「ねぇ見てみて
「…さぁな。ミズキのことかもしれないぞ?」
「えぇー? 絶対無いよ~」
「それより千束。携帯ばかり見るなら少しくらい荷物を持ってくれないか?」
「いーじゃん。それに、裏社会の常識だと、織田作は私に逆らえないんでしょ?」
「まぁ、その通りだな」
「ふふふ~じゃあリコリコまでお願いしまーす!」
はいはい、と私は先を歩く千束の背中を追う。
両手には買い出した店の材料を傷めないためにスーパーのビニール袋が握られているため、老いてやせこけた犬のように進む足は遅くなる。
千束は私より一歩前に出るが、決して置いていかない距離を保ちつつ街道を進んだ。
例の下水道事件から数ヶ月。
私、織田作之助は故あって今、目の前を歩いている彼女の元に身を置くことになった。
先ず彼女が何者か。
そこから話そう。
彼女の名は錦木千束。
テロや犯罪を未然に防ぐために、この国が秘密裏に設立した組織『Direct Attack』。通称DA。
その組織に属し、リコリスと呼称されるエージェント。
それが彼女だ。
犯罪が起こる前に、起こそうとした人間を人知れず始末し最初からなかったことに書き換え、この法治国家日本の幸福と安寧を作る仕事だと、彼女は言った。
最も、彼女はそのリコリスの中でもとりわけ変わった人間だ。
人を殺す組織の一員でありながら、人を殺さない。
そんな矛盾を抱えた存在だった。
まるで、どこかで聞いたようなフレーズに惹かれ私は千束のところに転がり込んだわけだ。
「あーそれとさ、織田作聞いた? またリコリコに新しい子が来るって話」
「あぁ、その子もリコリスなんだろ?」
「うんうん、どんな子か楽しみー!」
千束は鼻歌交じりに言う。
どうやら新しく来るリコリスに相当興味があるらしい。
数ヶ月行動を共にしてある程度人物像がつかめてきたが、千束からすれば、同年代の女子が同じ職場にいると聞いて心躍らない訳がないのだ。
ましてや、それもリコリスとして肩を並べられるともなれば尚更だろう。
「可愛いかな? 織田作の好みかな?」
「さあな。子供は趣味じゃ無い」
「むぅ……」
私の返答に不満げな声を上げる千束だが、私が年端も行かない少女に興味が無いことは理解しているはずだ。
だから、きっとこれは私に対する嫌がらせに近い。
無論、本人にはその自覚は無いだろうが、普通に考えれば年頃の女子にそのような話題を振られた男がどのような反応をするのか想像するのは容易いことだ。
「じゃあさ、織田作はどういう子がタイプなの?」
ほら来た。
「……そうだな。特にこれと言ってないが、強いて言うなら機転の利いた女性が良いな」
「それって具体的に言えば、私のことじゃない!?」
「……お前みたいなのがもう一人いると思うと、先が思いやられるよ」
「ひっどぉ~い! 織田作の意地悪っ!!」
私は苦笑いを浮かべながら、彼女の横に並ぶように歩幅を合わせた。
千束はいつもこんな感じだ。
初対面の人にすら遠慮なく突っ込んでいく。良く言えばフレンドリー、悪く言えば図々しい性格の持ち主なのだ。
だが彼女と話す者、その全てが誂えたように千束のことを気に入る。
意図して行っている訳じゃ無い。
千束と話していると皆楽しげに笑うのだ。
それは彼女の人柄の良さに起因するものだと私は思っている。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、いつの間にか目的地である喫茶店にたどり着く。
純喫茶と言うよりかは甘味処と言った方が近い雰囲気の店構え。
立て掛けられている看板には『喫茶リコリコ』と千束が手書きした店の謳い文句が書きつられている。
これが現在の私の職場、マフィアの使い走りの運び屋からすれば、喫茶店で珈琲と甘味を運ぶ仕事はまるで天国のような場所だった。
だがそれも表の姿。
その内実は、上に語ったリコリスを統率する組織、DAの支部。
千束はそこに所属する唯一のリコリスだ。
「でっかい犬ですね狼みたーい!」
もっとも、そのリコリスは店の前を通り掛かっている犬に目を輝かせているのだが。
