桜の矜持   作:ふみどり

17 / 23
15

「そっちはお前に任せていいよな」

 

 はいこれ土産、と資料を差し出した柊木は、あまりにも簡単にそう言った。

 降谷は無言で受け取った資料に目を通し、もはや呆れた顔で仕事熱心がすぎる監察官に視線を戻した。

 

「これ、お前の上司や官房長には?」

「見せたよ。今のお前と同じ顔してた」

「だろうな」

 

 わかった、と降谷は手の中の資料を一瞥して口元を歪める。

 

「これの使い方については?」

「表に出すのはまだ早いらしいけど、それ以外は別に」

「……お前の功績にならないかもしれないぞ」

「いいよ。残念なことに不正(バカ)やらかすやつは後を絶たなくてな」

 

 今さらひとつふたつ譲ったところで自分の価値は揺らがないと平然と言い放つ悪友に、降谷はため息をつくしかない。

 しかし同時に、まあ柊木ならそうだろう、と思ってしまったのも事実。

 

「……頼りになりすぎて困るよ、柊木」

 

 負けず嫌いからの素直な賞賛に、仲間内では精神年齢の下がる弟気質は破顔する。その笑顔はあどけなくすら見え、本当にコイツはいくつ顔があるんだか、と元トリプルフェイスも釣られて口角をあげた。

 

「ああ、こっちの段取りは僕が引き受けよう。便宜上、当日は江藤が口を割るまで待つが、仮に口を割らなくても逮捕できるように用意は済ませておく」

 

 ずいぶん気を使ってもらったみたいだしな、と面白そうに降谷は言う。それに軽く肩をすくめた柊木は別にそんなつもりはないけど、と視線をそらした。

 

「まあ、うん……捜査一課の皆さんは不本意かもだが、適材適所だろ?」

「そう思うよ。特に松田は病院の患者のことを気にしてるようだったし、人情派で正義感の強い捜査一課なら患者のために最善を尽くすだろう。その間に特命係が江藤にトラウマを叩きつけ、藤藁との繋がりを認めさせる」

 

 そこから先は、公安の出番。

 降谷の表情が切り替わる。細められた瞳は冷たく輝き、表情に鋭さが増した。

 

「僕が引き受けたからには、公安(われわれ)のやり方で終わらせることになるが」

 

 公安警察において順調に出世の階段を駆け上る彼に、そんなことは百も承知とばかりに柊木は笑った。

 

「ああ、任せた。楽しみにしてるよ」

 

 公安お得意の、違法作業を。

 

 

 *

 

 

 高級住宅地のなかでもひときわ上品な邸宅に、その親子は暮らしていた。

 伊達からの報告を受け取り、降谷は部下を連れてその敷地に足を踏み入れる。玄関で彼らを迎えた通いのハウスキーパーは一瞬で顔色を変え、怯えたように後ずさる。

 部下が警察手帳と礼状を出すのを横目に、降谷は迷いなくハウスキーパーの横を通り過ぎて家の中を進んでいく。家の間取りはすでに把握している。彼女が引きこもりがちで、用がない限り自室から出てくることはあまりないことも。

 柊木にこちらの対処を任せると言われる前から、降谷はこの件にどうケリをつけるべきかを考えていた。何に主眼を置き、何を優先し、何をもって幕引きとするか。

 そのうえで、結論を出した。初心に返ったと言ってもいい。

 捜査を進めるにつれて見えてきた深い闇。その先にあった多くの罪。そのすべてを暴かなくてはならないのは当然としても、まず、目の前の職務を果たすべきだと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 階段を上がる。階下のリビングから、壮齢の男性の怒鳴り声が聞こえた。構わず廊下を進み、目的のドアの前に立つ。

 ドア越しに捉えた、わずかな機械音と息遣い。降谷の手がドアノブに掛かる。

 柊木はこちらの対処のすべてを降谷に任せた。売られ続けた喧嘩には苛立ちを見せていたくせに、自分の手で捕まえたいとは微塵も考えていない。言ってやりたい言葉もなければ、その顔を拝んでやりたいとも思わない。事件の内容や犯人の背景など重要ではなく犯罪者は等しく犯罪者だ。だからこそ、事件の捜査に私情を挟む余地がない。

 だが、例外はある。それは降谷も同様だ。

 ドアが開く。カーテンの閉め切った薄暗い部屋に、端末のモニターだけがぼんやりと浮かんでいる。その前に座るヘッドホンをした女性、彼女こそが今回の。

 視線が交錯する。驚愕で見開かれる黒の瞳と、獲物を捉えて細められる蒼の瞳。

 降谷もまた、常ならば特定の犯罪者の逮捕に特別な思い入れをもつことなどない。誰であろうと犯罪者は犯罪者、それだけだった。

 しかし彼女は、柊木旭に目を付けた。よりにもよって、と言おう。

 本来なら犯罪捜査に関わることのない柊木を最前線に引きずり出し、個人宅に荷物を送りつけ、歪んだ執着を言葉にした。根の深い女性恐怖症を抱える柊木にとって、それがどれだけの苦痛だったか。

