桜の矜持   作:ふみどり

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 このところ、警視庁にはどことなく不穏な空気が漂っていた。

 常から犯罪捜査に向き合う部署だけではなく、現場に出ることのない部署の人間までも、どこかそわそわと落ち着きがない。いつも通りに働いているように見えるひとも、あるニュースの話になるとぎくりと肩を揺らした。

 

「その理由、お前も知ってるだろ?」

 

 昼休みになった途端に何故か取調室に連行された柊木旭は、ひどくめんどくさそうにため息をつく。警視庁警務部所属の監察官である彼は、もちろん取調室に連行されるような容疑など全くない。それでも仕方なくとは言え連行されてやったのは、ひとえに同期であり悪友である三人が珍しく呼び出してきたからだった。

 柊木の正面の椅子に陣取って座る、警視庁刑事部捜査一課強行犯係の伊達航。そして伊達を挟むように、同じく強行犯係の松田陣平と特殊犯係の萩原研二が立っていた。それぞれ面白そうな雰囲気を出しつつも、その瞳は真剣だった。

 伊達の言葉に、何故俺が呼ばれたんだと思いつつも柊木は口を開く。

 

「……例の殺人事件だろ? 今月に入って三人、警察関係者が殺されてる」

 

 残念ながらこの物騒な世の中、警察がどれだけ尽力しようとも殺人事件自体は珍しくない。が、とりわけ身内が被害に遭った事件、つまり警察関係者が被害に遭ったとなれば、それは大きなニュースとなる。しかもひと月という短期間に全員が都内で殺害されたということで、警察関係者を狙った連続殺人ではないか、と大きく報道されていた。

 しかし現状ではそれぞれの事件に関連性は見えず、連続殺人として扱うのは早計とされていると柊木も聞いている。

 

「その三件、俺たちが担当してんだよ」

「へえ? ……ああ、二件目は爆弾も絡んでたか」

「そ。一件目の生安の巡査部長の刺殺は伊達、二人目の警察庁のお偉いさんの爆殺は俺、三人目の広報課の女の子の毒殺は松田ってわけ」

 

 いつも通りの軽い口調でさらりと萩原は答える。殺人や傷害であれば捜査一課の中でも強行犯係の領分だが、爆弾が絡むと特殊犯係である萩原の領分となる。

 

「じゃあやっぱり連続殺人でなく個別の事件として捉えてるんだな」

 

 今のところはな、と取調室の壁に緩く寄りかかる松田が続いて応じた。その含みのある言い方に、何だよと柊木は聞き返す。そのまんまだよ、と松田は背を壁から離して身を乗り出した。

 

「連続殺人だって証拠は何もねえ。だが、この短期間に三人だぞ?しかもそれぞれの犯行現場もさほど離れてねえ。穿った見方もしたくなるだろ」

 

 それは確かに、と柊木も頷く。連続殺人である証拠がなくとも、「そうでない」という証拠もないのであれば疑いは消さない方がいい。あらゆる可能性を疑うのが捜査の鉄則だ。

 

「で、結局俺を呼び出した理由は?」

「いや何、連続殺人だろうが単独の殺人だろうが、被害者の身辺探るのは当然だろ?だが何分身内の捜査ってのはやりにくくてな」

 

 にかっと伊達が人好きのする笑みを浮かべる。その笑顔で何人もの容疑者から供述を引き出してきたのだろうが、さすがに手の内を知っている柊木には通用せず。取調官たちの言いたいことを察したのだろう「容疑者」は、すっと表情を消した。それを見た萩原がまあまあまあと柊木の後ろに回って肩を揉み始める。

 

「そう嫌な顔しないで旭ちゃ~ん。ちょっとだけ、ちょっとだけ殺された三人のこと調べてほしいだけなんだって~。ほら、うちうちでの評判とか、仕事ぶりとかさ~。本当にちょっとだけ、ね! 特に警察庁とか俺ら全然手ェ出せないしさ~」

