

「どうした?」

「お前にも話しておくことがある」

振り返れると緊張した面持ちのミカがいた。

だが、先ほどの千束達に話した雰囲気はなく、真剣というよりかは深刻と言った方が正しい表情が、反射して目元が見えない眼鏡から読み取れた。

「なんだ?」と手を止めた私が尋ねるとミカはゆっくりと口を開いた。

「千束の心臓のことなんだがな」

「……」

「お前にも話しておくよ。シンジは――「云うな」

私はミカの言葉を制した。

顔を上げたせいで目元が見え、驚いた瞳孔が私を見つめている。

その瞳に付け加えるように私は云った。

「何も云うな」

 

私にもわかっている。

千束が生きている。

それが何を意味しているのかを、私は知っていた。

あの日、旧電波塔の最上階で私は吉松と対峙した。

 

――千束を生かす心臓は、ここにある。

 

踏みつけにされながらも不敵な笑みを止めなかった彼は背広と襟衣を脱いで私に見せた。

手術された自身の胸板を。

そこに確かにあったのだろう。

そして、千束が宣告された余命二ヶ月を遙かに過ぎているのに私達に明るい笑顔を届けているのはそういうことだ。

 

 

「…ありがとう」

「なんのことだ?」

震えた声で呟くミカに、笑いながらとぼけてみせる。

だとしても、それらは私が関知するべき事ではない。

ミカとシンジの問題だ。

私は、彼女達が引き留めてくれた。

だから、私は何も知らない。

それでいいのだ。

「私も準備に戻る。お前もやり残したことがないかもう一度考えておけ」

 

そう言い残すと、ミカが居間から出て行くのが、遠ざかっていく杖を挟んだ独特な足音が訊かせてくれた。

私も荷物の確認に勤しもう。

とは言っても、本当に私物はほとんど無いから時間は五分とかからなかった。

着替えの衣類。千束が選んでくれた夏服と穴だらけの私の一張羅。

それ以外にあらかじめ用意した簡単な衣類と下着。

後は携帯と思い出の写真。千束とたきなが読み聞かせてくれた小説とペンと原稿用紙。

これだけだ。

元々、あまり物を持たない質故に、旅行鞄も小さくまとまる。

この小さな鞄一つあれば十分だ。

私はそれを肩にかけ、店の方へ向かう。

そこでふと思い出した。

ミカの最後の言葉だ。

――やり残したことは今のうちにやっておけ。

 

そうだ。

日本でいられる最後の一日。

ここでやり残したこと。

くわえて、ここでしかできないこともあるとも云っていたな。

私がこの地でやり残したこと、もしくは、最後にやりたいことといえば何だろうか。

私にとって大切な物。

全てを捨ててでもいいと誓い、文字通り捨てた私の肩を掴んで引き戻してくれた彼女達。

千束とたきな。

彼女達に何かしてあげることはないだろうか。

と、考えながらホールに出ると「織田作さん」と呼び止められた。

このあだ名で、さんをつける呼び方の人間をこの世界で私は1人しかいない。

たきなだ。

ホールで1人。

しなやかな黒髪。猫のようにつり上がった瞼の中につつまれた花色の瞳が、私の顔を映している。

「準備は終わりましたか?」

「ああ」

「…そうですか」

彼女は一度だけ目を伏せると、顔を上げる。

何度も綺麗だと見惚れていた花色の瞳が、真摯に私を見据えているのだ。

そして、彼女の唇が開く。

「今夜、私と出かけませんか?」

それは、まるで逢い引きへの誘うのような一言だった。

「これを」

とツカツカと私の元に歩いてくると、ある物を差し出してくる。

短冊のように折り畳まれた硬い冊子の表紙には『あそびのしおり』と書かれた文字が躍っている。

どうやら、彼女が作った手作りのしおりらしい。

手描きの部分が多いのは、今即興で作ったのだろうが、その割に目次は、目的と経路、食事と簡潔に書かれているが僅かに感じられる厚みからその段取りは中々考えられてるようだ。

だが、その表紙に踊る文字を見た時、私は眉をひそめた。

「遊び?」

「はい。ここで過ごす最後の夜です」

「……」

「一緒にでかけませんか?」

2人だけでと、付け加えたたきなは私に問いかけてきた。

花色の瞳孔が期待と不安に揺れ動いているのか、僅かに焦点が定まっていないように思える。

射撃場や現場で見せる迷いのない目つきの彼女はどこにもいない。

きっと、それほどまで真剣なのだ。

それに、私も思うところがあったばかりだ。おあつらえ向きな申し出が出たとなれば、断るのも失礼だ。

「…わかった。じゃあ今夜、でかけよ――「ちょーいちょいちょいちょいちょいちょーいっ!!!!」

 

