桜の矜持   作:ふみどり

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 相良がやりやがったぞ、という松田からの連絡につい口角が上がる。

 どうやら柊木をネタにして上手く話を持っていったようだが、それで成果を上げたというなら文句を言うつもりはなかった。正攻法では落とせなかった被疑者に対して、相良には相良にしかできない方法で立ち向かい、口を割らせた。柊木としてはそれで十分だった。

 

『で、そっちはどうだったんだ?』

「何だ、まだ連絡いってないのか? 予想通り、ただの()()()()()

 

 改めて身支度を整えながら、チェストの上に置いたスマホに声を投げる。

 柊木の家に届けられた江藤名義の小包はすぐに回収され、厳重な警戒のもとで中身を確認されていた。が、やはり中身は危険物でも何でもなく。

 

「テディベアだよ。それもその辺で売ってる量産品」

『……はァ?』

「ただし、物騒なお手紙つきだ」

 

 テディベアが抱えるようにもっていた白い封筒。本来はメッセージが入っているだろうその中には、一枚の写真だけが入っていた。

 ハ、と柊木が鋭く息を吐く。丁寧に丁寧に売られ続ける喧嘩に、自称穏健派もさすがに苛立ちが募っていた。

 

「いかにもな爆弾がうつった写真つきでな」

『!』

「内部の構造までわからないから推測だけど、第二の事件で使われたものと同タイプなんじゃないか。江藤から提供された爆弾が一個だけじゃなかった可能性がある」

『……写真だけか? 犯行予告は?』

「ない。一応マツバに江藤から提供された爆弾の数や種類について確認してくれるか。たぶん知らないだろうけど」

『わあった。……柊木』

「ん?」

()()()()()()?』

 

 どうと言われても、と柊木はネクタイを締める。

 マツバは「黒幕」の存在を認めたが、知っていることはあまりに少なかった。ネット上で声を掛けられ、メッセージを交わすうちに取り込まれたらしい。身元に繋がる情報どころか声すら知らず、使っていたメールのアドレスも使い捨てのフリーアドレス。

 柊木のもとに送られてきたプレゼントも江藤の名義である以上、その「黒幕」の存在を決定づけるにはあまりに弱い。どころか、マツバこと許斐葉太が罪を逃れるために「黒幕」の存在を仄めかしているのだと取られてもおかしくはない状況だった。

 このままではマツバを主犯としてこの一連の事件は幕引きとなるだろう。いくら爆弾の写真が送られてきたと言っても、その写真だけでは警察も動きようがない。

 柊木の眉間にぎゅっと皺が寄る。「黒幕」の高笑いが聞こえてくるようだった。

 

「……まあ、犯行予告はほしいよな」 

『警察が言っていい台詞じゃねえけど、わかる』

「要は『黒幕』が次の事件を起こすって根拠がありゃいい。建前上は江藤が、でもいい。この事件の延長線上でまだ何かが起こるって確証があれば捜査は継続できる」

『おい何やらかす気だ監察官』

「ご丁寧に自分の存在を匂わせるプレゼントまで送りつけてきた。たぶんほんのおふざけのつもりなんだろうな。何故だか自分が捕まることはないという絶対の自信までもってるらしい」

 

 それなら、と柊木は通話中のままのスマホを手に取った。

 

「俺が喧嘩を売ったら、乗ってくると思わねえ?」

 

 これから捜査本部行くわ、という柊木のあまりにも晴れ晴れとした声と同時に切られた通話。

 これは絶対何かやる気だと察した松田は大きくため息をつき、すぐに降谷をはじめ同期たちに連絡を飛ばしたのだった。

 

 

 ***

 

 

「……何をする気だ、柊木」

「何だ、ため口でいいのか、降谷」

「会議中じゃないんだから構わないだろう」

 

 未だばたばたと幾人もの捜査員が行き交う捜査本部。にこにこと必要以上の笑顔を振りまく柊木を、降谷は気味悪そうに見つめた。柊木は自分から問題行動を起こすことはそうそうないが、頭の中が振り切ったときは笑顔で突っ走る人間だということはよく知っている。

 降谷の後ろにいる風見にまでうさんくさそうな目を向けられ、柊木は笑顔を崩さないまま酷いな、と空とぼけた。

 

「ほら、どうやら向こうさん、俺にご執心みたいだろ?」

「お前は本当に妙な輩を惹きつけるよな」

「うるさい。だから、今回ばかりは餌になってやろうと思って」

 

