崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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「あらサラ、彼が未来からの来訪者? 」

 

サラザールに案内されて校舎の方へ向かう途次、向かいから歩いてきた女性が微笑んで話しかけてきた。彼女の赤とも金とも言える巻き毛が揺れる。

 

「ああ。ベラから聞いたか? 」

 

「ええ、ベラが教えてくれたわ。初めまして、ハリー。ファーストネームで呼ばれるのが嫌だったら言ってね、ホグワーツ生には教師も先輩後輩も含めてホグワーツに属する人たちのことはファーストネームで呼ぶようにさせているの。私はヘルガ・ハッフルパフよ、その表情を見ると私の名前も1000年後まで残っているのね? 」

 

「……はい。」

 

「ハリーも名乗られたらファーストネームで呼んであげてくれると嬉しいわ。それでサラ、彼をどう扱うかについて方針は決まったかしら。」

 

「学生として学びたいということだ。五年生に編入してもらうことにしよう。一週間ごとにでも寮を代わって生活してもらえばいいか? 滞在場所については生徒に一任しよう。」

 

「了解。生活用品は? 」

 

「私の方で用意する。ハウスエルフが学校創設の時に張りきって作った制服がスリザリン城に眠っていたはずだ。普段着も城から調達すれば問題ないだろう。」

 

「ええ、わかったわ! あらためまして私たちのホグワーツにようこそ、ハリー。あなたがいつまでいられるのかはわからないけれど、ホグワーツ生ということは私たちの教え子で生徒たちの同窓に違いないわ。家とでも思ってくつろいでね。1000年後の様子は無理して話さなくても良いわよ、あなたが話す気になるまで聞かないようにしておくから。ベラの口ぶりだとだいぶ大変な人生を送ったみたいだもの。ホグワーツは私たち教員が守っているから生徒は生徒らしく思う存分遊びと勉強を楽しみなさいな! じゃあそういうことで、サラ。私は皆に説明してくるわ。」

 

「頼んだ、ヘル。」

 

「お安い御用よ。ハリーの紹介は今日はまだってことにしておきましょう、いきなり1000年前に連れて来られて混乱しているでしょうから。じゃあね。」

 

姿くらまし特有の音と共にヘルガが消えたのにハリーは目を瞠った。

 

「ホグワーツって、姿くらましできないはずじゃないんですか……。」

 

ハリーは思わず呟いた。サラザールもヘルガも普通に使っているが、ダンブルドアでもホグワーツに入るのには姿現しではなく箒を使ったほどだ。いや、あの時は姿現しもできないほど弱っていただろうか?

 

「何を言う、ホグワーツの結界を張ったのは私たちなのだ。自分専用の抜け道のひとつやふたつ術式に組み込んである。」

 

当たり前だろう、と肩をすくめたサラザールにハリーは納得して頷いた。そういえばダンブルドアが結界を解いて姿くらましと姿現しの練習をしたこともあった。校長なら結界などものともしないということなのだろう。それならばキャビネットから死喰い人が潜入してきた時、なぜダンブルドアは箒などという回りくどい方法を取ったのか。校長ならハリーとダンブルドアだけが姿現しできるようにするのも可能だったのではないか。箒に乗るより絶対そちらの方が早い。唸るハリーを問いつめることもないサラザールの沈黙は心地よいものだった。

 

その沈黙が破られたのはくすんだ緑の髪色をした男の子が駆けてきたときだった。

 

「サラザール先生! 聞きましたよ、未来からの来訪者が来たって! 」

 

「アル、興奮はわかるが廊下は走らぬように。それと彼は望んで未来から来たわけでもない、むやみに騒ぎ立てるのはやめなさい。」

 

サラザールの言葉は“生き残った男の子”、“ヴォルデモートを倒した英雄”として注目されるのにうんざりしていたハリーにとってありがたいものだった。1000年前の誰も自分を知らない世界に来たとしても“未来からの来訪者”として認識されて注目されてしまってはかなわないのだ。

 

「はい、いい年をして騒いですみません。僕はアルドール・アルダヌーン、あなたの名前をおうかがいしても? 」

 

ハリーは目を瞬かせた。名前を聞かれたことなど、この額の傷で一目瞭然だからほとんどなかったのだ。名前を聞かれて名乗る、知り合うにおいて最初の過程をすっ飛ばさないのは新鮮だった。