 かつて柊木が降谷の生命を脅かした連中を決して許さなかったように、降谷もまた、柊木の安穏を奪う人間を許しはしない。

 降谷は捜査に私情を挟むことをよしとしない。が、友人に手を出されたひとりの人間として、これくらいの暴言は許されたいと思う。

 親の庇護のもとで罪を見逃され、こんな暗く狭い部屋から必死に走る者を嘲笑っていただろう彼女に、心からの侮蔑とともに。

 

「……遊びは終わり(ゲームオーバー)だ、クソガキ(おじょうさん)

 

 

 *

 

 

 呆気にとられる彼女に構わず、警察手帳と令状が示される。

 話は以上とばかりに降谷は背後の部下に短く指示を出し、即座にスーツの集団が前に出た。そこではっと我に返った彼女は、とっさにキーボードに指を走らせる。すぐに端末から引き離されたが、青白い彼女の顔には勝ち誇った笑み。

 突如として青一面になったモニターに、同時に階下から駆け上がってくる重い足音。

 

咲貴(さき)!」

 

 娘を思う父の声に、取り押さえられた娘の口からパパ、と声が漏れた。

 

「きみたち、何をしているかわかっているのか!」

「──ええ、もちろんですよ。令状もご覧になったでしょう、これは正当な捜査です」

 

 降谷はすぐ後ろに控えていた右腕を呼ぶ。短く返事した風見は部屋に入り、無機質な青に染まったままの端末の前にかがんだ。

 咲貴、と藤藁氏が再び娘を呼ぶ。勝ち誇った顔の彼女は、大丈夫だよパパ、と自信満々に嗤った。

 

「私は何もしてない! 何も見つかるわけが──、」

「出ました」

 

 醜い叫びを断ち切るように、風見の静かな声が部屋に落ちる。え、と漏れる間抜けな声に構わず、風見は眼鏡のブリッジをあげて続けた。

 

「警察との交渉に使ったSNSのアカウント、マツバもとい許斐とのやりとりの履歴、江藤に出したと思われるメッセージも残っていますね。米花中央病院への爆破の指示と思しき文面も確認できます。スマホを確認すればさらに出るでしょう」

「っ咲貴‼」

「な……っ嘘、そんなの残ってるはずが……っ本当よパパ、絶対有り得ない‼」

「……だそうだが。風見、確かだな?」

 

 茶番とわかりながらもつい降谷は改めて腹心に問う。当然、風見の答えは変わらない。

 

「確かです。確認されますか?」

「いや、結構。では彼女は連行、証拠品はすべて押収だ」

「待って、何で……っ何したのよ、全部、全部ちゃんと消したわ‼」

「消した、ね……自供とも取れるな。詳しい話は本庁で伺いましょう」

「いやよ、何で私が……っ!」

「待て、娘を放しなさい!」

 

 両腕を捜査員におさえられても暴れ喚く娘に、同じくおさえられても降谷に手を伸ばす父。まったく往生際の悪い、とため息をついた降谷は、改めて警察手帳を示した。

 

「改めて自己紹介しましょう、警察庁警備部警備企画課課長補佐の降谷と申します。警察関係者連続殺人事件の指揮を執っており、ここにいるのは私の部下である()()()捜査官です」

 

 公安の、と強調された言葉に、藤藁氏の顔色が変わる。警察とつながりのある人間ならよく理解しているだろう、公安警察のやり方など。

 証拠となるデータが消去されることなど織り込み済みだ。いくらデータの完全消去が不可能とはいえ、そう簡単に復旧できない方法を取ってくることもわかっていた。

 だから降谷は先手を打った。公安らしく、表に出る警察には絶対にできない方法で。

 

『本当に逮捕できるんですか』

 

 そう正面から降谷に問うたのは、すでに警察手帳を手放した彼女だった。

 

『私は証拠のデータを復旧させて報告しました。だけど犯人は捕まらなかった』

 

 かつて警視庁サイバーセキュリティ対策本部にて有能さを発揮していた彼女は、八年前の高校生連続窃盗事件の際に押収された携帯電話を調べ、確たる証拠を示した。しかし犯人は捕まらず、上申するも圧力を掛けられ、結局は警察を辞するしかない状況に追い込まれた。

 苦い顔で当時の記憶を振り返った彼女は、続ける。

 

『あの程度の腕しかない相手に、外的要因のせいでも負けたとされるのは屈辱でした。思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうです』

 

 真剣に苛立っている様子の彼女に、降谷は苦笑して口を開く。

 今は腕を買われてIT関連の企業に勤め、セキュリティソフトの開発に携わっているという彼女。腕は確か、対象の実力と手癖も理解しており、元警察ならば公安のやり方も多少は理解しているはず。

 まさに、この事件の解決のためにうってつけの人材だった。

 

『貴方には、我々の協力者になっていただきたい』

 

 ぜひ過去の雪辱を晴らしてほしいという降谷の言葉に彼女は大きく頷き、すでに今、結果を出していた。

 おそらく今は、公安が用意した端末の前で勝利の笑みを浮かべていることだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 公安お得意の違法作業だが、これもスムーズな犯人確保のため。降谷の笑みからすべてを理解した藤藁氏は、怒りに顔を赤くして全身を震わせる。