 は、と眉をひそめる降谷に構うことなく、柊木はすいませんそこちょっといいですか、と共有端末を使っていた捜査員に席を空けさせた。

 端末前に座る柊木に、つい捜査本部中の捜査員の目が集まる。知らせを受けて駆け込んできた同期たちの声に笑顔だけで応え、柊木は端末に視線を戻した。

 

「これ、マイク使えますよね」

「え、ええ。大丈夫です」

「ありがとうございます。では皆さん、そのまま静粛に。えーっと、ボイスメッセージは……これだっけ、」

「えっあの、」

「どうも、柊木です。素敵なプレゼントをありがとうございました」

 

 マイクを前に、柊木は喋り出す。

 マツバと()()繋がっているはずのSNSのアカウントはまだ生きている。もう受け取る人間はいないはずのアカウントへ、柊木は声を飛ばした。

 それは確かに、未だ姿の見えない「黒幕」に向けて。

 

「|()()を通さず手ずから贈り物を頂けるなんて感激しましたよ。まあ全員逮捕してしまいましたし、やむなくなんでしょうけれど。……それで、どうしましょうか。私はこのプレゼント、貴方にゲーム継続の意志があると捉えたのですが」

 

 すう、と柊木はそこで息を吸う。

 わかっていた。これは監察官として、犯人に対峙する者として、あるまじき言葉、あるまじき態度。しかし今は、手段を選んではいる余裕はなかった。

 ここまで来て、取り逃がすわけにはいかない。

 

「まどろっこしい真似してないでとっとと盤上に上がって来いよ。今度は駒なんか使わずに、直で俺と遊ぼうぜ?」

 

 録音を停止する。制止される前にボイスメッセージを送信した。呆然とする捜査員の中、かち、とマウスの音さえも大きく響いた。

 この手の柊木の暴走に一番慣れている諸伏が真っ先に顔を両手で覆う。うわあと伊達はくわえ楊枝の先を下げ、松田と萩原は同時に口を押さえた。湧き上がる爆笑を零れさせまいと必死に堪えているのは明白だった。その後ろで相良は堪えきれないという風に膝をつく。

 はっと我に返った風見は、おそるおそるという風に自分の前に立つ上司に目をやる。

 

「……ふ、降谷さん……?」

 

 怒りの炎というのはどうやら目に見えるものらしい。風見の目には、風も吹いていないのに降谷の髪やスーツの裾が炎に煽られて揺れているように見えた。

 

「ひ、い、ら、ぎィ……!」

「はは、これ俺の責任でいいぞ」

「笑顔で言うな! 何を勝手に……!」

「乗ってくるよ」

 

 ぴく、と降谷の肩が揺れる。

 同時に捜査員たちも目を瞠った。あまりに自信に溢れた物言いと、もはや傲慢にさえ見える笑顔。これまで柊木が監察官として見せていた笑顔とはまったく違う、どちらかといえば「悪役」に見えるほどの。

 

「絶対に乗ってくる。ここでリスクを数えるような犯人なら、わざわざ『駒』の逮捕のあとにプレゼントなんか送ってこない。そうだろ?」

「……せめて先に相談しろ! 今度こそお前が狙われるかもしれないんだぞ!?」

「それこそ上等」

「柊木!」

 

 まあ落ち着けと柊木に肩を叩かれ、もはや友人としての顔を隠せていない降谷は歯噛みをしながら押し黙る。この二人いったい、と事情を知らない捜査員たちが内心の声を揃えたところで、柊木に端末前の椅子を譲ったそのひとが叫んだ。

 

「、返信きました!」

 

 ばっと端末に視線が集まる。

 驚愕した顔の彼はマウスを操り、メッセージを再生します、と震える声で呟いた。

 

『―――連絡ありがとう、柊木さん』

 

 声こそ変えられているが、抑揚はある。音声読み上げソフトの類いではなく、どうやら単純な変声機を用いているらしい。

 変声機独特のくぐもったような低い声も、静まりかえった会議室ではよく響いた。

 

『安っぽい挑発だったけど、それだけ焦ってるんだろうと思えば笑えたよ。愉快な気分にさせてくれた御礼として、その挑発に乗ってあげる。いいよ、遊ぼうか』

 

 その声には、確かに愉快そうな色がある。

 すっと笑顔を消した柊木は、静かにその嘲りに耳を傾けていた。

 

