11/3に一度公開したのですが、ロックマン視点を追加しておまけ部分を独立させました。①は主に女子とキースくん、②はロクナナです。
初恋ネタといえばロックマンですが、今回はナナリーのお話です。舞台はロックマン公爵邸、ナナリーとロックマンの他にノルウェラ様、キースくん、マリス、ニケ、ベンジャミンが出てきます。
「マリー、マリー」
色とりどりの美しい花が植えられた庭園の一角、屋敷の前に広がる芝生の広場で幼児の愛らしい声が響く。よちよちと歩いてくるのはロックマン公爵家の末っ子、キースくんだ。
「あらあらキース、お姉様方の邪魔をしては駄目よ」
「まあ、リーナ様、お気になさらないで。わたくしたちがキース様を見ておりますから、どうぞお席にお戻りになって下さいな」
「でもマリスさん、とても活発に動き回るから目が離せないのよ」
「大丈夫ですわ。わたくしたちもキース様とお喋りがしたいと思っておりましたの」
「そう? ……それなら、お任せしようかしら。キース、いい子にしてるのよ」
キースくんはにっこり笑い、ノルウェラ様は庭に向かって開かれた大きなガラス扉からサンルームに戻っていった。
「可愛い〜!!」
ベンジャミンが頬を染めて目を輝かせながらキースくんのそばにしゃがみ込む。
蜂蜜色の短い髪、茶色の大きな瞳、薔薇色の頬をしたキースくんはまるで天使のようである。私が会うのは赤ちゃんのとき以来だけれど、兄のロックマンが小さかった頃にますます似てきたと思う。
「ベンジャミンとニケがキースくんに会うのは初めて?」
「そうよ〜。ロックマンにこんなに可愛い弟がいたなんて」
「話には聞いていたけど、本当に可愛いわね」
「うふふ、そうでしょう。わたくしはキース様が赤ちゃんの頃から何度もお世話しておりますの」
私たちはロックマン公爵家の私的なお茶会に招かれている。侯爵令嬢のマリスはともかく、褒賞で男爵令嬢になったばかりのニケ、平民のベンジャミンや私も公爵家のお茶会に招かれるなど普通ならありえない。今日は特別に、ノルウェラ様のごく親しいお友達の他はロックマンの友人のみを招いたお茶会だという。サタナースも招待されているし、もちろんゼノン殿下も来ている。
私たちは庭に出されたテーブルで美味しいお茶やお菓子を頂いていた。ロックマンたちは少し離れたテーブルにいる。ロックマンとゼノン殿下の前には紅茶のカップが置かれているが、サタナースの前にはお酒とおぼしきグラスがあるのは気のせいだろうか。こんな昼からあいつは何をやっているんだろう。
「待って、待って! キースくん!」
一歳半になるキースくんはノルウェラ様がおっしゃった通り、まったく目が離せない。マリスはとても好かれていて、キャッキャと逃げ回ってはマリスのスカートにしがみついている。
「抱っこですの? わかりましたわ」
「マリス、ドレスが汚れちゃう。先にキースくんの靴の泥を落とすね」
マリスは日常着よりも豪華なドレスを着ている。汚れてしまっては大変である。私が汚れ落としの魔法をキースくんにかけると、マリスは慣れた手付きでキースくんを抱き上げた。
私的なものとはいえ、公爵家のお茶会だから服装には気を遣っている。貴族の仲間入りをしたニケは、シンプルなデザインながらドレスを着ている。黒に近い紫に、薄手の白い生地を重ねたドレスは、陽射しが当たると明るい紫に変化する。長いプラチナ・ブロンドの髪も美しく結って、すっかり貴族令嬢である。とても可愛いし、そして綺麗だ。
ちなみに私とベンジャミン、サタナースもおめかししている。ベンジャミンは華やかだけど大人っぽいワンピース、サタナースもジャケットを着てきたので安心した。
