崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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「……ただいま。」

プリペット通り四番地の扉を開け、小さく呟く。

「「「ハリー?! 」」」

ダーズリー家の三人の声が見事に揃った。

「ハリー、今喋ったの?! 」

「今ただいまって言ったよな?! 」

三人が三人とも、物凄い勢いで玄関までやってきた。

「……ペチュニアおばさん。」

真っ先にやってきたペチュニアは本当に心配そうな顔をしていた。かつて自分を虐げた彼女にすら、こんな顔をさせるなんて今までの状態がいかに酷かったかわかる。ハリーがペチュニアの名を呼べば、彼女は瞳を潤ませてぎゅっと抱きしめてきた。

「……どういうことなの? あの頭のおかしな連中に何かされたの? 」

「ママ、ハリーだよ。別人じゃなくてハリーだよ。僕、わかる。」

ハリーの顔を覗きこんだダドリーが力強くそう言った。ぺたぺたとペチュニアに頬を触られる。

「……何があったのか言えるか? 」

「……ごめん、おじさん、おばさん、ダドリー。……ありがとう。」

今まで、ちゃんと面倒を見てくれて。気にかけてくれて。見捨てないでくれて。

「ハリー、あの頭のおかしな連中に何かされたんじゃないわよね? 大丈夫よね? リリーみたいにあっちに行ってそのまま死んだり、しないわよね……? 」

ペチュニアはハリーの両親の話を一度もしなかった。リリーの名前を出すなんて、ペチュニアの動転が尋常ではないことを表している。

「大丈夫だよ、おばさん。……あのね、信頼できる人を、見つけたんだ。向こうで。だから、大丈夫。」

「僕たちは信用できないのかよ? 」

「……違うよ、ダドリー。」

この三人は、ハリーが知っている三人と同じで、違う。心配してくれるし、見捨てないでいてくれるし、愛してくれる。信じられる。だって、これまで生きる気力がなくて何も返せなかったハリーを慈しんでくれた。

「……私が、魔女だったら良かったのにってこんなに思ったのは二度目よ。こんなこと二度と思うまいと決意したはずなのに。私はまともなんだって言い聞かせたはずなのに。」

小さい呟きだったが、ハリーの耳にはしっかりそれが届いていた。

「私が魔女じゃなかったからリリーを守れなかった……ハリーまで守れないなんて、嫌よ。」

そうか、だから彼女はハリーを突き放したのだ。愛してしまったら、失う時に酷い悲しみを伴うと思っていたのだろう。

「約束するよ、おばさん。何があっても、ここに戻ってくるって。」

ペチュニアがハリーを抱きしめる力が、強くなった。

 

******

 

まさかあそこまで心配されるとは思わなかった、とハリーは天を仰いだ。9月1日から寮生活だと伝えた時のダドリーとバーノンの様子といったら。ダドリーなんてそれを聞いて真っ先に言ったのが、“死ぬなよ?! ”だった。確かにプライマリースクールではダドリーがいなかったら死にそうな様子だったからハリーには反論もできない。

「ハリー、いいか? 食事は三食とるんだぞ? お風呂も歯磨きも毎日ちゃんとできるな? 勉強なんて二の次でいいから死ぬなよ? 」

「あはは、わかってるよダドリー。ちゃんと三食食べてお風呂入って歯磨きして寝てたじゃないか、この一月。」

過保護なダドリーにハリーはからからと笑った。この一月のハリーのめざましい回復にペチュニアとバーノンは“あの頭のおかしな連中”こと魔法使いが関わっているのではないかと思って苦々しい思いをしているが、ダドリーは無邪気に喜んでくれた。とはいえ、過保護ぶりがなくなったわけではないのだが。

キングス・クロス駅の9番線と10番線の間でダドリーがなおも心配げに転ぶな、前を向いて歩くんだ、などなど注意を繰り返す。それに苦笑しながら返事を返している時に金茶の髪が視界に入った。青色の瞳がぱちんとウィンクをする。ウィンクといえばロックハートのアレだったハリーは、その記憶を今のアリアドネの可愛らしいウィンクに塗り替えた。

