崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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「今日の一限は体術か。」

 

「体術って何をするの? 」

 

1000年後には失われた教科だよ、とハリーが言えばアルドールはふうんと言って頷いた。

 

「魔法が使えるからと言って体力づくりをおろそかにしてはいけないということだよ。戦いの時はゴドリック先生は剣、サラザール先生は鞭、ロウェナ先生は弓、ヘルガ先生は槍を得物として使われるからね。大抵の魔法使いは物理攻撃には弱いから魔法では太刀打ちできなくても物理攻撃なら基本的にこちらが優位に立てる。だから武器を扱う授業なんだ。ちなみに僕が選んだのは分銅鎖。ハリーはどの武器を選ぶのかなあ。」

 

「じゃあ剣かな。」

 

ハリーが手にしたことのある武器といえばグリフィンドールの剣ぐらいである。それならば剣が妥当だろうと思って答えるとアルドールはいいと思うよ、と微笑んだ。

 

「体術の授業だから動きやすい服に着替えないとね。」

 

「持ち物は? 」

 

「自分が選んでいる武器だけ。ハリーは初回だから武器はいらないはずだよ。」

 

「杖はいらないの? 」

 

「杖って別にただの補助道具だし、一応なくしたらいけないから携帯はするように言われてるけど……正直杖なし魔法とか、武器に魔力を乗せる方がやりやすいかな。あ、これあくまでも僕の意見だけど。」

 

「みんな杖なし魔法を使えるの?! 」

 

杖なしで魔法を操るのはあまりにも高度な技だ。ハリーもできないわけではないが、魔法使いにとって杖を手放すことは死を意味する。そもそも杖なし魔法を使うのはよほど追い詰められている時だけだし、上手くいく保証もない。

 

「うん。ベラに聞いたよ、最初杖なし魔法を見せたって。杖なし魔法は基本的にみんな一年生卒業する頃には身につけられてるしね。先生たちに守ってもらえなくなるまでに、身ひとつでも自分の身を護るすべを身につけなくちゃいけない。」

 

千年前はそもそものレベルが違いすぎる。それくらいできて当然でしょ、とでもいうように首を傾げるアルドールにハリーは頭が痛くなった。

 

「ハリーは杖なし魔法使える? 」

 

「本当に簡単なものしか使えないよ。アクシオとかそれくらい。」

 

「あ、じゃあセラに扱いてもらうように頼んでおくね。」

 

「セレナに? うん、ありがとう。」

 

まだ半日ほどしか新しい同級生たちとは接していないが、優しい彼らに追いつきたいという気持ちはあった。だからセレナが扱いてくれるというのは願ってもないことだった。

 

「セラはスパルタだよ、頑張ってね。じゃ、着替えてくるよ。」

 

スリザリン寮の自室の前でアルドールと別れ、ハリーは自分のクローゼットを開けた。体術の授業用だと思われる、制服より格段に動きやすそうな服を手に取って手早く着替える。杖をポケットに刺して部屋を出ると、廊下に壁を預けてアルドールが待っていた。

 

廊下から背を離したアルドールの手には鎖がある。

 

「それが分銅鎖? 」

 

「うん、僕の得物。持ってみる? 」

 

「うん! ……わ、重い。これを振り回すの? 」

 

「もちろん。ゴドリック先生はどんな武器でも扱えるからね、本当にアドバイスが的確だしいい先生だよ。ハリーは剣を選ぶんだよね? 僕らの学年で剣を選んだ人はいないんだ。自分の一番得意な武器が剣なのに誰も選ばなくて落ち込んでたからね、ゴドリック先生、ハリーが剣を習いたいって言ったら絶対喜ぶよ。」

 

「組み分け帽子からグリフィンドールの剣を出したことがあります、って言ったらゴドリック先生は何ていうかなあ。」

 

未来からの来訪者というレッテル貼りはなく普通に編入生として扱われ、半日の間でハリーはもう随分と千年前のホグワーツの人々に心を許していた。だからこそ気が緩んでつい口をついて出たのだろう。アルドールは案の定目を輝かせた。

 

「組み分け帽子からゴドリック先生の剣を出したの? 」

 

「うん。」

 

「言ってあげなよ、ゴドリック先生絶対喜ぶよ。組み分け帽子から剣を取り出せるように仕掛けを作ったのは将来役に立ったんだって。」

 

「今も組み分け帽子からゴドリック先生の剣って出るの? 」

 

「ううん。組み分け帽子って去年作られたものでね、ゴドリック先生が何かあったら俺の剣を取り出せるようにしておいたって自慢げに言ってたんだ。他の先生方も色々仕込んでた。」

 

「グリフィンドール生じゃなくても取り出せるの? っていうか他の先生方も?」

 

