やはりあの男、織田作之助は信用できなかった。
現に彼が千束に呼び出されてから数時間、一向に姿が現れなかった。
夜の人気の無い住宅街。車のヘッドライトに照らされたたきなは当初から抱いていた不信感を確信に変えた。
先日の銃取引。
その現場が映り込んでしまった写真をSNSに上げてしまい、その組織に狙われている依頼人である沙保里を囮にしたたきなは迷わず引き金を引く。
この距離ならば外さない。
先ず狙うのは運転手。次に助手席の男。視界を奪うためにヘッドライトを撃ち抜き、逃げられないようタイヤをパンクさせた。
動きを制限するためにフロントガラスに向けて撃ち込み続ける。
これで状況はほぼ袋の鼠。
「取引した銃の所在を言いなさい!」
ここで謎を解明し、犯人を捕らえることができれば先の理不尽な評価を覆すことができる。そうすれば本部への復帰も叶う。
サイレンサーによって音を消した拳銃から弾丸が何発も飛び出す。
悲鳴と叫び声がこだまする車内に向けて弾倉に詰まった最後の一発を撃とうとしたとき違和感が起きた。
「っ」
引き金をかける指に痺れる感覚があった。
同時にその感覚の原因にも心当たりもだ。
織田作之助。
この男のせいだ。
喫茶リコリコに入ってすぐ、引き金を引こうとしたたきなの指先に正確に硬貨をぶつけられた。
その痛みが今になってやってきたのだ。
(この程度の痛みっ)
止まるわけにはいかない。
たきなには一刻も早く成果をあげ、本部に戻る足がかりを作らなければならない。
痛む指に構わず引き金を引こうとした時だった。
「止めろ!」
突然両腕をつかまれ強い力で後ろに引かれた。
銃口が下に向けられる。
何事かと振り返るとそこには一人の男が立っていた。
長身でベージュの外套を着た男の顔を見た瞬間、たきなは驚きの声を上げる。
「貴方は!」
赤銅色の巻き毛に無精ひげ。
見るからにくたびれ、まるで路上に捨てられた吸いかけのタバコのようなこの男こそ、織田作之助だった。
「何をするつもりですか!?」
「いいから下がれ!」
彼に引っ張られるまま曲がり角に引きずり込まれた。抵抗しようにも、少女の身体であるたきなにとって彼の腕力に敵うわけがなかった。
「すまない、遅れた。数回ほど近所のお婆さんに声をかけられてしまったんだ」
「なんですかその理由。嘘ならもっとちゃんとした嘘をついてください」
「嘘じゃない」
「ならちゃんと断ってください」
「断った」
「信用できません!」
全く悪びれない態度に苛立ちを覚える。
この男はどうしてこうなのか。
初対面でたきなが放った銃弾を避けたときといい、今回といい、どうしてこうもこちらの思い通りに動いてくれないのか。
怒りのまま彼を睨みつけると真剣な目で見返された。
「お前、依頼人はどうした?」
「沙保里さんならあの車の中にいます」
信用できないとはいえ、名目上は仲間である以上状況を簡潔に説明すると彼は目を見開いて言った。
「っ……お前、依頼人を囮にしたのか!?」
「彼らの目的はスマホの画像データです。沙保里さんを殺す意図はないと思います」
「依頼人に当たったらどうするつもりだった」
「この距離でそんなミスしません。貴方が邪魔しなければもう終わっていました!」
そう言い放つと織田作之助は額に手を当ててため息をつく。そして呆れた様子で呟いた。
「君の左頬に張られた絆創膏の理由がわかったよ」
そう言いながら彼はたきなの腕を引っ張った。
「ちょっ…何するんですかいきなり!?」
「いいから。少し大人しくしていろ」
銃を取り上げられると、たきなの右手を空いた片方の手を顔に寄せ、注意深く観察していた。
ものの数秒、大人の異性に触れられ緊張していると彼はぽつりと言った。
やっぱりかと、ため息をこぼすように。
「君の人差し指の爪が割れている。おそらく、俺のぶつけた硬貨のせいだろう」
「別にこんなもの……」
気にしていないと言おうとしたが、彼の真剣な眼差しを見て言葉を飲み込んだ。
彼の言葉はたきなの常識では測れないほどのものだったからだ。
「あのまま君が引き金を引いたら、あの車のガソリンに引火して爆発する未来が見えた。だから止めたんだ」
「……はい?」
