崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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マンモスの肉が云々と言い合うアルドールとリーベラが先に大広間に行ってしまって、ハリーはアリアドネと顔を見合わせた。金茶の髪を揺らし、蒼い瞳を楽しげに細めてアリアドネが笑う。

 

「ベラったら新しいお友達のことをほっといていいのかしらねえ。でもアルもベラも行ってしまったから私がハリーを独り占めできるわ。」

 

「あとからリーベラにアリアドネずるい! って言われない? 」

 

「あら、アルと一緒に先に行っちゃったベラが悪いのよ。」

 

くすくすと微笑むアリアドネは楽しげだ。彼女に従って大広間に向かいつつ、ハリーの顔にも自然と笑みが広がった。

 

「そうだったわ、私はまだ言ってなかったわね。ハリー、お友達になってくれる? 」

 

「あ、そうだったね。……よろしく、アリアドネ。」

 

「ええ、よろしく。ところでハリーって何歳? 」

 

「20歳だよ。」

 

「そう、私は15歳なの。随分お兄ちゃんね。私にもハリーと同い年の兄がいるのよ。」

 

「そうなの? 」

 

「そう。父が魔法使いで母がマグルで、私は魔女だけど兄はマグルなの。それでも兄も母も私や父を気味悪がらないでいてくれるし、迫害されないように私と父が魔法使いだってことを隠してくれているのだけどね。ちなみに父は水の妖精ニンフと魔法使いのハーフ。」

 

優しい家族よ、と笑うリーベラの顔には家族への親愛が見て取れた。優しい家族。それはハリーが欲して、得られなかったものだ。シリウスは家族だと思っていたけれど、後からロンとハーマイオニーに言われて気づいた。シリウスはハリーの中にジェームズを見ていただけだったのだ。――もちろん、シリウスのことは好きだ。嫌いになれるはずがない。もし、もっと長く一緒にいられたらシリウスはハリーをジェームズを通さずに見てくれただろうか。

 

「……僕は両親を早くに亡くしているから、優しい家族って羨ましいな。」

 

「あら、じゃあハリーはベラと話が合うかもしれないわ。」

 

「リーベラと? 」

 

「あの子も幼い時に両親を亡くしているの。……これ以上は私から言わない方が良いわね。知りたかったらベラに聞いてみて。少し複雑な事情があるのよ。」

 

アリアドネとそんなことを話していれば、大広間についていた。グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフと四つに席は分かれていない。一つの大きな丸いテーブルを七人の生徒が囲んでいた。手を上げた彼らに手を振り返したアリアドネにハリーは疑問をぶつけた。

 

「随分と少ないんだね。」

 

「サラザール先生とヘルガ先生の取り計らいよ。いきなり千年前に来てただでさえ混乱しているのに、さらに百人くらいの生徒の前で紹介されて質問の嵐が吹き荒れたりしたら大変だろうってこと。先生方は私たち一期生を信用してくださっているから、他の生徒に紹介する前にちゃんと同級生の私たちと信頼関係を築いておけってことなのよ。」

 

説明されたそれを聞いて、ハリーはサラザールとヘルガの配慮に感謝した。アリアドネの話しぶりから察するに、一期生でこれから同級生として一緒に学ぶ仲間となる八人は“未来からの来訪者”という肩書に囚われずハリーを見て同級生だからという理由だけで友達になろうとしてくれる人たちなのだろう。そう思えばすっと気が楽になる。

 

「ありがたい気遣いだよ。あとでサラザール先生とヘルガ先生にお礼を言っておくね。」

 

「あら、そうしてくれたら先生が喜ぶわね。」

 

ふふ、とアリアドネが笑った。そのまま大きな丸テーブルの一角に行くとウィーズリー家を彷彿とさせる燃えるような赤髪の少年が立ちあがった。

 

「ホグワーツにようこそ! 僕はセプティマ・ラウィーニアという。新しい僕たちの仲間、君の名前を聞いても? 」

 

リーベラとアルドールから聞いているだろうに、わざわざそう聞いてくれるところに目に見えない気遣いを感じる。年齢に似合わなく大人びているな、そんな感想を抱きながらハリーは自然な笑みを浮かべて答えた。

 

「ハリー・ポッターだよ。セプティマ、よろしくね。……僕と友達になってくれる? 」

 

アルドールにもリーベラにもアリアドネにも、彼らから友達になって、と手を差し出された。それなら今度は自分が。そう思って勇気を出して差し出した手はすぐに握られた。

 

「ああ、友達になろうとも。よろしく、ハリー! 初めはスリザリン寮で次はハッフルパフ寮に行くんだって? じゃあその次はレイブンクロー寮に来てくれよ、僕が案内するよ。」

