~キリトside~
「偵察隊が、全滅?!」
二週間ぶりにグランザムの血盟騎士団本部に戻った俺たちを待っていたのは、衝撃的な知らせだった。
ギルド本部となっている鋼鉄塔の上部、かつてヒースクリフとの会談に使われた硝子張りの会議室である。半円形の大きな机の中央にはヒースクリフの賢者然としたローブ姿があり、左右にはギルドの幹部連が着席しているが、前回とは違いそこにゴドフリーの姿ともう一人の姿はない。
「昨日のことだ。七十五層迷宮区のマッピング自体は、犠牲者も出さずに終了した。だがボス戦はかなりの苦戦が予想された……」
それは俺も予想していた事だった。二十五層や五十層の時も強力なボスが用意されていた。クォーター・ポイントごとに強力なボスが用意されているなら、七十五層も同様である可能性が高い。
「……そこで、我々は五ギルド合同のパーティー二十二人を偵察隊として送り込んだ」
二十二人…恐らくその中にはアイツも…
「偵察は慎重を期して行われた。十一人が後衛としてボス部屋入り口で待機し……最初の十一人が部屋の中央に到達して、ボスが出現した瞬間、入口が閉じてしまったのだ。ここから先は後衛の十一人の報告になる。扉は五分以上開かなかった。鍵開けスキルや直接の打撃等何をしても無駄だったらしい。ようやく扉が開いた時―――――」
「部屋の中ではライト君が一人で戦っていたそうだ。他の十人の姿は無く転移脱出した形跡も無かった。十人は帰ってこなかった……念の為、基部フロアの黒鉄宮までモニュメントの名簿を確認に行かせたが……」
その先は言葉に出さず、首を左右に振った。俺の隣でアスナが息を詰め、すぐに絞り出すように言葉を発した。
「ライトはどうなったんですか…それに十……人も……。なんでそんなことに……」
「結晶無効化空間……?」
「そうとしか考えられない。アスナ君の報告では七十四層もそうだったということだから、おそらく今後全てのボス部屋が無効化空間と思っていいだろう。そしてアスナ君…ライト君はまだ生きている」
「いよいよ本格的なデスゲームになってきたわけだ……」
「だからと言って攻略を諦めることはできない」
「結晶による脱出が不可な上に、今回はボス出現と同時に背後の退路も断たれてします構造らしい。ならば統制の取れる範囲で可能な限り大部隊をもって当たるしかない。新婚の君たちを召喚するのは本意ではなかったが、了解してくれ給え」
「協力はさせて貰いますよ。だが、俺にとってはアスナの安全が最優先です。もし危険な状況になったら、パーティー全体よりも彼女を守ります」
ヒースクリフはかすかに笑みを浮かべた
「何かを守ろうとする人間は強いものだ。君の勇戦を期待するよ。攻略開始は三時間後。予定人数は君たちとライト君を入れて三十四人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時だ。では解散」
「三時間かー。どうしよっか」
鋼鉄の長机にちょこんと腰掛けて、アスナが訊いてきた。俺は無言で無言でじっとその姿を見つめる。
「ど……どうしたのよ」
と照れくさそうに笑った。俺はためらいながら口を開いた。
「……アスナ……」
「なあに?」
「……怒らないで聞いてくれ。今日のボス攻略戦……参加しないで、ここで待っていてくれないか」
アスナは俺をじっと見つめ、少し悲しそうに俯きながら言った。
「……どうしてそんな事言うの……?」
「ヒースクリフにはああ言ったけど、クリスタルが使えない場所では何が起こるか判らない。怖いんだ……君の身にもしものことがあったら……って思うと……」
「……そんな危険な場所に、自分だけ行って、わたしには安全な場所で待ってろ、って言うの?」
アスナが瞳に激情の炎を燃やしている。
「もしそれでキリト君が帰ってこなかったら、わたし自殺するよ。もう生きてる意味ないし、ただ待ってた自分が許せないもの。逃げるなら、二人で逃げよう。キリト君がそうしたいならわたしはそれでもいい」
「でもね……。今日参加する人はみんな怖がってると思う。逃げ出したいと思う。なのに何十人も集まったのは、団長とキリト君そしてライト、間違いなくこの世界で最強の三人が先頭に立ってくれるから……なんじゃないかな……。キリト君がそういうの嫌いなのは解ってる。でも、他の人のためにじゃなくて、わたしたちのために……二人で元の世界に帰って、もう一度出会うために、一緒にがんばってほしい。……それに私は行かないわけにはいかないよ…自分の弟が今も必死に戦ってるんだから。迎えに行ってあげないと」
