彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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LrcoReco・of・the・Cocktail 中編

「新メニューって具体的にどうするんだ?」

「それはこれから考えよう!」

即答する千束に、穴の開いた帆船か、あるいは泥船に乗っているくらいの安心感を覚える。

ここまで引っ張ったのにまともな考えが一つも無いことに、たきなだけではなくミズキもクルミも呆れていた。

唯一顔色を変えていないのはミカだけだ。

流石は千束ともっとも長い付き合いである。

「だが、全員で考えるというのは悪くないな」

「そうでしょー! ほらミズキもクルミもいつまでもそんな顔してないで!」

その言葉にしぶしぶと云った具合に千束が広げているテーブルに向かって歩き出す。その割には無理矢理付き合わされているような嫌みや愚痴は飛んでこない。

ミズキ曰く、千束が千束しているという状態だ。

 

面倒でこそあれど、そんな彼女のあり方も、きっとミズキ達も嫌いになってはいないはずだ。

 

「ではまずどんなメニューを作るか決めましょう!」

「おー! たきなわかってるぅ!」

たきなに至ってはもうその気になっている。その証拠に、すでにノートとペンを用意し、書記は万全と云ったところ。

先ほどのため息など西に沈んでいった太陽と一緒に置き去りにしたらしい。

千束に合わせるというその1点においては、彼女の右に出るものはいないだろう。

 

「となると、やっぱりスイーツか? たきなが前作ったパフェとか」

「クルミ! それは忘れて下さい!」

「あれ東京でも受けてたからまたやればいいのに」

「ミズキさんも!」

「俺も久しぶりにたきなのパフェ、食いたいな」

「それは……あの……うぅ…」

「何しとんじゃー!」と顔を真っ赤にして俯くたきなを見た千束が、なぜか私の後頭部に向けて手刀を繰り出してた。

それ自体は予知できたのだが、避けた先に返す刀が私の肩甲骨に当たって痛い。もはや私の異能だけでは彼女の攻撃すら満足に回避できそうにない。

あと数年もすれば、私など歯が立たなくなるやもしれない。

「と! とにかくあのパフェはなしです! 千束! 貴女の千束スペシャルもそうですからね!」

 

「え~! あれまた私作りたいんだけど~」

「アガリも悪いし今日みたいな客の多さで出せるわけ無いでしょーが!」

怒鳴るのはよくないが、ミズキの考え自体は的を射ている。

ハワイほどの有名な観光地。

繁忙期の人の多さは東京の非では無い。

今日だってまだ平和な部類に入るという事実から私は目を反らしたくなる。それほどまでに厳しい状況で悠長にパフェなど作っている猶予は無い。

それに、この議論に上がった品はどれも一度喫茶リコリコのメニューに名を連ねた物だ。

新メニューとはとても言いがたい。

第一、言い出しっぺが方向性を決めなければ話にならない。

「そもそもだが、千束はどういうメニューが作りたいんだ?」

「うーんそうだね~。ハワイにいるんだから、ハワイらしさは欲しいよね。それと、リコリコならではの特別感が欲しいかな」

「ハワイらしさですか…難しいですね」

「うちは和菓子ばっかりだったからな」

たきなの顔に陰りが生まれた答えは、クルミが出してくれた。

我らが喫茶リコリコの主力というのはどれも小豆を使った和菓子と珈琲だった。

何が言いたいかというと、ハワイらしさから最も離れている。

だからこそ物珍しい特別感はあったのだが、ハワイまで来て和菓子を食べると言うのも観光客からしたら妙に思われるだろう。

確かに現地で過ごしている方々が常連になってもらうのも強いが、観光客からの集客も重要だ。

決して蔑ろに出来る数字ではない。

東京で店を構えていたときは、ある程度範囲は限られてはいたが席は用意されていた。

故に客を待たせて質の良い甘味や珈琲を提供できた。多少回転率を抑えても、手間と労力に見合ったリターンがあった。

しかし、今は違う。

キッチンカーを用いた提供形態では、基本的にテイクアウトが主流だ。必然的に客には立って待ってもらうこととなる。

申し訳程度の席はあるが、人数が増えれば気休めにもならないのは、短い時間であれど営業を続けてきた私達にとっては明白。

 

