桜の矜持   作:ふみどり

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書籍書き下ろしの閑話。萩原さんのはなし。


閑話 取り調べ

「んで、ちっとは気ィ抜けたんかよ」

「……あーバレバレ?」

 

 そりゃあな、一通り騒ぎ終えた会議室の隅で、松田の小さなつぶやきが落ちる。

 いま降谷の管理下にある捜査官のなかでももっとも取り調べが得手だと目された萩原は、ほぼ単身で「黒幕」と向き合っていた。

 狭い密室の中で行われる取り調べだが、それは当然ただの「会話」とは違う。被疑者にとってみればささいな一言によってその後の人生が左右される重要な場であり、調べ官にとってもその「ささいな一言」を引き出すために全身全霊を挑む勝負の場だ。

 いくら洞察力・コミュニケーション能力に長けた萩原とは言え、気軽に椅子に座れるわけではない。今回のように吐かせる事項が多い場合はなおさらだ。

 

「……いや、聞かなきゃならないことがたくさんあるのはいーんだよ。けどねえ……」

「なんだよ」

「しょーじき、胸糞悪くてしんどい」

 

 ぶはっと松田が顔を背けて噴き出した。そのまま肩を揺らす幼馴染に、あのねえと萩原はさすがに眉間にしわを寄せて苦い声で続けた。

 

「俺だって人間なわけよ陣平ちゃん。この期に及んで自分は悲劇のヒロイン、悪いのはぜーんぶ父親で周囲の人間でこの社会、果ては柊木が煽ったせいだなんて主張するガキの言葉を聞き続けてんだから、苛つくくらいは許されてもいいっしょ」

 

 取り調べで開口一番「柊木旭を出して」と言い放った藤藁咲貴は、罪を犯したという自覚や悔恨とはほど遠い態度で萩原を睨みつけていた。これまで柊木に絡む多くの女性を穏便に追い払ってきた萩原も、彼女の強烈さにはさすがに遠い目をせざるを得ない。

 当然ながら柊木を連れてくる気など欠片もない萩原は、柊木相手でなければ何も話さないと訴える彼女にあれこれと話しかけては真実の欠片を吐き出させていた。

 

「一応ね、情状酌量とは言えないまでも彼女には彼女の事情があったみたい」

 

 自分の娘ならば「特別」で当然、と幼い頃からその耳元で唱え続けた父親。世界のすべては自分たちのためにあり、周囲の人間は自分たちの思うように動いて当然。

 成績やスポーツで成果を求められるほうがまだマシというものだろう、藤藁一彦は娘に自分と同じ他者を操る力を娘に求めた。

 

「けど、結局凡人だったお嬢ちゃんには父親ほど上手くはできなかった」

 

 学校の成績やこそそれなりに良く、気まぐれに手を出したIT関係のスキルもいつのまにかそれなりに身についていたが、他は平凡の域を出ず。近くにいたクラスメイトを操ってみせるどころか、そもそも他者を対等な存在として見ることができない彼女は通常の人間関係を上手く築くことも難しかった。

 できるはず、何故できない、いやできるはずだ、父の娘である自分なら。

 

「で、自意識をこじらせた結果が最初の高校生連続窃盗事件。自分を仲間に入れなかったクラスメイト――いわゆるスクールカーストのトップ集団? そいつらを父親から教わったテクニックで動かして盗み成功させて、自分の言うことを聞く存在に仕立て上げたってワケ」

 

 わざわざ話しかけてやった自分を無碍にしたやつらに、自分の言葉なしでは動けないように植え付ける――すなわち「格下」に落とし込む。たとえ捕まったとしても自分の痕跡は消しているし、ミスがあったとしても父がいる限り自分が捕まることはない。

 その「成功」に味をしめてしまった彼女は、気まぐれに獲物を見つけては唆し、犯罪に走らせるようになった。盤上の駒を動かすように、人生ゲームのルーレットを回すように気軽に、浅はかに。父がそれを褒めてしまったのも大きかったのかもしれない。

 

「……で、お前それに同情してんの?」

「するわけないでしょ馬鹿じゃん?」

 