「失礼します、あの……ハリーのご家族の方でしょうか? 」

いささか古風ではあるが、いかにも良家のお嬢様といった佇まいのアリアドネに対するペチュニアとバーノンの反応は悪くなかった。

「お初にお目にかかります。アリアドネ・グリーングラスと申します。ハリーとは学用品を買いに行く場所で出会いまして、今日一緒に行く約束をしたんです。」

ダイアゴン横丁と言わずに学用品を買いに行く場所と言ったあたり、アリアドネの配慮がうかがわれる。

「まあ、そうだったの。ハリーと……。」

「……気分を悪くされるかもしれませんが、聞いていただけますか。こちらの世界の非常識な者たちが大変なご迷惑をおかけいたしました。気持ちばかりですが。」

アリアドネが差しだしたのはロンドンの某有名店の菓子折りだった。彼女の細やかな気配りには頭が下がる。

「非常識な者とはどこの世界にもいるもので……運悪く、あなた方が接してきた者たちはこちらの世界の非常識な者たちだったのでしょう。とはいえどこでもそうであるように、彼らは少数ですので……彼らがハリーに接触することがないように手を尽くします。」

ペチュニアはアリアドネの差しだした菓子折りを受け取り、難しい顔で考え込んでからしばらくして頷いた。

「……ハリーを、よろしくお願いします。」

「お任せください。」

アリアドネが優雅に頭を下げた。洗練された仕草だ。ペチュニアとバーノンもそれに礼を返す。

「ハリー、行きましょう。」

「うん、リア。」

アリアドネの手を取り、ハリーは笑みを浮かべた。彼女と一緒なら何があってもどうにかできる気がする。

ホームへの入り方を見るのは不快に感じられるかもしれませんから―――困ったように眉を下げていったアリアドネに三人は心底心配し、ハリーを交互に抱きしめてから何度も名残惜しげに振り返り、そこを離れていった。

「いい保護者じゃない。」

「僕が生きようとしなかったからだね。リアがいない世界なんて意味がなかったし。」

アリアドネの頬に朱が差した。

「……行きましょう、ハリー。」

9と3/4番線のホームに、柵をくぐってたどり着く。ホグワーツ特急はしゅうしゅうと煙をたてていた。

無言杖なしの浮遊呪文で軽々とトランクを持ち上げながら真ん中あたりのコンパートメントをとり、指の一振りで施錠呪文をかける。そうしてやっと、ハリーは落ち着くことができた。ついでに人除け呪文もかけておいた。

「ハリーと一緒の七年間なんて楽しみだわ。」

「七年間の後も一緒にいてくれるんでしょ? 」

繋いだ手の指を絡め、ハリーはアリアドネに問う。今はまだ残念なことにハリーの方が背が低いからこその上目遣いはアリアドネに確かに効いたようだった。耳まで赤くして顔を背け、ふらりと椅子に座りこんだ彼女がぼそぼそともちろんよ、と答える。それだけで十分だった。

「こっちを向いてくれる? リア。」

「……ハリーと会えたんだなあ、って思って。正直、私、そんな先のことまで考えられない……。」

「うん。大丈夫だよ、僕が守るから。」

「あら、それには及ばないわよ。私の方が強いもの。」

むっとハリーは口を尖らせた

「あの後、弱体化していたはずの闇の帝王が力を取り戻してね。サラザール先生とイレーネちゃんが相討ちで倒すまで、私、戦いの渦中にいたのよ? その後も色々処理に追われてね。何だかんだ、10年以上は戦っていたわ。」

「……そりゃ、千年前の戦いの方がよっぽどレベル高いだろうし、そんなところで10年も経験も積めば僕より強くなるのなんて当たり前だけどさ……守らせてくれたって、いいじゃないか。っていうかそれより何、サラザール先生とイレーネちゃんが闇の帝王と相討ちって。」