一瞬彼が何を言っているのかわからなかった。
だがすぐに理解する。昼間、幼稚園から日本語学校に向かう道中に千束が話していたことを。
織田作之助。
彼が何者であるかを。
「……貴方、本当に超能力者なんですか?」
「ああ」
迷いなく肯定される。
彼の瞳には一切の淀みがない。
冗談や酔狂ではなく、本当なのだ。
超能力。
科学では説明ができない超常の力。
「俺には、5~6秒先の未来が見える」
それはつまり、この男の勘の良さも全て超能力によるものだとしたら。
この男、は今までも様々な危険を予知し、回避してきたというのだろうか。
「じゃあ数ヵ月前、マフィアの運び屋のときも、昼間私が銃を抜こうとしたのも、全部わかっていたということですか?」
「そうだな」
「っ……」
息が詰まるような感覚に襲われる。
これだけ聞けばただののSFと吐いて捨てれるが、たきなは目の当たりにしている。
彼が何度も、リコリス達の襲撃をかわして生き延びたことを。
でなければ、完全に死角からの銃撃を回避してたきなから銃を奪った強さとも形容しがたいものの正体に説明がつかない。
「織田作! たきな!」
その時、2人の背後から声が聞こえた。
同時に振り返ると、血相をかいたが千束こちらに向かって走ってきていた。
本来なら千束とたきなで依頼人の家に泊まって護衛する手筈だったがもはやそれも元の木阿弥と化しているのは語るるに及ばない。
「遅かったな」
「遅れたのは織田作の方でしょ? それで、沙保里さんは?」
「「あ」」
千束の言葉に奇しくも同じ声を上げた2人の耳に入ってきたのは怒号だった。
「この女がどうなってもいいのかー!」
声の主は車に潜む男。
先ほどの銃弾の雨から身を守るため未だに顔を出していないが、おそらく反撃の準備に移っていると推測できる。
「すまない、たきなのキズを見ていた」
「え? たきな怪我したの!?」
「俺がぶつけた硬貨のせいだ。爪が割れてる。しばらくは銃を撃てないぞ」
「うぇ~。痛そ~パッカリいってんじゃん」
千束はたきなの手を取り、まじまじと見つめている。
だがそうも言っていられない。幸い、たきなの銃撃で車はしばらくは動けそうにないが時間も問題だというのがこの3人の共通認識だった。
もっとも、たきなだけはその手段だけが決定的に違っていたことを除いては。
「たきな、銃はいいから私と織田作が動いたら沙保里さんをお願い」
「このくらいの怪我問題無いです」
「それで沙保里さんに当たったら意味ないでしょ?」
命大事にって言ったでしょ。と、千束は言い聞かせるようにたきなに言う。
「織田作、銃貸して? 私のじゃあれ届かないから」
「あぁ、わかった」
小声でやりとりする二人に男は焦りを感じたのか再び怒鳴った。
だが、それに対する答えは返ってこなかった。
代わりに返ってきたのは、パァンと乾いた銃声。
だが千束が射貫いたのは車に潜んでいる男達では無い。
7時方向の上空に滞空していたあるドローンを撃ち抜いた。
*****
夜の住宅街に一筋の閃光と破裂音が突き抜ける。
火薬の爆ぜる音にひるんだのか、先ほどまで叫んでいた男達の声が止んだ。おそらく、自分たちが撃たれたのだと身を隠したのだろう。
しかし一発しか放たれなかったそれに不審がった彼らは、吹き抜けになってしまった車の窓カラスから私の前に身を乗り出してきた。
「よう、少し話がしたいんだが」
「う…うおお――」
サングラスに安い美容室のパーマで済ました赤いアフロに太い眉毛の男は驚く声を上げながら私に向けて手に持っている銃を構えてきた。
だがその前に車のドアを蹴り、彼の安っぽいアフロに洒落た凹凸を作ってやることにした。
ついでにドア越しに弾丸を数発。
ミカがせっかく用意してくれた愛銃は今千束の手にあって、私の手にあるのは千束のそれ。
銃の交換はあまり褒められたことではないが、今回はこちらも負傷者がいるため背に腹は替えられない。
ドアを貫通したため威力が足りないと1発おまけに銃弾をくれてやった。
弾倉を入れ替えて車の後方へ。
飛び出す前にはわかっていたが男が2人。灰色のキノコ頭と金髪。どちらもサングラスをかけているが流行っているのだろうか。
