こちらはpixivにも投稿してます。
(呼称を「ヘル」と「ロックマン」に変更しました)
空離れの季節も半分を過ぎた頃。僕は騎士団本部でブルネルを探していた。呼び出せば事足りるが、気分転換を兼ねて僕から出向いた。貴族と平民が入り混じる騎士団は活気がある。魔術師長として出仕する城の寒々しい空気とは大違いだ。
ちょうど午後のお茶の時間、休憩室を覗くとブルネルは女性騎士と談笑していた。
「ブルネル、ちょっといいかな。休憩中に済まないね」
ブルネルは口元に運んでいたお菓子を慌てて紅茶のソーサーに戻して立ち上がる。僕に熱い視線を送っていた女性騎士はブルネルに促されて渋々席を外した。
僕はブルネルが食べようとしていたお菓子から目が離せなかった。
「そのお菓子、ポルカ?」
「ええ、
「この季節にポルトカリは珍しいんじゃない?」
空離れの季節に生のポルトカリは普通は手に入らない。公爵家では学校の長期休暇で帰ってくる僕のために蜜漬けや酒に浸けたものを用意していた。
「……ナナリーが旬にポルトカリを沢山買って、凍らせて保存する方法を試したそうです」
聞きたいような聞きたくないような単語をいくつか耳が捕らえた。
「解凍するのが難しいからこれは試作品だと言ってました。……隊長も召し上がりになります?」
ブルネルはテーブルの上の紙袋を手に取る。
「君が貰ったんだろう? 今回は遠慮しておくよ」
心なしかブルネルがバツの悪い顔をしている。用件を伝えると僕は休憩室を後にした。
試作品、試作品と頭の中で繰り返した。
*
数日後の夜、僕はヘルと食事の約束をしていた。珍しいことに彼女からのお誘いだ。僕が彼女の誕生日のお祝いをしたお返しだという。彼女らしい理由だけれど、そろそろ理由がなくても僕に会いたいと思ってくれないかな。
騎士団本部を出る前にゼノンに挨拶に行く。勤務時間が過ぎてもゼノンはまだ執務室にいた。書類を片手にお茶を飲んでいる。
「殿下、もう切り上げたらいかがです?」
「あと少しだけだ。お前は終わったのか?」
「僕はこれから約束がありますから」
「外に行くのか? ナナリーか?」
「ええ、まあ」
「ならこれはいらないな……。早く行くといい」
ゼノンは楽しそうに笑いながら書類を置き、綺麗な藍色の箱の中から手づかみで何かを取り出した。黄金色に焼けた三角形の、見た目は石のようなお菓子である。上にポルトカリの果肉が載っている。
「それ……ポルカですね?」
「ああ、ナナリーのポルカだ。この間ニケが食べているのを貰ってな、美味いと言ったらナナリーが日頃の礼だと作ってくれた。果物が苦手な俺でもこれは好きだ」
「…………」
「何だ? ニケ経由で貰ったんだ。お前からもナナリーに礼を言っておいてくれ」
騎士団では外部からの差し入れは禁止されている。ましてや王子のゼノンに贈り物などもっての外だ。団員からの個人的な贈り物も通常ならゼノンは受け取ったりしない。
大きく膨らんだポルカは今にも破裂しそうだ。
「アルウェス」
ゼノンが珍妙なものを見るように目を細めた。
「そんな顔してる暇があったら、さっさとナナリーに会いに行け」
僕はどんな顔をしていたというのだろう。
*
「最近ゾゾさんの占いが評判で、飲み会になるとゾゾさんの周りに占って欲しい人が集まっちゃうの。騎士団でも噂になってるみたいだけど、聞いたことある? ニケがハーレとの飲み会をセッティングして欲しいって頼まれて面倒がってたなぁ」
今日のヘルはいつもより饒舌な気がする。彼女が選んだ店は兎鳥が美味しい店だ。酒を楽しむ店ではないが、彼女も僕も料理に合う酒を水のように飲んでいる。
「君も占ってもらうの?」
「前に一度やってもらったけど……占いはあまり信じてない。魔法で何とかするほうがいい」
彼女らしい考えだ。
「ロックマンは占いを信じる?」
「僕は……そうだね、占いの結果そのものよりも自分がそれをどう行動に移すかが大事だと思ってるよ」
「占いは信じてるんだ?」