「サラザール先生が英雄とか呼ばれていたのは知っているでしょう? サラザール先生の奥様が……イレーネちゃんのお母様が、イレーネちゃんを守るために愛の守護魔法を呼ばれる守りを命と引き換えにほどこしたのを。イレーネちゃんのうなじには、ハリーの額にあるのと同じ傷があった。」

「イレーネちゃんが分霊箱に? 」

「そういうこと。……イレーネちゃんは分霊箱になったけど、子どもを生んだ時にイレーネちゃんについていた闇の帝王の魂が浄化されたそうよ。サラザール先生、闇の帝王を殺すにしてもイレーネちゃんを殺す必要がないってわかって泣いていたわ。あんなに人目憚らず、って感じの先生を見たのは初めてよ。スリザリンの当主として決定的な隙は見せない人だったのに。」

「そっか……サラザール先生が闇の帝王を倒す英雄になるなら、分霊箱になったイレーネちゃんは殺さなければいけなくなるからか。」

「イレーネちゃんのことをとっても愛していらしたもの。手にかけるなんてできるはずもないわ。いっそ自分が身代わりになれたら、と他人の傷を自分に移して背負う禁術まで編み出してね。それを行使するのはイレーネちゃんに全力で拒まれて、また他の先生方に泣きついていたけど。」

ハリーの場合は、自分が分霊箱だったから良かった。サラザールの場合は―――愛する娘が分霊箱だなんて、どれほど苦悩したことだろう。子どもを産むことで闇の帝王の魂が浄化されて、どれほど安堵したことだろう。

「ハリーは、ヴォルデモートを破滅させて自分も死ぬ、なんて言わないわよね? 」

アリアドネは躊躇いなくその名を口にした。彼女にとっては、おそるるに足りないようだ。

「どうしてそんなことを。」

「記憶を見せてくれたでしょう? ハリーの七年間の記憶。だって、ハリーが分霊箱として殺される決意を固めてヴォルデモートに向かった時の表情が……サラザール先生が、闇の帝王を殺すって言った時の表情とあまりにも似ているんだもの。」

「でも、僕が分霊箱である以上、ヴォルデモートは。」

「……生物に宿った分霊箱はね、子どもを作れば魂がそれに乗って浄化されるの。サラザール先生、ちゃんとそれを証明したもの。だから死ぬなんて言わないで、ハリー。」

青い瞳は真剣だった。

「サラザール先生もイレーネちゃんも、戻ってくるって言ったわ。でも、戻って来なかったのよ。自己犠牲ばっかりで、みんな自分勝手で。ハリーだって愛してるってだけ言って手の届かないところに消えちゃうし! 」

最後の方はほとんど叫ぶようだった。

「……ごめん、リア。死なないよ。だから泣かないで。」

青い瞳を潤ませている涙を拭う。歪められた表情が痛々しい。千年前の世界に何があったのか詳細はわからないが、今、優先させるべきはアリアドネを落ち着かせることだった。

「……いいえ、ごめんなさい、取り乱したわ。ハリーは何も知らないのに。」

「うん、僕は知らない。だから教えてよ。僕が戻った後、一体何があったのか。」

アリアドネがひゅっと息を吸う音が聞こえた。でも、とかだって、とか逡巡するような言葉がハリーの耳朶を打つ。それでも、彼女は最終的には話すことにしてくれた。

「……サラザール先生ね、闇の帝王が狙っているのは自分だからって、ホグワーツを去ろうとしたの。自分がいることでホグワーツを危険にさらすなんてだめだって。」

「……そうなんだ。」

きっと、大筋は変わっていない。サラザール・スリザリンがホグワーツを去ったのは、ゴドリック・グリフィンドールの仲違いなんかではないのだろう。千年前でじゃれあう姿を見たハリーにはそれが確信できた。もし仲違いだったのだとしても、とっくにお互いがお互いを許したのだろう。どちらか一方でもどちらか一方を許さなかったのならば、ホグワーツにスリザリン寮が存在するはずがないのだ。