 

「ハリー・ポッターです。……あの、聞きなれない名前ですね。」

 

どうも丁寧な口調になった。生き残った男の子でも英雄でもなく、ダーズリー家のおかしな子供でもなく、まっさらな状態のハリーとしてのコミュニケーションへの戸惑いは少なからずあるのだ。

 

「僕の家系はエルフの血を継いでいるんです。だからその伝統にのっとってエルフ語で名付けられたというわけですよ。聞き覚えがないのは当たり前です、エルフの言葉を知るのは今ではごく少数ですから。1000年後なんてほとんどいないでしょう。」

 

「……エルフとは会ったことはありませんね。」

 

「そうでしたか。ああ、無理に1000年後の話など聞いてしまってはいけませんね。ハリーが話したがる時まで待たないと。不躾に色々聞いてしまってすみません、気分は害されませんでしたか? 」

 

“英雄”だから、といってその一挙一動がいちいち許可も取らずに報道されていたハリーにとっては1000年後のことを少し聞いただけで謝られるというのも新鮮なことだった。アルドールの瞳に浮かんでいるのは紛れもない心配で、ハリーはここでなら特別扱いをされずに済むということを確信した。

 

「大丈夫です。」

 

「なら良かった! ちなみに年をお聞きしても? 」

 

「20歳です。」

 

「だったら僕とは2歳しか違いませんね。僕は18歳なんです。僕のことはアルドールかアルって呼んでくださいね。」

 

「あ、……よろしくお願いします、アルドール。」

 

「はい、よろしくお願いします、ハリー。ところで堅苦しい喋り方もやめません? よければ友達になりましょうよ。だってハリーは僕たちの同級生になるんでしょう? 」

 

友達になる理由は、英雄だからでも未来からの来訪者だからでもなく同級生だから。何の打算もない申し出に、ハリーはありがたく差し出されたアルドールの手を取ることにした。

 

「じゃあまず夕飯を食べに行こうか! サラザール先生、ハリーはどの寮になるんですか? 」

 

「全寮を一週間ごとにでも回ってもらう、といった方法でどうだ? いや、他にいい方法があるならまあ適当に……一応聞いておこうか。ハリー、まずはどの寮から回りたい? 」

 

「え……アルドールはどこの寮? 」

 

「僕はスリザリンだよ。」

 

「じゃあスリザリンからでお願いします。」

 

自分の口から飛び出した言葉が信じられない。自らスリザリンに入りに行くなど、正気の沙汰ではないという思いはある。それでも、サラザールもアルドールも陰湿なスリザリンのイメージに当てはまらないのだ。せっかく何もかも放り投げられるのだから、新しい環境に身を置いてみるのも一興――投げやりになっているだけかと問われれば、否とは言えないだろうけど。

 

「わかった。先ほどスコーンを食べたばかりだろう、夕食は無理に食べることもないが良かったらアルに付き合ってやってくれ。スリザリンに部屋を用意しておこう。アル、ハリーを頼んだぞ。」

 

「任せてください、サラザール先生。僕はハリーと友達になりますから。」

 

頷いて姿くらましをしたサラザールを見送り、アルドールはハリーの方を振り向いた。

 

「大広間まで行こうかハリー。」

 

「よろしく、アルドール。僕の時代までには少なくとも一回は改修工事があったから僕が覚えている城の作りとは違うところもあるかもしれないから迷いそうだよ。」

 

「そうしたら近くの生徒にでも聞いてくれるといいよ。まだ開校5年でゴーストもほとんどいないし肖像画だってあんまりいないんだ、つまり案内人がいないってこと。なのにロウェナ先生とサラザール先生が結託して仕掛けを作りまくってるものだから覚えるのにも一苦労だよ。」

 

「ロウェナ先生ってロウェナ・レイブンクローのこと? 」

 

「そう。そっか、1000年後だと偉人なんだね、フルネームか。でもここじゃあまだ教えはじめて五年目の先生方だからファーストネームに先生付けで呼んであげて、そうした方が先生たちも喜ぶからね。」

 

「うん、わかった。ロウェナ先生とサラザール先生ってそんなに仕掛けを作るのが好きなの? 」

 

悪戯好きなグリフィンドールの創設者であるゴドリック・グリフィンドールが作ったとばかり思っていた。意外そうに首を傾げてハリーにアルドールが苦笑を浮かべた。

 