そうなると、どうしても待っているお客様へのサービスの質が落ちてしまう。

そして、それを気に病むのは千束なのだ。

彼女は誰よりも優しい。

それこそ、お節介なほどに。

ならばどうするべきか。

今の提供形態に合い、ハワイらしさを追求したい。

それいて、回転率に影響を出さずに利益を上げられるもの……。

そこまで考えて、ふと一つのアイデアが思い浮かぶ。

「……あ」

思わず口に出た言葉に、皆が一斉にこちらを見る。その視線に少しばかり気圧されながらも、私は自分の考えを口に出した。

それは、私がかつての友人と過ごした場所で出されていたものだ。

 

「カクテル?」

「あぁ、悪くないと思うが」

「…いいね!」

千束はすぐに賛成してくれる。

大方、カタカナのフレーズを反射的に肯定しているだけかもしれないが、それでも私としてはありがたかった。

彼女の笑顔には、不思議と人を惹きつけるものがある。

それに考えなしの思いつきではない。

ドリンクならば他の甘味に比べて提供速度に影響が出にくいし、利益を出しやすい。

東京にいた時は1人の客に多くの品を頼んでもらうことが肝になっていたが、今はより多くの人に来てもらうことがミソになっている。

アガリも十分追求できるはずだ。

「それだと特別感に欠けないか?」

クルミは控えめに異を唱えると、ミズキもそれに同調した。

「確かに、ハワイでカクテルってありきたりじゃない?」

「もー2人ともそんなこと云っちゃだめだよー!」

頬を膨らませた千束だけは肩を持ってくれるが、その通りである。

ハワイアンカクテルなど、他の店でもっと凝った物がいくらでも売られている。

そんな激戦区に飛び込んで得た個性など没個性に過ぎないと云いたいのだ。

「いや、そうでもないぞ?」

だが、それは織り込み済み。

でなければ案を出すわけが無い。

「あるじゃないか。このハワイでも、ここにしか無い特別な物」

そう云って私は『彼女達』を見た。

意図に気付かない彼女達は皆一様に目を丸くして首を傾げている。

別に日本から渡って来たからといって、和にこだわる必要は無い。

喫茶リコリコ改め、カフェリコリコにおいて、最も欠けてはならない存在。

どんなイメージよりも強烈に錦糸町の街に暮らす人々の心に刻まれた存在。

それが、彼女達だ。

個性的で、自己主張が強い。

協調性なんて欠片もなさそうに見えるが、例え千切れても再び繋がれる強い絆で結ばれて、一つになった力は何者にも負けなかった。

現に私は、その絆に救われたのだ。

だから断言できる。

何物にも代えがたい、私にとって唯一無二の特別なもの。

それが何たるかを。

 

「全員をモチーフにしたカクテルを作るんだ」

 

顔を上げて彼女達の顔を見る。

反論など、出るはずが無かった。

 

 

「じゃあまずは色を決めよっか!」

 