飼い主もそんな千束の姿を見て嬉しそうに笑っている。
私と違って荷物を持っていない千束は、犬と別れを告げるとそのまま店の中に入っていった。
本当に最後まで運ばされてしまったようだ。
だが、私は彼女に逆らうことができない。だからこの程度の理不尽は笑って過ごさなければならない。
「あら、織田さん、こんにちは。千束ちゃんは相変わらず元気ですね」
「もう少し大人しくしてくれるとありがたいんですけどね」
「またまたそんなこと言って、織田さんも楽しそうじゃないですか」
飼い主の言葉に、先ほどまで千束に可愛がわれていた犬も同調するようにワンッと鳴く。
「あぁそれとねまた今度、庭の掃除を手伝ってくれないかしら?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがたいわぁ。最近腰の痛みが酷くてねぇ……歳は取りたくないわ」
「いえ、このくらいなんでもないですよ」
「織田さんはホントにいい人ねぇ。あぁそう、お店のSNS見ましたよ。織田さんも千束ちゃんも綺麗に映ってたわね」
「ありがとうございます」
「慣れないけど、千束ちゃんが優しく教えてくれるから出来るようになったのよ。また次の写真が楽しみね」
「えぇ、是非」
「そうそう、この間なんだけど」
「アンタらいつまで店の前で油売ってんのよー!!」
突然店の扉が勢いよく開かれる。
ほぼ同時に、波のような長い茶髪に赤い眼鏡をかけた女性が怒声を浴びせてきた。
「あぁ、ミズキか。すまない。少し世間話をしていた」
「あんったが世間話してたら三時間とかざらにあるでしょーが!」
この女性の名は中原ミズキ。
緑色の和装をしている彼女もまた、千束と共に喫茶リコリコで働いている従業員の一人だ。
「ったく! 千束と一緒に行くから買い出しまかせたのにこれじゃ意味ないでしょー!!」
彼女がこうして情緒不安定になるのはいつもの事だ。
最近はよく日曜日の報道番組を見ながら結婚雑誌を肴に酒を飲み、よく泣いたり叫んだりしている。
それだけ感情を吐露できる趣味なのだ、きっと幸せに違いない。
「とにかくサッサと店の中入りなさい! 開店準備まだなんだから!」
彼女は乱暴にドアを閉めて店を奥へと消えていった。
その剣幕に気圧された私は、情けない事に数秒ほど固まってしまった。
「…あぁ織田さん、思い出した話なんだけど」
「いい加減にしろー!!」
再び、彼女の怒鳴る声が響いた。
※ ※ ※
店内に入ると、珈琲の香ばしい香りと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
私の両手は重いレジ袋で塞がれているため、ぎこちない手つきで扉を開けるとカランコロンと心地よい鐘の音が店内に響き渡った。
中に入るとそこは外とは別世界のように落ち着いた空間が広がっている。
カウンター席、テーブル席合わせて二十にも満たない数しかない小さな店だ。
だがそのどれもが綺麗に磨かれており、掃除が行き届いていることが伺える。
和洋折衷、時代を感じさせる内装だ。
壁にかけられている振り子時計も、どこかアンティークな雰囲気が漂っていた。
そんな古めかしい店内で、一際目を引く存在が二つ。
一人は千束。
もう一人は黒髪の少女だった。
最近見慣れてきた和式の制服を着ている千束は、その少女に興味津々のご様子。
凄まじい速度で彼女に質問していた。
「お~転属組!優秀なのね歳は?」
「16です」
「私が1つお姉ちゃんか~。けど「さん」はいらないからねち・さ・とでオッケ~」
「はぁ……」
千束に両の手を掴まれブンブンと上下に揺さぶられる少女。
その表情は困惑の色に染まっている。
無理もない。
会話の前後は不明だが、おそらく彼女が件のリコリスだろう。
でなければ千束があそこまではしゃぐわけがない。
そんな二人を余所に、店の置くからまた一人顔を出してきた。
「おぉ、作之助。戻ったか」
「買い出しはこのくらいで十分か?」
「あぁ、悪いな」