脳裏を過ぎったが、私の元職場もそんな社風だったから似たようなものなのだろう。
まずは奥のキノコ頭を撃つ。
千束愛用の非殺傷弾の赤い粉末が花のように散る。
そして次に手前の金髪。
2発も撃ち込んだが根性を見せて撃ち返してきた。だが当たらない。
金髪からすれば撃ったタイミングで避けたと思われるだろうが、私は最初から撃つ場所がわかっていただけだ。
三発目を避けたところで同じ回数の銃弾を返してやった私は、倒れ込む金髪の顔面に肘をたたき込む。
「がはっ!」
人体で最も硬い部位の一部を食らった金髪は、鼻血を噴き出しながらも前のめりに倒れた。
そして遅れて起き上がろうとしたキノコ頭の鳩尾にそれと同等の強度を持つ膝を蹴り入れる。
「ぐふぉ……」
胃液を吐き出しながら泡を吹き、気絶する様をみて一瞬だけ同情するが生憎私は千束ほど優しくない。
一張羅を汚したくない私は身体を翻して吐瀉物も躱すと、そのまま運転席へ。
ドアを開けて中を確認すると。怯えた丸坊主の男が一人(これもサングラス付き)が血を出していた。
「殺さないでくれ……」
おそらく最初にたきなに撃たれたのだろう。
この条件で正確に当てられる技術には舌を巻くがそれを拝むのは今夜ではなさそうだ。
男に躊躇いなく銃を構える。
「ひっ……許してくれ! 降参するって言ってるだろ! おい何か言ってくれ! 助けてくれよ!」
私は引き金を引いた。
「ひいいいい!!」
大げさに身構える丸坊主に銃弾が当たることはなかった。
撃ったのは最初のアフロ。
どうやらおかわりをご所望のようだったので数発多めにプレゼントしてやる。
アフロは悲鳴を上げる間もなく、白目を剥いて昏倒した。
どうやらこれで終りらしい。
久しぶりに銃を撃ったが、案外味気ないものだな。
銃を仕舞おうとしたが、これは愛銃じゃ無いのを思いだした私は千束を探そうとしたがすぐに見つかった。
「ちょちょ織田作! 運転手の人手当して!」
「安心しろ。このくらいじゃ死なない」
「血が出たら死んじゃうでしょ~あ~もう私がやるから退きなさいってば」
千束は私の銃を奪い取ると、背負っていた鞄から止血用の手ぬぐいで男を縛り上げる。
応急処置と止血の意味もあるのだろうが、怯えている彼にはおそらく拷問の類いに見えたのか終始怯えている。
縛り上げられてるときも情けない声を上げていた。
後は……。
と、脇に目をやると蠢く麻袋をたきなが引っ張り上げている最中だった。
「たーきなちゃーん! 怖かったー」
中からは癖の強い茶髪の女性が泣きながら出てきた。
これが今回の依頼人らしい。危険にさらしたのは頂けないが、詳しい状況を見られなかったことだけが唯一の救いか。
一つ問題点があるとすれば、今彼女が抱きついている人間が、自身を恐怖に陥れた張本人以外ということくらいか。
後ろでは千束は無力化した男達をクリーナーと呼ばれる始末屋に連絡しているところ。
どうやらこれで一件落着らしい。
心残りがあるとすれば、せっかく用意してくれた愛銃を撃てなかったくらいのものだ。
私は千束に向き直る。
「よぉし! じゃあ沙保里さんをおうちまで送って帰ろう!」
彼女は私に向けて笑顔を見せた。
まるで太陽のような眩しいそれに思わず目を細める。
しかしそれは彼女の背後にある街灯のせいだけではないだろう。
私は彼女のその表情が好きなのだ。
それがどんな意味を持っているのかわからないが、きっと良いものに違いないと思わせる何かが彼女にはあった。
*****
依頼人である沙保里を無事守り切り、自宅まで送り届けた帰り道。
住宅街からも光が消え、街灯のみが支配する暗闇が近づきつつある空の下、たきなは二人の背中を数歩遅れたところから眺めていた。
「も~織田作はそこら辺きっちりしてよ~」
「経験上、あの程度の銃創じゃ人は死なない。痛みくらい、あぁいう仕事をするなら耐えて当たり前だろ?」
「そーじゃないでしょ? 織田作だって痛いでしょ? 痛いの嫌でしょ? 血が出るのも怖いでしょ?」
「千束は優しいな」
「えへへ~な~んだ照れるなぁって違うでしょ!?」
「あの」とたきなは声をかける。
二人は振り返りこちらを見た。
彼女が声をかけたのは千束ではない。