一度方向性が決まれば彼女達は早い。

特に千束に至ってはすぐに中心に立ち場を纏め上げてくれる。

私には到底出来ない芸当だ。

明るくて、可愛くて、誰からも好かれるような女の子。

そんな彼女がどうしてこんなところまで来てしまったのかは分からないが、それでも今こうして笑ってくれているならそれで良いのだろう。

「やっぱり千束は赤ですね」

そして、そんな彼女に追いつけるのはたきなを除いて他にいない。

広げられたノートにはすでにカフェリコリコのメンバーの名と、その特徴をまとめるために作られた枠が一ミリのズレも無い直線で描かれていた。

「たきなはやっぱり青かな~」

「なら僕は黄色で、ミズキは綠か」

「先生は黒っ…ていうかもう珈琲が先生の全部か」

「私もいれるのか?」

席を囲んでからというもの、ずっと口を噤んで一歩引いた位置で見守っていたミカに「勿論」と千束は笑う。

彼からすれば、私達が自主的に新しい挑戦を始めるに当たって、老いた自分が余計な口を挟むまいとしていたのだろうが、そもそも、この店はミカと千束から始まったのだ。

無視するわけにはいかない。

それはこの場にいる人間の総意だ。

「珈琲のカクテルも知ってるし飲んだこともある。意外と悪くなかったぞ」

「アンタも意外と酒飲むのね」

「そもそもカクテルってお酒だろ? 大丈夫なのか?」

その辺りは問題にない。

と私はミズキとクルミに云う。

ノンアルコールのカクテルにも覚えがある。

それを扱うリキュールについてもだ。

友人達と入り浸っていたバーに通っていた時は、仕事の都合で車を駐めたこともある。その時に単純な飲み物ではつまらないと云う議題になり店主が気を利かせてくれたのだ。

普段は酒ばかりを頼む友人も、彼の淹れたそれを気に入っていた。出張で街を出る友人もだ。

「じゃあ最後は…」

皆が一様に顔を上げて、ある一点を注視し出す。

視線の先は皆、私の顔をまじまじと射貫いていた。

あまりに見られるものだから、客席が所狭しと埋められた舞台の上に放り投げられたような気恥ずかしさを感じる。

やはり千束のようにあっけらかんとはいかない。私は影で支える程度が性に合っているらしい。

ミカも、ミズキも、クルミも、私の顔を見て黙り込む。

どうやら当てはまる色が思い浮かばないらしい。

「皆、織田作の色は決まってるでしょ?」

だが、その沈黙はすぐに破られる。

千束だ。

「そうですよ。考える間も無いじゃないですか」

たきなも続く。

「奇遇だね、たきなぁ。じゃあせーので云おっか」

「わかりました。いいですよ」

2人には検討が付いているらしい。

この手の印象というものは、自分で名乗るより他人から、それも親しい間柄の人間からの言葉が的を射ているはずだ。

私も心して彼女達の言葉を待つ。

千束とたきなは息を揃えると、せーのと声を合わせた。

そして、私に向かってこう告げた。

 

 

 

 

「赤だね!」「青です!」

 

 

 

お互いの顔を見合わせていた2人の顔色はみるみると変わっていく。見解の相違などあり得ないという確信があったのだろう。

しかし、それは誤りだったようだ。

 

「えぇ!? 何でそうなっちゃったの!?」

「千束こそ何でそう思ったんですか?」

 

血相を裏返した彼女達は目つきを変えて声を荒げ始める。

一体何が原因で意見が割れたのか見当もつかない。

「織田作と言えば赤でしょ!?」

「いいえ! 青です!」

だが、その答えを見つける暇もなく、彼女達は互いに云い合いを始めてしまったのだ。

私が止める間もなくヒートアップしていく彼女達の声。

ミズキも肩を落としてため息をつくばかりで止める気配すら無い。

「まぁまぁお前ら落ち着け。そうだな、織田作はいつもベージュのコートを着てるし、ここは間を取って僕と同じ黄色で」

「「それは絶対にない!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「赤だって!」

「青です!」

 

日をまたいでも2人の喧嘩は収まらない。

昨夜も這々の体で鎮めたというのに、今日もまた同じ事を繰り返している

流石に勘弁して欲しい。

まともに彼女達と相対できるのは私だけだというのに、この2人は私の異能を知り尽くしている。

半端に突っかかってあわやとなった場面があの刹那で五回はあったのが末恐ろしい。

 

