崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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「……ごめんなさい、取り乱して。」

「ううん、……そんなことがあったなら、取り乱すのも当然だ。」

アリアドネの口から聞いた千年前のことはあまりにも衝撃的だった。そして、どこまでも悲劇だった。皆が皆愛情深かったからこそ起きてしまった悲劇だった。

「そうね……。ああ、そろそろホグワーツに着くわ。」

「あ、本当だ。制服に着替えないと。」

「そうね。……じゃ、ちょっと私着替えてくるわ。」

トランクを開けて中に入ろうとしたアリアドネにハリーは目を瞠った。

「アリアドネ、どこで着替えるの。」

「トランクの中よ。検知不可能拡大呪文で広げているの。快適よ。ハリーも検知不可能拡大呪文でどうにかしたら? 浮遊呪文使えば持ち運びも楽だし。」

「ああ、スキャマンダー博士のあれか……。」

ハーマイオニーも小さなバッグに色んなもの詰めてたし。ハリーは頷いた。

「ここについているボタンが呼び鈴になっているの。ハリーが着替え終わったら鳴らしてね。着替え終わっていないところで出てきたりしてしまうと嫌だから。」

「うん、ありがとう。このボタンを押せばいいんだね。」

あとでやり方教えてもらおう。そう思いながら、ハリーはアリアドネがトランクの中に消えていくのを見送り、着替え始めたのだった。

 

******

 

「やっぱり足場悪いよねえ。」

「私は自分に浮遊呪文をかけているから大丈夫だけど。」

「あ、それいいね。僕もやる。」

ちなみに自分たちの周りに防音呪文と目くらまし術を張り巡らしての会話である。何故目くらましをかけているのか? ハグリッドに探されてはかなわないからである。ハリーはアリアドネとふたりの空間を邪魔されないことに上機嫌だった。

「ところでさ、船はどこに乗ろうか。」

「あら、この先船に乗るの? そこらへんの何かを船に変えて一隻増やして乗ればいいじゃない。」

「確かにそれもそうかも。」

アリアドネの言葉に納得してハリーも自分に浮遊呪文をかけて歩き出した。まあ、湖を渡るのも自分に浮遊呪文をかけて渡ってしまえばそれはそれで良いのだが。無言杖なし呪文を使いこなす一年生、規格外ここに極まれりといったところである。

アリアドネの提案通りそこらへんの石を船に変えて一隻増やして乗り込み、狭い部屋にいったん閉じ込められてから大広間に出る。さすがに不自然かと思って目くらまし術は解いていた。……解いていた、のだが。それが仇になったのかもしれない。

「ハリー様! ハリー様ですよね? 」

大広間に入った瞬間、目ざとく見つけたヘレナが凄い勢いで寄ってきて話しかけてきたのだ。おかげで注目を浴びてしまっている。

「リア様も! わあ、本当にリア様ですね! 」

「ヘレナも変わらないわね。」

アリアドネは柔らかく微笑んでヘレナに応じた。ヘレナちゃん、と呼んでアリアドネは彼女を可愛がっていたから、やはり嬉しいのだろう。先ほどのホグワーツ特急での嘆きようを見ていたハリーは少し安心したが、ヘレナの隣でアルドールがむすっとした顔をしているのに気づいてしまった。

「どうしたのアル、怖い顔してるよ。」

あら、とアリアドネがくすくすと笑った。

「アル、男の嫉妬は醜いわよ。」

「なっ、リア……! 」

「本当のことを言っただけでしょう? あ、ヘレナちゃん、ハリーは渡さないわよ。」

「わかってますよリア様。私にはアル様がいますから心配なさらないでくださいね。この千年というもの、私はアル様だけに誠実でいましたから。」

「安心できないわよ。何だかんだ言ってハリーのこと好きだったじゃない、ヘレナちゃん。」

「リア様の意地悪。アル様が見てる前でそんなこと言うんですか? 」

きゅっとヘレナがアルドールに抱きついた。

「ちなみにふたりの呼び名は血みどろ男爵と灰色のレディ? 」

「ええ、そうですハリー様。聞いてくれます? アル様ってば陰気な雰囲気醸し出してるものだから生徒に怖がられているんですよ。まったくもう、こんなに可愛くて仕方のない人なのに魅力を理解できないなんて見る目がないですよね。嫉妬する必要がなくて私としては安心しているのですけど。」

