少し良くない空気が、日本情緒溢れる茶屋の中に流れている。
理由は、先月の依頼。
護衛に失敗したと偽装することで結果として依頼を果たした私達だったが、たきなだけはそうではなかった。
あの夕暮れの救急車から店に戻った直後、たきなはここの方針に異議を申し立て始めたのだ。
命大事になんて無謀。
リコリスには殺人が許可されている。
敵の心配をするほうが可笑しい。
要約するとそんな感じのことをまくし立てていた。
敵対者に対して、倍以上の攻撃を返すというのはポートマフィアの掟でもあったがここはそうじゃない。
千束は、今は敵だったけど今後はそうじゃない。だからこれでいいと云ってまとめたが、たきなが納得している様子はなかった。
これに関しては個人の主義主張。
喫茶リコリコとしての方針は最低限遵守するとして、それ以上のことを私がとやかくいう権利などない。
だからこそ、煮え切らない。
小さい子供なら相手になったことがあるが、生憎彼女達くらいの年代の子供と関わったことなどほとんどない。
いや、私の友人の年齢と大して変わらないのか。
彼も千束やたきなと似たような者かも知れないが、性別が違うだけでも対応が変わってしまう。
どうしたものかな、と私はある約束事のためホールに出ようと和室を通りかかった。
「なんでもねーよっ!」
和室から飛び出してきたミズキに気圧された私はふと奥に開けっ放しにされている押し入れの中を見た。
「……本当にそこで暮らしているのか」
「紳士ならレディの自室を覗かないで欲しいものなのだが?」
「すまない。押し入れに人がいるとは思わなかった」
中には先月助け出した依頼人である伝説のハッカー、ウォールナット本人がいた。
ブロンドの頭髪に黒兎のようなリボンの彼女は、二段になっている押し入れの上側を改造して自室同然に扱っていた。
やたら高そうな座椅子と向かい合うように数々の画面が広げられているその空間は、その部分だけ切り取ればどこかの司令室にも見える。
「まったく、ミズキや千束の云う通り変なヤツだな。アイツらならもっと驚いたのに」
「そうか? 俺は割と驚いているぞ」
「そのように見えないと云っているんだよ。本当に何を考えてるのか分からない男だね君は」
呆れたような表情でこちらを見る彼女は、いつもの自信満々な態度ではなくどちらかというと年相応の少女らしさがあった。
なんとなくだが、たきなよりもこっちの方が話しやすい気がした。
いや、彼女の方が話しやすそうだとかそういうことではないのだが。
「して、ウォールナット。今は何をしているんだ?」
「今はクルミと呼べ。一応身を隠しているんだからな」
「すまない。それで、クルミ。一体何をしていたんだ?」
「例の銃取引だよ。確かDAはこのくらいまでしか解析できていないらしい」
改めてクルミと呼ぶと彼女は私に画面を見るよう促してきた。
身をかがめて押し入れの中を覗くと、たきながやって来て初めての依頼人がSNSに投稿した写真を小難しいソフトで解析しているようだった。
向かいのビルから見えるぼやけている部分が克明に映し出されるだけじゃなく、どのくらいの人数、体格まで大まかにではあるが分かるようになっている。
「君は本当に優秀なハッカーなんだな」
「僕を褒めたって何も出ないぞ」
「別に何か欲しくて褒めたわけじゃないさ」
素直に感心していただけだ。
これなら命を狙われる謂われもある。
わずかな綻びでここまで手の内が割られるなど調べられる相手からすれば確実に殺したいか、首輪をつけて利用したいかのどちらかだろう。
「これでも破格の待遇なんだからな。僕のサポートを受けられるなんて。お前も感謝しろよ?」
自慢げに胸を張る彼女の姿は、やはり年相応の女の子にしか見えなかった。
実際年齢はいくつなのだろうか?