 

 旭ちゃんならツテもあるでしょ、と猫なで声を言う萩原の腕を柊木はぺしりと払いのける。

 

「……事件の捜査に、同期とはいえ階級上の監察官に協力頼むとか……お前らホントになぁ……」

「身内のあらさがしは得意分野だろ?」

 

 にやりと笑って松田が付け加える。顔をゆがめた柊木はがしがしと頭をかいた。唯一申し訳なさそうな顔をした伊達が、苦笑と共に口を開く。

 

「やっぱ、頼めねえよな?」

 

 バレたらお前も大目玉だよな、と伊達は困ったように言う。仲間内では唯一の良心だとこっそり言われている、気のいい同期。どちらかというと無茶をする同期を諫める役割で、無茶ぶりをすることも滅多にない。そんな彼に頼まれれば、もともと仲間内に甘い柊木のこと、断ることも出来ず。

 

「……とりあえずその三人について、持ってる情報全部吐け」

 

 ため息交じりに吐かれた事実上の白旗に、伊達は顔を輝かせ、松田と萩原は目配せをして笑う。柊木が頼みを断ることが苦手なことくらい、付き合いの長い悪友たちはよくわかっていた。

 

 

 ***

 

 

 カタカタと、キーボードの音が暗い室内に響く。ぼんやりと浮かび上がっている画面には、白いコードが並んでいる。その指がキーボードの上で踊るたび、コードも同様に画面を踊った。わかる人にしかわからない文字列を見て、指の持ち主は口角を上げた。

 ふと、その手元のスマホがメッセージの着信を告げる。

 

『次、接触だよね』

 

 俺にやらせてほしいんだけど、と続けてメッセージが届いた。一瞬考えてOKの返事を打った。ただし、と一言付け加える。

 

『動くのはしばらく様子を見てからだ』

 

 それまで沈黙を守れと、その部屋の主は文字を飛ばした。

 

 

 ***

 

 

 数日後、ある程度情報が揃ったとのことで捜査一課の三人は柊木に呼び出された。しかしその場所に指定されたのが、三人としてはあまり足を運びたくない場所で。

 

「何で特命係なんだよ……」

「不満があるなら報告聞かなくてもいいぞ」

 

 特命係の主、杉下右京の淹れた紅茶を楽しみながら、柊木はしれっと返す。

 捜査権がないにも関わらずたびたび捜査に乗り込んでくる特命係は、捜査一課の面々からは目の敵にされている。三人は杉下と柊木の関係を知っているだけに特命係を敬遠することはないが、それでも特命係に出入りするのは正直なところ外聞が悪い。また、特命係の小部屋に隣接している組対五課の課長は噂好きだ。今でこそ席を外しているようだが、彼にこの状況を見られてしまえばどんな噂が流れるかわからない。それでもあえてこの特命係を指定したのは、柊木にとってはちょっとした意趣返しだろう。

 

「……旭ちゃんだってここに出入りしてんのバレたらまずいんじゃないの?」

「別に。大河内さんの眉間の皺が二割増しになるくらいだ」

「はは、想像できるね~」

 

 もうひとりの特命係、神戸尊は柊木の言葉にふふふと笑う。柊木の上司である大河内と親しい神戸は、まあ何かあれば大河内さんには上手く言っておくよ、と愛飲しているガス入りミネラルウォーターのキャップを回した。ぷしゅ、とペットボトルの口が軽い音を立てる。

 

「それで、例の殺人事件の話なんでしょ?」

「僕もあの三つの事件については気になっていたんです」

 

 是非お伺いしたいですねえ、と杉下は脚を組んでカップを傾ける。またこの人は捜査に乗り込んでくる気かよ……と捜査一課の三人は肩を落とすが、それすら愉しそうに横目で見た柊木は、改めて資料を辿るように話し始めた。

 

「まず、結論から言う。その三人に接点や共通点は見つからなかったし、殺されるような理由は見つからなかった」

 

