崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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ハリー・ポッターと上古の時代


それは、まったくの偶然だった。

 

英雄として祭り上げられ、ろくに本人の意思も確認されず戦いが終わった後の親しい人を失くした心の傷のケアもままならず闇祓いになり、日刊予言者新聞に追い回され、いい加減心を疲弊させていた頃のことだった。

 

母校を訪れたついでにふらりと禁じられた森に立ち寄ったのが原因だったのだろう。ふらふらしているうちにうっかり崖から落ちてしまい、とっさにクッション呪文を唱え受け身を取って着地した。

 

「……うっかりしてたとはいえ、崖から落ちるなんて。」

 

自分の不注意さに苦笑しながらハリーは魔法で補助しながら崖を登り、これ以上禁じられた森にいたら湖に突っ込んだり不注意を重ねてしまいかねないと思って校舎に戻ることにした。

 

……そう、戻ることにしたはいいのだが。

 

校舎はハリーの知る者よりずっとぴかぴかで、輝いていた。一目で違和感がわかるようなほどに。

 

「あら、お客様ですか? どなたか先生方にご用事でも? 」

 

鈴を転がしたような声が後ろから聞こえ、気配を察知できなかったことに愕然としつつも振り向いたハリーは条件反射で杖を構え、秒速で無言で武装解除呪文を発した。飛んできた光線をあら、と首を傾げつつ余裕のある仕草で避けた少女が敵ではないことを示すように手を上げる。

 

しかしハリーもさすがに警戒心を解くことはできなかった。何せそこにいるのは、ハリーの記憶にあるものより随分と幼くみえるとはいえ、どう考えてもベラトリックス・レストレンジに違いなかったのだから。

 

癖のある黒髪、少し厚めの瞼、それらの特徴はどこからどう見ても最悪の死喰い人ベラトリックス・レストレンジだった。何故ここに、そんなことを思った瞬間微笑んだベラトリックスが目を合わせてきた。開心術をかけられたのに気づいて閉心術で対抗するも、あっさりと破られて記憶を読み取られる。

 

「なるほど、そういうことね。時を超えての来訪者。歓迎しますわね、ハリー・ポッター。わたしはリーベラ・ブラック、ホグワーツの六年生です。気軽にベラとでも呼んでくださいね。ハリーと呼んでも? 」

 

「リーベラ・ブラック……? 」

 

ハリーは目を瞬かせた。リーベラ・ブラック、名乗られた名前は最悪の死喰い人とは違う名前だった。しかしベラトリックスの旧姓はブラックだったはず。混乱するハリーにリーベラと名乗った少女が笑みを深めた。

 

「少し前に星を読みましたの。“未来からの来訪者”が来ると。ちなみに今はホグワーツが創設されて5年目です。不躾に開心術を使ってしまったことは詫びますわ。……では、参りましょうか。先生方もあなたを歓迎するでしょう。着いていらして? 」

 

ウィンクをしてくるりと背を向け、歩き出した少女に慌てて着いていきつつもハリーは思わず声をかけた。

 

「私に背後を取らせるのか? いつ攻撃するとも知れないのに? 」

 

闇祓いとしての口調で話しかけたハリーにリーベラは顔だけ振り返った。

 

「あら、心外ですわ。わたしがあなたごときの攻撃も防げない無能だとでもおっしゃるの? ……どうやら1000年後の魔法界は随分と衰退しているようですわね。あなたの攻撃を防ぐことくらいわたしにはわけないことですの。」

 

口の端を上げたリーベラは確かに、ハリーの電光石火の早業であった武装解除呪文をあっさりと避けていた。そうですね、とリーベラが首を傾げる。

 

「よく見ていてくださいませ。」

 

リーベラが手のひらを上に向けた。杖も介さず言葉も発さず、手のひらから燃え上がった焔はたちまち大きくなった。

 

「これくらいは初歩の初歩ですの。わたしは一年生でこの技術を学びましたわ。理解できまして、ハリー? わたしはあなたぐらいの攻撃を防ぐことなどわけもありませんの。」

 

