桜の矜持   作:ふみどり

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書籍書き下ろしの閑話です。諸伏さんと幸人のはなし。


書き下ろし 桜の矜持

「オレのこと、わかる?」

 

 そうにっこりと微笑みかけられ、相良は慌てて口の中のものを飲み込んだ。

 萩原の取り調べを見学し、ドン引きながらも何か自分に取り入れられる部分はないかと、反芻しながら差し入れのカップケーキにかじりついていたとき。気楽な様子で相良に近づいてきたのは、ネイビーのスーツを纏ったあごひげの男。

 すぐに姿勢を正した相良を、諸伏は気にしないでと軽く制した。

 

「休憩中にごめんね。個人的に話してみたかっただけだから気をつかわないで」

 

 そう人好きのする笑みを浮かべて諸伏は言うが、その言葉を鵜呑みにしてはいけないと相良のなかの何かが警鐘を鳴らす。

 それは諸伏という個人に対して思うところがあるという意味ではない。むしろその点については疑う余地はなかった。諸伏が誰の友人なのかはすでに知っている。

 ただ、相良は理解している。目の前の柔らかな表情の捜査官の、本来は知らなくていい一面を自分が知ってしまっているということを。

 かつて街角で諸伏を見かけたときにはわからなかったことも、今の相良にならばわかる。柊木がそれを「忘れろ」と言った意味も。

 自分のことを覚えているかと尋ねた諸伏に、相良は目をそらさずに口を開いた。

 

「――本案件で柊木監察官の護衛を務めておられた諸伏捜査官と記憶しております。また、自分の上司と同期の間柄であると」

 

 慌てず、力まず、言いよどむことも早口で飛び込むこともなく。

 相良が諸伏を知ったのは、この事件が初めてでなければならない。平然とそれを態度で示した若き刑事に、諸伏の笑みが一層濃くなる。

 

「そうそう、松田たちの同期の諸伏って言います。きみの噂は聞いてたよ、許斐葉太の取り調べはお手柄だったね」

 

 いえそんな、と恐縮した顔を見せる許斐に、諸伏は内心で合格、と呟いた。

 諸伏が相良こそ自分の命の恩人だと知ったのは、この捜査のさなかで何気なく柊木の前で相良の取り調べのことを話題にしたときだ。

 

『言ってなかったっけ? あいつだよ、組織から逃げるお前を見つけたの』

 

 いや初耳、と目を丸くする諸伏に、柊木はそうだっけと軽い調子で話し出した。

 元「不良少年ネットワーク」の一員であること、学生時代に冤罪で逮捕されそうになった経験があること、それがきっかけで警察官を志したらしいということ。

 

『例の件でCIA見張るのにSNSの運用を提案してくれたのもそう。覚えてるだろ? スパイ映画参考に上手く報告あげてくれた、あの筆頭が幸人だよ』

 

 もちろん、諸伏もよく覚えている。彼らは街に溶け込む自分たちの姿をよくよく把握し、最後まで諜報のプロにバレることなく監視を続けてくれた。

 それを発案したのが相良だというなら、つまり彼は諸伏だけではない、柊木や降谷の命の恩人とも言える。そりゃ優秀なわけだと感心して言う諸伏に、からからと柊木は素の顔で笑った。

 

『まあ新米には変わりないけどな。松田には毎日のように怒鳴られてるって言うし』

『それは松田だからじゃなくて?』

『いや松田がパワハラしてるんなら俺の出番なんだけど、……何というか』

 

 幸人は、と続けた柊木の言葉が諸伏の脳裏に蘇る。

 当たり障りのない会話を続けながらも、相良は表面上の平静を保ち続けた。おそらくは内心では盛大に慌てているだろうに、それをおくびにも出さず丁寧に言葉を返してくる。これだけ上手く振る舞えるのにまだまだ「新米」とはあいつらも手厳しい、そう思うと同時に、なるほどと諸伏は納得する。

 相良幸人が「まだまだだ」と強調されるのは、「将来有望」の裏返しだ。

 

『幸人は、――俺よりずっと警察(ここ)に向いてると思うから』

 

 まがったことが嫌いなくせに、まがらざるを得なかった相手を思いやれる思慮深さがある。正しいだけでは守れないものがあると知りながら、自分の「正しい」を諦めることはしない。その誠実さが相良の言動や雰囲気にはにじみ出ている。

 そのうえで、今回はそんな自分の性質を武器とする冷徹さまで発揮してみせた。

 

『自分の武器を上手く使えとは言ったけど、本当にそのまま使ったんだな、あいつ』

 

 相良の取り調べの詳細を聞き、柊木は面白そうにそう評した。

 ひとりの人間として相手の苦しみを理解、共感して言葉を吐き出させながらも、ここぞというタイミングでは「刑事」の思考に切り替え被疑者を追い詰める。

 言葉で言うのは簡単だが、まさに言うは易く行うは難し。失敗のできない土壇場で、それをやってのける人間がどれだけいることか。

 いまも硬い顔で諸伏の言葉に受け答えする相良は、とてもそんな器用な性質には見えない。そういう印象を与えることも彼の武器なのだろうと諸伏は眦を下げる。

 生まれもった性質と、これまで培ってきたもの。

 自分に足りないものを見つめる謙虚さと、あるものを最大限に活用する強かさ。

 何より、警察官として「かくありたい」と前を向く理想と誇り。

 これは見込まれるわけだ、とまだどこか幼さの残る顔を見つめる。

 

「……相良くん、」

 

 そして幸運で不運な彼に諸伏はにこりと微笑みかけ、心からの言葉を口にした。

 

「公安に興味ない? 向いてると思うんだよなぁ」

「……エッ」

「オイコラ諸伏ィ、何うちのひよっこナンパしてんだ!」

「あっ見つかっちゃった」

 

 良かったら考えてみてねと相良の肩を叩き、さらに一言耳打ちして諸伏は逃走を図る。

背後で相良が松田に揺さぶられている気配を感じながら、どこか軽い足取りで賑やかな会議室を後にし、公安のデスクへと足を向ける。

 静かな廊下を歩く道すがら、諸伏は思う。

将来有望な捜査官をスカウトできなかったのは残念だが、それでも話ができて良かった、と。あれだけの資質があるうえに、柊木に見張られ、松田に背を蹴られ、伊達や萩原まで近くで手本を示してくれているとなれば、きっと彼はより優秀な警察官に育ってくれるだろう――ではなく。()()()()()()()()()()()()()()

 ふふ、と諸伏の口から無意識に笑みがこぼれる。何がこんなにも嬉しいのか、諸伏自身でも上手く言葉にできなかった。

 ただ、少しくすぐったい温かな納得感だけが胸に満ちていた。自慢の友人たちの背を見て走る、まだまだ柔く青い、芽吹いたばかりの若葉のような彼に、思う。

 こうして桜の矜持は育ち、引き継がれていくのだと。

 




おまけ扱いで本編タイトルってどうなんって私も思ってますツッコまないで。
ちなみに最後の耳打ちの内容は以下の通り。

「オレの質問に答えてくれたときのきみ、柊木にそっくりだったよ」
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