「……ヘレナちゃんがアルにべた惚れで本当に安心した。」

うん、とハリーは頷いた。アルドールの腕に抱きついているヘレナは本当に彼を愛しているのだ。その顔から愛していますということがひしひしと伝わってくる。

「ああ、帽子の歌が始まるな。」

聞き覚えのある歌が聞こえてきたが、憂いの篩ではこのシーンは見せていないのでアリアドネもアルドールもヘレナも初めて聞くはずだ。

「……グリフィンドールを称え、スリザリンを貶すような言い方をするようになったのはいつからでしょうね、アルドール様。」

「……好きな色とかくじ引きとかで構わない、と先生方はおっしゃっていたはずなのだがな。」

「好きな色とかくじ引きとか、それが一番平和だよ。対立しなくて済む。」

グリフィンドールとスリザリンの現在の対立の真相を知った今となっては、そんな言葉も意味のないものに思えるが。ハリーは苦笑した。グリフィンドール生とスリザリン生は、ゴドリック先生がサラザール先生のために死を選び、サラザール先生がそれによって巡り巡って命を落とし、対立が引き起こされたのを知っているのだろうか―――そんなことを思う。きっと、彼らは、知らない。知らないで対立している。愛にまみれた悲しい物語なんて知らないで、対立している二だ。

「ハリーはどこの寮に行くつもりなの? 」

「リアはどこ? 」

「ハッフルパフよ。寮を選り好みするのはよくないかもしれないけれど、私は確かにハッフルパフ生で、ヘルガ先生の生徒なんだから。」

「じゃあ僕もハッフルパフで。」

「ハッフルパフ!? ハリー様、ぜひレイブンクローに! レイブンクローにいらしてくださいませ! 」

「だめだハリー。レイブンクローには行くな。我がスリザリンに来てくれ。」

「あらアル、どっちに嫉妬しているの? 」

「……僕が愛しているのはヘレナだけだ。」

「お熱いことで。」

千年経っても冷めぬ愛なんてロマンチックねえ。アリアドネはそんなことを言うが、四人の話の中ではハリーの所属寮であるはずのグリフィンドールの選択肢は見事に出ていない。アルドールとヘレナはハリーがレイブンクローとスリザリンのどちらに行くかでもめだしたが、単なる犬も食わない痴話喧嘩なので問題ないだろう。

「僕はリアが行った寮に行くよ。」

幸いグリーングラスはポッターよりも前だ。

「……ありがとう。嬉しいわ、ハリー。」

「グリーングラス・アリアドネ! 」

Gはそれなりに早い。呼ばれるのはすぐだった。

「行ってくるわね、ハリー。」

「うん、行ってらっしゃい、アリアドネ。」

アリアドネが帽子へと歩いていく。ゆったりとした足取りは堂々としていて、一年生にしては立派すぎるほどの風格に上級生たちも息を呑むのがわかった。

「……リアはさすがだな。」

「あんなに立派じゃなくていいのに。あんなに立派だったら僕のリアの魅力に他の人が気づくかもしれないじゃないか。」

「リア様は縁談を全て蹴って独身を貫いたんですよ。ひとえにハリー様への愛ゆえに。心配することはありません。私はハリー様もリア様も大好きですから、おふたりを引き裂くような方は末代まで呪ってやりますよ。」

「ははっ、怖いよヘレナちゃん。でもちょっと頼もしいと思っちゃったな。」

「……ハリー、ヘレナは渡さないよ。」

「わかってるってば。アルも大概独占欲強いよねえ。」

とはいえ、ふたりが愛し合って笑っているのなら、それはそれで喜ぶべきことだろう。

「ポッター、ハリー! 」

囁きが広がっている間にハリーはアルドールとヘレナを振りかえった。

「あとで秘密の部屋で同窓会しようね。」

今から組み分けだというのに気楽なものである。堂々とした足取りで組み分け帽子の元に歩いていくハリーに広間中の視線が集中するのを感じる。ハリーは舌打ちをしたくなった。ああ千年前に行きたい不躾な視線を送らずひとりの生徒として扱ってくれる千年前に行きたい。でもリアとアルとヘレナちゃんいるからいっか。考えていることは、およそ組み分け前の緊張している新入生のものではない。

「ふーむ。これは、珍し……。」

「ね、それでさ、クリステアは結局グリフィンドールの剣引き抜けたわけ? 」

「……ああ、やはりあの時のハリーなのか。」

「うん。覚えててくれたんだ、嬉しいなあ。」

「ヘレナとアルドールがああも一目散に駆け寄って、アリアドネが“ハリーをよろしくね”と言ってきたあとではなあ。」

「そりゃわからない方がおかしいや。それで、僕はハッフルパフに行きたいんだけど。」

「スリザリンの素質あり、しかし校長は君をグリフィンドールに入れたいようで。」

「あー……英雄育成、やっぱしっかりやってるんだ……。英雄やるならさ、やっぱりハッフルパフがいいんじゃないの? 唯一闇の魔法使い輩出してないところ。」

「確かに一理ある。アリアドネのことを想う誠実さ、ということでハッフルパフに組み分けしても良いかもしれぬ。しかしレイブンクローにしないとヘレナから文句は言われるだろうしスリザリンにしなければアルドールから文句を言われるだろうし、どうするべきか……。」