「でも、それを、先生方が見逃すと思う? 」

ハリーは首を振った。答えはノーだ。ヘルガもロウェナもゴドリックも、サラザールを心底愛して慈しんでいた。大切にしていた。ヘルガなんて親子ほど年が離れていたから、時々母と子どものように見えることすらあった。そんな彼らが、サラザールの自己犠牲を許すはずがない。

「それでね、ゴドリック先生がサラザール先生の秘密の守人になって、サラザール先生を秘密裏に逃したの。ゴドリック先生の故郷に。」

「……うん。」

「でも、ゴドリック先生は、闇の魔法使い数十人がかりであらゆる魔法を使って居場所を吐かされようとした。磔の呪文も服従の呪文も錯乱の呪文も何もかも躊躇いなく遣われたの。それで、救援も間に合わなくて……自殺よ? 自分に向かって死の呪文を唱えて。秘密の守人が秘密を守ったから死んだから、秘密を知る全員が守人になったの。秘密を知っていたのは、教員たちと、私たち一期生だけだった。」

「それで……。」

先を聞きたいような、聞きたくないような気がした。だって、サラザールとイレーネが闇の帝王と相討ちになったということは、一期生の誰かが彼らを裏切ったのだ。聞きたいはずもなかった。

「……アルよ。アルドール。拷問にかけられて、最後の最後で耐えきれなかったらしいわ。ヘレナちゃんが駆けつけたんだけど、一歩間に合わなかった。アルは秘密を吐いたあとだったの。私たち一期生の中で、その時ホグワーツにいなかったのがアルだったから狙われたのね……。」

「ヘレナちゃんが駆けつけたって……。」

「アルとヘレナちゃん、恋人同士だったのよ。初々しくて可愛らしくて、私たち、みんなで祝福したのに……ヘレナちゃんが卒業して、いつ結婚するのって、笑い合ったのに。」

そこは、ハリーが知るものとは、確かに違う筋を描いているようだった。血みどろ男爵が灰色のレディが応えないことにしびれを切らして彼女を殺すことは、きっと、なかったのだろう。だが、アリアドネの表情は暗い。嫌な予感がした。

「……アルも、ヘレナちゃんも、若かった。若かったわ、これから結婚して、幸せな家庭を築くはずだった……拷問されて錯乱していたアルは、ヘレナちゃんを殺してしまったの。知ってるでしょ、アルの武器。分銅鎖。あれで……。」

歴史の修正力を思い知らされたような気がして、ハリーはぎゅっとアリアドネと繋いだ手に力をこめた。ヘレナとアルドールが想いを通じ合わせて幸せに笑い合ったとしても、彼が彼女を殺してしまう歴史は変わらなかった。

歴史の修正力。それなら、ハリーはまた、大切な人をたくさん失うことになるのか。ホグワーツは戦場になるのか。

「ハリー? 大丈夫? 」

「……大丈夫。続きを話してくれる? 」

「ええ……。ヘレナちゃんは、アルの傍から離れるなんてできなかったそうよ。ヘレナちゃん、アルのこと、愛しすぎていたから……だから彼女はゴーストになった。それで、ゴーストになった彼女の目の前で、正気に戻ったアルが自殺したの。分銅鎖で。アルもヘレナちゃんを置いていけなくてゴーストになった。死という解放すら迎えられなかったのよ、最悪の結末だわ……! 」

「……嘘だ。」

「私だって、私たちだって嘘だと思いたかった。そんなことをしている間にサラザール先生とイレーネちゃんがたったふたりだけで闇の帝王とその手勢を迎え撃って、相討ちでなくなられたって報が届いたの。壮絶な戦いだったのよ。だって、谷一つ作ってしまうくらいだもの。」

ガタン、と電車が揺れた。発車するのだろう。しかし、ふたりともそんなことを気にしてなどいなかった。否、気にする余裕などとうに失っていたのだと言うべきだろうか。

「……ゴドリックの谷って、そっか、その時に谷になったんだ……。」

「ええ、この時代に生まれてからゴドリックの谷って地名を地図で発見して、それがサラザール先生とイレーネちゃんが闇の帝王と相討ちになった場所だって確信して、もう、感情がぐちゃぐちゃになってどうすればいいかわからなかったの。あの時、酷い魔力暴走を起こしたわ。あまりにも記憶を揺さぶりすぎる地名だったもの。」

