桜の矜持   作:ふみどり

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 犯人を無事確保したからといって、それで事件が終わるわけではない。

 特に今回の一連の事件は、当初の捜査からは予想だにできなかった広がりを見せた。真相を聞いた誰もが頭を抱え、江藤の過去のテロ事件の洗い直しや藤藁氏の身辺調査、その娘の過去の罪状、癒着していた警察(みうち)の洗い出し──追加捜査に駆り出された。

 もはや警察関係者連続殺人事件捜査本部の人員だけでは手に負えなくなった捜査は細分化され、降谷の管理下では藤藁咲貴の余罪の追及と裏取りが行われている。

 その要といえる被疑者の取調べを担当している萩原は、凝り固まった肩を回しながら会議室へと足を踏み入れた。

 

「お疲れーって何、美味そうなもん食ってんじゃん」

「おう、萩原か。差し入れあるぞ」

「お前も食えよ、そっちにある」

 

 捜査資料を広げながらサンドイッチをかじっていた伊達と松田が軽く答えた。

 松田が示した机には大きなトレイに軽食と菓子が盛られ、こりゃ助かると萩原も焼き菓子をひとつ摘まんだ。頭を使ったあとは糖分が恋しい。

 

「あー、脳に染みる。差し入れってこれ、誰から?」

「匿名希望だとよ。サンドイッチは風見さん、菓子の類いは諸伏がもってきた」

「それ匿名の意味ある?」

「大っぴらに言うと面倒になることもあるんだよ」

 

 そう言ってはい、と萩原に珈琲を差し出したのは諸伏だった。ありがとヒロくん、と萩原は紙コップを受け取り、ちらりとスイーツの箱を一瞥して口を開く。

 

「ところでヒロくん」

「何?」

「このスイーツ、いま大人気のかわい~感じのお店のだよね? いつも店内は女の子でいっぱい、野郎ひとりじゃ近づくのもきつい感じの」

 

 え、と伊達と松田が動きを止める。

 いつもにこやかな諸伏の笑みがさらに濃くなったように見えた。怒らせると怖い男代表は、ゆるく首を傾けて言う。

 

「万が一卒倒してもすぐ回収できるように、ちゃんと店の外で待機してたよ」

「諸伏お前なぁ……まあ今回ばかりは柊木(あいつ)が悪いな」

「意外とお前えげつないよな。ナイス」

「あっはっは、本人的には絶対殴られた方がマシだったろうね!」

 

 オレたちを煽るだけ煽って不眠不休で走らせたからにはこれくらいしてくれるよね、と諸伏に笑顔で詰め寄られれば、さすがの暴君も逃げることはできなかったらしい。半泣きで頑張ってたよと少しも悪びれない諸伏もまた、口にクッキーを放り込む。

 刑事たちにとっては慣れ親しんだポアロのサンドイッチはもちろん、柊木が震えながら買い込んできたスイーツたちも、華やかなパティスリーに入る勇気がない強面たちには好評のようだった。大きなトレイが、順調に中身を減らしていく。

 腹が満ちれば余裕も生まれるというもので、ずっと緊迫していた会議室には珍しく和やかな空気が流れていた。刑事だけでなく常に硬い顔をしていた公安の捜査官も、降谷がいない今は多少気が抜けて見えた。風見も会議室の端で柊木が買ってきたチョコレート菓子を味わっている。

 

「ようやくまともに寝る時間がとれたな」

「まったく、こんな例外だらけの捜査は初めてだよ」

「まあそれで成果が出てんだ、文句は言えん」

「降谷警視か。柊木監察官といい、最近の若い偉いのはぶっ飛んでるなぁ」

 

 そこかしこから聞こえてくる声に、「ぶっ飛んでる」悪友をもつ彼らは肩をすくめて笑うしかない。交わされる雑談の中心は、やはり降谷と柊木だった。

 

「しかし柊木監察官は処分とか大丈夫なのかね。犯人煽ったろ」

「ここまできたら帳消しだろう。上としてもわざわざ公にして『見事事件解決!』のニュースに水を差したくはないだろうさ」

「そこまで読んでたんならたいした食わせ者だな、柊木監察官も。しかしあのふたり、妙に仲が悪そうだったが何か因縁でもあるのかね」

 

 お前ら知ってるか、と同期だと知られている刑事の三人に視線が集まる。数秒目を見合わせた彼らは、まあいいかと口を開いた。

 

「因縁というか、実は降谷警視も同期でして」

 

 頭を掻きながらさらりと言った伊達に、え、と会議室の全員が硬直する。

 だから、と何でもないように松田が言葉を重ねた。

 

「伊達が班長で、俺、萩原、柊木、降谷、あとそこでこっそり逃げようとしてる諸伏、全員同期で同班。同じ釜の飯食った仲」

「ちなみにうちの代の首席は降谷で次席が柊木、三席が班長でーす。すごいっしょ」

 