 路上で刺殺体で発見された、都内の警察署勤務で生活安全課所属の犬山洋二巡査部長。三十三歳で二児の父。勤務態度は至って真面目で、特筆するような活躍もないかわりに大きな失態もなく、交友関係にも特に問題があるという噂はなし。仕事が終われば家に帰って家族との時間を楽しみ、プライベートを大事にするひとであったという。

 個人所有の乗用車に爆弾を仕掛けられ亡くなった、警察庁交通部所属の葛城智仁警視。四十六歳で息子がひとりいるが妻とは死別し、今は一人暮らしをしている。こちらも勤務態度は真面目も真面目、地味な事務仕事もきっちりこなす几帳面な人間性で評判。口数が多いタイプではなかったが、その堅実さは信頼されているひとだった。

 出席していたパーティでグラスに毒を盛られ中毒死した、警視庁広報部所属の南薫巡査。二十七歳。少々奔放なところはあったが勤務自体は問題なくこなしており、交友は広いがトラブルがあったという話は現状出ていない。仕事よりも婚活に忙しくしていた部分に周囲は苦笑こそしていたそうだが、嫌われているというわけではなかったようだ。

 三人に接点があるという情報はなく、異性関係や金銭面でのトラブルも見つからない。仕事で大きな問題があったという話は出てこなかったと柊木は言う。

 

「くっそ、手がかりなしかよ……」

「となるとやっぱプライベートもっかい当たるしかないかぁ……」

 

 天を仰ぐ松田と萩原。その隣にいた伊達は苦笑して柊木に礼を言った。

 

「お前も忙しいだろうに悪かったな。しかしさすが、調べが早くて助かるぜ」

「収穫なしで悪いけどな」

「少なくとも職場で目立ったトラブルがなかったということが判明したのですから、それもひとつの収穫ですよ」

 

 杉下の言葉に、それならいいんですけど、と柊木は苦笑する。それにしても、と神戸はペットボトルを口元に寄せたまま呟いた。

 

「本当にバラバラの三人だね。やっぱりそれぞれ単独の事件なんじゃない?手当たり次第に警察関係者を狙ってるわけじゃなさそうなんでしょ?」

「無差別に警察関係者を狙うなら、それこそ交番や警察署、あるいはその付近を狙う方が自然でしょうね」

「ええ。刺殺が起きたのは警察署からも離れた路上だったし、爆殺も爆弾が仕掛けられてたのは公用車じゃなくて個人の車。毒殺が起きたパーティも、出席していた者の中で警察関係者は彼女だけでした」

 

 特命係の言葉に、難しい顔をした伊達が応じる。つまり明らかに、それぞれ個人を狙った犯行なのだ。警察関係者を無差別に狙った連続殺人と考えるには、腑に落ちない点が多すぎる。

 改めて杉下は、紅茶のカップを空にした柊木へ向き直る。

 

「三人を調べる中で、何か気になった点はありませんでしたか?」

「気になった点、ですか」

 

 この数日、三人の周囲にいたさまざまなひとから話を聞いた。噂好きなひとは聞かなくても必要のないことまでぺらぺらと喋ってくれるし、逆に柊木の監察官という立場に委縮して口の重いひともいた。それでも何とか口を開かせ情報を得る中で、気になった、というか何というか、思ったことはある。

 

「……ただの所感で、深い意味はないんですけど」

「何でしょう?」

「それぞれの人柄の話も聞いたんですが、何というか……いえ、性格が悪いとかではないんですが、うーん、……そう、たぶん、」

 

 警察らしくないな、と。

 ぽつりと落ちたその言葉に、杉下は興味深そうにほう、と頷き、松田は何だよそれ、とけげんな顔をする。

 

「どういう意味だよ、警察らしくねえって」

「いや、……うーん、上手く言えないしたぶん関係ない、ごめん。ああそうだ、毒殺の巡査だけど、SNSのチェックはしたか?」

「SNS?」

 