「そうなんだよ。やたらと高度で解けなくて完璧で永久に使えそうな術式組んでるから先生方でも解けない。さすが当代一の魔法使いと魔女だよ。ちなみにゴドリック先生はよく引っかかって生徒に笑われててヘルガ先生は難なく避けるタイプ。」

 

「そうなんだ。」

 

自寮の創設者がスリザリンとレイブンクローが結託して作った仕掛けに引っ掛かっていると思うと少し微妙な気分になる。しかしそれでもアルドールの口ぶりからすると生徒や先生も仕掛けを楽しんでいるのだろう、明るいホグワーツがハリーの目の前に広がっていた。この美しい城がいずれヴォルデモートによって破壊されるのだと思うとあまりにもやりきれない。

 

「アル! あら、ハリーも一緒ですのね。夕食の行くところ? 」

 

「そうだよ、ベラとリアも? 」

 

「ええ、もちろん。」

 

金茶の髪を揺らして、裏地を少しくすんだ黄色に染め上げたローブの少女が微笑んだ。

 

「初めまして。私はアリアドネ・グリーングラスよ。あなたの名前を聞いても? 」

 

グリーングラス。聞いたことがある名前だな、と思ってハリーははっと思い当たった。ドラコ・マルフォイの婚約者が確かグリーングラス姓だった。子孫だろうか。

 

「初めまして、アリアドネ。僕はハリー・ポッターだよ。よろしくね。」

 

リーベラと一緒にいるということはハリーが未来からの来訪者ということも知っているのだろうが、いちいち名前を聞いてきてくれるあたりにはアリアドネの気遣いが見えた。にっこりと微笑んで差し出されたアリアドネの手を取り挨拶を交わす。

 

「ハリー、私はハッフルパフなの。最初の寮はスリザリンだって聞いたわ、だったら次はハッフルパフに来ないかしら? 厨房も近いから先生方に内緒で一緒にお菓子を食べたりしましょうよ。」

 

茶目っ気たっぷりに笑うアリアドネにハリーの口元も緩む。

 

「じゃあスリザリンの次はハッフルパフにしようかな。」

 

「ぜひ来て頂戴! 」

 

「リアの料理の腕は本物ですわ、楽しみにしているとよろしいでしょう。……ハリー、初対面でわたしにあまりいい印象は抱きませんでしたわよね。知らない人間ということでつい警戒してしまいましたの。あらためてまして、わたしはリーベラ・ブラックですわ。あの……お友達になってくださる? 」

 

「残念、ベラ。ハリーのお友達一番乗りは僕がいただいてしまったよ。」

 

くすりと笑ったアルドールにリーベラが目をつり上げた。

 

「ずるいですわ、アル! ……あの、ハリー。わたし、最初に悪い印象を与えてしまったと思ったから、これから同級生になる人に嫌われたくなくて……。それに最初の寮はスリザリンですわよね? これから一週間同じ寮、同じ学年として生活するのに、嫌われてしまっては嫌ですの……。」

 

言っている途中でしゅんと下を向いて俯いてしまったリーベラは初めにハリーに開心術をかけてしまったことを気にしているらしい。ベラトリックスにそっくりの容姿でそんなことをされたらたまらないが、リーベラの様子を見ているとベラトリックスにもこのような可愛らしい時期があったのかもしれないと思ってしまうのだから不思議なものだ。

 

「気にしなくていいよ。……その、同級生になるんだから仲良くしよう、リーベラ。」

 

「本当ですか、ハリー? わたしとお友達になってくださる? 」

 

ハリーが頷くとリーベラはぱっと顔を輝かせた。

 

「リア、聞きましたか? お友達が増えましたの! 」

 

「良かったわね、ベラ。」

 

“生き残った男の子”と友達になった―――そんな自慢ではなく、ただ、“お友達が増えた”という自慢。ハリーの疲弊していた心をその言葉が幾ばくか癒していくような気がした。

 

「はい、リア! わたし、お友達になってくださいって言えましたわ。褒めてくださる? 」

 

「もちろんよ。お友達になってって言えて偉いわね、ベラは。」

 

よしよしと頭を撫でるアリアドネにリーベラが顔を綻ばせた。

 

「でもアル、あなたばっかり新しいお友達を独占してずるいですわ。罰としてマンモスの肉をふた切れきちんと食べなさい! 」

 