美しく微笑んだリーベラにハリーは無駄な抵抗を諦めた。千年前の魔法界に来てしまったなど、崖から落ちたくらいでタイムスリップなど本当にありうるのか。

 

「そうそう、あなたの記憶を覗かせていただいた時にわたしにそっくりの女性を見ましたわ。彼女は何者ですの? 」

 

「ベラトリックス・レストレンジという。許されざる呪文を行使していた闇の魔法使いだ。旧姓はブラック。……私があなたに杖を向けた理由を理解いただけたか? 」

 

「あら、そうでしたの。それなら攻撃されても仕方ありませんわね。それにしてもブラック家の出ですか、子孫が迷惑をおかけいたしました。しかも名前はベラトリックス、愛称は同じベラですのね。でしたらハリー、この機会に黒髪に厚い瞼をした魔女ベラといえばベラトリックス・レストレンジではなくリーベラ・ブラックというように認識を変えてみませんこと? 」

 

くすくすと笑うリーベラは本当に楽しそうだ。

 

「そうでしたわ、忘れていました。エクスペクト・パトローナム。サラザール先生、未来の来訪者を連れていきますわ。よろしくお願いいたします。」

 

「……サラザール先生とは、サラザール・スリザリンのことか。」

 

「サラザール先生の名前をご存知ですの? 」

 

「1000年後にも名前が残っている。」

 

ハリーはそれ以上の情報を言うのを控えた。ホグワーツにスリザリンがいるということはグリフィンドールとの決別はまだ起こっていないのだろうし、下手に刺激することでもあるまい。そう思っているとリーベラのリボンの色が目に入った。スリザリンカラーの緑で、髪飾りは銀色を基調としている。

 

と、バシンッと姿現し特有の音が響いた。

 

「サラザール先生! 」

 

ふわりと舞い上がった灰色の髪を軽く手で撫でつけ、透き通った金色の瞳がこちらを向く。絶世の美貌にハリーは息を呑んだ。深緑と銀を基調としたローブを身に纏う彼はリーベラの発言からしてサラザール・スリザリンなのだろう。

 

「ベラ、彼が未来からの来訪者か? 」

 

「はい。1000年後からの来訪者だそうです。名前はハリー・ポッターと言うそうですよ。」

 

「ふむ。……あなたを歓迎しよう、未来からの来訪者。私はサラザール・スリザリンだ。よろしく頼む。スリザリンの寮監で魔法薬学と闇の魔術に対する防衛術の二科目の教鞭をとっている。何かあればいつでも声をかけてくれ。ところでハリーと呼ばせてもらっても? 」

 

「あ、はい……よろしくお願いします。」

 

ハリーは絶世の美貌に浮かべられた柔らかな笑みに思わず見とれた。秘密の部屋の石像とは随分と違っていた。

 

「ベラ、ご苦労だった。あとは私が引き受けよう。」

 

「はい、サラザール先生。何かすることはありますか? 」

 

「そうだな、教員室に寄って未来からの来訪者のことを伝えておいてくれ。」

 

「はい。あ、そうでしたわ。言い忘れていました。わたし、彼に開心術を遣ってしまいましたの。ハリー、あらためて不快な思いをさせてすみません。」

 

軽く頭を下げられたハリーはぎこちなく頷いた。ベラトリックスに瓜二つの容姿でそんなことをされると戸惑いを隠せない。

 

リーベラはそんなハリーの態度に気分を害した様子もなく、口元に笑みを浮かべたまま身を翻して優雅に歩き去っていった。それを見送ったサラザールが雅やかな仕草でハリーに歩み寄り、軽く背に手を添える。

 

「空腹ではないか? 」

 

「え? ああ―――確かに言われてみれば空腹です。」

 

自分より年長、それも教師ということでハリーは咄嗟に背筋を伸ばした。サラザールがそれに苦笑する。

 

