崖から落ちたら千年前 作:優鶴
スリザリン寮ではアルドールとリーベラと話し込み、ハッフルパフ寮ではアリアドネとクレマチスと厨房に立ち、レイブンクロー寮ではセレナとセプティマにしごかれ、グリフィンドール寮ではクリステアとトルニアンに引っ張り回され。一週間ごとに寮を変わるハリーの存在は自然と受け入れられていたし、一カ月が経って全寮を回る頃にはハリーはすっかり同級生たちに心を許していた。
「……それで? そのダンブルドアとやらはハリーにクィレルとかいう闇の帝王という名の寄生虫を宿らせたふざけた教師を始末させましたの!? 」
心を許して、1年生の時ににハリーが経験したことを語ってみた結果がこれである。辛いことも多い学生時代だったし、あれは本当に正しい行動だったのかと振りかえって悩むこともあったし、とりあえず聞いてもらってすっきりしたい。1000年後のことを知らない同級生たちは物事を客観的に見てもらうのに最適だと思ったのだ。
それに、秘密の部屋が開けられた時のことをアルドールに話して色々と突っ込まれたのも大きかった。同級生たちはハリーが語ることを真剣に聞いてくれたし、案の定途中で色々突っ込まれた。
「うん、まあ……。」
闇の帝王を寄生虫呼ばわりである。リーベラの言葉を肯定するとクリステアが目をつり上げた。
「あり得ない! そんな冒険は在学中の学生にやらせるようなものじゃないでしょ! 」
「それでハリーは、そのダンブルドアという校長を名乗る教育者に絶望的に向かないように見える人物を信じたわけだね。」
「……アルドール、そこまではっきり言われるとちょっと傷つくよ。僕考えなしの傲慢で馬鹿な子供だったって話? 」
「アルはそうは言っていないですよ、ハリー。虐待された11歳の子供が手を差し伸べてくれた大人を無条件に信じるのは当たり前のことですから。」
柔らかく微笑んだクレマチスは天使だった。
「それで? 次の学年はどんな無茶ぶりをされたんですの? 」
リーベラの瞳には心底心配そうな色が浮かんでいた。ああ、やっぱりリーベラはベラトリックスなんかとは重ねられないな、と思いつつハリーは口を開いた。
「アルドールにはちょっと話したんだけどね。えーっと、まずは秘密の部屋からか。」
「秘密の部屋? 」
何それ、と首を傾げたトルニアンにやはりこの時代に秘密の部屋は存在しなかったのかとハリーは納得した。まだ創設されて五年しか経っていないのだ。
「サラザール・スリザリンが、ホグワーツで学ぶにふさわしくないもの―――マグル生まれを排除するために怪物を遺したとされる部屋。」
「その怪物がバジーなんだね? 」
ハリーは頷いた。アルドールには前にも一度断片的に話しているからわかったようだった。
「……サラザール先生は、1000年後では、ゴドリック先生とロウェナ先生とヘルガ先生と思想を違えて決別してホグワーツを出ていったとされているんだ。」
もっとも今の四人の仲良しぶりを考えるとそれが真実かも怪しいものだが。
「……1000年よ。1000年もあれば歴史は歪むもの。」
「サラザール先生はゴドリック先生と決闘をして、それで出ていったらしいんだ。―――組み分け帽子がそう歌った。」
「よし組み分け帽子を締めてこよう。」
「クリス待って! 」
立ちあがったクリステアを慌ててアリアドネが止めた。彼女の瞳は本気だった。よし組み分け帽子締めてこよう、とか洒落にならない。
「……その1000年後に伝わっている歴史が本当かどうかはひとまず置いておこう。それで、ハリー。秘密の部屋のことはわかったから次の話をしてくれるかな? 」
穏やかに微笑んだセプティマに頷き、ハリーは話を続けることにした。
「―――その秘密の部屋が、開かれたんだ。ちなみに秘密の部屋への入り方を知りたい人。」
「はい! 知りたい知りたい! 」
トルニアンが勢いよく手をあげた。
「……サラザール先生に幻滅しないでね。あと、これ、改修工事で場所変わった後のことらしいから。」
「まあ、わたしがサラザール先生に幻滅する日は世界が滅亡する日ですわ。」
リーベラの言葉にハリーは苦笑した。―――これ、言ってしまっていいのだろうか。改修工事があったあとのことらしいけど、サラザールの名誉に傷がつかないだろうか。しかしきらきらとこちらを見る子供たちの瞳を見ればハリーに口をつぐむ選択肢はなかった。
「……女子トイレの蛇口に向かって蛇語で『開け』っていうと入り口が開く。」
「ごめんなさいサラザール先生に幻滅しそう。」