インターネットの黎明期から活動している云われているが、この容姿だと本当に小学生くらいに見える。
いや、そもそも見た目通りの年齢なのかすら怪しいものだ。
私がそんなことを考えていると、彼女が口を開いた。
「おっ! 時間だ。退いてくれるか?」
「あぁ」
押し入れから飛び降りた彼女はそのままホールへと幼い足音を立てながら消えていく。
「お前も来いよ~?」
あぁ、そうだった。
クルミの端末から流れたアラームはあの約束事を意味していたのか。
私も慌ててホールへと向かった。
「というわけで閉店ボドゲ会スタート!」
「おーっ!」
店を閉めた千束のかけ声に呼応するようにな声が、店の中に響き渡る。
のろしを上げた千束の他に、私とクルミを除くと六人の人物が座敷を囲んでいる。
無論、彼らは皆この店の常連だ。
「締め切り明日って言ってたっすよね?」
「今日の私には関係ないし」
「よしましょう。仕事の話は」
「実は自分も勤務中で」
「刑事さん、悪だねぇ」
「早く始めようよ」
老若男女、この小さな店に足繁く通ってくれた選りすぐりの面々が思い思いに言葉を口にする。
各々好きなゲームを持ち寄ってくるため毎回違うゲームをすることも多い。
そして、今日はいつも以上に参加者が多いようだ。
まぁ、当然か。
「今日は織田さんもいるのか~こりゃ織田さんの一人勝ちかね~」
私の隣にいるふくよかな刑事さんが、にこやかな笑みを浮かべて肩を叩いてくる。私は謙遜の言葉で応える。
一応、場を凍らせないよう努めなければならないが、この状況では自分の異能は抑えることが難しいのだ。
だが、刑事さんの発言に反応したのは私の正面に座っているクルミだ。
「ほぉ~? それは聞き捨てならないな。そのすました顔がいつまで保つか楽しみだな」
彼女は不敵な笑みでこちらを見上げてくる。
どうやら、彼女はやる気満々と見た。
私としても手を抜く気は無い。この手のゲームは全員がある程度真剣にやるからこそ盛り上がるのだから。
「なら、手加減の必要はなさそうだな」
私がそう言うと、彼女はふふんと鼻を鳴らして余裕たっぷりの表情を見せる。
それを見て、周りの常連客達からも笑いが起きる。
一件穏やかに見えるが、その実、テーブルの上で見えない火花が散っているのが、私とクルミにだけはわかった。
「ねぇ、たきなも一緒にやろうよ~」
座敷から少し離れたところで腰を下ろしていた千束が、カウンターの中央で寡黙にレジを操作していたたきなにも声をかける。
「レジ締めなら私も手伝うから~」
「もう終わりました。レジ誤差ゼロ。ズレなしです」
たきなの言葉に千束の「はやー」と間の抜ける声が聞こえてきた。
厳格な性格ゆえ、数字や計算に強いのだろう。この手の仕事は彼女が一番信用できる。
私ではこう上手くはいかないだろう。
「ってことはもう暇でしょ」
「たきなちゃーん。ほらおいでよ。こっちこっち」
「どうだたきな?」
となると、暇人である彼らはたきなも座敷の輪に入れようと声をかけ始める。一部、暇人では無い人間がいなくもないが目を瞑っておくほうがいいだろう。
彼らなりの配慮だ。
「いえ、結構です」
しかし、たきなはその誘いに乗らない。
私達に目もくれること無く店の奥へと消えていった。
「おじさん多すぎなのかなぁ」
「恥ずかしいのよ。お年頃」
「店で遊ぶ方がおかしいんだけどね」
「そうか?」
その光景を見た常連達は苦笑しながら再び会話を始める。
やはり、たきなは愛想が悪い。
だが原因は先月のことだけでは無いように思えるのは私だけなのだろうか?
そもそも彼女がここにやってきた理由、それに起因するのではないだろうか?
彼女がここに来た訳は、仲間を危険に晒し、作戦を失敗させたというもの。
一刻も早く戻りたいと焦る気持ちがあるのだろう。
私に出来ることが一つでもあればいいのだが…。
「おい織田作、そろそろ始めるぞ?」
「あぁ、すまない」
ことを考えている間に、クルミの声によって現実に引き戻される。
私は慌ててゲームの準備を始めた。
「いいのか? 戦う前からそんなに浮ついて…ここは戦場なんだぞ? 一瞬でも僕を甘く見たことを後悔するんだな」
三十分後。
「ぐあああああ! そんな! 僕が! こんなヤツにぃぃ!!」
クルミはカードをまき散らしながら座敷に倒れこむ。
その様子を見ながら、他の参加者たちは皆、面白おかしく笑う。
「やっぱり織田さんは強いねーまるで歯が立たないや」
隣の刑事はまたもや私の肩を叩きながら笑った。
このゲームは手番の回りが早い。故に私の異能で次にどのカードが来るか、誰がどういった手を出してくるかが読めてしまう。
私はこの手の遊びで負けたことが無い。
ごく希に、この異能で泡銭を掴んだりしているのだがそれは千束達には話していない。
話すと碌な事にならないからだ。これは異能でなくてもわかる。
「いーやまだだ。お前のイカサマの手口は見えた! 今度は負けない!!」
「さて、なんのことやら」
私は素知らぬ顔で受け流す。
ゲームでのイカサマと言うのは現場を押さえない限り意味が無い。言った言わないの水掛け論になるからだ。