 

「セプティマはレイブンクローなの? 」

 

うん、レイブンクローだ。頷いたセプティマにハリーも頷いた。

 

「じゃあハッフルパフの次はレイブンクローに行かせてもらうことにするよ。」

 

「本当? 嬉しいな。ハリー、初めまして。私はセレナ・ロードワイズ。勉強でわからないことがあったら私に聞いてほしい。ぜひ仲良くしてね。」

 

セミロングの、ハリーが憧れるさらさらストレートの髪を揺らしてセレナが微笑んだ。さっきアリアドネが言っていたセラというのは彼女のことだろう。

 

「うん、こちらこそ初めまして。よろしくね、セレナ。」

 

「もうっ、セレナもセプティマもずるいわよ! スリザリンとハッフルパフの次は我らがグリフィンドールに来てもらうつもりだったのに。ハリー、あたしはクリステア・プルウェットっていうの。寮の順番は最後になっちゃうけど同級生で授業は一緒に受けるんだしよろしくね! 」

 

プルウェットとは確かモリーさんの母方の家の名前ではなかっただろうか? そう思ってクリステアを見やったハリーは先ほどまで紫色だった彼女の髪色が水色に変わっているのを見た。どうやら彼女は七変化らしい。

 

「よろしく、クリステア。不躾にごめん、でも気になって。君、七変化なの? 」

 

「ええ、そうなの! お祖父ちゃんが火の妖精サラマンダーでね、サラマンダーの血と魔女の血がうまく反応したらしくてお母さんが七変化になったのよ。あたしはその能力を受け継いだってわけ。」

 

明るく笑う彼女の髪色がまた変わる。その様は亡くなったトンクスを彷彿とさせて少し寂しい気分になったものの、クリステアとも握手を交わす。“英雄”と会えたことに対する握手ではなく、これから同じ学び舎で共に学ぶ仲間として、友達としての握手だ。意味が違うそれがどれほどハリーの心を温めているのか彼らにはわからないだろう。

 

「残念だったなクリス。絶対セプティマとセラより先に声をかけてグリフィンドールに先に来てくれるようお願いするつもりだったんだが……。ハリー、俺はトルニアン・ロードワイズ。姓からもわかると思うがそこのセラの兄だ。で、グリフィンドール。これから一緒に学ぶんだろ、卒業まで、いや卒業後までもよろしくな、兄弟! 」

 

にっと笑ったトルニアンが手を差し出す。いきなり兄弟呼びをされたことに戸惑いつつもハリーはその手を取った。

 

「よろしくね、トルニアン。兄弟ってことは僕のことをお兄ちゃんとでも呼ぶ? 」

 

「え? ああそうか、そういやハリーは何歳なんだ? 」

 

「20歳。トルニアンは? 」

 

「俺は18。ってことはあんまり変わらないな、兄貴とでも呼んでやろうか? 」

 

「まったく、トーニャったら誰にでも兄弟っていうんだから。フレンドリーなのは良いけど。」

 

呆れたようにセレナが笑った。その中でまだひとり挨拶を交わせていない子がいる。

 

「マチス、あなたもハリーに挨拶をしてきたら? 」

 

「うんそうだね、アリアドネ。」

 

ローブの裏路地は黄色だ。くすんだ濃い目のクリーム色の髪の少年が目を細めた。

 

「初めまして、ハリー。僕はクレマチス・ノット。14歳です。よろしくお願いしますね! 」

 

「一応年上だけど同級生なんだし、堅苦しい言い方はやめてよ。」

 

苦笑してハリーがそう言うとクレマチスはふるりと首を振った。

 

「堅苦しい喋り方が通常仕様なんです。ベラも堅苦しい言葉遣いでしょう? 」

 

「うるさいですわ、マチス。……ハリー、堅苦しい喋り方は嫌ですの? 」

 

アルドールに向かってマンモスの肉を食べるようせっついていたリーベラが振り向いてクレマチスに抗議した。

 

「そっちの方が楽だっていうのなら別に気にしないよ。」

 

「でしたらよかったですわ。まったくアル、往生際が悪いですわよ。マンモスの肉を早く食べなさいな! 」

 

「ええ、見逃してよベラ……。」

 

「あら、アル、仕方ないなって言ったわよね。ベラとの約束を保護にしてはだめでしょう? 」

 

アリアドネがリーベラの擁護に回る。ううとかああとか意味のない声で唸ったアルドールはようやく肉に手を付けた。

 

「仕方ないなあ……。」

 