 担当の松田はさっと顔色を変えて身を乗り出す。若い女性となれば確かにSNSをやっていてもおかしくはない。そのあたりに踏み込んだ捜査はまだ行われてはいなかった。

 

「何かやってたらしいぞ。勤務中にもスマホ触ってることが結構多かったらしくて、一回上司から注意受けたらしい。それ以降は仕事中には見なくなったらしいけど」

「おし、鑑識行ってスマホ解析してもらうわ。悪いな先行く!」

 

 何事も突っ走りがちなせっかち警部補はさっと上着を取って去っていく。その後ろ姿に、あーもう陣平ちゃんてば、とその親友は苦笑した。

 彼、実は結構アツい男だよね、と神戸が笑うと、君も人のことを言えないでしょうと杉下が口を挟んだ。えっと心外そうな顔をした神戸に他の三人もこっそり笑う。

 

「とりあえず今のところ俺に言えるのはそれくらいかな。悪いな、あんまり力になれなくて」

「何言ってんだ、ありがとな。こっちこそ無茶頼んで悪かった」

「うんうん、仕事上のトラブルの線を消していいってわかっただけ恩の字」

 

 でも何か追加情報あったら教えてね、と付け加えるのを忘れないちゃっかり者に軽く笑う。そしてふたりも交友関係洗いなおしてくる、と言って特命係の小部屋を去っていった。

 残された柊木はひとつ息を吐いて、部屋の主たちに向き直る。

 

「すみません、いきなり来て場所借りちゃって」

「構いませんよ。僕たちにも聞かせてくださるつもりでここを選んだのでしょう?」

「おふたりも気になってるんじゃないかなと思って」

 

 図星です、と大きく頷いた杉下に、柊木は悪戯っ子のように笑う。本来なら柊木は捜査権のないふたりが勝手に動くのを止めなければならない立場だが、まあそこはそれ、事件が早く解決するなら誰が解決しても構わないというのが柊木の本心である。諸々の面倒な事情があることは察していても、こんな有能なひとたちに捜査権を与えず飼い殺すなんてもったいないとすら柊木は思っていた。

 そもそも特命係が勝手をするのを上司たる大河内すら見逃している節がある。ならばその部下の柊木とて上司に倣っても構わないだろうというのが世渡り上手の言い分だった。

 

「しかし柊木さん、さきほど『警察らしくない』と仰っていましたが」

「ああ、はい。何となく、ですけど」

「三人とも仕事熱心じゃなかったとか?」

「いえ、そういうわけじゃないんです」

 

 神戸の言葉を否定するが、上手く言葉が出てこない。

 仕事自体は、少なくとも必要最低限はこなしている。サボっていたとか、不真面目だったという声もなかった。ただ、何となくのレベルで柊木の胸に燻った、小さな違和感。

 

「……すみません上手く言えなくて」

「いえ、もし言葉に出来そうでしたらまた教えてください。僕も少し調べてみようと思います」

 

 そう言って歳に似合わない俊敏さで杉下は身をひるがえし、背後に掛けてあった背広をとる。同じタイミングで神戸もまた鞄をとった。

 

「捜査権ないんですから、ほどほどに」

 

 面白そうにおどけた柊木に、違法捜査の常連はふたりそろって同じ顔で笑う。

 

「心得ていますよ」

「嘘ばっかり」

 

 神戸君うるさいですよ、とその一言を残して、ふたりもまた特命係を後にした。

 ひとり部屋に残された柊木は、使ったカップを簡単に片付ける。普段紅茶を飲まない柊木も、杉下こだわりの茶葉はいたくお気に召したらしい。事件が落ち着いたらまた淹れてもらおう、と心の中で呟く。

 このときはまだ、彼は知らなかった。杉下に再び紅茶を淹れてもらう日が、当分の間来ないことを。まさか一監察官に過ぎない自分が、この事件に巻き込まれていくことを。

 本当にマジでふざけんなと思いました、と後に彼は語る。

 

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