『そうだね、十日後にしようか。十日後の正午、大勢の民間人のいるところで例の爆弾を爆発させる。ああ、そんな遠い場所に仕掛ける気はないから安心して欲しい。それでは勝負にならないからね』

 

 警視庁から一時間とかからず行ける場所にしておくから、と声が楽しげに揺れる。

 

『見たいなぁ、貴方がその綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪めて悔しがるところ。楽しみにしてるよ』

 

 ぷつ、とメッセージが途切れる。会議室に静寂が戻った。柊木は静かに腕をさすり、視線をそっと斜め下に下げる。

 ふうん、と柊木の声とも言えない声が落ちたところで、ギリ、と降谷が奥歯を鳴らした。

 

「十日後の正午だ」

「、降谷さん、」

「絶対に阻止する。いや、その前に捕まえるぞ」

 

 犯行予告がなされた以上、捜査本部の解散はない。事件の解決を叫ぼうとした上層も、さすがにこうなっては捜査の継続を許さざるを得ないだろう。

 しかし同時に、これで爆発を許してしまっては柊木の責任となる。犯人の犯行を煽り、多大な被害を許してしまうなど許されることではない。柊木にとってはそこまで織り込み済みであろうが、降谷にとっては到底看過できることではなかった。

 この事件の責任者は降谷だ。柊木がいかに暴走しようと、降谷は責務を投げ出すつもりはさらさらない。

 ぎっと諸悪の根源を睨みつける。

 

「……こうなった以上、事件解決まで付き合ってもらうからな」

「もとよりそのつもりだよ」

 

 涼しい顔で頷いた柊木への苛立ちを隠すことなく、降谷はすぐに音声を解析するよう指示を飛ばす。即座に返事をして風見が動き出そうとしたところで、会議室の入り口近くにいた捜査員が慌てて敬礼を示した。

 

「お、お疲れさまですッ」

 

 え、と視線が集まった先には、厳格で知られる仏頂面がひとり。

 降谷に詰められても一切顔色を変えなかった柊木の口から、初めて「ゲッ」と小さな声が漏れる。

 こほん、と落とされた咳払いに、総員が一斉に敬礼をした。

 

「柊木くん。それから降谷警視」

 

 来なさいと拒否を許さない声で告げたのは、柊木の直属の上司である大河内監察官であった。

 

 

 ***

 

 

「やってくれたね、柊木くん」

「ご指示の通り、事件解決のため尽力しております」

 

 しれっと言い放った柊木に、そう、と相変わらず感情の読めない声の相槌。

 柊木と降谷を連れた大河内がノックしたドアの向こうに座っていたのは、日本警察でも五指に入る権力者。柊木にこの事件を解決するよう指示した、官房長だった。

 

「君は杉下よりは融通の利く人間だと評価していたんだけどな」

 

 そして彼らより先に官房長の前に立っていた特命係のふたり。あーらら、とでも言わんばかりの顔で自分たちに笑顔を向けた神戸を見て、柊木は確信した。どうやら自分はぎりぎり間に合ったらしい、と。

 そんな柊木の顔色を見て察した降谷も、そういうことかと改めてそのひとを正面から見据えた。

 

「官房長、事件はまだ解決しておりません」

 

 この事件をここで「解決」として通そうとした筆頭こそ、おそらくは官房長なのだ。

 捜査を終わらせようとする動きを察して乗り込んできた特命係の説得に耳を貸すことなく、このまま捜査本部を解散しようとした、まさにそのタイミングで柊木は「犯行予告」を引きずり出したのだと。

 やり方はまったく賛成できないけどな、と煮えくりかえる内心をおさえこみつつ、降谷は言葉を続ける。

 

「十日後の正午、爆破予告がありました。何としても阻止しなければなりません」

「聞いたよ。まさか犯人に犯行を煽る警察官がいるとは思わなかったな」

「どんな処分も覚悟の上です」

「そうだね、君の処分については大河内くんと相談しないといけない」

 

 たいした部下をもったね、と視線を向けられた大河内は、ドアの傍で静かに目を伏せる。この部屋につくまで無言を貫いた彼は、相変わらず何の感情も見せなかった。

 

「しかし官房長、これで捜査本部は継続ですね。当然、柊木さんにもご協力頂かねばならないでしょう」

「ええ、確かに。何としても爆破は阻止してもらいます」

 