18歳のアルドールと13歳のリーベラでは、同級生とはいえどうしてもアルドールはリーベラに甘くなってしまうらしい。心底嫌そうな顔をしてマンモスの肉を食べたアルドールに満足そうに笑い、リーベラは自分の分に手をつけた。

 

「ハリーの分の糖蜜パイはとってありますの。ハリーは糖蜜パイが好きなのでしょう? 」

 

「そうだったね。歓迎の印に糖蜜パイをどうぞ、ハリー。」

 

リーベラに促されたセレナが糖蜜パイをハリーの方に差し出した。ありがとう、と素直に感謝を述べて糖蜜パイを口に運ぶ。

 

「……! 美味しい! こんなに美味しい糖蜜パイ食べたことないよ! 甘さもしつこくなくて、でもちゃんと甘いし。すごい、美味しい! 」

 

「ええ、だって言いましたもの、ヘルガ先生の糖蜜パイは絶品ですって! 」

 

「うん、美味しいよ。」

 

「ヘルガ先生に言ったらきっと喜んでくださるわ。後で一緒に言いに行きましょう。」

 

アリアドネがそう言うのに頷き、ハリーは糖蜜パイをぺろりとたいらげてしまった。即座にトルニアンが二個目の糖蜜パイをくれたのでありがたく頂くことにする。

 

やがて九人ともご飯を食べ終わり―――約一名は延々と糖蜜パイを食べていたのでご飯と称していいのかは疑問であるが―――席を立つ。

 

当然のように全員スリザリン寮までついてきた。アルドールとリーベラも特にそれを咎めだてすることもせずハリーも交えて楽しく談笑しながらスリザリン寮まで歩いていく。

 

そこに寮の確執などは欠片もなかった。ホグワーツも始まりはこうだったのだ。何故スリザリンは悪とされてしまったのか、同級生になった八人の生徒たちと笑い合いながらハリーは疑問を持った。

 

「じゃあハリーを疲れさせちゃってもいけないから私たちはここまでね。また明日、みんな。」

 

ひらりと手を振ってアリアドネがクレマチスを連れてハッフルパフ寮に戻っていくのを皮切りに他の生徒たちもくちぐちにまた明日、と手を振り合ってそれぞれの寮に戻っていく。

 

「お帰り、ベラ、アル。新しいお友達が一緒のようだね。」

 

スリザリン寮の入り口の肖像画はハリーが知っているものとは違った。遊びに来ていたらしい黒髪の紳士が肖像画の中から去っていく。門番はハリーを見てそう聞いた。

 

「これから一週間、一緒に過ごすのよ。じゃ、入れてくれる? 」

 

「もちろん。」

肖像画が入り口をあけてくれ、ハリーはアルドールとリーベラに連れられて寮の談話室に入った。合言葉がないことにハリーは驚いたが、まだ五年目のホグワーツの生徒数なら肖像画も顔を覚えられるということかなと推測した。

 

知らない人物の姿に下級生たちがざわめいたが、アルドールが静かにするようにと手で示しもう消灯時間だよ、と言えばはーいと元気よく返事をして各々自分の部屋に戻っていった。

 

「あ、そういえばリーベラ。いきなりこんなこと聞くのは失礼だと思うけど、一つ聞いてもいい? 」

 

「何ですの? わたしに答えられることでしたら答えますわよ。」

 

「リーベラの両親はリーベラが幼い頃に亡くなってるって、アリアドネに聞いたんだ……詳しくは本人から聞けって。」

 

「ああ、わたしの両親、サラザール先生に殺されてますの。」

 

あっけからんと言われた言葉にハリーは言葉を失った。

 

「……リーベラ、それでも君はサラザール先生を慕っているように見えるけど。」

 

「ブラック家は闇と関わりの深い一族ですの。闇に堕ちやすいと言い換えてもよろしいですわね。……わたしの両親は、闇に身を堕としましたのよ。人を傷つける魔術や魔法薬を研究する狂った研究者どもでしたわ。」

 

リーベラの瞳に幾ばくかの寂しさがよぎった。

 

「……無神経にこんなこと聞いてごめん。」

 

「いいえ、構いませんわ。答えると決めたのはわたしですもの。ところでハリー、どうしてリアからわたしの両親が亡くなっていることを聞きましたの? 」

 

「僕の両親も僕が1歳の時に亡くなっているんだ。……僕を守って。」

 

「そうですのね。……少し、羨ましいですわ。」

 

「羨ましい? 何が? 」

 

ぱちくりと目を瞬かせたハリーにリーベラが寂しげに笑う。

 