「ちなみにハッフルパフにしなければリアに文句を言われてグリフィンドールにしたら僕含めた全員に文句言われるよ。」

「それは燃やされかねない。私をしのぐ賢い帽子、あるなら私は身を引こう―――そうは言ったものの、まだ燃やされたくないものでね。創設者たちが私にあとを見守れと託したこともある。」

「そっか。じゃあハッフルパフで構わないわけだね。」

「さよう。では―――。」

「あ、ちょっと待って。組み分け方法、どうやって変えたのか教えてくれる? 前はくじ引きとかだったじゃん。」

「……君が去った後のことを、アリアドネから聞いたようだね。グリフィンドールとスリザリンの間の軋轢が原因だよ。私は、グリフィンドールとスリザリンの軋轢をどうにかしてまっさらにしようと、二十年ほど連続してグリフィンドールとスリザリンへの組み分け者をゼロにして先入観のないままで入学してきた子どもを作ろうと画策したことがあった。」

「……なるほど。考えたんだね。」

「さよう、考えた。手始めに、一年分、グリフィンドールとスリザリンの組み分け者をゼロにしてみた。そうしたら、当時の校長に燃やされかかったのだよ。私には創設者たちから―――亡きゴドリックとサラザールとロウェナとヘルガから、この学校を見守ってくれと頼まれているのだ。そう簡単にくたばるわけにはいかなかった。その後も何度も何度もグリフィンドールとスリザリンの軋轢をなくそうと、できる範囲で頑張ってきたのだよ。」

「……グリフィンドールとスリザリンの軋轢をなくそうと頑張ってきたあなたの行為は、称えられるべき行為だと思うよ。」

「そう言ってくれると嬉しいものだ。ありがとう、ハリー。……だがね、失敗に終わった。スリザリン差別が顕著になったのはホグワーツの校長がダンブルドアになったあたりからだろうか……頑張ったさ。ダンブルドアに訴えたのだよ、スリザリン差別をなくせと。グリフィンドールへの組み分け者をゼロにしようと試みたこともあった。対立するグリフィンドールがいなければ、レイブンクローとハッフルパフとはうまくやれるのではないかと思ってね。孤立していたスリザリンへの組み分け者をゼロにするのは、未来を見れば下級生を守る上級生が一学年分抜けるわけだからできるはずもないことでね。」

「……それで? どうなったの。」

「ダンブルドアが、“組み分け帽子が間違った判断をした”と言って、レイブンクローとハッフルパフの一部の生徒をグリフィンドールに移らせた。」

「スリザリンからは? 」

「ひとりもいなかった。ダンブルドアが、スリザリンからグリフィンドールに移すことはなかった。情けないことに、私はそれで諦めてしまったのだよ。私が組み分けを偏らせようとも、一度行われた結果を変えるようなことは彼しかいなかったんだ。もう聞く耳を持つ気がないのだと思ってね、諦めた。何を言ってものれんに腕押しだ。本当に情けないことにね。」

「誰も相談できる人もいなかったんだろう。それでも先生方からはホグワーツを頼むと、託されている。板挟みになって苦しんだんだね、君も。」

「……労わってくれてありがとう。」

「いいえ。じゃあ、僕をハッフルパフに組み分けしてくれる? 僕は青春を謳歌したいんだ。」

「もちろん―――ハッフルパァァァフ! 」

その時の教員席の顔といったら、見物だった。誰だってハリー・ポッターがハッフルパフに組み分けされるはずがないと思っていたのだろう。ハッフルパフは暖かな拍手で迎えてくれたが、グリフィンドールにはハッフルパフへ睨みをきかせている生徒がいたし、スリザリンは困惑した様子だった。一番反応が薄かったのはレイブンクローかもしれない。ヘレナが悔しそうな顔をしていたこと以外は。

「ハリー、お疲れ様。」

「うん。組み分け帽子とたくさん話してきたよ、リア。」

「あとでお話を聞かせてね、ハリー。」

「もちろんだよ。組み分け帽子も、苦悩してきたんだ。」

「ところでね、ハリー。周りがざわついていたの知ってた? 組み分け困難者まであと一秒だったのよ。四分五十九秒。」

「え、何それ惜しかった。あと一秒粘れば良かったのに! 」

「組み分け困難者の肩書きまでつける気? 」

「別に目立ちたいわけじゃないよ。父さんとは違う。僕はただリアと一緒にいたいだけだもん。」

アリアドネははにかんだように笑った。

「……七年、楽しみましょうね。」

「七年の後もね。」

小指を絡ませて約束の形を作る。二度目の学校生活が、幕を開けようとしていた。

 

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