「信じても信じなくてもいい。行動を起こす決断をするのは自分だし、どう行動するか決めるのも、実際に行動するのも自分だ。おまじないや願掛けなんかも同じだと思う。結局は自分次第かな」
僕はゆっくり首を傾けて、穏やかな気持ちでヘルを見つめた。会えば喧嘩ばかりだったのに、不思議と彼女と僕は縁があった。きっかけが何であれ、各々が自分で決めて行動した結果だ。
小さな僕が大きな君に会ったことは魔力の暴走かもしれないが、その後の人生は僕が決めて行動したのだから。
彼女は小首を傾げて数回目を
ヘルが席を立っている間に会計を済ませる。店を出るとき彼女が「お礼なんだから私が払う」と言い張ったが、人が見ているから取り敢えず外に出ようと耳元で囁くと静かになった。
外に出て人通りが少なくなったところで彼女は財布を出してきた。
「そういう物は早く仕舞って」
「だっていつも奢られてばかりだもん」
頑として譲らない彼女の手を片手で包むように押しとどめる。
「何?」
「別に。寒いから」
彼女は気勢をそがれた様子で、僕が手を離すと素直に財布を仕舞った。
「あれ? ない!!」
「どうかした?」
「さっきのお店に忘れちゃった? それとも……」
「忘れ物はしてないと思うけど」
僕の制止も聞かずに彼女は店に引き返す。だが忘れ物は何もなかった。
「寮に置いて来ちゃったのかな……」
「まずは寮に戻ろうか」
彼女が早足で寮に戻る後ろ姿を眺めながら一歩一歩踏みしめて歩く。僕が普通に歩けばすぐに追い越してしまうから。
──いや、気を抜くと口元が緩んでしまうから。君が何を取りに戻っているのか、期待してしまうのは仕方ないだろう?
*
ハーレの女子寮の前で待っていると君が紙袋を持って戻ってきた。赤い手提げの紙袋。
「やっぱり寮に忘れてた!」
階段を駆け降りてきた君は少し紅潮した顔で僕の元まで駆けてくる。探しものが見つかった喜びからだろう、明るくキラキラ輝いた
学生時代、親友たちに惜しげもなく向けられていた
「これね、ポルカっていうお菓子なんだけど、私が作ったの。庶民のお菓子だから口に合うかわからないけど」
そんなこと気にするなんて君らしくない。小さな僕の目の前で作ってくれて、一緒に食べたじゃないか。僕は楽しくて嬉しくて、お菓子もとても美味しかった。
あれから僕はポルトカリが好きになって、母上や料理人に何度もポルトカリのお菓子を作ってくれるよう頼んだよ。母上は今でも僕が甘いお菓子が好きなんだと思っている。
「ポルトカリ好きなんでしょ? ──あげる」
赤い紙袋を受け取る。僕にはサプライズって訳じゃない。ブルネルとゼノンが貰っていたのを知っているから。それなのに、じわじわと足元から喜びが這い
小さな僕に夢をくれた
君の白くて柔らかい頬を撫でて、くしゃりと笑った。
「ありがとう。嬉しいよ」
僕はずっと君が作ったポルカを食べたかったんだ。
君はぽかんとして僕を見た。大きな瞳を見開いてびっくりしている。
「なんでそんな……子どもが笑ったような顔してるの?」
「なんでって、嬉しいから」
「ただのお菓子なのに?」
「僕には特別なお菓子なんだ」
「特別? ……まさか」
一瞬眉を上げると、口元に拳を当てて何かを呟いている。
「まあいっか……。じゃあ、おやすみ……」
右手を取って言葉を遮る。今夜はまだ君を離したくない。
「まだ飲み足りないでしょ? 美味しいお酒が飲める店を知ってるんだけど、行かない?」
そろそろ小さな僕が君に会った話をしてもいいだろうか。
「……行く」
君の手に指を絡めると、少し冷たくて懐かしい心地がした。
ポルカはどんなお菓子なんでしょうか?
この話では、果肉入りスコーンのようなお菓子を想定しています。形は丸、三角、四角など。今回は片手でも食べやすく三角形。
「甘橙(ポルトカリ)」は漢字から察するにオレンジみたいなもの、ポルカは「もそもそ食べる」「生地を捏ねて作る」らしいので、おそらくバターなどの油分が少なく、液状の生地ではない、スポンジ類よりはパンに近いお菓子なのではないかと想像してます。