 集まる視線から逃れようと背を向けた諸伏の腕を掴む萩原に、逃げ損ねてハハハと困った笑みで頬を掻く諸伏。

 すでに知っていた風見と相良だけがそっと目をそらす。会議室に数秒の沈黙が流れたあと、爆発したような叫びが立て続けに響いた。

 

「……いやどーなってんだお前らの班‼」

「こんなに担当教官に同情したくなる班があってたまるか‼」

「どう見ても班編成ミスってんだろ何考えてんだ‼」

 

 いや自分たちに言われても、と四人は内心で声をそろえたが、少なくとも上位三人が同班な時点でおかしいので何も言い返せなかった。偏りまくりの班編成、確かにと言うほかない。

 笑うしかない様子の伊達が、まあまあと適当にいなしながら言葉を続ける。

 

「あれで降谷と柊木も仲良いんですよ。今でもよくみんなで酒を飲みますし」

「あんなに火花散らしといてか?」

「まあ良く言えばライバルというか」

 

 悪く言えばサンドバックというか、と内心で付け加えた松田の隣で、わたわたと逃げようとする諸伏を萩原が皆の前に引きずり出す。

 

「も~何逃げようとしてんのヒロくん、照れることないでしょ~?」

「いやぁ……ほら、オレは今回、皆と違って目立った功績もないし?」

 

 そう適当なことを言って逃げようとする諸伏に、オイオイと松田の右腕が伸びる。諸伏の首に腕をまわした松田は、愉快そうににやりと笑った。

 

「なぁに言ってんだヒロの旦那ァ、公安の中でただひとり、お前だけが病院の警備にまわされた理由。気づいてないとでも思ってたのか?」

 

 きっちり()()、してたんだろ?

 松田の言葉に諸伏は眉尻を下げ、伊達と萩原はにっかりと笑い、少し離れた場所で風見がふっと笑う。病院の中庭で諸伏とセッションしていた特技・ハーモニカの刑事がどういうことですか、と続きを促した。

 つまりだ、と松田はサングラスを少し下げて諸伏の眼をまっすぐに見る。

 

「どこぞの『うたのおにいさん』は江藤が連行された()()()中庭に現れ、そいつが持っていたギターケースはギターを出したあとも形が崩れていなかった。()()()()()が入ってなきゃ、そうはならねえ」

 

 念には念を入れる指揮官サマのご命令だったんだろ、とピストルの形を作った松田の左手が諸伏に向けられる。

 

「やーっぱそういうことだったんだ? 伊達は知ってたの?」

「まあ、もし想定外のことが起きたら()()()()()とは言われてたな」

 

 伊達の言葉で意味を理解した刑事たちの視線が諸伏に注がれる。注目されることに慣れていない根っからの公安捜査官は、居心地悪そうに視線を泳がせるしかない。

 江藤に中庭の様子を見せる例の場面について、厚いガラスで阻まれているとは言え民間人の前にテロリストを連れて行くからには相応の警戒が必要と判断した柊木は、特命係にくわえ、腕に覚えのある伊達を追加で配備。さらに遠方からの支援として、諸伏を向かいの屋上に伏せさせていた。

 今回は出番がなかったみたいだけどな、と松田の手がバン、と天井を向いた。

 

「わざわざ特殊部隊を呼ばなくてもお前ひとりで事足りるってアイツの判断だろ? いまだにそっちの専門からスカウト来てるって話だもんな、ひろみつおにーさんよォ?」

 

 物騒な「うたのおにいさん」がいたもんだ、と喉の奥で笑う松田に、諸伏はもう参ったとばかりに苦笑した。

 

「……あのくらいの距離なら外さない自信はあるからね」

 

 穏やかな声色に似合わない強気な言葉に、おおっとどよめきが起こる。諸伏の腕を知る公安の捜査官たちは密かに自慢気な顔をしていた。

 

「……となるとマジでどうなってんだこいつらの班は?」

「どう見ても問題児しかいねえぞ。しかも無駄に優秀なせいで逆に厄介な」

「そういや美和ちゃんが、伊達たちの代のせいで自分たちの代の警校の指導が急に厳しくなったってボヤいてたような……」

「つまりこいつらのせいか? そりゃまあ間違っても平和じゃねえだろうが」

「気の毒に……先輩にこいつらがいたせいで」

「ああ、担当教官も後輩たちも気の毒になぁ……」

 

 ひそひそ声ながら丸聞こえの会話に、松田は顔全部で遺憾の意を表明し、萩原は面白そうに珈琲の紙コップを傾け、諸伏は困ったようにアハハと笑う。

 ただひとり伊達だけが、堂々と腕を組んで言い放つ。心の奥底からそう信じて疑わないという様子で、楽しそうに。

 

「俺が言うのもなんですがね、自慢の班なんですよ。昔も、今も」

 

 いいでしょう、と続けた元班長の言葉に、元班員たちは少し照れた顔で目をそらす。誰の口からも、否定の言葉は出てこなかった。

 

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