 

「証拠の偽造など……! 私が誰かわかっているのか‼」

「ああそうそう、江藤は口を割りましたよ。もちろん病院の爆破も阻止しました」

 

 もはや藤藁氏の言葉など聞くつもりもない降谷は、さっさと用件を済まそうと続けざまに言葉を投げる。

 

「貴方は昔からカリスマ性があり、他者を都合良く動かすのがお得意だったとか? いえ、指示せずとも貴方のために動いてくれる人間をつくるのが得意、のほうが正しいでしょうか。まさかそれでテロリストに成り果てたご学友まで操り、支援するふりをしながら自分のために殺人を犯させるとは。たいした求心力ですよ、何故それを正しく使ってくださらなかったのか。呆れてものも言えません」

 

 しかも、実の娘に同じ遊びを覚えさせて。

 放せ、と長い黒髪を振り乱して暴れる娘は、これまで警察を翻弄してきた犯罪者とは到底思えないほどの醜さだった。

 

「資産家親子殺人事件を境に言うことを聞かなくなってしまった江藤に、とうとう業を煮やしましたか。狩りもできない猟犬を手元に置いてもリスクにしかならない。少々お遊びがすぎたご息女の後始末を押しつけて処分する算段だったのでしょう。江藤には何て説明したんです? 警察官に恨みをもつ人間の復讐に手を貸した心優しい娘の危機を救って欲しいとでも? 江藤もよく信じたものですが……すでに正常な判断力を失っていたのかもしれませんね」

 

 そうやって藤藁親子は逃げ切るはずだった。

 もし嗅ぎ回る者が現れたとしても、権力で握りつぶすだけだった。

 確かに事件を担当したのが降谷たちでなければ、警察の人間がここに立つことはなかったかもしれない。口元を歪めた降谷は、娘の連行を指示する。

 

「放せって言ってんでしょ! 私は、」

「まったく喧しい……どれだけ騒いでも柊木さんは来ないぞ」

「、は⁉」

 

 端末の電源を落とし、押収の準備を進める風見がため息交じりに続けた。

 

「貴方に興味はないらしい」

 

 かっと青白い顔に赤みがさす。振り乱した髪の間から見える目は血走っており、噛みしめた奥歯から歯ぎしりが聞こえそうだ。

 その顔を見ても呆れを隠さない風見は、連れて行けとただ一言。

 引きずられるように連れていかれる娘の姿に、咲貴、と藤藁氏がまた身を乗り出す。それを制すように降谷は片手をあげた。

 

「とりあえず連行するのはご息女だけです。貴方の連行はまた後日──ですが、公務執行妨害でご同行していただくことも可能です」

 

 このまま警察の邪魔をして親子ともども警察に向かうか。

 数日のうちに改めて尋ねてくる警察の指示に従うか。

 どちらでもお好きなほうをと平気な顔で宣った降谷はああ、とわずかに頭を傾ける。いま思いだしたと言わんばかりの表情で、降谷はひとつ手を打った。

 

「もちろん、親しくされている警察上層の方々にご連絡頂いても結構ですよ。応えてくれるかはわかりませんが」

 

 警視庁の監察官室が誇る、自称「綺麗好きなだけ」の問題児が降谷に託したのは、あまりにも多くの不正の証拠。藤藁氏と交友のある、今回の件で口を出してくる可能性のある人間たちが過去に犯した罪の数々だった。

 

『いやだってほら、またいつ異動になるかわかんないし』

『俺が監察官のうちに使えなくても、大河内さんに渡せばいいと思ったし』

『情報が一番の武器で盾だろ? 日頃からちゃんと備えておかないと』

『仕事熱心な俺が何故そんな目で見られなければならないのか。遺憾の意』

 

 何が遺憾の意だ普通に引くぞと降谷ですらも思ったが、この柊木の「仕事熱心」のおかげですでに主だった連中に脅しという名の交渉は済んでいる。

 藤藁氏の企業に天下りしていた警察OB陣も、テロリストとの繋がりを匂わせれば次々と辞表を書き始めた。もはや藤藁氏に後ろ盾といえるものはない。

 このあと江藤の証言を正式にとり、証拠を固めた上で藤藁氏の手に手錠をかける。

 数日の猶予があろうと、これから彼は二十四時間体制で完全に監視される。誰に助けを求めようと、どこに金を動かそうと、たとえ最愛の娘を捨てて海外へ逃げようとしても絶対に逃がさない。藤藁氏が今まで重ねてきた罪、彼の周囲や部下を含め、すべての真実を白日のもとにさらし、罪を償わせる。

 

「さて、どうされますか?」

 

 藤藁咲貴が玄関を出た。段ボールに入れられた押収品が次々と運び出される。彼の決断を待つ時間は少ない。

 両脇を捜査官におさえられた藤藁氏は、蒼白になって膝をつく。それを無言の返事と受け取った降谷は、俯いてしまった後頭部に向けて口を開いた。

 

「――あまり、日本警察を舐めないことだ」

 

 ではまた後日、と降谷はその隣を通り過ぎた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。