隣で外套を風に揺らせながら歩く彼、織田作之助だった。
私は今日、彼とほとんど話していない。
千束から人づてで人物像を知ったくらいのこと。
だからこそ、すでにした質問を本人にもしなければならなかった。
あの得体も知れない強さと力の正体を。
「貴方は…何者なんですか?」
足を止めた彼は少しだけ考える素振りを見せると口を開いた。
「織田作之助。もう話しただろう? そもそも俺は、今日君にまともに名前を呼ばれたことがない。そんな相手にその質問は少々失礼なんじゃ無いのか?」
「っ……そうですね」
「もー織田作も意地悪なんてしないでよ~」
千束は頬を膨らませて彼を睨む。
それを見て私は思う。やはりこの二人には特別な関係があるのでは無いだろうかと。
少なくともこの場にいる自分よりも、この人のことを理解しているように見える。
だがそれを口にするのは躊躇われた。
自分が知りたいことはそういうことでは無く、もっと別の何かである気がしていたからだ。
「…だが、君には色々と迷惑をかけてしまったのも事実からな。そうだな……」
織田作は私の方を向く。
「君が気になるのは俺の異能だろう?」
「異能?」
彼は言った。それは常識では考えられない現象を起こす特殊な力、と。
これをどのよう存在かを説明することはできない。ただそのようにしてあると云う他ない。
とも言った。
「俺自身、これがどういう原理で働いているかは知らん。君が期待するような合理的な回答は無い」
「ただ」と織田作之助は続けた。
この力について彼が知ってる唯一のこと。
「仲間内ではこの力の事を、異能力と呼んでいた。俺がわかるのは、この力がどういう力であるのかというのと、その自身の持つ異能の名前くらいだ」
「名前、ですか?」
「あぁ。異能力というにはいくつか種類がある。それぞれその能力に合った名が、無意識のうちに与えられている」
俺も実際、何故使えるようになったのか何故こういう名前なのかわからないと、彼は言う。
「じゃあ…その、貴方の能力の名前はなんて言うんですか?」
すると織田作は目を伏せて、小さく息を吐く。そして答えた。
自分の持つ能力を。
異能力という、超常の域にある力の名を名乗った。
「――――天衣無縫」
と。
物事に技巧などの形跡がなく自然なさま。
つかみ所がなく、自然で、美しいこと。
いかに合理的に、効率的に物事を進めるかが全てのたきなですら、その能力の名にふさわしい名前は他に無いと。
理屈は無い。直感的に思った。
彼の異能力は、まさしく天衣無縫と呼ぶに相応しいものだと。
さて、と織田作之助は話を区切り、前を向いた。
「仕事の報告がまだだ。戻るぞ」
「はーい!」
歩き出す二人にたきなは続く。
彼女の頭の中では、先程聞いた異能力という言葉が繰り返し再生されていた。
彼女の人生の中で、最も衝撃的で、それでいて興味が尽きない単語。
それが意味するものとは一体……。
考えれば考えるほど深みに嵌っていく思考を振り払うように、たきなは首を振った。
今考えても仕方がない。自分にはやるべきことがある。
そう言い聞かせて。
*****
「イチャついた写真をひけらかすからこーんなことになるのよー」
「僻まない」
「僻みじゃねーよ!SNSへの無自覚な投稿がトラブルを招くって言ってんのよ!」
店のホールでは千束とミズキが依頼人から渡された銃取引の現場を映した写真についての議論を続けていた。
簡単に話を要約すると、たきな達が取引の現場に踏み込む三時間前にすでに取引は終わっていたということが、例の写真を撮った時間から読み取れた。
つまり、誤情報を送り込まれたということになる。
関係ないと踏んでいた事件の手がかりが、思わぬ形で見つかってしまったがこれをどうするか。
千束の性格だ。
きっとたきなのために事件を追うとか言い出すのだろう。
まぁ、それも悪くない。
もとより俺に決定権は無いのだから。
――して、私は今、喫茶リコリコの中で何をしているのかと言うと。
「たきな」
私は彼女の名を呼ぶ。
はいという返事と共に更衣室から聞こえた。
千束と色違いの色をした制服。
青を基調とした和服に身を包んだ彼女は、私が待つ厨房に現れた。