アリアドネが間髪いれずに呟いた。クレマチスがドン引きした顔をしている。
「……改修工事で場所が移されたって言ったじゃん。サラザール先生に責任はない。」
サラザールの名誉のためにハリーは一応弁護しておいた。
「でも蛇語が鍵なんでしょう。」
「……とりあえずこの話題は置いておこう。サラザール先生に幻滅するかどうかは置いておこう。」
「……幻滅すること前提みたいに言わないでよアルドール。」
とってもいたたまれない空気が広がった。
「あー……で、サラザール先生は変態かもしれないけど。」
頬をかきつつ気まずそうに言ったトルニアンにリーベラが椅子を蹴倒した。彼女はサラザールの過激派である。
「トルニアン! だから改修工事で移されたって言ったでしょ。」
ハリーとてサラザールを変態扱いしたいわけではないので、弁護を試みる。リーベラも勿論同意を示した。
「そうですわ、サラザール先生に責任はありませんもの! 」
「……そうだ、トーニャ。わかってるよね、そんな変態まがいの行為をしでかすのはサラザール先生じゃなくてゴドリック先生だ。女子トイレに部屋の入り口作るようなことしでかすのはゴドリック先生の方だ、そうだろ。」
セプティマがだいぶ酷いことを言い放ったが、それにアリアドネが軽く頷いたのにハリーは卒倒したくなった。うちの寮の創設者って教え子になんてイメージ持たれちゃってんの。
「サラザール先生は紳士だわ。やらかすならゴドリック先生の方。」
「……我が寮監ながら否定ができない。」
トルニアンがそろそろと目を逸らした。
「トルニアン、頼むからお前はロウェナ先生やヘルガ先生のスカートを魔法で巻き上げたりするような精神年齢の低い寮監と同じにはなってくれるな。」
アルドールがトルニアンの肩を掴んで真剣な目で言い放った。ハリーは自寮の創設者の人物像に頭を抱えたくなった。
「……アルドールはいいな、お手本がサラザール先生で。俺もお手本サラザール先生にする。ゴドリック先生みたいな幼稚な変態にはならん。」
グリフィンドール生とスリザリン生は固く手を握り合った。とはいえこの世代は寮決めくじ引き世代であるが。
「……僕、グリフィンドール寮出身なんだ。」
ハリーはぼそりと呟いた。急にグリフィンドール出身であることに誇りを抱きづらくなってきた。どうしてくれるんだ創設者殿。
「トルニアン、ゴドリック先生の精神年齢が低くて空気読めないからって言って落ち込む必要はないわ。グリフィンドール出身でもハリーみたいな立派な卒業生が出るんだから。ね、ハリー。」
アリアドネが真剣な顔をしてハリーとトルニアンに慰めの言葉をかけた。
こほんとアルドールが咳払いをする。
「えー……話が盛大にずれたけど、ハリー、続きを。」
「うん、そうだね。ハロウィーンの夜に……。」
「ハロウィーン? 」
「10月31日の……あ、そうか。そっか、この時代だとサウィン祭か。」
「なるほど、サウィン祭のことですか。それでサウィン祭の夜に何が起こったんですか? 」
クレマチスが納得したとでもいうように頷いてから問いかけた。
「『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ。』っていう文字がホグワーツのある廊下に書かれたんだ。僕が第一発見者だった。それで、その後、色々とあって僕が蛇語を操れることがわかったんだ。秘密の部屋にいた怪物はバジーだったから、次々と生徒が石化した。鏡を持ってたりとかゴーストを通して見たりとか、本当に幸運な偶然が重なって石化で済んだんだ。下手したら死んでたよ。」
「ハリー、それはどの寮の生徒もハリーをスリザリンの継承者だと言ったんだね? 」
「……うん。」
「まあ、情けないことですわ! スリザリンの継承者ならスリザリンの寮生であるべきですわ。自寮に、自寮の創設者に誇りを持つのでしたらみだりにグリフィンドールの寮生をスリザリンの後継者などと口にすることなどできませんもの。まったく、1000年後の生徒は矜持も何もないのですわね! それにパーセルマウスというだけでハリーが継承者だと決めつける。自分で考える脳をお持ちでないのかしら? 」
リーベラが吐き捨てるように言った。くじ引きで選ばれたのだとしてもリーベラはスリザリンの寮に誇りを持っている。そして他寮の誇りも理解し尊重している。
