崖から落ちたら千年前 作:優鶴
「やあ、初めまして。ふたりとも仲が良いんだね。」
アリアドネとの会話がひと段落ついたところで声をかけられ、ハリーは息を呑んだ。
「……ック。」
「僕の顔に何かついているかい? 」
「……っ、いいえっ、そうではなくて……すみません、何でもないです。えっと。」
「セドリック・ディゴリーだよ。三年生なんだ。よろしくね。」
生きてる。セドリックが、生きてる。まるで夢のようだった。アリアドネが心配げに見てくるので、ハリーは大丈夫とでもいうように首を振ってみせた。
「ハリー・ポッターです。よろしくお願いします、ディゴリー先輩。」
ここ一カ月で笑い方を覚えた表情筋を総動員して、ハリーはにっこりと笑いかけた。今にも泣いてしまいそうなのをぐっとこらえる。
「ディゴリー先輩なんて、そんな。セドリックで構わないよ。アリアドネも、まさかハッフルパフに来るなんて思わなかったな。」
「ええ、お久しぶりですセドリック。帽子がそのように判断したまでですよ。それに、私だってハッフルパフを希望していました。誠実さを重んじる寮にこそ魅力を感じたものですから。」
柔らかく微笑んで挨拶を返したアリアドネにハリーはアリアドネの手を握った。
「……知り合い? 」
「ええ、パーティーで何度かお会いしていてね。ディゴリーも純血の名家でしょう? うちの父とミスター・ディゴリーが同期で監督生をつとめていたこともあってね。ところでセドリック、レイブンクローのミス・チャンとはどうなっていますの。」
う、とつまったセドリックの顔が赤くなったことでハリーの懸念は完全に拭い去られた。うん、セドリックは今回もチョウに想いを寄せているらしい。ならばアリアドネをとられるかもしれないなどと不安になる必要もないだろう。
「この前会った時に私にぽろりとこぼしてしまったのが運の尽きですよ、セドリック。あとできちんと話を聞かせていただきますからね? 」
「だって、彼女はまだ二年生だし。」
「そんなことを言っているとミス・チャンは美人ですし、すぐ誰かにとられてしまいますよ。セドリックとはお似合いだと思いますけど? 」
「う……。」
「早いところ付き合ってしまってくださいな。私、セドリックがミス・チャンと付き合うのを楽しみにしているんですよ。」
「……アリアドネ、もう勘弁してくれ……。」
「セドリック先輩、好きな人でもいるんですか? 」
チョウのことなら知っている。何せ初恋だったりするのである。まあ、今はアリアドネ一筋で間違いないが。にやにやとハリーに見上げられたセドリックが言葉を詰まらせたところで、テーブルの上に料理が並べられた。
「……っ、うん、まずは料理を食べてしまおうか! 」
強引な話題転換である。いそいそと料理を取り分け始めたセドリックは、さすがの面倒見の良さでハリーとアリアドネの分もよそってくれた。
「……セドリック、気遣いできる紳士すぎない……。」
六年生の時も十分に彼は紳士だったが、三年生にしてこれである。料理がなかったらテーブルに突っ伏してしまっていたところだ。そして思い出す。彼は、ホグワーツを卒業すらせずにその生を終えてしまうのだ。今生では、そんなことは絶対にさせない。
「あの、初めまして。えっと……ハリー・ポッターですよね? 」
向かい側に座った男の子から話しかけられてハリーははあ、と気の抜けた返事を返した。
「僕はジャスティン・フィンチ-フレッチリーです。君のことは知ってますよ、もちろん。有名なハリー・ポッターですから……。っと。」
ジャスティンはそこで言葉を切って不安げに眉を寄せた。
「あの、何かお気に触ることでも。」
有名な。その形容がつかない千年前の世界に行きたい、と言っても詮無きことだ。アリアドネがいてくれるのに、そんな我儘を言うなんて、やはり自分はあの人の通り父親に似て傲慢だ―――職員席に目をやり、黒服のその人を見てつきりと胸が痛む。アリアドネと会ってから回復した感情は、いささか過敏になっているのかもしれない。