「ハリーのご両親は、ハリーを守って亡くなられたのですわよね? つまりハリーはご両親に愛されていたのですわ。わたし、それが羨ましくてなりませんの……。わたしの両親は闇に身を堕としましたから。」

 

「闇に身を堕としたからってリーベラを愛さなかったわけじゃ……。」

 

「慰めの言葉はいりませんわ。わたしは両親に人に危害を加える魔法や魔法薬の実験台にされて何度も死にかけましたの。それを知ったブラック家のご当主様がサラザール先生に両親の殺害とわたしの救出を頼んでくださいましたわ。サラザール先生はご当主様の依頼通りにわたしの両親を殺し、実験台にされていたわたしをあの闇深い家から連れ出してブラック家のご当主様のもとに連れていってくださいましたの。

 

ご当主様と奥様はわたしのことを慈しんでくださいましたし、ご子息で私が義理の兄とお慕いする方もわたしを甘やかしてくださいましたわ。優しいご当主様と奥様とお義兄さま、わたしが大好きな家族と一緒にいることができるのは両親を殺してくださったサラザール先生のおかげですもの。お慕いするなという方が無理な話ですわ。」

 

「……ごめん、リーベラ。無神経に出していい話題じゃなかったね。」

 

「いいえ。そういえば、聞いてくださいますか、ハリー? サラザール先生と来たら実験台にしていたとはいえやはり両親なのだから殺した相手を恨んでいるだろうと思い込んでいましたの。それでホグワーツに入学して数カ月は寮監のくせにわたしを避けていらっしゃいましたのよ? わたしがサラザール先生に感謝している、慕っていると言い続けて数カ月、ようやく先生もわたしの気持ちをわかってくださいましたわ。今では信頼してくださっているし可愛がってもくださっていますの。」

 

そこまで言い切ったリーベラはふう、と息を吐いてハリーを見た。

 

「つまりわたしはサラザール先生がどれだけ素晴らしい方なのかをお教えしたかったんですの。サラザール先生が素晴らしい方だとおわかりになって? 」

 

「うん。」

 

ハリーは頷いた。リーベラの過去がそんなに重いものだとは想像もしていなかったのだ。13歳の少女が背負う思い過去。アルドールがリーベラに甘い背景にはそんな事情もあるのだろうか。

 

「でも、どうしてサラザール先生はリーベラが両親を殺した自分を恨んでいると思ったんだろうね。」

 

「……わたしの口から話していいことだとは思いませんわ。知っていますけど、プライベートなことをむやみやたらと明かしてしまうのは先生に悪いですもの。先生は聞けば教えてくれるとは思いますけど……とにかく、知りたいなら先生に直接聞いてみてくださいませ。アルも教えてはいけませんわよ? 」

 

「わかってるよ、ベラ。サラザール先生が嫌がるような真似はしないって。」

 

「それなら良いのですわ。それではアル、ハリー、おやすみなさいませ。良い夜を。」

 

女子寮に引っ込んだリーベラを見送り、アルドールもハリーを男子寮に促した。

 

スリザリン寮は地下にある。心地の良い涼しさと静けさだ。男子寮の一番手前がアルドールの部屋だった。ハリーの部屋はその向かいに用意されている。

 

「個人部屋なの? 」

 

「スリザリン寮は個人部屋になっているんだ。もっとも僕たちは三年生まではグリフィンドール寮を使っていて、大所帯にも慣れているんだけどね。」

 

アルドールのその話はぜひ詳しく聞かせてもらいたい。三年生までグリフィンドール寮を使っていたという話を聞く約束をアルドールに取りつけ、ハリーはアルドールと別れて部屋に入った。

 

部屋の中にはベッドからクローゼットまで生活に必要なものが完備されている。クローゼットの中を覗けば四色の制服が入っていた。適当な色を着ろ、ということなのだろう。他にも普段着がいくつか入っている。それを確認したハリーは自分にスコージファイをかけて寝巻に着替えてからベッドに寝転んだ。

 

千年の時は歴史が歪むにはあまりにも十分すぎたのだろう。仲の良い一期生たちや誇り高きサラザール、この時代においてのスリザリンへの偏見などどうしても持てなかった。

 

どうして歴史が歪んだのだろう。時間があれば、1000年後に伝えられている歴史をみんなに語って、どうして歴史が歪んでしまったのか同級生になった八人の生徒たちと一緒に考えようか。出会ってからそう時間も立っていないのに、踏み込んだ話をしても大丈夫だろうと思えるような何かが彼らにはあった。そんなことを考えていれば、ハリーはいつの間にか眠りに堕ちていたのだった。

 

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