私は最初マリスにドレスを勧められたけれど、ノルウェラ様から素敵なワンピースが届けられたので、マリスもドレスは諦めてくれた。代わりに今朝はマリスとキャロマインズ家の召使いが寮の部屋にやってきて、あっという間にお化粧やら髪型やら整えられ、キャロマインズ家所有の馬車でロックマン公爵家まで連行された。
ノルウェラ様が用意してくださったワンピースは、とても肌触りのよい上等な白地に繊細な金の刺繍が施され、屋外にいると光を反射して不思議な色合いに輝いている。二重襟の下側とスカートの裾から差し色の赤いレースがちらりと見える。
このワンピースを見たとき、マリスが笑みを深めたので妙な感じがしたのだけれど、「素敵なワンピースですわ。貴女にお似合いですわよ」と躱されてしまった。
「マリー、あっち」
「なんでしょう? キース様」
「あっち、あっち」
「あちらに行きたいんですの?」
マリスがキースくんを抱っこしながら庭園に向かって歩いていく。ニケやベンジャミン、私も一緒にキースくんとお喋りしながら花々が咲き誇る庭園を散歩した。
「キースくんは本当にマリスさんに懐いているのね」
「お母さんみたいに見えなくもないわね」
「まあ、せめてお姉様にしてくださいな」
キースくんはぶんぶんと首を横にふる。
「あら? 違うの?」
「マリスさんはお姉様みたいな人ではないのね?」
大きなお目々をくりくりさせて頷く様子がなんとも可愛らしい。
「──じゃあ、マリスさんは好きな人?」
「しゅき、しゅき」
「マリスさんがキースくんの初恋なのね!」
ベンジャミンはすっかりキースくんにメロメロである。
キースくんは表情豊かで、言葉も喋っている。お城で初めて会ったときには凄まじいペストクライブを起こしていたが、こうやって普通に笑ったり喋ったりしているなら、あれ以来大きな問題は起きていないのだろう。
「ベンジャミンったら、キースくんはまだ一歳なのよ」
「あら、わからないわよ? 私の初恋だってすごく小さなときだったもの」
みんなの初恋の話は私もよく知っている。ベンジャミンの初恋はセレイナに住んでいた親戚の叔父さん。ニケは子供のころ魔物に襲われそうになったところを助けてくれた騎士団のお兄さん。マリスは言うまでもなく、アルウェス・ロックマンだ。
「わたくしがアルウェス様に初めてお会いしたのは八歳のときですわ。ゼノン殿下の遊び相手として高位貴族の子息と令嬢が王宮に呼ばれましたの」
マリスがロックマンと初めて会ったときの話も耳にたこができそうなほど聞いた。ゼノン殿下はもちろん素敵だったが、殿下と一緒にいたロックマンは、美少女と見間違えるくらい本当に美しい少年で、一つに結ばれた背中まである長い髪はキラキラと輝いて、ゼノン王子を守る精霊ではないかと思ったそうだ。
「魔法学校に入学して同じクラスになったときは天にも昇る気持ちになりましたわ。嬉しくて、人目もはばからずに歓喜の声を上げてしまいました」
「そういえば、組分けのときに叫んだり泣いたりしてた貴族の子たちがいたわね」
ベンジャミンが納得の表情で頷いた。私はまったく記憶にないが、いかにもロックマンの周りで起きそうな話である。
「でも、そのときに私の初恋は終わりを告げましたの」
「え?」
「学校が始まったら周りは
「ああ、そういう意味……」
「初恋って可愛いものよね。恋の夢を見てるような感じじゃない?」
「確かに……綺麗な憧れに昇華されてるわ」
きらきらとした、綺麗な夢を見ているような可愛らしい想い。憧れなのか、恋なのかもわからない淡い好意。みんなが語る初恋はとても懐かしそうで、思い出すだけで幸せになる宝物のように感じられた。
「ナナリーの初恋はアルウェス様ですわよね?」