店の奥から飛び出してきた甲高い声により、私の返事は遮られた。

声の主は千束だ。

私達の会話を聞いていたのか、彼女は駆け足気味に私の元へとやってきた。

随分と切羽詰まっている様子で、ホールへと駆け込んできたのだ。慌てながら、息を荒げながら、彼女はたきなに詰め寄っていく。

「た…たきな! アンタちょっと待って! 何勝手に抜け駆けしてんの!?」

「何って、店長の云う通り、やり残したことをやろうと」

「なーんでそれが織田作とでかけることなの!?」

「ダメですか?」

「ダメっていうか…」と千束は口ごもる。

だがそこは起点の回る彼女。

すぐに視線をたきなに合わせると、「そうだ」と思いついたかのように手を叩いた。

「なら私とたきなと織田作の3人ででかけよう。それで――「ダメです」

千束の提案は言い切る前に遮られた。

たきなは喰い気味に拒絶する。彼女の猫のようにつり上がった瞼が半開きになり千束を睨み付ける。

「どうせ何かにつけてはぐれて織田作さんと二人きりになろうとしているんでしょ?」

「うへっ!?」

「千束の変な狡猾さは身に染みてわかっています。そういうの、寧ろ織田作さんに失礼だと思いませんか?」

裏返った声をあげた千束にたきなは畳み掛けるように言葉をぶつけていく。

千束の目が左右に泳いでいる。図星なのか? そして、私はふと思う。

今この瞬間、私はこの2人にどう思われているのだろうか。

最後の一日を私と過ごすことにそこまで執着する理由はあるのかと。

「じゃあたきなと私で過ごすってのは?」

「それはもう宮古島で過ごしたので十分です」

とりつく島を一切与えないたきな。

どうやら、私と出かけるための申し出を企てた段階で、千束の妨害をある程度想定していたかのような流ちょうな口回しだ。

確実に千束の思考回路を理解した上である。

「そもそも、あの時だって大変でしたからね? 宮古島について、千束と揉み合ってた時にジイドが現れた時はどうなるかと思いましたよ! ていうか! なんでジイドと旅してたんですか!?」

「それ今関係なくない!?」

「待て、ジイドだと? なんでそこでジイドが出てくるんだ?」

 

「織田作は黙ってて!」「織田作さんは黙っててください!」

 

なぜ延空木で死闘を繰り広げたかつての宿敵の名が出てきたというのに、話を聞かせてくれない。

そもそも、千束が旅をしていた間何があったのだ?

まさか、ジイドと共に行動していたのか?

人と仲良くなる天才のようなところがあったが、かのミミックを束ねていた亡霊すらも口説き落としたというのか?

その辺りの話が気になってきたぞ。

「とにかく! 変に茶化すくらいなら邪魔しないでください! 私は織田作さんと出かけるんです!」

「っ……そんな、だって…」

 

千束はたきなの宣言を聞いて肩を落とす。

だが、その瞳はまだ諦めていない。

私の顔を何度も見てる。私の存在を意識してなのか、「えっと」とか「だって」とか歯切れの悪い言葉しか出てこないが、それでも必死に言葉を紡ごうとしてくれてる。

だが、その程度ではたきなが止まらないと悟った千束は歯を食いしばったあと、目をつぶりながら叫んだ。

「私も織田作と出かけたいんだもん!!」

情緒が不安定になり、目尻には涙を浮かべながら千束はそう叫ぶ。

その叫び声は、店中に響き渡っていった。

その言葉が最後の火蓋を切ったのか、たきなの視線が一層鋭くなる。

千束も自棄になったのか、開き直ったのか、目が据わっている。

数秒ほど睨み合ったあと、2人は同時に私の方を向いた。

 

 

 

「織田作!」「織田作さん!」

 

そして、2人は全く同時に同じ言葉を叫んだ

 

 

「「どっちか選んで!!」」







どっちなんだい?
※期限は2022.10.22の12時まで。
選ばれた方と過ごします。

どっちと最後の一日を過ごす?

  • 千束
  • たきな
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