 ばっさりと切り捨てた萩原に、もう一度松田は大きく噴き出す。

 この幼馴染み、基本的に人間好きで誰に対しても好意的に接するが、ある一定のラインを越えた人間に対しては容赦がないことを松田はよく知っていた。

 

「まー研二くんもお仕事ですから? 最後まで頑張って聞き出しますけどねっと」

 

 ひとしきり吐き出してすっきりしたらしい萩原は、ハムサンドの最後のひとつをかすめ取り、口に放り込む。おー降谷ちゃんの味だ、と最後の一口まで一気に食べ尽くし、会議室の壁に背を預ける幼馴染みに片手を上げた。

 

「んじゃ俺もう一仕事してくるわ。話聞いてくれてあんがとね、陣平ちゃん」

「おー。萩原(ハギ)

「ん?」

 

 俺はお前の仕事に口を出す気はねえが、と前置きした松田は壁から背を離し、萩原の肩を軽く叩いた。

 

「あの柊木()()()ですら今回は相当やらかしたのに全部結果で黙らせた。つまり今回に限っては、結果さえ出せばその過程にごちゃごちゃ言うやつはいねえわけだ」

 

 たぶん降谷(ゼロ)だって今回は何も言えねえだろ、と面白そうに言った問題児(まつだ)はサングラスを外す。その奥の大きな黒の瞳は、妙に悪戯っぽく煌めいていた。

 

「たまには好きにやれよ、萩原(ハギ)。かましてこい」

 

 その言葉を咀嚼し、飲み込んだ萩原はどこか困ったように頬を綻ばせる。

 

「……被疑者の人権がどうとかで取り調べにもめちゃくちゃ気をつかわなきゃいけない時代に、そういうこと言って煽んの良くないよ陣平ちゃ~ん。ちゃんとカメラもまわってんだからさ」

「俺は泣かせろとも手を上げろとも言ってねえよ。好きにやれっつっただけだ」

 

 おらとっとと行ってこい、と背中を押され、おっと、と萩原は足を踏み出した。とっさに出た右足に、左足が並ぶ。その一瞬の間に、何かがふっきれたような気がした。

 ひとつ息を吐き、顔を上げる。前を向いたまま、背後の幼馴染みに声を飛ばした。

 

「……そっか~いま俺を怒れちゃうひと、いないんだ?」

「いねえよ。何か言われたら我が身振り返ってから言えって言ってやれ」

「そりゃそうだ。……そっか~」

 

 じゃあ研二くん、かましちゃおっかな。

 いつもより低い声でそう呟いた問題児(はぎわら)は、振り向くことなく会議室を後にした。

 そのあとの萩原の取り調べは、まるで別人のようだったと記録を担当していた刑事は言う。それまでの柔らかな人当たりは消え去り、凪いでいながらも冷たく硬質な雰囲気を纏った萩原は、わずかな隙も見逃すことなく的確に彼女を追い詰めていく。

 吐かせられるだけの余罪を吐かせ切った萩原は、蒼白の彼女を前に言い放った。

 

『うんうん、こんなことになって可哀想にね』

『井の中の蛙どころか、水槽の中のおたまじゃくしみたいだ』

『水槽の外には広い世界があることも、自分には手足が生えていることもわかっていたのに、尻尾を失う勇気をもてなかった可哀想なおたまじゃくし』

『エアポンプの酸素しか知らないのに、外界で自由に呼吸する生き物を見下してさ』

『――()()()()()()()()

 

 そしてその後には「こういう取り調べも効果あんのね、初めて試したけど勉強になったわ。いやいや研二くんもまだまだ成長の余地あるね~」と笑顔で宣った、この男。

 後学のためにとこの取り調べを隣で見学していた相良はドン引きして彼の幼馴染みに顔を向ける。萩原をけしかけた当の本人は、平気な顔でしれっと言い放った。

 

「あいつ無自覚でブチ切れるからマジで面倒だよな。普通にキレろよ」

 

 いやそういう問題じゃない、と相良は心の中で盛大に叫んだ。




個人的な解釈のうえでの見解なんですけど、六花のうちで怒ったら一番こわいのは諸伏さんで、一番面倒なのは萩原さんだと思って書いています。
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