崖から落ちたら千年前   作:優鶴

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「で、次の年は一体何をやらされたの。」

 

賢者の石、秘密の部屋と来たら一年に一度試練のようなものがやってくる、というか事件が起こるのはわかったらしい。完全に目の据わったアリアドネにそう聞かれ、ハリーは無言でペンシーブに記憶を明け渡した。とりあえず三年生分。ディメンターの話とシリウスの話を。

 

 

「杜撰! 裁判が杜撰極まりない! 意味わかんない! 何あれ、1000年後の魔法界は世も末だよね! 」

 

キレたのはセレナだった。リーベラはこの世の終わりのような顔でペンシーブを見ている。

 

「……わたしは、ブラック本家に嫁ぐことが決まっていますの。つまりシリウス・ブラックとやらはわたしの子孫というわけですわ……嫌……嫌ですわ、あんな短絡的猪突猛進考えなし馬鹿を具現化したような能力だけは無駄に高い駄犬がわたしの子孫だなんて絶対に認めたくないですわ……。」

 

「それを言ったらサラザール先生も闇の帝王が子孫だなんて絶対に認めたくないだろうな……。」

 

スリザリン組ふたりは顔を見合わせ、隅っこでじめじめしていた。トルニアンが黴生えるぞと野次を飛ばす。短絡的猪突猛進考えなし馬鹿、というのはハリーも否定できなかった。

 

「……リーベラ、僕の名付け親なんだよ、シリウスって。」

 

「……わかっていますわ……ええ、ハリーがマグルの家で育っても幸せとは言えなかったでしょうけど……それはわかっていますわ……ですがわたしの子孫とも認めたくない、いえ認めざるを得ないあの男に育てられでもしたら、ハリーはどう育っていたのか考えてしまいましたの……。」

 

よよと崩れ落ちるリーベラにアリアドネが首を傾げた。

 

「ベラ、あのね、それ、ただの惚けよ。」

 

「どうしたらそうなりますの!? 」

 

「だってシリウス・ブラックはベラの子孫なのよね? ってことは婚約者様と結婚して子供を生むって大前提が必要じゃない。惚けにしか聞こえなかったわ。」

 

ぼっと火がついたようにリーベラの顔が赤くなった。

 

「え、ええ、そ、そうですのよ、はい、お、お義兄さまと、結婚して子供を生むのは、大前提、ですわ……。」

 

自分で言っていて恥ずかしくなったのだろう。隅っこで桃色の空気を醸し出し始めたリーベラにアリアドネとクレマチスが顔を見合わせ、肩をすくめてみせた。

 

「ベラの惚けは放っておいて。ディメンターよ、ディメンター! 魔法省って魔法使い評議会の後継みたいなものなのよね? 自分たちが働いてるアピールをするためにあんな変な生き物を設置するなんて教育に悪影響しか出ないわ。」

 

「それは僕も思いました。あり得ないですよ、ディメンター配置なんて。」

 

「そう思うよね。ダンブルドアも止めたらしいけど。」

 

「当然だ、教育者としてあんな教育に悪影響しか出さなそうな生き物の配置は反対する以外に選択肢はない。」

 

「それにしても秘密の守人ねえ……。ねえ、ハリー。あの蝙蝠みたいな男の人だけど。」

 

アリアドネの言葉にハリーは苦笑した。スネイプはやはり蝙蝠に見えるらしい。

 

「魔法薬学教授でスリザリンの寮監。セブルス・スネイプ教授だよ。」

 

そして帝王をさえ最期まで欺ききったほどの閉心術の使い手でもある。

 

「……学生時代にでも何かあったんだろ、そうじゃないとあそこまでシリウス・ブラックを憎む理由がわからない。」

 

ご明察。トルニアンが鋭すぎる。ハリーは頭を抱えた。

 

「……一時は帝王の部下だったんだけどね、母さんが遺した僕を守るためにダンブルドアの指示でずっと影から見守っててくれたひと。ちなみに父さんは天敵だったらしい。」

 

「……エリス様と結婚できなかったサラザール先生ってことか。」

 

セプティマが納得したように頷いた。

 

「ハリーは瞳だけ母親似って聞いたけど、ああ、そっか……これエリス様と結婚できなかったサラザール先生……。」

 

セレナも納得したように頷いた。

 

「これ、完全に私の推測なんだけど、ハリー。ハリーのお母さんが死んだのに蝙蝠先生は関わってるんじゃないのかな。」

 

「何でそこまでわかるわけ……。」

 