「なんで千束は赤なんですか!」

「なーんでたきなは青だと思ったわけ?」

互いに一歩も譲らず、平行線を辿っている。彼女達は私の前を歩きながら、思い思いの言葉をぶつけ合っていた。

「織田作の髪は赤だから!」

「赤というよりかは茶色です!」

「じゃーたきなはどうなのさ!」

「織田作さんの瞳が青だからです」

「そう言えば、俺の異能で見える未来は青みがかっているな」

「ほら!」

「織田作は余計なこと云わないでー!!」

もはや近所迷惑や騒音問題として警察が飛んできてもおかしくはない。

それでも彼女達が止まらないのは、それだけお互いを信頼していて、認め合っていて、譲れないものを持っているからなのだろう。

微笑ましいことだし、素直に喜ばしいと思う。

だが、ほどほどにして欲しいと言うのが私の切なる願いは、もはや太平洋の波に攫われているのだろう。

それに、彼女達がどれだけ騒いでも誰も咎める者はこの場にはいない。

私達が歩いている場所は、そう言う場所だからだ。

言い争いながら同じ道取りを辿る彼女達を前にした私は周囲を見渡す。彼女達より背が高い私には、簡素な屋根に並べられた魚や果物とそれを吟味し、売り子が謳い文句を飛ばし、向かい合っている客が僅かにでも値切ろうと奮闘している。

そんな光景が、私には液晶画面の向こう側に写る遠い世界のように見えていた。

私達が歩いているのは市場だ。

それもハワイで最大級の規模を誇るストリートマーケットである。目と鼻の先の距離には大型の商業施設もある。

カクテルに必要な材料を買い揃えるためにはうってつけの場所だ。

彼女達の口喧嘩も、私以外に気にする者などいない。

「そもそも青だとたきなと被るじゃん!」

「千束も人のこと云えないじゃ無いですか!」

未だに終わる兆しが見えないが、これで店の仕事や任務の連携は完璧に取れているのが凄まじい。

何より、2人とも楽しそうだ。その証拠に目の色に敵意や嫌悪を感じない。

……銃は抜いたが。

「2人とも、そろそろ買い物に行くぞ。今回は買うだけじゃないんだ」

私が諌めようと声をかけると、2人はピタリと足を止めて振り返った。

「ごめん! すぐ行くよ!」

「すみません織田作さん、つい熱くなってしまって……」

彼女達は申し訳なさそうな表情を浮かべている。

私を真摯に想ってくれてのことなのだから、そこまで謝る必要は無いのだが……。

そう思うものの、ここで更に言葉を重ねることは野暮だろう。

それに、これ以上言い争う時間も無い。

「……早く済ませよう」

「うん!」

「はい」

2人は笑顔で応えてくれた。

やはり、彼女達には笑っている顔が一番似合う。

「じゃあ行こっか!」

「えぇ、行きましょう」

千束とたきなは私を先導するように歩き出す。私もそれに続いて歩き出した。

 