「…なんですか?」
たきなは私の手元を見ると不思議そうに顔を傾げる。
「待ってろ、もう少しでできるから」
私は出来上がった料理を皿に乗せるとそれをたきなが立っている目の前に置く。
「これは?」
「咖喱だ」
私は料理をしていた。
元々自炊はする方だったが、最近は特に料理をする回数が増えた気がする。
ここで働くようになってからは尚のこと。
「これが、カレー?」
たきなは皿に顔を寄せて匂いを嗅ぐ。
やはり、見た目だけでは判断できないようだ。
その咖喱は普通のルゥとライスに別れたルーのどこの喫茶店や洋食屋で見かけるそれではない。
フライパンの中でその二つを混ぜてまとまるまで炒めたものを皿にのせ、仕上げに卵とウスターソースをかけた。
これは私の思い出の味というものだ。
味や記憶を頼りに見様見真似で作るので、再現率はお察しだが。
人様に出せるくらいの味にはなったという自覚はある。
「過去の非礼のお詫びと、今度の友好を兼ねてだ」
「……ありがとうございます」
たきなはスプーンを手に取ろうとした時だった。
「「ストォーーーーーーーープ!!」」
厨房に二つの声が響き渡る。
何かと思って顔を上げると、千束とミズキがまるで自殺をする人間を止めるかの勢いで厨房に現れたのだ。
大慌て、息も絶え絶え、客が来ていないとはいえシフト中にどうしたのやら。
「た、たきな? そそそ、それ! まだ食べてないよね?」
「え? あ、はい」
「はぁ~よかった。急にカレーの匂いし出したからまさかと思ったけど」
千束は胸を押さえて安堵の表情を浮かべる。
対してミズキの顔色は悪い。
その様子に、流石に心配になったのかたきなが問う。
「あの、どうかしたんですか?」
たきなの質問に応える暇も無く、ミズキが私のところまで来た。
それも大ぶりの勇み足で。
そして私を睨むと、口を開いた。
「あんったのカレーをたきなに食べさせられるわけ無いでしょ!? 何考えてんのよ!!」
「そうか? うまいし、たきなも夕食はまだ食べてなかったから賄いにちょうど良いと思ったんだが」
「たきなこれからシフトに入るのよ!? たきながお客さんの前に出られないでしょ!?」
なぜ咖喱を食べただけで客の前に出られなくなるのかわからない。
それに、この咖喱は千束もミズキも大絶賛してくれたはずだ。
食べた瞬間ひっくり返ったのだ。
飛び上がって店中走り回るくらい美味しかったのだろう。挙げ句の果てに、これはお客さんに出すのはもったいない。私達だけのモノにしようとまで言ってくれたほどなのに。
それを仲間であるたきなに食べさせないのは失礼じゃ無いのだろうか?
そう思ったのだが。
「……いえ、食べます」
その言葉を聞いたミズキと千束が目を見開いて固まる。
「たきな、本気?」
「はい。せっかく作って頂いたのですから……」
「でも、本当に大丈夫?」
千束がたきなの肩に手を置いて問いかけるが、たきなは小さくうなずいた。
「はい。とても美味しそうですし。それに私もえっと……織田さんに迷惑をかけてしまったので」
今日初めて、彼女は俺の名を呼んでくれた。
それだけで少し嬉しく感じてしまう。
私は彼女の意思を尊重することにした。
たきなの決意に満ちた眼差しに負けて、千束も納得するしかなかったようだ。
「じゃあ、いただきますね」
たきなは皿に添えられたスプーンを手に取ると、まずは一口分すくい上げる。
そして、口に運ぶ。
ゆっくりと、味わうように。
千束とミズキも何故か固唾を呑む。咖喱に入っているスパイス香りは食欲を促進させるというし、二人にもまた作って欲しいという気持ちがあるのかもしれない。
たきなが飲み込んだ。
二人の緊張はピークに達したように見えた。
「ど……どう?」
恐る恐るという風に聞く千束。
「……」
何も言わずにもう一口。
「「っ!」」
二人は身構えて次の言葉を待ったが、たきなは何も答えない。
「え、えっと……。どう?」
「たきな? 水、それとも牛乳のほうがいい?」
彼女に寄り添うように二人が声をかけると、たきなはやっと顔を上げてくれた。
大きく息をこぼし、その瞳はどこか輝いているように見えた。
「……おいしい」
「「えーーーーーーー!!!!」」