 爆破はね、と繰り返し添えられた言葉に降谷はわずかに眉をひそめ、柊木は横目で杉下に視線をやった。一瞬の思考の間ののち、なるほどと二人は同時に息を吐く。

 もはや面倒だという顔を隠すことをやめた彼らは、官房長から目を離さないまま口を開いた。

 

「杉下さん、実は今回の真犯人の手口に心当たりがあったりしませんか」

「おや、よくおわかりで」

「そしてその事件、ひょっとして真犯人は捕まらなかったのでは」

「降谷警視も、さすがのご慧眼です」

 

 杉下の口から流れるように語られたのは、八年前に発生した連続窃盗事件だった。ある高校に通う生徒らが共謀し、近隣の商店を荒らし回った。奇妙なほどに緻密な計画のもとに窃盗は行われ捜査は難航したが、結局は警察の尽力により実行犯は全員逮捕されたという。

 犯人が全員未成年かつ有名高校の生徒ということもあり、当時はかなり騒がれた事件だった。

 

「窃盗を働いていた犯人は間違いなく全員逮捕されました。しかし、緻密すぎる計画を練っていたリーダーの生徒は、逮捕後にこう言っていたそうなのです」

 

 絶対捕まらないって言ってたのに、と。

 

「他の犯人が主犯はその生徒だと証言するなか、彼だけは自分に計画を授けていた『もう一人』がいるのだと訴えました。しかし彼の持っていた携帯電話からは何も見つからず、その訴えは言い逃れのための虚偽であるとして処理されたのです」

 

 しかし、果たしてそれは本当に何も見つからなかったのか。

 杉下の静かながら鋭い視線が、黙ったままの狸を貫く。

 

「この事件のあとにも、いくつか。別なる犯人の存在を匂わせたケースがあります。すべてがそうとは言いませんが、今回の真犯人が関与している可能性は否めません」

 

 ちなみに疑わしい事件の捜査資料はここに、と神戸が小脇に抱えていた分厚いファイルを示す。捜査本部に姿を見せなかった間、どうやら過去の事件の洗い出しをしていたらしい。

 

「ちなみに官房長、その高校生連続窃盗事件で犯人生徒の携帯電話を調べた捜査官、この事件のすぐ後に警察を辞めていますよね」

 

 何か圧力とかあったり、と神戸はにこりと微笑んだ。もちろんその目は笑っていない。

 少し考える素振りを見せた官房長に、ダメ押しとばかりに降谷は口を開いた。傲慢なほどの自信を纏い、不敵な笑みとともに突きつける。

 

「それで、どちらのご令嬢なんですか? 官房長の考えていらっしゃる『真犯人』は」

 

 

 ***

 

 

 ぞろぞろと部屋を出て静かすぎる廊下を進む。

 ふと足を止め、ところで、と沈黙を破ったのは杉下だった。

 

「ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか、降谷警視」

「何でしょう」

「何故、真犯人が『ご令嬢』だと?」

 

 官房長が口にしたのは、日本でも有数の警備会社。警察とも繋がりのあるその企業には幾人もの警察関係者が再雇用(あまくだり)をしている実績があり、警察への強い影響力をもっているという。そしてそのトップに君臨する社長には、非常に大事にされている一人娘がいた。

 杉下の問いに軽く肩をすくめた降谷は、何でもないことのように言った。

 

「真犯人が官房長に圧力を掛けることができるほどの権力者、あるいはその関係者というのは明白でしたし、おふたりが調べた限り、その高校生連続窃盗事件が真犯人の一番最初の事件である可能性が高いんでしょう? わざわざ初犯にそんな有名校の生徒を選んだ理由がひっかかったんです。考えられるなかで一番可能性が高いのは、彼らのことをよく知っていて動向を探りやすいから……つまり、同級生ないしその学校の生徒なのでは、と」

「その理屈で言うと教師っていう可能性も、……あるけど、どちらにしろ高校教師がそんな権力もってるわけないし、権力者の子息子女の可能性に変わりはないか」

「ええ。まあハッタリも大いに含みますが……女性であることは確信をもって言えましたよ。そうだろう? 柊木」

 

 納得する神戸に頷き、そのまま笑顔を柊木に向ける。何とも言えない表情の柊木は、口を横一文字に結んだまま。

 その様子に不思議そうな顔をした杉下はおや、と尋ねた。

 

「女性だと気づいたのは柊木さんなのですか?」

「ええ。真犯人からのボイスメッセージを聞いていたとき、彼が自分の腕をさすっているのが見えたので。柊木、あれは鳥肌が立っていたんだろう?」

 