向かったのは、市場の一等地。

ハワイの地元で採れた新鮮な果実やそれを加工したジュースやシロップ、調味料などがずらりと並んでいる一角だった。

ここなら、目当てのものが見つかるはずだ。

「おぉ~流石ワイハだね~」

「やっぱり、地元の食材を使いたいですしね」

彼女達は目を輝かせて商品を眺めている。

現に眼前に並べられた品々は皆、宝石のように煌びやかな彩りで、見る者の食欲を刺激するような美しさを放っている。

私でも惹かれる光景に、いかに幼少期から殺しの手ほどきを受けていたリコリスとて、目を奪われないわけが無い。

とりわけ、最近の彼女達はもはや大人達が身勝手に決めた枠組みには収まらないのだから。

「おほぉ~これとかいいんじゃない?」

「千束、予算は決まってますから余計な物は買わないで下さいね」

たきなは釘を刺すように告げると、彼女は不満げな顔をして口を尖らせた。

まるで子供のような仕草だが、彼女の場合はそれが妙に板についていて、違和感がない。

むしろ、この場で浮いているのは私の方かもしれない。

私自身はそんなつもりはないのだが、如何せん、年相応の感性というものが欠落しているらしい。

まぁ、それは仕方のないことだろう。

「にしても、2人とも随分と迷いなく選ぶな」

改めて彼女達を伺うと、手に提げられているかごの中には、とてもつい先ほど入店したとは思えないほどの量の品々が詰め込まれている。

かなりの手際だ。あらかじめどれを仕入れるか見定めていたかのようだ。

「今朝、千束と話し合って決めてたんです」

「そー、だから何を使うかはもうほとんど決まってるんだ。後は細かい味のバランスだけ~」

そう言って、彼女達は得意気に胸を張る。

もはや私の手など必要ないと言わんばかりだ。

実際、店でも足を引っ張ってばかり。

頼みの綱である自身の異能も、彼女達の前では通用しなくなってきている。

「ミズキとクルミはほとんど決まってて、先生のは先生が自分で作るってさ。なんか急に張り切りだしたみたいなの」

と笑う千束。

新しい風に触発されて、ミカも自分自身と向き合ってみたいと言い出したらしい。

私自身も彼には何かしらの心境の変化があったのは察していた。

新天地での良い機会なのかもしれない。彼なりのアプローチに期待するとしよう。

「でも織田作さんのだけがまだ決まってないんです」

「だーかーらー! 赤がいいって!」

「いいえ! 青です!」

と、またも口論が始まる。これはまた長引きそうだと察した私は軽く咳払いをして2人の注意を引いた。

一応、店の中で他の客もいるんだと軽く諫めれば、大人しく2人は謝罪してくれる。

「それに、なにもそう急ぐことは無い。ある程度試行錯誤すれば合う色が見つかるかも知れない」

「まーそれもそうだね」

彼女達の身軽さに圧倒されるが、とりわけ急を要する案件でも無いのだ。

ゆっくり探せば良いだろうと思い、気を取り直して買い物を続けることにした。

それからしばらく経った頃、不意にたきなが足を止めた。

どうやら見つけたらしい。

彼女が指差したのは、鮮やかなブルーに輝くシロップだった。

その色合いは、まるで空を写し取ったかのような透き通った青色をしている。

「わぁ! 綺麗ですね!」

「これ、凄く美味しいんだよ!」

「そうなのか?」

彼女達に勧められるがまま、試食させて貰う。

口に含むと、爽やかな甘みと共に、程よい酸味が広がる。

成る程、確かにこれは絶品だ。

「これ、たきなのカクテルに合うんじゃ無いのか?」

「そうでしょうか?」

「あぁ、これにライチとトニックとか混ぜたらいいと思うぞ?」

爽やかで常夏の海をそのまま汲み取ったような青色は、今のたきなと合致する。

気品があって、凜としていて、隣にいれば自然と背筋が伸びてくる。

それでいて、穏やかな波がせせらぐような優しさ。

周囲の環境で雁字搦めにされて矯正された彼女の心の双璧ではなく、そのうちに秘められた柔らかい心。

それでいて、グラスの向こう側まで見えそうな澄み切った青は、彼女の迷わない信念を彩っているように見えた。

「たきなみたいでとても綺麗だ」

「…そ、そうですか」

私が素直に思ったことを告げる。だがどうにも歯切れの悪い返事が返ってきた。

彼女は視線を逸らすように俯いている。頬がほんのりと紅潮しているように見える。 私も少々口説いたような物言いになってしまった自覚はある。

ただ、彼女の魅力を伝えるにはそれくらいストレートな表現のほうが良いと思っただけだ。

半端な建前を使うほうが失礼に値するはずだ。

「わ、わかりました。ではそうしましょう」

たきなは私など目もくれずに棚に並べられていた瓶をかごに入れ出す。それもいくつも。

材料として仕入れるとはいえいささか買いすぎではと思うが、味の基板でこれから試作品を作ると思えばいくつあっても足りないはずだ。

「そうです。織田作さん。いっそのこと織田作さんのもこれで作りましょう。えぇきっとその方が――「ねぇー織田作ぅ! これとかよくなーい?」

 