「……有名な、って言われても。実感がないんだよね。僕はマグル界で育ったし。」
「君もそうなんですか! 僕、ほら、あのイートン校に行くことが決まってましたけど、こっちの学校に来ることにしたんです。母はちょっぴりがっかりしていて、まだ少し理解してくれてはいないんですけど。」
「うん、その通り。僕はマグル界で育った君たちと同い年のただの子どもで、リアを愛しているだけだよ。」
「……っ、ちょっとハリー! 」
何という自己紹介だとばかりにアリアドネが睨めつけてきたが、頬が赤くなっている時点で迫力も何もあったものではない。くすり、とジャスティンの隣にいた女の子が笑った。
「ふたりとも、とっても仲がいいのね。私はハンナ・アボット。よろしくね、“マグル界で育った男の子”。それに……。」
生き残った男の子、を踏襲した言い方だった。
「アリアドネ・グリーングラスよ。家系図を見たところ祖母がアボット家に嫁いでいたはずだけど。グリーングラスの双子と言えばわかる? 」
「ああ、グリーングラスの双子ね! ええ、わかるわ。家系図を見たことがあるけど、確か又従姉よね。あれ、でも双子の姉妹の方は……。」
「スリザリンよ。グリーングラスはスリザリン率が高くて時々レイブンクローだからハッフルパフは珍しいんだけど。」
「アリアドネ、だからといってハッフルパフを恥じる必要はないよ。」
声が飛んできてアリアドネはええ、と微笑んだ。セドリックだ。
「もちろんですよ。私は入りたくてハッフルパフに入ったのですから、この寮を誇れる七年間にします。」
「……素敵ですね、ミス・グリーングラス。」
「惚れた? 僕のリアは魅力的でしょ。あげないからね。」
「……あのね、ハリー。」
「慣れてよ、リア。僕は七年間これが通常運転のつもりだから。恥ずかしがるのも可愛いけど。」
「……もういいわ、諦める。」
私の方が拗らせてるかと思ったのに……。小さな言葉にハリーは眉を上げた。
「リアに会いたくて会いたくて会えなかったからって感情殺した僕が拗らせてないと思う? 」
「……もういいわよ。愛してるわハリー。それだけよ。」
「うん。嬉しいよ、リア。」
「……ふたりとも、本当に仲が良いんですね。おふたりの関係って、唯一無二という感じがして素敵です。」
「そう思う? ありがとうジャスティン! 僕のことはハリーでいいよ。」
「はい、ハリー! よろしくお願いしますね。えーっと……“マグル界で育った男の子”でしたか? 」
「うん。ジャスティンもそうなら、僕たちは仲間ということで。」
「良いですね、それ。マグル界で育った者同士で何かコミュニティを作っていたりしないんでしょうか? 」
「え、どうなんだろう……。」
そういえばそんなことは考えたことがなかった、とばかりにハリーは目を瞠った。マグル界で虐げられて育った前世では、ハリーにとって魔法界は天国にも等しかったからマグル育ちの不便さなど考えたこともなかった気がする。
「私のお母さんもマグル生まれで、ホグワーツ時代は少し苦労したって言ってたなあ……そんなコミュニティがあると、確かに良いかもしれないね。」
ハンナが微笑んだ。確かに、それなら寮同士の垣根を越えたコミュニティが作れるかもしれない。
「でも、そんなコミュニティ作ったら、スリザリンがますますハブられそうだなあ……。」
恋愛に関しては不器用だけれど何かと気遣ってくれたサラザールも、最初に同じ寮で過ごしたアルドールも、皆に甘やかされて笑っていたリーベラも大好きなハリーとしては複雑な気分である。むう、と眉を寄せたハリーにアリアドネが苦笑した。
「スリザリンと繋がりを作りたいなら、私が仲介するわよ。ダフネが……双子の妹が、スリザリンだもの。」