とはいえ、私もあまり場を悪くするわけにはいかない。
ここはほどよく勝たした方が後々よさそうだ。
「作之助、少し良いか?」
だが、無情にも勝負に水を差されてしまったようだ。店の奥からミカの声が聞こえる。
振り返ると彼が千束と共に立っており、両者とも客の手前のせいか気丈に振る舞っているが少しだけ表情が曇っていることが分かる。
店の奥で着替えているたきなと何かあったのか。
いずれにせよ、すぐに伺った方がよさそうだ。
「すまない。次は俺抜きで初めてくれ」
「あ! お前! 逃げるのか! ひきょーものー!!」
背後から日本最強のハッカーの罵声が聞こえてくるが、無視して私は座敷を後にする。
座敷を抜け、彼らと共に店の裏に入る。
「あ、あのね…織田作、ちょっと云いにくいんだけど……」
千束は不安げな表情で私を見つめており、ミカも心なしか落ち着きが無いるように見える。
少なくとも、良くない知らせであることは明らかだった。
「何があった?」
「明日までに千束は東京支部に戻ってライセンス更新をしなければならないんだ」
ミカの言葉から察するにそれはリコリス絡みのことらしい。
リコリスは国が秘密裏に孤児を管理して、育成した暗殺集団。
彼らには殺人許可証と呼ばれるマーダーライセンスの更新が義務づけられている。
ファーストに籍を置く千束がいなければ、この支部の運用が許可できなくなるという重要な話。
「それで、俺になんの関係があるんだ?」
話だけ聞くと、千束のズボラさやいい加減さが起因するだけのことだし幸い明日は定休日。
十分間に合うだろうになぜその話を私にするのかと問うと、彼は云った。
「楠木が、お前に会いたいと」
「…それは、確かリコリスの指揮官か?」
楠木という人物は、言うなれば千束達、リコリスを統括する元締め。
実際にあったことはないが、千束達の話から相当重要な人物であることが伺える。
そんな人物が私に招集をかけたと云ったのだ。
聞けば楠木という人物は女性なのだが、私が彼女とどういう関係かと云えば、間接的に殺されかけたと云って良い。
そもそも誤解とは言え、数ヶ月前の事件をまだ追っていたとは驚いたものだ。
正義感か、あるいは別の何か。いや、検討はついている。
元をたどれば私が千束に無理を云って始まった関係だ。ツケを払うときが来たのだろう。
「先月の依頼でお前の存在がDAに悟られた。私も迂闊だった。すまない」
「構わないさ。千束と共にいる以上、遅かれ早かれ気付かれたはずだ」
おそらく銃を使っていたのが目立ったのだろう。
千束達の危険を回避するとはいえ、流石に見つかってしまったか。
覚悟はしていた。寧ろ数ヶ月も泳がしてくれたものだ。
「でも、織田作は行かない方がいいよ。楠木さんには私と先生が上手くいっておくから…」
「そうもいくまい。千束やミカの立場もある」
「だけど」と千束は食い下がる。背後から聞こえる座敷の団欒が今は遠く感じた。
恐らく彼女は、私の身を案じてくれているのだろう。
普段の言動からは想像もつかないが聡い子だ。
この招集の意味を理解しているのだろう。
「行ったら織田作…殺されちゃうよ……」
「……」
私は押し黙った。確かに殺されるかもしれない。
だが、私は彼女達に命を助けてもらった恩がある。
それを返せるのなら喜んで死地に赴くつもりだ。
それに、ここで逃げたりすれば、寧ろ彼らに口実を作ってしまう。
それならば、今のうちに話をつけた方が良い。
「大丈夫だ。心配するな。お前は皆のところに行け。もちろん、そんな暗い顔じゃなくいつもの笑顔でな」
私は努めて明るく振舞ったが、それが却って逆効果になったのだろうか。
千束の顔はますます曇っていく。
「やっぱり行くんだね……」
「あぁ」
「……わかった」
千束は俯きながら小さく呟くと、顔を俯いたまま座敷へ消えていく。
数秒後には、彼女の笑い声が座敷から聞こえてきた。
座敷ではきっと、彼女が持ち前の明るさを存分に発揮して場を盛り上げるのだろう。
私には到底できない芸当だ。
ミカは、千束を見送ると、今度は私の方へと向き直る。
「そういうことだ。明日千束に同行すればいいんだな?」
「たきなも行くそうだ」
「……そうか」
その言葉に私は思わず顔をしかめる。
たきなともまだ蟠りがあるように思える。
向かう先は彼女が何度も戻りたいと口にしていたDA本部。
私の身に起こること以上に何か悪い事が起きなければいいんだが。
―――
――
―
翌日。
電車で千束とたきなと共に電車で数時間揺られた私は、指定された駅に着くとある車に乗るよう案内された
それからさらに1時間。
山の中の奥の奥、国有地と仰々しい標識や金網で閉ざされた施設の門を潜り、そこにはまるで要塞のような建物に招かれた。
「貴様が織田作之助か。素直にやって来るような間抜けで助かったよ」
白いスーツに赤いマッシュルームヘアの中年女性が、羊色の制服に身を包んだ少女10人以上を引き連れて私を出迎えてくれたのだ。
当然、全員銃を私に向けて。
「……そんなとこだろうと思った」
三話突入です。
前回みたく淡泊に終わらないと思うのでお楽しみに!