彼岸花と迷い犬   作:黒ゴマアザラシ

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天衣無縫 中編

井ノ上たきながDAから喫茶リコリコに転属して最初に抱いたのは異様な不信感だった。

 

彼女自身、一日でも早く成果をあげDA本部に転属することこそリコリスの本懐だと信じて疑わない彼女にとって、この空間はそれだけ異様に見えたのだ。

 

管理者であり、表向きには喫茶リコリコのオーナーを務めているミカ。

 

元DAの職員だったが希望して転属してきたミズキ。

 

そして、喫茶リコリコにおいてたった一人のリコリスである千束。

 

十年前、旧電波塔をたった一人でテロリストから守った伝説のリコリス。

 

それだけならば、彼女の胸中には尊敬や憧景に似た感情が湧き上がってもおかしくなかっただろう。

 

しかし、たった一人の存在がその想いに影を落としていた。

 

「織田作~あんまり遠くに行っちゃダメだからね~」

 

隣を歩いているのは、楠指令から学べと言われた最強のリコリスである錦木千束。

 

彼女が話かけている彼こそが、その不信感そのものだった。

 

「まるで犬みたいですね」

 

「そうでしょ。織田作は私に絶対服従だからね」

 

ふふんと得意げな笑みを浮かべる千束。

 

数歩前を歩いている織田作と呼ばれた男は振り返るとわずかに目を細め、露骨に呆れている様子を見せる。

 

彼の名は織田作之助。

 

長身で癖のついた赤銅色の髪。店でたきなと出会ったときは着流しだったが、今は黒地にストライプのシャツと、春にしては少し厚着と思われるベージュのコートを羽織っている。

 

彼はたきなと千束の会話が聞こえない距離を保ちつつ、2人の前を歩く。

 

「仕事ってことでしたけど、彼も連れてきて良いんですか?」

 

「うんいいのいいの。特に最初の方は織田作がご指名だから」

 

千束の言葉を聞いて、たきなは納得すると同時に疑問を抱く。

 

織田作之助は、何者なのかが分からないからだ。

 

数ヶ月前、DA本部はあるマフィアが全総力を上げて不審な動きを始めたという情報を掴んだ。

 

ある荷物を海外に不法に輸出しようとしていたことが判明し、その運び屋として使われていたのが彼だ。

 

それだけならば、リコリスである彼女達が始末し、その荷物を回収するだけで済む話。

 

だがそうはならなかった。

 

それは何故か。

 

織田作之助を始末することが出来なかったからだ。

 

何を隠そうリコリスが。

 

サード・リコリスによる奇襲を躱し、セカンド3名を率いたファースト・リコリスの一斉射撃を掻い潜り、完全な死角から繰り出されたたきなの銃撃も防ぎ、銃を奪い、逃走した。

 

その後、もう1人のファーストに籍を置き、その中でも最強と謳われた千束からも逃げ切ったと言われていたが、まさかDAの支部であるリコリコに身を潜めていたとは思いもよらなかった。

 

そんな男を連れての仕事ということに不安を覚えながらも、彼女は任務の内容を確認しようと口を開く。

 

「それで、最初の任務と言うのは?」

 

「あぁ、それはもうすぐわかるよ」

 

「ちさとー!」

 

隣を歩く千束のさらに奥、満開の桜並木と遊具を柵が囲んでいる庭の奥から声が上がる。

 

「おねーちゃーん!」

 

同時に複数の声。

 

見ると小さな子供が柵に手をかけながら千束を呼ぶ姿があった。

 

(……幼稚園? なんでこんなところに)

 

疑問に思うたきな。

 

ふと視界を前に向けると、その園を管理していると思われるエプロンを掛けた初老の女性が出迎えていた。

 

「いらっしゃい、千束」

 

女性が挨拶をしたとほぼ同時にかなりの子供達が園の門から飛び出してきた。

 

その全てが千束とたきなの方へ。あっという間に2人は子供達に囲まれてしまう。

 

「新しいお友達の、たきなお姉ちゃんだよ~」

 

 

 

慣れた様子の千束は囲まれても笑顔を絶やすことなく、子供達に声をかける。

 

すると、子供達は一斉に彼女に質問を浴びせ始めた。

 

どこから来たのか。

 

好きなものは何か。

 

嫌いなものは何なのか。

 

誕生日はいつか。

 