「敬語はなくて構わない。自然体で振る舞ってくれ。そもそも私とあなたはそれほど年の差があるわけでもないだろう。」

 

「僕はホグワーツを卒業してまだ二年しか経っていません。」

 

「ホグワーツ卒業は何歳なのだ? 」

 

「18歳です。」

 

「なるほど、それなら私とハリーは二つしか違わぬな。」

 

「……え、若すぎないですか。」

 

思わずハリーはそう言った。妙に落ち着いた雰囲気とどこか浮世離れした絶世の美貌がサラザールを実年齢より年を取っているように思わせていたらしい。とはいえ彼の容姿はどこまでも年齢不詳で、実のところハリーも見た目から年齢を推測できてはいないのだが。

 

「よく言われる。……これでもスリザリンの当主ゆえな、年相応に振る舞うことなど評議会の長老どもが許さないのだ。まったく厄介な身分に生まれたものだ。」

 

苦笑するサラザールの様子はハリーと二つしか違わないとは思えないほど落ち着いていた。自分より高いところにあるサラザールの顔を見上げる。

 

「まずはお茶でもしながらあなたの事情を聞くとしよう。」

 

サラザールにさりげない仕草で背中を押され、ハリーは止めていた歩みを再開した。こちらの歩幅に合わせて自然なスピードで歩いてくれるサラザールのエスコートスキルは高い。それを自然に行っている彼を見て、ハリーは生まれながらの貴族というものを見せつけられたような気がした。どこまでも品のある立ち居振る舞いはスリザリン当主を名乗るのに相応しいものなのだろう。

 

ふとサラザールが立ち止まる。獅子、蛇、鷲、穴熊の紋章がそれぞれ施された扉の前に彼が立つと一人でに扉が開いた。促されて中に入れば、また一人でに扉が閉まる。ふかふかのソファとテーブルが並んでおり、ハリーが席につくとサラザールの指の一振りでアフタヌーンティーセットが現れた。

 

「特におかしな材料は入っていない。」

 

そう言いながら自分のティーカップにティーポットから紅茶を注ぎ、サラザールはそれを口にした。スコーンも自分のもとに一つ取り、見事なナイフさばきの完璧な食事作法でそれを咀嚼した。毒見ということだろう、それを受けてハリーも紅茶に口を付けた。

 

「ではさっそく本題に入ってもよろしいか? ベラは開心術を使ったようだが良ければあなたの口から聞かせてもらいたい。」

 

「……僕は1000年後の魔法界から来ました。ホグワーツの卒業生です。僕は1歳の頃に母がかけた愛の守りの魔法によって“闇の帝王”を退け、ホグワーツの七年間、闇の帝王との戦いに明け暮れたといってもいいと思っています……。七年生の時に僕が闇の帝王を倒しました。人々は“英雄”として僕を崇めます。」

 

色々なことを端折った説明だった。サラザールが片眉を上げる。

 

「……ふむ、なるほど。いつの時代も闇の帝王というものはいるものか……ところでその額の傷は、愛の守りの魔法によるものだな? 」

 

「おわかりですか。」

 

「私の娘がうなじに同じ傷を持っている。呪いをはね返し、この時代の闇の帝王を弱体化させた傷だ。」

 

「え……? 闇の帝王を弱体化させたんですか? サラザール・スリザリンの娘が……? 」

 

「正確には、亡き妻がかけた愛の魔法がだ。何かおかしいことでもあるのか? 」

 

「いえ、1000年後にはサラザール・スリザリンは闇の魔法使いとして伝わっているもので……。」

 

「なるほど、面白い冗談だ。スリザリンは闇祓いと呼ばれる仕事を請け負ってきた一族だ、スリザリンの血は闇の魔法を何より厭う。その性質ゆえに一度でも闇に堕ちればスリザリンの一族は金色の瞳を赤に変え、失った金色は二度と戻らないのだ。スリザリンは闇に身を堕とした身内を自らの手で始末する。そしてスリザリンは灰色の髪と金色の瞳の持ち主しか継承を許されぬ……そのせいでスリザリンの一族は今や私と娘だけだ。まったく先祖も愚かなことをしたものよ。」