「それは頼もしいね。」
「スリザリンと関わる気なのか? 」
険しい顔でこちらを見てきたのはアーニー・マクミランだった。だが、さすがにここで名前を知っているのは不自然だろうということでハリーは首を傾げてみせる。
「えっと……君は? 」
「アーニー・マクミランだよ。スリザリンは闇の魔法使いを輩出してきたところなんだ。」
口をへの字に曲げて言うアーニーにあら、とアリアドネは首を傾げた。
「私の両親もスリザリンだけれど、闇の魔法使いではないわよ? 」
グリーングラスは純血でスリザリン家系―――たまにレイブンクローもいるが―――だが、死喰い人ではない。のらりくらりと巧妙に、スリザリンの狡猾さで死喰い人から逃れてきた家だ。
「スリザリン=悪、っていう図式は何だか嫌だわ。私の大好きな家族も否定されるみたいに思ってしまう。家族がスリザリンだからお前も闇に堕ちるんじゃないか、って言われるのも心外ね。」
「……それは。」
「私は闇になんて堕ちないわ。家族も闇に堕としたりなんてしないわよ。今のスリザリンは孤立している。誰か、手を差し伸べる人がいれば、少なくとも今までの半分は闇に堕ちる魔法使いを減らせると思うわね。」
全員、と言わないところは、そんな綺麗事で済ませられないことをわかっている証拠だ。
「……アリアドネ、私たちと同い年なのにそんなことまで考えられるなんてすごいなあ……。」
「少し本を読んだだけよ。そんなことを言われると恥ずかしいわ。」
まさか中身は40超えてますよ、なんて言えないのでアリアドネは適当に誤魔化した。
「……ハンナ、リアは僕のだからね? 」
「わかってるってば。ハリーって独占欲強いのね。」
「……まあ、両親いないし。自分だけの家族ってわりと魅力的だよね。」
今生のダーズリー家は本当の家族のように扱ってくれるが、どうしても前世の彼らが気になってしまう。
「……ハリーって、11歳よね? 」
「え? うん、そうだけど。」
「……その発言って、もう結婚とか、考えてたりするの……。」
それが何か? とでも言いたげに首を傾げたハリーにハンナは顔を覆った。普通の11歳では結婚云々まで考えないものである。中身は30を超えているが。
そんなこんなでハリーとアリアドネが恋仲だと周りに認識されるまでに至ってから食事は終了し、監督生に引率されてハリーたちは初めてハッフルパフ寮に足を踏み入れたのだった。
「……結構変わってるわね。」
「改装工事あったしね。」
周りに聞こえないようにひそひそ声で会話をする。ハッフルパフの談話室は、やはり変わっていた。千年前に見たスリザリンとグリフィンドールの談話室もハリーたちの頃とは違う様相を呈していたから千年も経てばそれなりに変わるものだと認識していたが、アリアドネにとってはそうではないらしい。あちこちをきょろきょろと見回している。
そんなことをしている間に監督生による説明と一年生への“ホグワーツ生活の手引き”(グリフィンドール寮ではこんなものはなかった)が配られ、男子寮と女子寮に別れることになった。
「じゃあまた明日ね、ハリー。」
「うん、リア、また明日。」
手を振りあってそれぞれの寮へと入っていく。
「……あー、やっぱり名残惜しいなあ……。」
「ハリーは本当にアリアドネが大好きなんですね。」
「うん。世界で一番大切。」
「幼なじみか何かだったりするんですか? 」
「ううん、ダイアゴン横丁で一目惚れ。」
という設定にしておかないと、マグル育ちのハリーと魔法界育ちのアリアドネでは不自然だからである。本当は13年間の拗らせた想いがあるのだが。
「……それはまた、運命的ですね。」
「そうかなあ。」
ハッフルパフ寮は基本四人部屋らしかったが、ハリーというイレギュラーがいることで少し変わったらしい。ザカリアス・スミスとジャスティンとの三人部屋だった。