色黒というには濃すぎる肌。材料の入ったレジ袋を受け取る掌だけは明度が上がり茶色になっている。癖の強い髪を長く伸ばして後ろに流している姿には黒人の特徴が色濃く出ているが、何よりも彼の代名詞づける特徴は手に持っている前腕部支持型杖をつきながら歩くその姿だ。
店の奥からホールに現れるまで、先ほど私が街道を歩いているよりも遅かった。
彼の名はミカ。
この店、喫茶リコリコの店主だ。同時にこのDA支部の管理者でもある。
名目上は千束の上司。元教官であり、育ての親でもあるらしい。
私からすればこの店で働かせてくれた雇い主だ。
「まったく、千束。作之助に全部持たせるなよ」
「えぇーいーじゃーん。女の子なんだしぃ」
「そういう問題じゃない。お前は少し遠慮しろ」
「やーだもん。だって織田作は私に逆らえないんだもん」
それを見たミカは苦笑いを浮かべながら肩を落とした。
千束の言う通り、私は彼女には逆らえない。
理由はいくつかある。
まず私はある組織に命を狙われている。
それは私がかつて働いていたマフィアからだ。
取引に失敗した私は報復として彼らに狙われ続けることになった。
その隠れ蓑として、千束の元にいる。
DAという組織に属する彼女の恐ろしさを、闇に潜み続けていたマフィアは知っている。
故に私はこうして平穏に過ごせている。
彼女の機嫌を少しでも損ねれば、簡単には私を殺すことができる訳だ。
もっとも、当の本人はその気がない。
私のことなど、精々がペット程度にしか思っていないのだろう。
人を殺すことが嫌い。誰かの時間を奪うのが嫌。
それが彼女が最強のリコリスとして君臨していながら、このような喫茶店のたった一人のリコリスとして働いているのだ。
もっとも、それも今日限りの話なのだが。
千束は私が店の中に入ってきた気付くと、意地の悪い笑みを浮かべながら隣に寄り添ったかと思うと腕を絡めてくる。
「千束、胸があたってるぞ?」
「当ててんのよ~わかるでしょ~?」
「そうか、なら仕方ないな」
「いやそうじゃないでしょーが!!」
厨房の奥からミズキの怒号が聞こえてくる。
相変わらず元気が有り余っている。これほどの活力があるなら1人でも生きていけるだろう。
「あ、たきな。紹介するね。この人は織田作之助さん。私は織田作って呼んでるけど、たきなもそう呼んで良いよ」
千束の言葉に、たきなと呼ばれた少女が私を見る。
絹のようにしなやかで長い黒髪、千束と色違いの黒い制服を着た彼女の野良猫のようにつり上がった瞼に包まれた花色の瞳と目が合う。
左頬に痛々しい絆創膏をした彼女は私を見て数秒、ただ私の顔を見ていた。
「……たきな?」
「ぁ……」
そして何かを思い出しかのように目を見開き、わずかに絹のような黒髪が逆立つ。
その瞬間、私は千束に捕まれていた方とは逆の手であるモノをはじく。
「痛っ……」
同時にたきなと呼ばれた彼女の手から拳銃が一丁。
フローリングの上に滑り落ちる。
遅れて硬いモノがまた一つ。それは硬貨だ。
「チョイチョイチョイチョイたきないきなりどーしたの!?」
「買い出しの時に大きい方を出して置いてよかったな」
「織田作…ホントマイペースだね。じゃなくて!」
千束が慌てふためいたり呆れたりと忙しい彼女だが驚いたのは千束だけじゃない。当然、その場にいたミカや厨房にいたであろうミズキも顔を出して騒ぎを聞きつけに来た。
それもそうだ。
たきなと呼ばれる少女が何をしたのか?
それは私に向かって銃口を向けたのだ。
背中に背負っている学生鞄の横から流れるように自然に。
千束曰く、不思議の詰まった鞄から取り出して私を撃とうとした。
「…な、なんで貴方がここにいるんですか?」
「さて、君とは初対面だと思うが?」
「とぼけないでください!」
痛む右手を押さえながら遮るように叫ぶ。
一切の反論をも許さない、そんな迫力があった。一体、何が彼女をそこまで駆り立てるのか。
「貴方、数ヶ月前、マフィアの運び屋をしてましたよね。忘れたとは言わせませんよ」
「……あ」
「え? 織田作、あの日たきなと会ったの?」
──嘘…この距離で…っ!