「ゴドリック先生の剣とサラザール先生の鞭とロウェナ先生の弓とヘルガ先生の槍。困ったことがあれば適性のある道具が出るようになってるんだって。クリスが毎日挑戦してるんだけどね。」

 

「クリステアが……。」

 

つまりダンブルドアは真のグリフィンドール生なら剣が、真のスリザリン生なら鞭が、真のレイブンクロー生なら弓が、真のハッフルパフ生なら槍が出ると思ったとでもいうことか。それとも単に剣しか知らなかったからか。

 

何はともあれ“適性のある道具”ということは剣、鞭、弓、槍の中ではハリーは剣に適性があるということだろう。

 

“真のグリフィンドール生”しか剣を取り出せない、というのは誰が言いだしたのだろう。千年の時の中で、組み分け帽子はもともとゴドリック・グリフィンドールのものだったらしいということからそういう言い伝えができたのか。それともただ単にダンブルドアがそう信じ込んでいただけなのか……。

 

「挑戦し続けて一年くらいたってるけどまだ誰も取り出せてない。」

 

「本当に切羽詰まらないと出ないから……。それにしても、僕は校長に“真のグリフィンドール生”しか剣を取り出せないって言われたんだけどなあ。どの寮生でも適性のある武器が現れるなんて。」

 

「ゴドリック先生がグリフィンドール生だけを贔屓するわけないじゃないか。というかグリフィンドール生しか取り出せないようにしたらロウェナ先生とサラザール先生とヘルガ先生から雷が落ちるよ。組み分け帽子はどの寮生も被るんだからグリフィンドールだけを贔屓するのはやめなさいってね。」

 

「ふぅん……。あ、そういえば組み分け帽子は去年出来たって言ってたよね。それまでどうやって組み分けしてたの? 」

 

「え、くじ引き。」

 

またくじ引きと来た。勇気のグリフィンドール、狡猾さのスリザリン、叡智のレイブンクロー、誠実さのハッフルパフ。そんな認識はないわけだ。よりにもよってくじ引きか、それでは寮同士の確執なんて生まれるわけもない。寮監四人も仲が良いのだし。

 

「そのままくじ引きやってればいいのにさ、組み分け帽子に色々仕掛けて人格持たせて本当に先生方と来たら才能の無駄遣いだよ。まあ別にどこの寮に行ってもあんまり変わらないんだけどね。寮の部屋が一人部屋か大人数か、あと制服の色、それくらい。寮の部屋は何人部屋がいいかなとかそれくらいで選んでると思うよ、組み分け帽子は。今年の新入生に聞いたら、組み分け帽子に何色が好き? って聞かれて緑って答えたらスリザリンに選ばれたって言ってたよ。」

 

組み分けが果てしなく適当だったことにハリーは頭を抱えた。もういっそのこと千年後のホグワーツもくじ引きで寮を決めたら寮同士の確執なんてどこぞへ吹き飛ぶんじゃないか。

 

「……僕が生きてた時代、寮の確執が酷かったんだよね。寮関係なくみんな仲良しだから驚いちゃったよ。」

 

「1000年後だろう? 1000年経ってホグワーツが残ってるってだけで十分だと思うよ。残っていたらまだたてなおしが利くじゃないか。」

 

「……そうだね。」

 

アルドールと話しこんでいればいつの間にか校庭についていた。

 

「ゴドリック先生! 」

 

「ああ、アルか。それにハリーも! ハリーはどの武器を選択していたんだ? 」

 

「ゴドリック先生、1000年後に体術という科目はありませんでした。」

 

「体術がない? ……なるほど、そうだったのか。じゃあ今決めてくれ、どの武器を? 」

 

「剣を。……僕、それくらいしか扱ったことがないので。」

 

「剣? それはいい! 俺が一番得意な武器は剣なのに一期生には誰も選んでくれる奴がいなくてな。ほれ。」

 

ゴドリックが空中に手をかざしただけで現れた、赤と緑と青と黄の石が嵌めこまれた剣を見てハリーはぱちくりと目を瞬かせた。

 

「ゴドリック先生、これは……。」

 

「俺の剣だ。純ゴブリン製だぞ、貴重だから大事にしろ! 剣を選ぶ生徒は少ないし自分で揃えちまうからこれをやる相手がいなかったんだよ。」

 

またもやぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。20歳にもなって撫でられるのはなあ、と思いつつもどこか慈しむようなそれは心地よくてハリーは抵抗しなかった。

 

いざ剣を構えてみたら構えてみたで構えがまるでなっていないとゴドリックに扱きたおされ、構い倒され、同級生たちは先生は本当に剣が好きだねと笑っていてまったく助けてくれなかった。

 

「ゴドリック先生があんなに剣の指導を熱心にするなんて。本当に先生は剣が好きなのね。」

 