ハリーはさらに頭を抱えた。何この人たち。

 

「というかエリス様って誰……。」

 

「サラザール先生の奥様よ。もう亡くなっていらっしゃるのだけどね……。サラザール先生は闇祓いでしょ、闇の魔法使いたちには恨まれているの。サラザール先生が少しエリス様とイレーネちゃんから離れた隙に闇の魔法使いから襲撃があって……。エリス様はイレーネちゃんを命がけで守って亡くなったのよ。だからイレーネちゃんのうなじには稲妻型の傷があるの。帝王を弱体化させる原因になったエリス様の愛の魔法。ハリーもお母様に命がけで守られたのでしょう、その傷。」

 

それは初めてこの世界に来た日にサラザールが言っていたような気もする。ハリーは頷いた。

 

「サラザール先生、エリス様は自分と結婚しなければ死ななかったんじゃないかって悩んでいるのよ。イレーネちゃんのエリス様の瞳を見るたびに、目に悲しげな色を宿らせる。あの蝙蝠先生もハリーの緑の瞳を目に入れるたびに、目にサラザール先生と同じような自責の念を滲ませていたもの。」

 

「見事です。脱帽。」

 

ハリーはぱちぱちと拍手をした。スネイプ先生はサラザール・スリザリンに似ていると言われたらどのような顔をするのだろう。リーベラのように自寮に誇りを持っているのなら嬉しく思うのだろうか。

 

「……それにしても、ペットを飼う時には必ずアニメーガス検知魔法をかけるという習慣、いつからなくなったのでしょうか。」

 

クレマチスが首を傾げた。ハリーは目を見開く。

 

「アニメーガス検知魔法? 」

 

「はい。自分が飼うペットがアニメーガスだったら嫌でしょう? だからペットを手に入れる時にはアニメーガス検知魔法をかけるというのがイギリス魔法界の常識です。」

 

「それが廃れていたからこその冤罪かあ……。」

 

アニメーガス検知魔法、1000年後にも浸透させた方がいいだろうなあとハリーは遠い目をした。というより。

 

「アニメーガスってそんな簡単になれるものだっけ。」

 

「先生方は皆アニメーガスですわよ。わたしたちもアニメーガスにくらいなれますわ。」

 

つくづく1000年前の常識は違う。

 

「アニメーガス習得授業は三年生から始まるんだったか。」

 

「基本的に五年生までには履修させるつもりらしいよね。」

 

セプティマとセレナが顔を見合わせてさらりとそんなことを言った。

 

「……僕もアニメーガス身につけようかなあ。」

 

「あら、ハリーはアニメーガスになれませんの。」

 

驚いたようにリーベラがぱちりと目を瞬かせた。

 

「アニメーガス検知魔法ってアニメーガスになってる時にかけるものだけではないんですよ。人間に検知魔法をかけてアニメーガスになったら何になるのかを知る方法もあります。」

 

「サラザール先生なんて闇の魔法使いにアニメーガスになられて逃げられては困ると言って半径1m以内ではアニメーガスになれない結界とかいう魔法を生みだしてしまわれましたのよ。術式が漏れると対策されるから困るとかでなかなか教えてくださらないのですけど……。」

 

アニメーガスになれるというのは結構当たり前のステータスらしい。というか半径1m以内ではアニメーガスになれない結界って何だそんなものが1000年後にも伝わってたらシリウスの冤罪晴らせたのに。

 

「セレナ、あとで扱いてよ。僕もアニメーガスになりたいから。」

 

「望むところだよ、頑張ろうねハリー。」

 

微笑んで請け負ってくれたセレナに礼を言う。とりあえずこの話題はひと段落ついたか、というところでクリステアが溜息を吐いた。

 

「ハリーの両親が死んだ事情、つまりシリウス・ブラックが裏切った、だとかそういうことって図書館漁れば出てくると思うからハリーの耳に入らないように注意するのって無駄だとしか思えなかったなあ。新聞? だっけ、それ漁ればどうせわかることでしょ。」

 

「僕は魔法界について全くの無知だったからね。」

 

「それにしても闇の帝王とかいうふざけた寄生虫の宿主教師といいあの無駄に能力の高い分霊箱といい脱獄犯といい、ホグワーツのセキリュティってどうなってるのかしら。中に異物が入り込んだら認識できるのかどうかあとで先生方に聞いてみましょうよ。」

 

「それは僕も気になる。結界張ってれば何かしら入りこんでくればわかるような気がするけど……。」

 

