設計図などなくとも、ネジを外せばある程度は理解できる。
幼い頃からあらゆる機械類を分解してきた松田は、部品のひとつひとつを確かめながら小さな翼の飛行機の心臓部を覗き込んだ。
「……ああ、これなら直るぞ坊主。部品がズレちまってるだけだな」
「ほんと?」
日光の降り注ぐ芝生のうえに座り込み、自前の工具を広げる松田。その両肩に手をつき、興味深そうに手元を覗き込む青いパジャマの少年。
そもそも子どもの相手が得意ではない松田が何度「見ててもおもしろくねーぞ」と言っても離れない彼は、いま松田が手にしているオモチャの飛行機の持ち主だった。
「ちゃんと直してやっからお前も遊んでこいって」
「ううん、見てる」
「運動できなくてもあっちで絵本の読みきかせとかやってんだろ。風船で動物つくってるやつもいるし」
「見てる」
頑として譲らない少年に、松田はつい苦い顔。
とはいえ、この警備に一番に手を上げたのは松田自身。その自分が対象のささやかな要望に応えないのはさすがに筋が通らない。
広い芝生のそこかしこではしゃぐ子どもの声が上がっている。とても爆弾魔に狙われている場所の光景とは思えないほど賑やかで明るい色に満ちていた。
子どもを笑わせることよりも泣かせることのほうが得意な連中が、頭をひねって患者の負担にならない「遊び」を考えてきた。しかし少年はそれよりも自分のオモチャが直るところを見ていたいのだと言う。本当に犬の着ぐるみをレンタルしてきた強面の同僚を思うと涙が出るが、こればかりは仕方がない。
見てていいから隣に来い、影になって見えない、と松田が白旗をあげれば、にししと笑った少年は松田の隣に座り込んだ。
「急に飛ばなくなっちゃったんだ。どこも壊れてるようには見えないのに」
「中のことは分解してみねえとわかんねえからな」
「ほんとになおる?」
「ああ」
「ほんとのほんと?」
あー直る直る、と少年の言葉を適当に受け流す松田だが、その指先に狂いはない。長い指が迷いなく丁寧に動いていく。
少年が八回目の「なおる?」を聞くより先に、きゅっと最後のネジが締められる。
「まあ見てな」
そう言って松田は立ち上がり、コントローラーを手に取った。
青空に映える橙の翼が風を切る。飛行機だ、と気付いた子どもが空を指す。
中庭の低い空をぐるりと一周した飛行機は芝生に戻り、松田の手がそれを拾い上げる。ほらよ、と差し出された飛行機を、小さな腕が大事そうに抱え込んだ。
「なおった……」
「だから言ったろ?」
うん、と噛みしめるように頷いた少年は指でオレンジの機体をやさしく撫でる。
「これ、ぼくのたからものなんだ」
それから、声を潜めて付け加える。
「サンタさんがくれたことになってる、パパからのプレゼント」
こいつ
こほ、と空咳をした少年は肩に羽織ったカーディガンに身体を埋めた。寒ィか、と松田が尋ねると大丈夫、と少し赤い頬を緩ませる。
「ぼくね、もうすぐ手術なんだって」
「……ああ」
「元気になったらね、ここよりずーっと広いところで飛行機とばすってきめてたんだ」
病院だと、また壁にぶつけて壊しちゃうから。
にししと笑う表情は確かに子どものそれだが、入院患者全員の情報を頭に叩き込んできた松田は理解している。年端もいかない彼がそうやって笑うために、どれだけの苦痛を乗り越えてきたのかということを。
かつての自分に足りなかったものを松田はまっすぐに見つめる。自分が走るのは何のためなのか、他より器用だと断言できるこの指で護ってきたものが何なのか、またその重みも。ただ無事であればいい、そんな安易なものでは決してなかった。今の松田は、きちんとそれを理解していた。
おもむろに松田は両手を伸ばす。赤い頬を温めるように両手で包み、そのままきゅっと挟み込む。う、と小さなタコの口から驚いた声が漏れた。
それにまた笑った松田は小さな頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、膝をついて生意気な少年と目線をあわせた。
「なら、もう壊すんじゃねーぞ」
コイツだって、壁のない広い空を飛びたいだろうぜ。
一瞬、幼い大きな瞳が見開かれる。しかし、賢い彼はすぐに幼い顔を綻ばせる。
「――うん!」
でももしまたやっちゃったらごめんね、と笑顔で言った少年の頬を松田の指が柔くつねり、このクソガキ、と笑ったそのとき。
片耳につけたインカムが、江藤和久確保の一報を告げた。
オレンジの翼は青空によく映えたことでしょう。