加筆修正してあります。
放課後、氷型の魔法型別実習室に居残って私は魔法を練習していた。同じ氷型の六年生の先輩からまだ完璧に習得できてない魔法のコツを教わっていたのだ。先輩は男爵だか子爵だかの子息で、卒業後は騎士団に入団するらしい。
「ありがとうございました! わざわざ練習に付き合わせちゃってすみません」
「別にいいよ、これぐらい。僕もいい復習になるし」
「そうだ、先輩、お腹空いてないですか? お菓子ありますよ」
私は昼休みに購買で買ったポッキーを鞄から出して袋を開けて、先輩に袋の口を差し出した。
「ありがとう。頂くよ」
「ポッキーおいしいですよね!」
にっこり笑って私はポッキーをかじった。
「ねえ、ヘル。ポッキーゲームって知ってる?」
「ポッキーゲーム? いえ、知りませんけど」
「やってみる? ポッキーゲームっていうのは……」
先輩がポッキーを一本摘まんで私の方に差し出してくる。
────ガラッ。
突然教室の扉が開いた。ロックマンだった。「ゲッ!」私は条件反射のように顔をしかめる。
「先輩、ベブリオ先生が探してましたよ。教員室に来てほしいそうです」
「そうか、わざわざありがとう。じゃあね、ヘル。またわからないことがあったらいつでも相談に乗るよ」
「ありがとうございました! また機会があったらよろしくお願いします!!」
私はしっかりお辞儀をして先輩を見送った。ロックマンの横を通り抜けて先輩が去っていく。それを無言で見ていたロックマンが、くるっと私の方に向き直ると半目で睨みつけてきた。つかつかと教室の中に入ってくる。
「君は馬鹿なの?」
「はあ!?」
口に入れたばかりのポッキーがバキッと折れた。
「男にポッキーゲームに誘われてほいほい了承するなんて」
「ほいほい了承なんかしてないわよ!」
そもそもポッキーゲームって何だ?
「……そのポッキーも先輩からもらったの?」
「違うわよ! 私が昼休みに購買で買ったの! 失礼ね!!」
手に残っていたポッキーをバリバリと音をたてて食べてやった。
「だったらいいけど。君は馬鹿だから、人からもらった物を疑いもせずに食べてしまうだろう? 変な薬が入ってるかもしれないのに」
そんな不用心なことするか! ……と言いたかったが、私には去年貴族女子からもらったお菓子を食べて猫に変身した前科がある。悔しいけれど強く反論できない。
「だいたい、さっきから言ってるポッキーゲームって何なのよ?」
椅子に座ってボリボリとポッキーをかじる。
「知らないの? ポッキーを二人で両側から食べ進めて、先に折った方が負けのゲームだよ」
「……それだけ?」
「それだけって……意味わかってる?」
「折らないで食べ切ったら勝ちなんでしょう?」
「──そうだけど。二人で折らないで食べるって……どういう状況になるかわからないの?」
んん? 何で呆れた顔をしているんだ?
机に頬杖をついて、ポッキーを口にくわえて手を使わずにバリバリ食べ切る。ロックマンが心から馬鹿にした顔で私を見ていた。相変わらず腹が立つ男だ。私の眉がピクピク動き、ロックマンにガンを飛ばす。
「何よ? 勝負する?」
あまり深く考えずにいつものセリフが口から飛び出していた。
「はぁ?」
変な声を出すロックマン。虚をつかれたように、間抜けな顔をしている。何でこんな顔になったのかさっぱりわからないけど、ちょっと溜飲が下がった。
「だから、そのポッキーゲームってやつ」
「何言ってるの? 馬鹿なの?」
「馬鹿じゃないわよ!」
頭が痛そうにこめかみを押さえたロックマンは軽く目を閉じてハァーと深い溜息をつく。蜂蜜色の長い睫毛がゆっくりと持ち上がって、赤い瞳と私の視線がぶつかった。
「……いいよ」
「へ?」
「実際にやってみないと馬鹿にはわからないだろうから」
ロックマンは椅子を引き、机をはさんで私と向かい合わせに座った。
教室の窓から強い
ロックマンが白くて長い人差し指と親指でポッキーを一本摘まんだ。机に片肘をつき、指をついっと差し出してポッキーの先のチョコの部分を私の唇に当てた。私が薄く唇を開けると先っぽが差し込まれる。
唇に触れたチョコが溶けて、甘い。
少し前屈みになったロックマンは、ポッキーの反対側を摘まみ、頬に落ちてくる髪の毛を耳に挟むと、真っ直ぐに私の目を見返してきた。
え……? なにこれ。……近い。近いよね?
私とロックマンの間にはポッキー一本分の距離しかない。
形の良い唇を開けて摘まんでいたクッキー部分の端を口にくわえる。ただそれだけの仕草が
目の縁を覆うようにびっしり生えた金色の長い睫毛もよく見える。
窓から射し込む眩しい光と濃い影が、教室から他の色を奪ってしまった。放課後の学校の
私の目に映るのは炎のようなロックマンの瞳だけ。
サクッ。
サクッ。
ロックマンがゆっくりとポッキーをかじる音が響いている。
私は何が起きているのか理解できず、瞬きも忘れて燃えるように輝く瞳に釘付けになっていた。
ロックマンがひと口、ひと口とかじるごとに形のよい薄い唇が近づいてくる。次のひと口で鼻と鼻がくっついてしまう。
このまま続けたらどうなるか────。
パキィ……!
鼻がくっつくと思った瞬間、反射的に顔を仰け反らせ、その拍子にポッキーがロックマンの口のところで折れた。
私の頬はカッカッと火照っている。あの瞳に燃やされたのかと思った。口の先に残ってたポッキーをバリバリと食べ切った。
「君の負け」
ロックマンが口の端についたチョコを親指でこすり取りながらニヤッと笑った。
「じゃあね、馬鹿氷。これに懲りたら二度とやるんじゃないよ」
そう言い捨てると、ロックマンは席を立ち、一度も振り返らずに教室から出ていく。
「う、うるさいわね! 馬鹿炎!!」
火照った頬は氷で冷やしてもなかなか元に戻らなかった。