たきなの言葉を遮るように、あるいは喰い気味とすら云って良い間で、遠くから千束の呼ぶ声が聞こえた。

そちらを向くと、そこには真っ赤な缶を掲げている千束が露骨に影が濃い笑みを浮かべていた。

駆け寄ってきた千束は、これ見よがしに缶を突きつけてくる。

血のように真っ赤なラベル。下部には白い文字で9%という何かの比率を表している。

その意味を私は知っていた。

「お前、これ酒じゃないか?」

「えーいいじゃん。アルコールもありってことにすれば」

「まぁそれもいいか」

「千束、余計な物は買わないで下さい!」

たきなの仲裁が刺さるが、千束は動じない。

寧ろ、目をわずかにとじて彼女の手元にグッと顔を寄せながら囁く。

「えぇーたきなもなんかいっぱい買ってるのに~人のこと云えなくなぁ~い?」

「…こ、これは必要だから買うんです!」

「それに、試行錯誤も必要でしょ~? 少しくらい多めに買っても罰は当たらないってば~」

たきなに詰め寄る千束は、どこか勝ち誇ったような表情だ。

確かに千束の言うことも一理ある。

私は彼女の意見を尊重することにした。

結局、たきなも折れて、赤い缶もかごの中へとご入場が叶い、千束も随分と上機嫌に振る舞っている。

そんな彼女の片手には、まだ一本の瓶が握られていた。

「千束、それはなんだ?」

先ほどの赤い缶とは毛色の違う赤色をしたボトル。

見たところ酒の類いでは無い。

艶やかな鮮血より、ドロリと濁った血液のような色合いをしている。

千束はそのボトルを掲げるようにして見せびらかしてくる。

ラベルには柑橘のイラストが描かれているが果肉は毒々しい色合いをしていた。

確か、ブラッドオレンジという名称の果物だった気がする。

「これね! 凄く美味しかったんだ。私のにはこれ使おっかな~って」

「随分と濃い色合いだな」

「他の飲み物と合わせるから大丈夫だって」

たきなが選んだシロップとは対称的な色彩に見えた。

一見、明るく、分け隔て無い性格の持ち主である千束には似つかないと感じたが今の千束の影が有無を言わせなかった。

どこか後ろめたい感情があるというべきか、それとも何かしら思うところがあったのか。

少なくとも、今の彼女からは普段感じている快活さの中に、この瓶に詰められているものと同じ物が流れているように見えた。

「千束が良いというならこれにしようか」

「よし決まり。後は織田作だけかぁ~」

「別に無理して俺のまで決めなくて良いぞ?」

「それはダメだよ。織田作もリコリコの一員なんだから」

「当然です」

反論の余地すら与えてくれない。

2人にここまで言わせた上、言い出しっぺの自分だけが仲間はずれというのは格好がつかない。

しかし、焦る必要はないのだ。

各人を含めれば、ミカを除いて5人分作らないといけない。

細かな調整も含めれば、製作にはかなりの時間を要するだろう。

「ひとまず俺のは保留にしないか? 荷物も増えてきたことだしな」

「そうだねぇ。じゃあ、また今度ってことで」

「そうですね。では今日はこれくらいにしておきましょう」

「あぁ、そうしてくれ」

会計を済ませ、店の外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。

店に入る前はまだ日が高かったはずだが、気づけばもう空は茜色に染まり始めている。

夕暮れの風が肌を撫でる。昼間の熱気が嘘のように引いて、涼しいを通り越した冷たい空気が身体を包む。

「ん~! やっと終わったねぇ。早く帰って早速始めないと」

「ちなみになんだが誰の家でやるんだ?」

伸びをする千束に今後の算段を尋ねる。

流石に店であるキッチンカーで行うわけにはいかない。

となれば私達の中にいる誰かの部屋を間借りするわけになるのだが。

「それは決まってるでしょ?」

「はい、議論の余地は無いです」

「…俺の部屋か?」

 

はい、と今日初めて、2人が口を揃えた声が聞こえた。

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