 

自嘲するように浮かべられた笑みにハリーは困惑した。サラザール・スリザリンの人物像が早くも揺らいでいるのだ。灰色の髪を揺らして金色の瞳を細め、形のよい唇に笑みを佩いたサラザールはハリーの頭に手を伸ばして優しくそれを撫でた。

 

「……あの? 」

 

「見たところ、あなたは“英雄”という肩書きに縛られているような気がする。いつ1000年後に戻るかはわからぬが、私たちの時代のホグワーツにいる時くらいただの“ハリー・ポッター”としてのんびりしてみてもバチは当たらぬだろう。」

 

「……どうしてわかったんですか、そんなことが。」

 

「私も似たような境遇なのだ。“英雄”として崇められることが何と重荷であることか。私には幸い、傍で支えてくれる妻子と親友がいたが。ハリー、君はどうしたい。」

 

「……良ければ学ばせていただけませんか。僕は七年生の頃、ホグワーツには通えていないんです。それにこの時代の魔法は僕のいる時代よりずっと発展しているように思います。学ばせてもらうことはできますか? 」

 

思わず口をついてでたのはその言葉だった。よろしい、とサラザールが微笑む。

 

「ホグワーツは学びを求める者を拒みはしない。良いだろう、まずは五年生と一緒に授業を受けてみるといい。」

 

「五年生ですか? 」

 

「最高学年は五年生なのだ。まだホグワーツは開校して五年しか経っていないゆえな。そうと決まれば話は早い、リックとローナとヘルにも知らせなければならない。どの寮で学びたいか? それとも一週間ごとにでも各寮を回るか? 」

 

「スリザリン寮にも入って良いのですか? 僕は純血ではありませんが。」

 

「……純血だろう? あなたの中に他種族の血が混じることによる揺らぎは感じられない。」

 

「他種族の血が混じることによる揺らぎ……? 何ですか、それ。」

 

「忌むべき半純血は魔法使い以外の種族の血を混ぜることによって魂や魔力に幾ばくかの揺らぎを得る。忌むべきとは言ってもそれは魔法使い以外の種族の血を混ぜた親が悪いのであって子供を忌むべきではない。それに子供が魔法使いであれば、私たちはそれを同族として受け入れる。魔法使いというだけで私たちの同族であり、保護される資格は十分にあるのだ。それともあなたのいた時代には純血主義は違ったのか? ―――マグル生まれは“穢れた血”だとか。」

 

「“穢れた血”はマグル生まれのことではないのですか? 」

 

「なるほど。……聞き流してくれても構わないが、少し話をしよう。基本的にマグル生まれは純血の初代に数えられる。しかし私の娘―――イレーネが唱える純血主義は違う。イレーネは、スリザリンの一族が持って生まれる金色の瞳を受け継がなかったのだ。イレーネの母、つまり私の妻はブラック家の女性で純血だ。しかし私の母はマグル生まれであるゆえな、イレーネは自分が金色の瞳を受け継がなかったことを私の母がマグル生まれであるからだと決めつけてしまったらしい。以来イレーネはマグル生まれを忌むようになったのだ。後世に伝わっている純血主義はそれであったのか……。」

 

ふむ。首を傾げた後、サラザールはハリーに手を差し伸べた。

 

「あらためて。あなたを歓迎しよう、我らが同族ハリー・ポッター。この学び舎であなたが得るものが多き様心から祈っている。」

 

「……ありがとうございます、スリザリン卿。」

 

「ベラが呼ぶようにサラザール先生だかサラザールだかで構わない。それでは他の教員にハリーを紹介することとしよう。」

 

「はい、サラザール先生! 」

 

1000年前の魔法界でハリーを“英雄”として見る人はいない。1000年前のホグワーツは、確かに疲弊したハリーの心を癒してくれるように思えた。

 

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