趣味は何か。

 

特技は何か。

 

将来なりたいものはあるか。

 

矢継ぎ早にされる問いかけに多少呆然としてしまったが、目の前にいたはずの人物が消えていたことに気付いたたきなはすぐに尋ねた。

 

「千束さん、あの、彼は?」

 

織田作之助がいない。

 

子供達が出てくる直前まで、園の教員と話していたように見えたが今は影も形も無い。

 

一体どこに行ったのか。

 

「あぁ、織田作なら――」

 

「今だ! かかれ!!」

 

 

 

子供に囲まれていた千束が答えを出す前に、彼のあだ名が庭から響き渡った。

 

柵を越えた庭の中央に彼はいた。

 

たきなや千束に集まっていた数よりも大勢の子供に、縄やら麻袋やらで縛られ転がされている。

 

「よぉし! 今日こそ織田作に勝つぞみんなぁ!!」

 

声を上げる子供達は、全員年長組と思しき子達。

 

勢いを増す千束の声に呼応して、全員が雄叫びを上げた。

 

その光景を見て、たきなは思った。

 

(どういう状況?)

 

リコリスの襲撃を三度にも渡って躱し続けた彼が今や子供達のおもちゃにされ、無様に地面へと這いつくばっている。

 

数分ほど、呆気に取られていると子供達の攻撃が落ち着いたようだった。

 

「どーだ織田作! 参ったか!」

 

未だに彼は縄やらで縛られ伸されたままになっているが、ようやく一言呟いた。

 

「…本物の殺し屋の怖さを教えてやる」

 

そこからは一瞬だった。

 

文字通り瞬きを一つした時には彼は子供達の拘束から脱し、逆に子供達を締め上げていた。

 

「わぁああああ!! また負けたぁ!」

 

「クソー!」

 

「今度は絶対勝てると思ったのにぃ!」

 

口々に負け惜しみを口にする子供達。

 

しかし、そんな言葉は意に介さず、織田作之助は彼等を縛り上げる。挙げ句の果てに子供達を指揮していたであろう一番体格のよい子供に拷問と称してくすぐり始める始末。

 

その様子を見て隣に経つ千束も手を叩いて笑っていた。彼女の表情には織田作之助への警戒心は一切見られない。これが日常なのだと言わんばかりだ。

 

「はい、それじゃあお片付けして帰ろうね」

 

「えぇー!? まだお話したいよぉ!」

 

「ごめんねー。今日はたきなお姉ちゃんと色々回らないと行けないんだ。代わりに織田作が一緒に遊んでくれるって」

 

千束がそう言うと、「マジ!?」と子供達の目は輝きを取り戻し、吸い込まれるように園の奥に引っ込んでいった。

 

(……なんなんだ、この人達)

 

2人のやり取りを見ていたたきなは、思わず溜め息をつく。

 

仕事とはいえ、こんなところで油を売っていていいものだろうか。そんな疑問すら浮かんできた。

 

「織田作~。私達もう行くから落ち着いたらリコリコの方に戻っててね~」

 

「あぁ」

 

「じゃあね、たきなお姉ちゃん!」

 

千束の言葉を聞いた子供達が手を振りながら園の奥に消えていく。

 

それを見送った後、千束とたきなは歩き出した。

 

「……それで、最初の任務というのは?」

 

「あぁ、それはさっきのだよ」

 

「……あれ?」

 

「うん。今日は挨拶回りで他のとこいかないとだけど、今度はたきなも遊んであげてね」

 

「えっと……」

 

たきなは困惑する。

 

血と硝煙の香りに包まれていた彼女にとって、その提案はあまりに現実離れしていたからだ。

 

情報が多すぎてついて行けない。

 

なんの目的でここにやってきたのだろう。そして次はどこに行くことになるのだろう。

 

「…あの千束さん」

 

「何?」

 

幼稚園を離れて数分、たきなは自分の中にあった最初で最も大きな疑問を尋ねた。

 

「彼は…織田作之助は何者ですか?」

 

彼女が出会った男は一体何者か。

 

リコリスの襲撃を退け、たきなの銃撃を硬貨一枚で止め、今は子供達と遊んでいる彼が何者なのか。

 

それが彼女を支配していた。

 

「う~ん、なんて言えば良いのかなぁ。まぁ簡単に言っちゃえば――」

 