 あえてそれを口にすんじゃねーよこの野郎、という暴言を柊木は内心だけにとどめた。

 柊木の長年の悩み、女性恐怖症。それはこの場にいる全員が知っている。いつにも増して口数の少なかった大河内もさすがに苦悩するように眉間に皺を寄せ、神戸はどうフォローしたものかと硬い笑みを零した。もはや慣れたものという様子の降谷は面白そうに柊木の肩を叩き、まだ納得のいっていない様子の杉下は首をひねる。

 

「柊木さんは、何故相手が女性だと?」

 

 あくまでも純粋に疑問に思っている様子の杉下に、柊木は困ったように視線を揺らす。女性恐怖症について隠しているつもりのない柊木も、さすがに尊敬する刑事に話していいことなのか躊躇いがあった。しかし同時に、杉下が疑問を疑問のままにしておくことが許せない性質であることも理解している。

 数秒黙ったあと、覚悟をきめた柊木は死んだ眼で口を開いた。

 

「……真犯人は『顔をぐちゃぐちゃに歪めて悔しがる』俺が見たいとメッセージを」

「ええ」

「これは経験則ですが、俺の顔について造形を歪ませたがるのは男性、表情を歪ませたがるのは女性のことが多く……多くってかほぼ百パー……」

「柊木くん、事件が解決したら飲みにでも行こうか! ね!」

「また良い店に連れていこう」

 

 納得して頷く杉下をよそに、神戸と大河内は慌てたように声を掛ける。降谷すらもそういうことかと若干引いていたが、まあいつものことかとすぐに立て直した。その辺りの柊木の運の悪さについてのエピソードは枚挙に暇がなく、いちいち気にしていては友人など務まらない。また、柊木自身が気にして欲しくないと思っていることもよく知っていた。

 さて、とほどよく肩の力が抜けたところで降谷は思考を切り替える。

 十日後の正午に爆発すると予告された爆弾、官房長はこれを止めることのみに注力しろと言った。真犯人を捕まえることでなく、だ。

 よほど明白な証拠が出ない限り、その「令嬢」に近づくことは許さないと釘を刺されている。捜査員を向かわせて彼女や彼女の周囲から話を聞くことも、当然ながら彼女がもつ端末の類いを押収することも、現時点では叶わない。

 暗に逮捕はできない、と言われたのはわかっている。しかし、降谷に諦めるという選択肢はなかった。

 

「降谷警視」

 

 同じく気を取り直した様子の杉下は、思索に耽る降谷に声を掛ける。

 

「僕は窃盗事件の際に携帯を調べていた元捜査官をあたってきます」

「ああ、まずは裏取りですね。今回の事件の捜査資料も持ち出して構いません、同一犯である可能性について意見を聞いてきてください」

「はい」

 

 とにもかくにも、まずは今できることを。

 小さな積み重ねがものを言うのはどんな大事件でも変わりない。疑いを調べて確信に変え、足下をかためながら真犯人へと近づいていく。

 ぺち、と柊木は軽く自分の頬をはたいた。降谷、といつも以上に静かな声が廊下に響く。

 

「十日後の爆破の場所、お前も見当ついてるよな」

「当然」

 

 当たり前に言った柊木と、同じく当たり前に頷いた降谷。それに目を瞠ったのは大河内と神戸のみで、杉下もまた少しも動揺を見せなかった。

 上司たちの反応など気にしたふうもない柊木は続ける。

 

「俺はお前を甘く見てるつもりはないけど、降谷。俺、動いてもいいか」

 

 あくまでも平坦な声。ぞわりと背筋を走る何かには気づかないふりをして、降谷は笑って見せる。いや、この笑みは決して強がりではない。降谷の胸には、確かに昂揚と喜びがあった。

 ()()()()とは違う。わけもわからず助けられ、結構かなり悔しい思いをした、あのときとは。

 今度は、本当の意味でともに戦うことができるのだ。

 

()()

 

 それ以上の言葉はいらない。短く頷いた降谷に、柊木もまた薄い微笑みを返した。

 おもむろにスーツのポケットからスマホを取り出し、おそらくまだ捜査本部に詰めている同期を呼び出した。数コールと待たず応えた彼に、柊木は前置きもなく切り出す。

 

「諸伏、ライター返せ」

 

 それは約束の言葉だった。

 

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