「……ごめん……俺、弱気になってる。本心では、二人で逃げたいと思ってるんだ。アスナにも死んで欲しくないし、俺も死にたくない。現実世界に……」
「現実世界に、戻れなくてもいいから……あの森の家でいつまでも一緒に暮らしたい。ずっと……二人だけで」
七十五層のゲートには、すでに攻略チームが集結していた。
俺とアスナがゲートから出て歩み寄っていくと皆ぴたりと口を閉ざし緊張した表情で目礼を送ってきたり、中には右手でギルド式の敬礼をしている連中も居る。
「キリト君はリーダー格なんだからちゃんと挨拶しないとだめだよ!」
「んな……」
「よう!」
景気良く肩を叩かれて振り返ると、カタナ使いのクラインが悪趣味なバンダナの下でにやにや笑っていた。驚いたことにその横には両手斧で武装したエギルの巨体もある。そしてエギルの少し後ろでコトナが一人で俯いている。
「なんだ…お前らも参加するのか」
「なんだって事はないだろう!」
「今回はえらい苦戦しそうだって言うから、商売を投げ出して加勢に来たんじゃねぇか。この無私無欲の精神を理解できないたぁ…」
「無私の精神はよーく解った。じゃあお前は戦利品の分配からは除外していいのな」
「いや、そ、それはだなぁ…」
「それとコトナ…あんま無理はすんなよ?」
「私は大丈夫だよキリト君。私より昨日からずっと戦ってるライト君のが辛いもん」
「そうだな…まぁあいつなら大丈夫だよ。絶対にコトナを置いてく事はない」
「うん。ありがとね」
午後一時ちょうどに、転移ゲートから新たな数名が出現した。真紅の長衣に巨大な十字盾を携えたヒースクリフと、血盟騎士団の精鋭だ。
「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けれらると信じている。――――解放の日のために!」
「では、出発しよう。目標のボスモンスタールーム直前の場所までコリドーを開く」
「コリドー・オープン」
「では皆、ついてきてくれたまえ」
「……なんか……やな感じだね……」
「ああ……」
俺達は二年間の間に七十四にも及ぶボスモンスターを倒してきた。さすがにそれだけ経験を積むと、その棲家を見ただけでも主の力量を何となく測れるようになる。
周囲では、三十人ものプレイヤーたちが三々五々固まってメニューウインドウを開き、装備やアイテムの確認をしているが、彼らの表情も一様に硬い。
俺はアスナを伴って一本の柱の陰に寄ると、その華奢な体にそっと腕をまわした。戦闘を前に、押さえつけていた不安が噴き出してくる。体が震える。
「……だいじょうぶだよ」
アスナが耳元でささやく
「キリト君は、わたしが守る」
「……いや、そうじゃなくて……」
「ふふ」
アスナは言葉を続ける
「……だから、キリト君はわたしを守ってね」
「ああ……必ず」
「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関してはまだ情報がない。基本的にはKOBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい」
「では―――行こうか」
「死ぬなよ」
「へっ、お前こそ」
「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ」
「やっとライト君に会えるのに死んでたまりますか」
「――戦闘開始!」
俺らは扉の中に向かい走り出す。
そして中に入るとボスと対峙する血盟騎士団の制服を着て戦ってる背中が見える
「ようライト!迎えに来たぜ!」
俺が戦ってる背中に向かって声をかけると他のメンツも…
「生きてるかライト!」
エギルが声をかけ
「可愛い嫁さん残して行くんじゃねぇぞ!」
クラインも声をかけ
「ホント昔から無茶しすぎよライト!」
アスナも声をかける
他にも攻略に参加してるメンツが
「よくやったぞー!」「一人でゲージ一本ちょい削ってるって凄すぎだろ」「白騎士よくやったぞー!」などと声をかけている
「ちゃんと生きててよかった…」
コトナがライトがちゃんと生きていたのを確認して力が抜けている
「ったくやっと来たのかよ…つかコトナ!安心するのは良いけどまずはこいつ倒してからだろ!」
「うん…そうだね」
「んじゃ皆…勝って祝勝会でもやるか!俺が奢ってやる!」
「「「「「「「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」」」」」」」
こうして俺達の七十五層ボス攻略は幕を開けた