罰としてはあまりに可愛らしい内容にハリーは思わず噴き出したが、アルドールは本当に嫌そうに眉をしかめた。

 

「ベラ、僕を殺す気? マンモスの肉だけは絶対に食べたくない! だいたい僕は肉料理はあんまり好きじゃないって知ってるだろ。」

 

「だから罰なのですわ。新しいお友達を独占していた罰ですの、よろしいですわね? 」

 

仕方ないなあと嫌そうな顔で請け負うアルドールはリーベラに随分と甘いらしい。そのやり取りを見ていたアリアドネがくすくすと笑ってからハリーに顔を向けた。

 

「私、新しい同級生ができて本当に嬉しいのよ。私たちの学年は各寮ふたりずつ、全部で八人しかいないんですもの。人数が増えるのは嬉しいことなのよ。ベラから聞いた話だと1000年後の魔法界はだいぶ衰えているらしいわね、私たちで魔法を叩き込んであげるから覚悟していることよ? 特にセラなんて張り切ってしまうわね。」

 

「セラって? 」

 

誰のことだろう、ハリーが首を傾げるとアリアドネはふふっと微笑った。

 

「レイブンクローの私たちの同級生よ。」

 

私たち。アリアドネはごく自然にハリーを仲間に入れてくれた。それでいて近すぎはしない距離感がひどく心地よい。

 

「きっと同級生の名前はすぐに覚えられるわよ。アルとベラと私の名前はもう覚えたのでしょう、じゃああとは五人だけだわ。でも私たちはハリーの名前だけを覚えればいいのにハリーだけ何人も覚えなくてはいけないのは不公平ね? 」

 

「……友達になる子の名前くらい覚えるのは当然だと思う。」

 

「あら言ったわね? じゃ、今日中にみんなの名前を覚えてね。呼びにくかったら愛称で呼んでしまってかまわないから。」

 

「リア、ハリーと何を話してるんだい? 僕はマンモスの肉を食べなきゃいけないみたいだけど、早く夕食に行こう。」

 

「ご愁傷様。アルってば肉は嫌いだものね。」

 

「だってさあ……。ところでハリーはどんな食べ物が好き? 」

 

「そうだね、糖蜜パイとか。」

 

「ヘルガ先生の糖蜜パイは絶品ですわ! 夕食を楽しみにしていなさいな。」

 

「私も糖蜜パイは好きよ。私たちおそろいね、ハリー。」

 

「リア、ずるいですわ! 私だって糖蜜パイは嫌いじゃありませんもの、おそろいでしょう? 」

 

むうっと頬を膨らませたリーベラが抗議する。

 

“生き残った男の子”と会えば、あの日のことは覚えているのだとか額の傷を見せてだとか言われてきた。初対面で好物を聞かれたことなど一度もない。心の中に何か暖かいものが宿ったような気がして、ハリーは思わず笑みを浮かべた。

 

「ベラ、リア、ハリー、言い合ってないで早くしないと皆に遅いって怒られるよ。」

 

「その前にあなたがマンモスの肉を食べるって聞いて笑われるのが先ですわよ、アル。」

 

「……ベラの意地悪。」

 

「当然の報いですわ! 」

 

「……ベラはよっぽどこの時代でのハリーの一番めの友達になりたかったようね。」

 

「僕が“未来からの来訪者”だから? 」

 

ハリー自身、意地の悪い質問だと思った。

 

「何を言っているの。同級生になる子だからに決まってるでしょ? それにハリーは私たちの同族。友達になるには十分な理由だわ。別に1000年後の話だってハリーに嫌がられてまで聞こうなんて誰も思わないわよ。誰だって友達に嫌われるのはごめんだわ。」

 

アリアドネの浮かべる笑みに嘘偽りはない。悲しいことに悪意の視線にさらされることも多かったハリーは本当の笑みと嘘の笑みを見分ける術を身につけていてしまっていた。それを心から純粋な気持ちで良かったと思ったのは今が初めてだ。

 

アルドールやリーベラやアリアドネのような子が同級生で、サラザールやヘルガのような人が先生だったら秘密の部屋の継承者だって言われて遠巻きにされることも炎のゴブレットが名前を吐き出したことを罵られることもなかったのかな。ハリーはそう考えてからそんなことを考えるのも今では詮無きことだと思って沈みがちな思考を振り払った。

 

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