少し悩んだような素振りを見せたあと、彼女は答えた。

 

 

 

 

 

「超能力者、かな?」

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

カランコロンと店の扉が開く鐘が鳴る。

 

「んん……」

 

幼稚園から帰った私はその足で店に戻ってきた。

 

店に入ると、カウンターに腰掛けて電話をしていたミカが指を額に当ててうなっているところだった。

 

電話はその後すぐに切れてしまったようで、ミカは受話器を置く。

 

「おぉ、作之助か。今日は早かったな」

 

「運良く近所のお婆さんに捕まらずに済んだ。断っても聞かないんだ」

 

「お前の断ったは信用ならんのだが」

 

失礼なことを言ってくれる。

 

私も努めているのだが、どうにも昔から年寄りに好かれる質で、何かにつけて頼まれごとをされる。

 

最近は慣れてきたが、最初はどうしてよいかわからず、結局引き受けてしまうことが多かった。

 

今も昔も変わらずだ。

 

そのせいか、今ではすっかり顔馴染みの老人も多い。

 

「それで、さっきの電話の相手は?」

 

「DAだ。たきなが関わっていた銃取引の」

 

「あぁ」

 

たきなの名前が出て合点がいく。

 

1週間前に千束がリコリスとして緊急で招集されたが現場に着く前に事がついてしまった事件があったらしい。

 

明朝に銃の取引が行われていたと言う。

 

その事件で、たきなは味方が人質に取られてる中、その場にあった機銃掃射で武器商人を皆殺しにしてしまったのだ。

 

味方を危険に晒し、作戦を台無しにしたとしての責任を取らされてここに左遷されたという背景がある。

 

そしてその銃取引の内容というのがまた奇妙な点がある。

 

「1000丁か。多いな」

 

「あぁ、戦争でも始める気なのか?」

 

銃1000丁。

 

それも話を聞けば小さな武器商人の集まりだったという。

 

だが、たかだか小規模の集団がそこまで大量の銃器を揃えられるのか?

 

仮に揃えることが出来たとして、それだけを数を扱いきれる人間がこの国にいるだろうか。

 

いくら銃があれど、扱える人間が揃わなければ文鎮以下だ。

 

私がかつて所属していたポートマフィアならいざ知らず、そんな大規模な組織がこの世界の日本に存在するのだろうか。

 

銃を受け取った連中は、ただの阿呆なのかあるいは何か別の意図があるのか。

 

現状ではわからない。

 

だがこの銃取引にはまだ不可解な点があるようだ。

 

それをミカの口から聞いた。

 

「銃が消えた?」

 

「あぁ、その1000丁まるごとな」

 

「……本当にそこで取引が行われていたのか?」

 

「わからん。商人は全員死亡したからな。情報によれば彼らが商人なのは確からしい」

 

そう言いながら、ため息を一つ。

 

これでは本当に何が何だかわからない。

 

たきなの独断行動はともかく、それに乗じて起きた銃消失事件は理解できない。

 

まるで狐につままれた気分だ。

 

最初から銃取引がなかったか、すでに取引が終わっていたかのどちらかだろう。

 

これに関しては私には検討がつかない。友人であるならば、銃を手に入れた連中の意図をくみ取る事が出来たかも知れないが、無いものねだりに意味は無い。

 

先ずは本当にそこで銃取引が行われていたのか、それを確かめる必要があるだろう。

 

だが手がかりが現状一つも無い。

 

現場検証は私達では出来ない以上、それ以外の手段で調べる必要があるだろう。

 

致し方ないが、地道に行くしか無いだろうな。

 

もっとも、それは私のような人間の仕事では無い。リコリスという少女を統括する、DAのお偉いさんとやらがやる仕事だ。私には関係の無いことだろう。

 

「あぁそれと、銃で思い出したんだが。たきなの銃、ちゃんと保管してくれて助かった。おかげで返すことができたよ」

 

「本当によかったよ。大事な店に穴が空かなくて」

 

「それは本当に申し訳ないことをした」

 

私も開口一番どころか声を聞く前に銃口を向けられるとは思わなかったが、大事に至らなかったのが幸いだ。

 

千束に腕を捕まれていたあの状態では釣り銭がなければ危なかった。

 

もしあのまま発砲されていたら私は間違いなく死んでいた。

 

千束に危険が及ばないようにするにはそうするしかなかったのだ。

 