──悪いが、俺も仕事なんでな。これは少し貸してもらう。
──っ……待ちなさ…
会った、と言うには少々語弊があるかもしれない。
だが私は彼女を知っている。
件の下水道事件の直前。
路地裏を走っていた私は、追っ手を撒くために死角から現れて銃を向けてきた彼女から銃を奪ったのだ。
その後、私と千束が結託して弱小犯罪組織を壊滅させたり、マフィアの報復を逃れる案を聞いていたりとですっかり忘れて今日を迎えてしまったのだ。しかしまさか、こんな形で再会するとは思わなかった。
「思い出しましたか?」
「あぁ、確かにそんなこともあった」
「ならどうしてDAの支部にいるんです?」
「それはだな」
「チョイチョイチョイチョイ待った待った!」
と口を開く私を遮ったのは腕を掴んで胸を押しつけていた千束だった。
千束は私の腕を放すと、たきなという少女に駆け寄る。
まるで私と彼女の間を取るように。
「織田作もたきなも落ち着いて」
「俺は落ち着いているが?」
「あぁもう…。とりあえずたきなも落ち着いて。織田作は悪い人じゃ無いよ」
「嘘です! 現にこいつはマフィアに荷担していたんですよ」
「違うってば。あれはマフィアのボスが自分の娘さんに当てた誕生日プレゼントだったの。織田作はそれを届けようとしただけ」
千束は殺気だった彼女に対して俺の無実を伝えようと必死だ。
だが疑いが晴れている実感が無い。目の前であれだけ親しげに振る舞っていたのが理由かは定かでは無いが、彼女は私をまだ疑っている。
「それは本当ですか?」
「本当だ」
たきなの疑念に答えを出したのは私でも千束でもなかった。
この騒動が起こってからずっとその場にいつつも静かに身構えていた。いや、実際には大切な店が傷つくかも知れないという恐怖で一度頭を抱えそうになっていたミカだった。
「そう! 先生も織田作の無実を証明して!ね、お願い」
「千束も落ち着け…全く、楠のヤツ、作之助のことは終わったと言ったはずなのに…」
ぶつくさ言いながらも厨房から出てきたミカは、右手を押さえて膝をついている彼女の元に近づく。
杖をついてゆっくりと。老犬の散歩のように。
「たきな、驚かせて悪かった。俺もちゃんと話しておくべきだったよ。だが作之助は悪くない。俺達の味方だ。安心しろ」
彼女と目線を合わせたミカは、凪のように穏やかな声音で諭す。
千束曰く、多くのリコリスを彼の手で育ててきたと言う。その賜と呼ばれる技術か、その言葉に説得力がある。
「……わかり、ました」
「わかってくれたか」
「いえ、こちらこそすみませんでした」
「謝る相手は俺じゃ無いだろ?」
ほら、と促され、たきなと呼ばれた少女が私を見る。
溢れた殺意の行き所を無くしたのか、それとも自分の非を認めたのか。
その表情からは読み取れない。
それでも彼女は小さく口を開いた。
「い、井ノ上たきなです。さっきはすみませんでした」
「あぁ、織田作之助だ。気にするな。俺もあの時は悪かった」
「はい……」
たきなは素直に謝罪を受け入れてくれた。
私も命の危機とは言え、蟠りが残らないように尽くすことができなかった点においては非がある。ここはお互い様ということで水に流してもらおう。
「……あの」
だが、まだたきなには私に用件があるようだった。
「私の銃返してください」
ようやくリコリコ本編の世界に突入しました。
流石に織田作を銃取引の現場に向かわせることは無理でした。
多分そうすると全部解決しちゃう。
あとたきなは武装探偵社よりポートマフィアの才能がありそうですね。
でも何がれと同じで敵ぶっ殺して上司に殴られそう。