「サラザール先生とヘルガ先生とロウェナ先生とゴドリック先生がかけた魔法を引き継いでいっているのですわ。変なものが入りこんだらわかってもおかしくないと思うのですけど……。」

 

「それより魔法省よ。ディメンター配置ですって、馬鹿じゃないのかしら。」

 

「ディメンターという生き物はまだ発見されていませんけど、何なんでしょうねあの生物……だいたいせめて15にはならないと守護霊の呪文は難しいと思うんですけど。」

 

1000年前に来て周りの実力が桁違いすぎることに慣れてしまっていたハリーはその言葉に目を瞬かせた。

 

「……守護霊の呪文くらいみんな朝飯前だと思ってた。」

 

「一般的には15ってだけで、精神がある程度成熟しないと難しいって話よ。確固たる幸福な記憶を咄嗟に思い浮かべることができるようになるのは、精神がある程度成熟してから。ベラは両親が両親だったから早く大人にならなくちゃいけなくて、元々精神年齢が高くならざるを得なかったから10歳の時には守護霊の呪文を完成させていたけれど……。」

 

「ハリーは13歳の時点で守護霊の呪文を完成させたということだよね? 」

 

アルドールの言葉にハリーは頷いた。なるほど、守護霊の呪文は精神がある程度成熟していないとできない。だから難易度が高いのか。しかしそうするとハリーは精神年齢が高かったと? 冷静になって振り返ってみるとそうもいえない気もするのだが。

 

「まあ、精神が成熟しているってこともあるけど“最悪の記憶”が幸福とは遠ければ遠いほど、“最高の記憶”というものに幸せを感じやすくなるってこともある。ハリーが守護霊の呪文を完成させられたのはだからだと思うよ。“最高の記憶”に感じる幸福感の大きさが違うから。」

 

「わたしが守護霊の呪文を早く完成させられたのもそういう理由ですわね。両親に実験台にされていた頃の“最悪の記憶”と、ご当主様と奥様とお義兄さまに慈しんでいただいた“最高の記憶”がかけ離れていますもの。だから感じる幸福感の大きさが通常の人よりは大きいのですわ。」

 

「……なんか、皮肉だね。」

 

ハリーは思わず呟いた。最高の記憶を最大の幸福感を持って思い浮かべるには幸福感から程遠い最悪の記憶が必要になる。そんなことは誰にも言われたことがなかったが、言われれば確かにそんな感じがした。

 

そして同時にハーマイオニーが守護霊の呪文を苦手としていた理由もわかった。彼女は両親に愛されて育った一人娘だ。おそらく、彼女はハリーやリーベラのように肉親に愛されなかったといった幸福などとは程遠い最悪の記憶を持っていないのだ。

 

リーマスの最悪の記憶は間違いなくフェンリール・グレイバックに噛まれた時のことなのだろう。確かにそれは幸福とは程遠い深い絶望だし、精神が成熟しているのも頷ける。彼が守護霊を出せるのは道理であったのだ。

 

最悪の記憶が悪ければ悪いほど、最高の記憶を大きな幸福感を持って思い出せる。守護霊に込められた最高の記憶がより一層鮮烈に際立つ。思えば、母を愛したあの人の守護霊も美しかった。

 

「先生方の守護霊は本当に美しいですわよね。獅子、蛇、鷲、穴熊。入学式の時の余興として先生方が守護霊を出してくださったりしますけど、本当に美しくて。」

 

リーベラが頬に手を当て、うっとりと息を吐き出した。

 

「そっか、グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフの象徴かあ。」

 

確かに考えてみれば当たり前のことだが、ハリーが現在習っている彼らはやはり創設者なのだなと実感させられる。

 

「そういえばリーベラは最初に会った時に守護霊出してたよね。」

 

ハリーはふと思い出してリーベラに声をかけた。それ以上の衝撃で吹っ飛んでいたが、13歳の少女が杖なしで軽々と守護霊を呼び出したというのはハリーとしては驚くべきことだ。それにこの時代でも守護霊呪文は15歳くらいにはならないとできないとされているらしいのだから、彼女がいかに優秀かわかる。幼い頃に肉親の愛情を受けられなかったという環境が守護霊呪文の土台となっているとなると本当に皮肉だ。ハリーにも当てはまることではあるが。

 

「あの時驚かせてしまいましたか? 伝言を送るのには守護霊が一番都合がいいと思った次第ですわよ。」

 

その後守護霊談義に花が咲き、同級生たちが杖なしで守護霊を呼び出すのを見せつけられたハリーは杖なし守護霊呪文の習得にも励むこととなる。

 

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