優しく微笑むマリスの問いかけに、私はすぐに答えることができなかった。
……この気持ちは皆の初恋みたいに綺麗なものじゃない。
ロックマンが女性に囲まれていたら胸がモヤモヤする。私以外の女性が彼と腕を組もうとしたり、贈り物をあげようとしたり、そういう光景を見ただけで心が黒い雲に覆われて、すぐに目を逸らしたくなる。ささくれ立つ心を必死に押し隠す私がいる。
一緒にご飯を食べに行くようになって、ロックマンの態度がすごく柔らかくなったのはわかっている。でも、告白する前の関係が酷すぎたというか、ずっと喧嘩ばかりしてきたから、ようやく普通の女性として扱われているだけな気がする。
私がどうすればいいのか悩んでいる間に、ロックマンは他の女性の手を取ってしまうかもしれない。
ロックマンの言動ひとつで心臓がバクバクうるさくて、ハラハラして、ひどく心が揺れてしまう。感情の振れ幅が大きくて、ときに苦しいとさえ感じる。
この想いをふわふわした可愛らしい初恋と呼ぶのは
──そういう淡い憧れのような想いを抱いた人は他にいる。
「ナナリー? どうかしまして?」
マリスがキースくんを下ろして
「……あのね、私、ロックマンは初恋じゃないと思う」
「まあ、驚きました。アルウェス様の前に好きになった殿方がおりましたの?」
「えー! 初めて聞いた! 誰!? ナナリーの地元の子?」
「えっと──あ! キースくん!!」
キースくんが急に走り出し、何かに
「危ないよ、キース」
耳慣れた低い声が聞こえ、生け垣の向こうの
ロックマンが浮遊しているキースくんを抱っこする。二人はよく似た色彩を持ち、顔立ちもノルウェラ様によく似ている。親子みたいだと言ったら怒られるだろうか。もしくは叔父と甥か。
端正に整った美貌のロックマンが、なんとも優しげな顔をして、天使のように可愛いキースくんを抱っこしている。その姿は一幅の絵のように美しかった。
マリスがほぅ……、と感嘆のため息をついた。
「キースの面倒をみてくれてありがとう。綺麗な女性に囲まれて、キースもはしゃぎすぎたかな?」
「まぁ……全然よろしいですのよ、アルウェス様」
最初は兄のロックマンに抱っこされてご機嫌だったが、飽きてしまったのか、キースくんは身をよじり、背を反らして地面に下りようとし始めた。
「やー」
「まだ遊びたいの?」
地面に下ろしてもらったキースくんは、今度は私のスカートを引っ張って走り出す。私が追いかけると楽しそうに庭園の中で遊び始めた。後ろを振り返れば、ロックマンだけが私とキースくんについてきて、マリスたちは手を振っている。
キースくんは蝶を追いかけて花壇の中に入ってしまったり、レンガで転びそうになったり。怪我でもしないか私は気が気でない。大人になってからこんなに小さな子供と遊んだことはないし、ロックマン公爵家の大事なご子息に怪我をさせてしまっては大変だ。
「そんなに神経質にならなくても平気だよ。僕も見てるから」
いつの間にかロックマンが隣に来ていた。悔しいが治癒魔法に関しては私よりもロックマンのほうが数段上だ。しかもロックマンはもうひとり弟がいて、子供の面倒を見るのは意外と慣れているらしい。
遊ぶだけ遊んで、今度は私に抱っこをせがんでくるキースくん。実はどう抱っこをすればいいのかよくわからない。マリスが抱き上げていたのを思い出しつつ、緊張しながら脇の下に手を入れる。
「わ……意外と重い」
「ほら、しっかり抱えて」
ロックマンが背中側からキースくんを持ち上げる。マリスは軽々と抱き上げていたけれど、ずっと抱っこしていたら腰が痛くなりそうだ。毎日子供を抱きかかえている世のお母さんたちは凄いと思う。