かなりの勢いで硬貨をぶつけてしまったが、手を怪我していないだろうか。この店に来たときでさえ左頬の絆創膏が膨らんでいたというのに。

 

「だが、千束から聞いた話は本当だったのか。にわかには信じられんが目の前であれをやられては信じる他ないな」

 

「まぁ、確かに信じ難い話ではあるが……」

 

私は言葉を濁す。

 

この手の話題をあまり嬉々として語りたくは無い。自分が不器用な人間であることは知っている。下手な自慢話は、子供に聞かせて笑わせてやるくらいがちょうど良いのだ。

 

「お前、本当に――」

 

ジリリリリと、彼の隣に備え付けられていた古い形の電話が鳴る。ミカは受話器を取ると、一言二言会話を交わした後、受話器を私の方に向けた。

 

「作之助、千束からだ」

 

電話の向こうからは聞き慣れた少女の声が聞こえてくる。

 

私を織田作と、あだ名で呼ぶ声この声は、この世界では彼女の他にいない。最初の頃はさんをつけてくれたのが懐かしく思えてくる。

 

「千束、どうした?」

 

「うん。実はね、ちょっと困ったことになってるみたいで」

 

「困ったこと?」

 

今日の依頼は得意先にたきなの紹介するための挨拶回りと警察からストーカー被害に遭った女性の相談と聞いていた。それで困ったことというのは起こるものだろうか。

 

「それがね、今日依頼してくれた沙保里さんのことで相談があるんだ」

 

「ストーカー被害のか?」

 

千束曰く、SNSである写真を上げてから誰かにつけられている気配を感じたらしい。警察もこの手の案件に手が出しづらい故、千束達にお鉢が回ってきたのだ。

 

とはいえ、それでもただのストーカー。

 

千束やたきながそばにいるだけで抑止力としては十分すぎるはずなのだが、何故なのか。

 

「あーうん、織田作もたきなが関わってた銃取引の話は聞いてるでしょ? 沙保里さんが撮った写真にその現場が映り込んでたんだ」

 

「…そりゃあまずい」

 

思わぬ形で銃取引の手がかりが出来たが、無関係の市民が巻き込まれたのはいただけない。

 

ストーカーというのも、痴情のもつれでもなんでもない。

 

銃取引の受け側が、現場の証拠を消すために画策しているのだ。それに気づかずに写真を撮ってしまったとなると、危険極まりないだろう。

 

最悪口封じで殺されてしまうやもしれない。

 

「ってわけだからさ、私とたきなで沙保里さんを護衛するつもりなんだけど織田作も合流して欲しいな」

 

わかったと一言いい、詳しく落ち合う場所を話してから通話を切る。

 

千束から聞いた話をミカに伝えると、彼は眉間にシワを寄せて、少し考え込んだ後、何かを思いついたようにこちらを見た。

 

「作之助、お前に渡すものがある」

 

彼はカウンターの下から何かを取り出した。

 

それは一丁の拳銃とホルスター。腰に掛けるモノでは無く、飼い犬に身につけさせるように肩から腕を回して背負うレザーハーネスと呼ばれるモノ。

 

どれも私の愛用の品。

 

ミカにはあらかじめ預かってもらっていたのだ。

 

「おそらく荒事になる。持って行け」

 

「助かる」

 

私が銃を受け取る。

 

ホルスターを取り付け、左脇に差し込むように銃を納める。

 

本当は右にも収まるはずだったのだが、今は無くしてしまった。片方だけ空洞なのは落ち着かないが、買い直す訳にもいかない。それにこのホルスター自体にも愛着がある。別のモノを用意することもできない。

 

私は手早く着替えると、コートを羽織った。

 

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

「あぁ、頼んだぞ」

 

「任せてくれ」

 

私は外套を翻し、店を出る。

 

扉を開け大通りに出ると、春の強い風が桜の花びらを乗せて吹き付ける。

 

花弁と共にこの街には似合わない排気瓦斯のように重厚な空気が外套を揺らした。

 

風に逆らうように、私は街に向けて一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

「あら、織田さん。これからおでかけ? またちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 

その足はすぐ、迎の道路を歩いていた老婆により止められ、3時間ほど世間話をすることとなった。













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感想もどんどん送ってくださると励みになります。
※行間を意図的に空けてみました。読みやすいか今後判断して変えようと思います。
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