「どの寮であろうとも自寮には誇りを持ってしかるべきですわ。そして同時に他寮の誇りを、矜持を理解するべきですわ。そんなこと、言われるまでもないことですもの。グリフィンドールの寮生をスリザリンの継承者と言うのは自寮の誇りも持たず他寮の誇りも理解せず、矜持も尊重しない、恥ずべきことですわ。まったく、1000年後のホグワーツでは最低限の礼儀もなっていないこと! ハリー、あなたがグリフィンドールという寮に誇りを持つなら、そしてスリザリンとレイブンクローとハッフルパフの矜持を理解するのなら、そんな噂、鼻で笑って差し上げられたはずですわ。」
「……うん、そうだね、リーベラ。」
言いきって満足したのかリーベラはハリーの肯定の言葉に頷き、先をどうぞとでもいうように口を噤んだ。
「やがて僕の友人が石になった。そして、彼女の手には、メモが握られていた。僕はもうひとりの友人と共にそのメモから秘密の部屋の怪物がバジリスクであることを知ったんだ。そして、―――一人の生徒が秘密の部屋に連れ去られた。僕は教員たちの話し合いを聞いた。ピクシー妖精すらいなせないような闇の魔術に対する防衛術の教師に秘密の部屋の対処を任せると言いだしたんだ。これではいけないと思って、僕は女子トイレから秘密の部屋に続く道を開けて、秘密の部屋に辿りついた。」
「ピクシー妖精すらいなせない無能な教師にひとりの生徒の命を託したと? 教員たちの対応の甘さに反吐が出る。そんなこと、今この学校にいる先生方がひとりでも御存命だったとしたら決して許さないことだ。」
鋭い目でアルドールが言いきった。ロックハートを秘密の部屋に向かわせたのは本当にあり得ないと思っていたのでハリーも頷いておく。
「……ねえ、かいつまんで説明するのも僕の主観入っちゃうからペンシーブで見てもらってもいい? 」
ロックハートのことまで語らなければいけないのかと思ってがっくりとしたハリーは投げやりにそう提案した。
「わかりましたわ。」
リーベラが指を鳴らすとペンシーブが現れた。本当に彼らの能力の高さには恐れ入る。杖をこめかみに当て、秘密の部屋での記憶を引っ張り出したハリーはペンシーブにそれを入れた。
「では見てまいりますわね、ハリー。……ハリーは見ますの? 」
「うーん、僕はいいかな。」
微笑んだハリーにアリアドネが気遣わしげな笑みを見せたものの、八人はそろってペンシーブに顔を突っ込んだ。
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―――数分後。戻ってきた八人は同時に溜息を吐いた。
「……校長の笑みが胡散臭い。」
「ハリーは危うく死ぬところだったのね。不死鳥は偉いわ。」
「というかあれ分霊箱よね? 確か似たようなもの作ってサラザール先生に始末されてた魔法使いがいたわ。」
「11歳の女の子におかしさに気づけっていうのは何だけど、日記に乗っ取られるなんて……おかしいと思ったら大人に頼ればいいと思いましたけど、見たところ頼れそうな大人あんまりいなさそうでしたね。」
「生徒に忘却術かけるような教師雇った時点で校長としての資格は剥奪されるべき。あの品の良い紳士―――ミスター・マルフォイか? 彼が正しいのでは。」
「ああ、バジー! 可哀想に操られて、あんなのがサラザール先生の子孫だなんて! 信じたくないですわ! 」
「組み分け帽子からあんな風に剣が出てくるのね! 」
「……ハリー、本当に、頑張ったんだな……これを12歳で……。」
八者八様の反応だった。普通に分霊箱だと気づかれたし、リーベラに至ってはバジリスクの心配をしている。
「……ハリー、何であんな胡散臭い校長信じる気になったんだ……。」
アルドールの言葉にハリーは気まずげに目をそらした。だって何も見えていなかったのだ。
「……いや、ハリーを責めているわけじゃないんだけど。笑みが胡散臭い。まっとうな教師であればあんな風ににこにこしているのは違う。真っ先に生徒に駆け寄って無事かどうか確かめるべきだ。それでいえば、校長とやらの隣に立っていた魔女が深呼吸をして落ち着いていたのは真っ当な反応だった。心配していたと全身で言っていたから。」
「“わしが一番興味があるのは、ヴォルデモート卿がどうやってジニーに魔法をかけたということじゃな”……ですって? ふざけていますの、あの校長とやら? 一番興味があるのは、ではないですわよ! まず、“無事でよかった”を言うべきですわ! 」
だんっ、とリーベラが机を叩いた。
ハリーは思わず遠い目をした。自分も無茶をした。しかし……ごめんなさいダンブルドア校長、あなたのことやっぱり胡散臭く思えてきてしまいました。