慣れなくて緊張しているのが伝わったのだろうか、キースくんはぐずりだしてしまい、結局ロックマンと交替した。ロックマンがキースくんを抱っこすると、あっという間にすやすやと気持ちよさそうに眠ってしまった。
遊ぶだけ遊んで、眠くなったら眠る。子供って本当に自由だな。
「遊び疲れたかな。屋敷に戻ろうか」
「ねえ、ロックマン。キースくんは魔力の制御で問題が起きたりしてないの? その……ペストクライブとか」
「小さな子供が起こす普通のペストクライブはあるけどね。周りの大人が対処できる程度だから大丈夫」
「そうなんだ。よかった」
「うん。本当によかった」
軽い相槌に聞こえる言葉に、ロックマンの深い思いが込められている気がして、静かに微笑む彼の横顔を見つめる。
私が彼の子供時代を理解することができるなんて思わない。でも、たった一日とはいえ、ちびロックマンと一緒に過ごせたのは運が良かったと思う。実際にちびと会っていなかったら、私はロックマンの過去を何も知らないままだったろう。
「──どうかした?」
「ううん、何でもない」
並んで歩き出したものの、何を話せばいいのかわからない。さっきまで緩んだ顔でキースくんの相手をしていたロックマンも黙ってしまった。
「……ヘル」
「何?」
「誰なの?」
「誰って?」
「君の初恋の相手」
「へ?」
さっきの話を聞いていたのか。
それにしても、眼鏡の奥の赤い眼差しが鋭い。こころなしか気温が下がった気がする。子供を抱っこしながら冷たい空気をまとうんじゃない。キースくんが起きてしまう。
「えーっと、その…………所長よ」
「──所長?」
「だから、ロクティス所長!」
目を真ん丸に見開いたロックマンは、口をぽかんと開けて固まっている。
なんて間抜けな顔だろう。目や鼻や口から全部力が抜けてしまって、美貌が台無しだ。憎たらしいくらい綺麗な男だと思っていたけど、こんなに変な顔ができるなんて知らなかった。これなら少しは可愛げがあると認めてやってもいい。
「…………ロクティス……所長? ハーレの?」
「そうよ」
「彼女は女性だけど?」
「だから何?」
「何って……君は女性を恋愛の対象として好きになるの?」
「わからないわよ。でも、初恋って、ふわふわして、キラキラした憧れのような淡い好意で、大人になったら懐かしくて宝物みたいな気持ちになるんでしょ? 子供の頃ハーレで所長に会ったときの気持ちがそうなのよ」
私は真面目に答えた。そう、真剣なのだ。
それなのに!
ロックマンはブフッと吹き出すと、肩を震わせて笑いだし、何がそこまで
ひとしきり笑い終えると、眼鏡のレンズの下から長い指を差し入れて
「なんでそんなに笑うの!?」
「そりゃ笑うでしょ? 君の初恋の相手がロクティス所長だなんて。笑うしかないよ」
「人の初恋を馬鹿にしないで!」
「そうだね、ごめん。悪かったよ」
謝りながらもロックマンはまた思い出したように笑い始めた。私は顔を赤くしてぷんとむくれる。その様子を見てロックマンはまた笑っている。
*
「あら……?」
窓の外を見上げたノルウェラは、向こうからアルウェスとナナリーが歩いてくるのに気がついた。窓に近寄ってみれば、顔を赤くして怒っているようなナナリーと、キースを抱っこして、それはそれは可笑しそうに笑っているアルウェスが見える。
生まれたときから研究所に預けられ、幼少期に子供らしい生活を送ることが叶わなかったアルウェス。この家に帰って来たときには大人のような顔しか見せなくなっていた息子が、どこか幼さの残る表情で心から笑っている。隣を歩く女性を愛おしそうに見つめながら。
──なんて幸せな光景を私は目にしているのかしら。
ノルウェラは優しく目を細めて、自分の息子とそう遠くないうちに義理の娘になるであろう女性を眺めていた。