「それで、終わり? 」

何となく、まだ続きがあるような気がしていた。アリアドネが目を伏せる。肯定するかのような仕草だった。

「……ゴドリック先生、サラザール先生、イレーネちゃん、ヘレナちゃん、アル。一日のうちにこれだけたくさんの人を亡くしておいて、正気でいられるわけがないでしょ。スリザリンとグリフィンドールの軋轢はここで生まれたの。」

「……どうして。」

「スリザリン生は、ゴドリック先生が死んでアルが秘密を漏らせるようになったせいでサラザール先生が死んだと言って、ゴドリック先生を責めたの。グリフィンドール生は、ゴドリック先生が死んだのはサラザール先生の秘密の守人になったからだって言って……サラザール先生を、責めたの。グリフィンドールとスリザリンの軋轢は、それで、生まれたのよ。」

「……そんなの。あんまりじゃないか、あんまりな悲劇じゃないか……。」

「ハリー。」

「やっぱり、闇の魔術なんて嫌いだ。闇の魔法使いなんて嫌いだ。あんなに輝いていたホグワーツを壊したのは、闇の帝王なんだろう。」

闇の帝王さえいなければ、グリフィンドールとスリザリンの軋轢が生まれなかった。皆で一つのテーブルにつく温かい場所は失われなかったのだ。闇の魔術なんて、やっぱり、何かを破壊するものでしかない。ゴドリック先生が自分を殺した死の呪文も、それに導いたであろう磔の呪文や服従の呪文も。禁術とされなければいけないものだ。闇の魔術は遣い方を誤れば、即座に何もかもを破壊する。

「……ロウェナ先生も、間もなく心労で亡くなられたの。ヘルガ先生はこもりがちになったし。私たち一期生は、一気に失った穴を埋めるように死に物狂いで働いた。皮肉なことにそれでホグワーツが保ったのだけどね。」

「そっか……。そうだったんだ。みんな、どうなったの? 」

「私は校癒でハッフルパフの寮監。ベラは闇の魔術に対する防衛術の教師でスリザリンの寮監。セレは魔法史学の教授で校長。クリスは変身術の教授でグリフィンドールの寮監。マチスは料理学の教授で副校長。トーニャは体術教授をやっていたし、セブンは魔法生物飼育学の教授でレイブンクローの寮監よ。グリフィンドールとスリザリンの間に軋轢が生まれたから、レイブンクローとハッフルパフの出身者が校長と副校長をつとめようということになったの。」

「……うん。レイブンクローとハッフルパフから、校長と副校長は輩出されるべきだよ。両方グリフィンドールがつとめてるんじゃいけないよね。」

一期生たちの方が、ダンブルドアとマクゴナガルというグリフィンドール出身者が校長と副校長を占めている今のホグワーツより、ずっとずっと賢くて理性的だ。グリフィンドールとスリザリンに軋轢があるなら、他寮であるレイブンクローとハッフルパフがトップに立つべきだ。そうしないと公平性に欠けるのだから。

「……それでも、そうして責めあいながら、罵り合いながら慰め合う生徒たちもいたわ。……今のホグワーツにスリザリンとグリフィンドールの軋轢が残っているのは私たち一期生の責任よ。一気に大切な人をたくさん失って、ホグワーツをどうにか保つことで精一杯でそこまで手が回らなかった。みんな、必死だったの。生徒も先生たちも自分たちのことで精一杯で、誰かを悪にして責めないとやっていけなかったの。もう、いっぱいいっぱいで。私たちは、どうすればよかったの? 」

最後の言葉は何に向けられたものだったのか。

ハリーは黙ってアリアドネの手を握った。そうする以外にどうすれば良いのかわからなかった。

グリフィンドールとスリザリンの軋轢は、千年前の先生と生徒たちの身をきるような悲しみと苦悩の末に生まれたものだったのだ。闇の帝王によって狂わされた末のものなのだ。

「……引きずってはいけないのよ。ゴドリック先生とサラザール先生はお互いを信じあっていた。あのお二方は、自分たちのせいで、自分たちが愛していた学校が壊れることになるなんて思っていらっしゃらなかったわ。未来が見えていたら、おふたりとも、絶対に秘密の守人を使おうとなんてしなかった。」

