最も早く頭角を現すも、クラシック戦線では苦汁をなめ、シニア級でついに本格化を果たす、「流星の貴公子」、テンポイント。
そして遅れてきた第三の主人公、彼女たち二人の前に立ちはだかる、「緑の刺客」、グリーングラス。
彼女たちが最後に対戦した「伝説の有馬記念」から、物語は始まる。
序章 有馬記念
パーーーンパパパーーーンパパパーーーーン…
決戦の刻限を告げるファンファーレが、師走の
手拍子が辺りの空気を揺さぶり、スタンドには大歓声がこだまする。
ゆうに十万人を超えるファンが、暮れの中山に集まった。
トゥインクルシリーズの一年を締めくくる、グランプリレース・有馬記念。
ファン投票によって選出された、出走ウマ娘全8人が今、続々とゲートに入っていく。
すでにゲート入りを済ませ、最内枠で開扉を待つのは、絹のような光沢を持つ、美しい鹿毛のウマ娘。
名を、トウショウボーイという。
昨年のクラシック戦線を駆け抜け、皐月賞を戴冠し、年末には有馬記念でシニア級のウマ娘を粉砕。今年の春のグランプリ、宝塚記念も制し、グランプリの連覇を果たす。
これまでG1級競争を3勝。「天馬」と称される、昨年の年度代表ウマ娘。
晴れ渡る空とは裏腹に、彼女の表情は、どこか冴えない。前走、天皇賞での大敗が影を落としているのか、あるいは。
最後に、4番枠のシンストームが枠入りをしようとする。すでのその隣、3番枠には、美しい金色の長髪を風になびかせ、貴人の風格を全身にまとうウマ娘が収まっていた。
名を、テンポイントという。
ジュニア級チャンピオンとしてクラシック戦線での活躍を期待されたが、アクシデントや不運が重なり、クラシック級時代は、無冠に終わる。
しかし今年に入り、シニア級となってからは、出走レースすべてで連帯するという充実ぶり。
連帯とは、1着か2着に入選することである。つまり、大敗したことがない。
有馬記念を勝つことができれば、その余勢をかって、来年は海外のレースに挑戦したい。レース前の会見で、そう発表があったのは、つい先日のことだ。
彼女の表情は、トウショウボーイとは対照的だった。
勝つのは私だ、と言わんばかりの、実に不敵な笑みを浮かべている。
好調がそうさせる、余裕の表情か、あるいは。
シンストームが枠入りを終えた。
ゲートが開く。
8人のウマ娘たちが一斉に、力強く、第一歩を踏み出す。
中でも、抜群の好スタートを切ったのは、トウショウボーイだった。
そのままするするっ、と前に出ていく。
彼女は先団でレースをつくるタイプだが、決して逃げ一辺倒ではなかった。
前に行くウマ娘がいれば譲り、自分はその後ろでじっくり足をため、最終直線で抜け出す。そんな王道のレース運びができる、とても賢いウマ娘だった。
このレースには、典型的な逃げウマ娘が出走していた。
スピリットスワプス。アメリカ生まれの留学生であり、快速を誇るウマ娘。
当時のURA規定で、外国からの留学生には、クラシック競争の出走権がなかった。能力は折り紙付きだった彼女としては、この旧態依然とした決まりに、一言物申してやりたかったことだろう。
そのうっ憤を晴らすかのように、彼女はジュニア級時代から積極的にレースに参加し、数々の勝利を手にしていた。
クラシック級時代の有馬記念にも出走し、会見で堂々の逃げ宣言。しかし距離の壁というものが目の前に立ちはだかり、勝利したトウショウボーイから3秒も遅れてのブービーに終わった。
その後、調子を落とし、見どころのないレースが続いてしまう。忸怩たる思いもあっただろうが、今年の有馬記念の会見でも、参加者をあっと驚かす逃げ宣言をしてのけた。
そういう経緯から、他の出走ウマ娘も、レース関係者も、ファンも、誰もがスピリットスワプスの単騎逃げを予想していた。
しかし、ハナを奪ったのはトウショウボーイだった。
ただスタートがよかったから、ではなさそうだ。彼女は昨年の有馬記念でも、同様に好スタートを決めたが、初めて対戦するシニア級のウマ娘たちを警戒し、逃げるスピリットスワプスに無理に競りかけず、中団から様子をうかがいながらレースを進めた。
先ほども触れたが、このトウショウボーイというウマ娘は、非常に賢い。
無理に先頭に立てば、いい目標にされてしまう。少人数のレースとは言え、出走しているウマ娘たちは、その一人一人が輝かしい実績を携えた一流だ。ポール・トゥ・ウィンなど許してくれるはずがない。
しかし、トウショウボーイの表情には、どうしても先頭でレースを進めたいという、決意の表れが見て取れた。
そして、そんな彼女に果敢にも競り合いを挑もうとするウマ娘が一人、後方に迫っていた。
スピリットスワプス、ではない。
テンポイントだった。
「テ、テンポイント?」
「どうした? 気合入りすぎじゃないか?」
スタンドに、大きなどよめきがおこった。
無理もない。
彼女は本来、中団でレース運びをするウマ娘だ。レース展開上、早くから先団にとりつくことはあっても、逃げ馬を積極的に追うテンポイント、という光景は、彼らの記憶の中にない。
それは他の出走ウマ娘にとっても同じだった。逃げ宣言をしていたスピリットスワプスは、特に混乱していた。二人の意図をつかみかね、逡巡し、結局、無難に三番手に控える。
今年の菊花賞を制したプレストウコウも、様子見の四番手。その横に昨年の菊花賞ウマ娘、グリーングラスが控えていた。
(テンちゃん、かかってるー? うーん、彼女に限ってー、そんなことないと思うけどー…)
ここは無理に追わず、二人をよく観察する必要がある、と彼女は判断した。
外目から、ひたひたと前に進む。
虎視眈々。
その視線は、獲物をとらえる狩人の眼差しを思わせた。彼女が「緑の刺客」と呼ばれる
スタートから100メートルほどで、早くもトウショウボーイに並びかけるテンポイント。
両者の鼻先がほぼ一線になる。
そのとき、テンポイントがトウショウボーイのほうを向いて、ささやいた。
「邪魔者はいないね」
薄く笑う。
唇を固く引き結ぶトウショウボーイ。
直後、小さく首を横に振る。雑念を追い払うかのようだ。
それから一度、真っすぐに前を見据えると、意を決したように、テンポイントに笑いかけた。どこか寂しさをにじませながら。
「負けないよ、テンちゃん」
ガッ!
強く踏み込み、推進力を上げるトウショウボーイ。離されまいと追っていくテンポイント。
彼女たちの蹴り上げた芝と土が、後続のウマ娘たちに容赦なく降り注ぐ。スピリットスワプスはちょっと嫌がったが、グリーングラスはものともしない。
ロックオン状態を静かに維持する。
バ群はすでに縦長に広がっていた。ペースも、展開も、そして誰がゴール板の前を先頭で駆け抜けるかも、まったく予想がつかない。
「
後にそう称される、伝説の有馬記念が、こうして始まった。
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