授業が終わって、寮へ帰る途中でアリアドネが苦笑した。その手には槍を持っている。ヘルガ先生にいただいた槍なのよ、良いでしょうと笑っていた。

 

「そうですわね! 鋼糸なんて今ではわたしの方が扱い方が上手になってしまいましたのに。」

 

リーベラの得物は鋼糸だった。暗器と呼ばれる類のものでもあるのだが、“ブラック”の名にはお似合いでしょう? と冗談交じりに言っていた。闇討ちでもするのかと言えば、だったら闇討ちの仕方をサラザール先生に教えてもらわなくちゃと言われた。冗談か本気かわからない。

 

「でも闇討ちならサラザール先生に聞くのが一番いいですわよ。」

 

「……なんで? 」

 

リーベラにハリーは思わず問い返した。サラザール・スリザリンというのは一体何者だ。

 

「サラザール先生が葬った闇の魔法使いの数は軽く三桁にのぼると言われていますもの。さすがスリザリンのご当主様ですわよね。」

 

「スリザリンの当主って闇の魔法使い掃討でもしてるの? 」

 

「ええ、そうですわ。スリザリンは代々ご当主様が一族を率いて闇の魔法使いを葬ってきましたの。ですからスリザリン家は別名闇祓いとも呼ばれていますわ。」

 

ハリーは目眩がするような気がした。闇の魔法使いを輩出しまくったスリザリン寮の創設者が闇祓い。つくづく前提条件やら常識やらが通じない世界である、1000年前とやらは。

 

「不意打ちでも闇の魔法使いを殺せば英雄ですもの。サラザール先生は英雄と呼ばれることを厭って闇の魔法使いを殺しても魔力も何から何までその痕跡を綺麗に消し去りますけど、そんな殺し方ができるのは当代ではサラザール先生だけだと思われていますの。それに闇の帝王を弱体化させるのにも一役かっておりますわ。そんな英雄が作る学校、といえばネームバリューは十分ですもの。」

 

リーベラが胸を張る。話を聞く限り、ホグワーツはサラザール・スリザリンはホグワーツ創設の要であるらしい。創設者だから当然ではあるのだが、名家スリザリンのブランドが創設に一役どころか二役も三役も買っているのは間違いのないことで。スリザリン寮が悪とされたのはいつからだ? ハリーは無意識に眉を寄せた。

 

「……もちろん、サラザール先生はイギリスで一、二を争う名家スリザリンのご当主様ですし今さら必要な伝手なんてありませんわ。サラザール先生ではなくてスリザリンのご当主様とお近づきになりたくて子供を入学させ、あの手この手でサラザール先生を懐柔しようとする輩は後を絶ちませんの。まったく迷惑な話ですわ。イレーネちゃんにも縁談が届いて。」

 

「イレーネちゃんって……サラザール先生の娘さんのこと? 」

 

昨日サラザールがそんなことを言っていたような気がする。首を傾げたハリーにリーベラが頷いた。

 

「ええ、とっても可愛らしいんですのよ、イレーネちゃん。よくサラザール先生について夕食の席に来ていますもの、すぐに会う機会が出来ると思いますわ。」

 

サラザールの話ではスリザリン一族が受け継ぐという金色の瞳を受け継がなかった原因をマグル生まれの祖母のせいだと決めつけ、マグル生まれに対して忌避感を見せているという話だった。彼女はマグル生まれを母に持つハリーにはどのように反応するか、一抹の不安がある。リーベラは名家であるブラック家の出できっと純血であるからしてイレーネと問題のない関係を築けているのだろうが。

 

「あ、イレーネちゃんの純血主義が心配? それならあんまり気にする必要はないわよ、まだ幼いしイレーネちゃんが嫌がっているのは自分の祖母がマグル生まれってことだけだから。」

 

アリアドネが安心させるようにそう微笑んでくれる。

 

「……そっか。」

 

「そうそう、まだイレーネちゃんは幼いからね。純血主義とかマグル生まれとかについてはイレーネちゃんと一緒に色々調べてるし、まだ頭も柔らかいし今からでも純血主義の思想改善はできるよ。」

 

横からセレナが口を出してきた。

 

「それにヘレナちゃんだってまだ小さいけど一緒に考えてくれてるよ。」

 

ヘレナという名前には聞き覚えがあった。ヘレナ・レイブンクロー、……あの時にレイブンクローの髪飾りの話をしてくれた灰色のレディ。ゴーストのこと。

 

「あ、ハリー、ヘレナちゃんっていうのはロウェナ先生の娘さんのことよ。」

 

「うん……。」

 

将来、母の髪飾りを盗み出して血みどろ男爵に殺されてしまうなんて言えない。曖昧に笑うハリーにアリアドネは首を傾げたものの、特に追求することもなく次の授業は闇の魔術に対する防衛術よ、とだけ言った。

 

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