「リア……。」

「知ってる。知ってるわ、今でも尾を引くスリザリンとグリフィンドールの対立。どれだけ悔やんだと思っているの、どれだけ自分を責めたと思っているの。千年後にまで引きずるなんてわかっていたら、自分のことで精一杯でも、絶対にあの時放置なんてしなかったのに。先生方のホグワーツを壊して侮辱するような真似をするなんて、してはいけなかったのに。今のホグワーツのあり様は、先生方への侮辱よ。」

「うん。そうだよ、先生方への侮辱だ。でも、リアたちだって、精一杯だったんでしょ。追い詰められた中で誠心誠意はたらいたなら、侮辱じゃないよ。先生方は教え子には甘いから、きっと、仕方ないなって笑って許してくれる。」

あんなに輝いていた。彼らのホグワーツは、輝いていた。穏やかで優しかった。みんなみんな、大人たちの大きな背中に守られていた。喧嘩が絶えることは思春期の子どもたちがいる中でなかったが、それでも最後には仲直りをして笑い合うような、泣きたくなるくらいに優しい世界だった。

「……ごめんなさい。ごめんなさい、私たちが不甲斐なかったばかりに、軋轢をどうにかしようとしなかったばかりに、千年後の世界はこんなことになってる。」

「リアが謝るようなことじゃないよ。」

今まで誰にも言えなくて、ひとりで抱え込んできたのだろう。それはそうだ。誰が信じるか。自分は千年前を生きた人物だったなんて。ゴドリック・グリフィンドールがサラザール・スリザリンの秘密の守人だったゆえに命を落とし、スリザリンが闇の帝王と相討ちになった英雄だったなんて。

彼女がその秘密をさらけ出せるのは、一緒に背負えるのはハリーだけだ。そう思うと、逆行という現象も悪くないものだ。

だが、歴史の修正力は働く。ヘレナとアルドールは愛し合っていたのに、同じ末路をたどった。それどころか、灰色のレディから聞いた話よりさらに残酷な末路だったように思う。愛し合いながら、悲劇を迎えるなんて。

「……ねえ、リア。」

「なあに、ハリー。」

「僕は、逆行をしてきたんだ。だから、これから起こることを知っている。」

「ええ。」

アリアドネの秘密を、誰にも言えないだろう千年前を生きたということを、ハリーは知っている。理解している。だから、君もどうか。

「……僕と一緒に、それを背負ってくれる? 」

アリアドネのこの悲嘆を目の前にしたあとでは、ヘレナとアルドールのことを聞いた今では、大人しく守られていてくれなんて楽観的なことを言えそうにもなかった。アリアドネの方がハリーよりも強い。それは事実だ。だからといって守られたいわけではないが、アリアドネを背後にかばって戦えば、ハリーは確実に足手まといになる。それなら、アリアドネに隣に立ってもらっていた彼女と一緒に生き残れる確率は格段にはねあがるだろうと思った。

ハリーの大事な人は次々に消えていったから。歴史の修正力ということを考えると、イレギュラーであるアリアドネは消される確率が高い。ならば、一緒に背負ってもらって、隣にいてもらいたい。背後にかばうのでは目が届かないこともあるかもしれないが、隣にいるなら、その存在を感じられるから。

「馬鹿ね、ハリー。私に、正確に言えば私たちに記憶を見せたのを忘れたの? 言われなくてもそうするつもりよ。」

「……うん。ありがとう、リア。」

ひとりではなくて良かった。一緒に背負ってくれるアリアドネがいてよかった。

今の体格では抱きしめるのではなく抱きつく形になるのがもどかしくて仕方ないが、ハリーはアリアドネに抱きついた。その存在を確かめるように。

 

 

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