喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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五話「So far, so good」
将来の事は知らん!


 

 

 閉店後もリコリコは騒々しい。

 その原因なんて、主に一人しかいないのだが。

 

「では、みんな。今回の依頼内容を説明しよう!」

 

 厨房で片付けをしていた俺にも聞こえる大声で千束が話している。

 良いけど落ち着け。

 最近じゃ鎮静剤を打つか悩むレベルだぞ。

 仕事に前向きなのは良い事だけど、オマエの活力が漲る程に周囲が受ける被害の質と規模まで比例するのマジ勘弁。

 

 俺は手を洗って、カウンター席まで移動した。

 千束はタブレットを片手に満面の笑みだ。

 座敷席では、千束の様子を半ば呆れたように見ているミズキさんとたきなが座っていた。クルミは上の席でゲーム中だろうが、まあ聞いているだろう。

 俺も聞かないと怒られるんだろうなぁ。

 具体的には家で同じテンションのまま再説明される……うるせぇし嫌だ!!!

 

 

「はい、そこ!ぼーっとしない!」

 

 

 タブレットで頭を叩かれた。

 割れるぞ、タブレットが。

 若干パキッみたいな音がして千束が心配そうにタブレットを確認している。

 でしょうね。

 近くにいても面倒臭いので、俺はミズキさんの隣に移動した。

 

「ミズキさんが説明しないんですか?私、もう読みましたよ」

「今回やたら張り切ってんのよね」

「また変な物でも食べたんでしょ」

 

 俺とミズキさんでくすくす笑っていると、頭に千束の手刀が落とされた。

 壊れるぞ、オマエの手が。

 実際に痛かったのか、顔を歪めて手をプラプラと振っている。

 言わんこっちゃない。

 

「よし、説明するけど……こらー!そこのリス、ゲームしてない!?」

「聞いてるよー」

 

 訝しむ千束に、クルミが返答する。

 どうやら本当に聞こえてはいたようだ。

 

「では、始めよう!」

 

 長い前置きだったが、依頼内容が千束の口から説明される。

 ……オマエ以外は織り込み済みなんだけどね!

 

 依頼人は72歳の日本人男性。

 何者かに妻子を殺害された壮絶な過去を持ち、自らの身の安全の為に渡米し、そこを避難先として長らく生活していた。

 現在は筋萎縮性側索硬化症――所謂体中の筋肉が衰弱し、最終的には心筋すら停止する重い病を患った。そのため、去年には余命宣告を受けたことで最期に故郷である日本、それも東京を観光したい。

 だが、まだ命を狙われている可能性が否めない。

 一度脅かされた体験による恐怖は拭えないものだ。

 更に、病の影響で一人では動けない。

 そこで、リコリコは観光の補助と並行して彼を守る為の身辺警護を依頼された。

 

「観光案内か。たしかに千束が好きそうだな」

「ふふんっ!」

 

 コイツは任務外で東京を練り歩いている。

 斯くいう俺もそれに同道させられた。

 千束ならば観光サポートとしても適役だし、歴代最強のリコリスとして護衛の機能も十全に遂行できる。

 他人に配慮できるか不安だけどな。

 コイツ人の地雷とか余裕で踏み抜くし。

 

「なぜ狙われているんですか?」

 

 たきなが挙手して疑問を口にする。

 それを聞いた隣のミズキさんが肩を竦めた。

 

「それがね、さっぱり!」

「え?」

「大企業の重役で敵が多すぎるのよ。だから目星とか付けられない……でも、その分報酬はたっぷりだから」

「ミズキさん、金の話だと正直だよな」

「黙れ小僧!金が無きゃ酒も飲めないのよ!」

 

 悲しすぎる。

 喋る程にミズキさんは哀れな印象が色濃くなる。

 早く、早く貰ってあげて……俺以外で!

 

「日本に来てすぐ狙われるとも思えないけどね」

「たしかに」

「行き先はこっちに任せるらしいし、私がばっちりプラン考えるからっ!」

「旅の栞でも作ろうか?」

 

 不意にクルミが頭上から提案した。

 げっ、やめろ仕事の手間を増やすなよ……。

 ちら、と千束を見ればナイスアイデアだとばかりに顔を輝かせて指を鳴らす。

 

「それだっ」

「頑張れよー」

「帰ったらテンと一緒に作るぜ」

「え゛ーー!?」

「私とたきなを放って仕事に行った罰がまだなんだぞ貴様。いつも以上に私へ奉仕するのだ!」

「うわクソじゃん……」

 

 いつも以上って何?

 ただでさえ人権を侵害されているんだぞ。

 そろそろ人の形を捨てろとか言われるのかな、言われそうだな。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、若干の寝不足気味でリコリコに出勤した。

 

「お疲れ」

「絶対にここ辞めてやる」

「逆に九年もよく粘ってるわ」

 

 横で鼻歌を歌う千束を窓の外に放り投げたい衝動を抑えて、俺は身だしなみを調え直す。

 これから依頼人が店を訪ねるのだ。

 苦労して栞も作った事だし、成功しなくては今瞼を苛むこの眠気の分までクソご主人様にどうぶつけてやろうか。

 

「テンと私の共同作業の結晶だよ!もう我が子だよ!」

「やめろ」

「もう、パパったら恥ずかしいのかな〜?」

「うざ」

「ほら、我が子が可愛くないのか!」

 

 そう言って千束が栞を掲げる。

 はいはい、そうでちゅねー。

 軽く受け流したいけど、これからペアの婚約指輪が届くのもあって顔が引き攣りそうになるわ。

 マジで血迷ってるな、最近の俺。

 

「ん、来たか」

 

 店の前で車の停車する音が聴こえた。

 依頼人が到着したようだ。

 カウンター席でだらけていたミズキさんも背筋をしゃんと伸ばして立ち、俺もその横に並ぶ。

 しばらくすると、長身の背広姿の男性が店の扉を開いた。

 あれ、依頼人って……。

 

 

『こんにちは』

 

 

 機械音声の挨拶。

 扉を開けた先から、店内へと車椅子が入り込んだ。

 車椅子に座っているのは、老年の男性。

 全体的に細く、肘掛けに置かれた手は指先までほとんど骨に皮が貼り付いたようにさえ見える細さだった。

 資料通りの状態であると見て、彼が依頼人なのだろう。

 

「お待ちしておりました!」

「遠いところ、ようこそ」

 

 看板娘と店長が挨拶に応える。

 もう、俺はフェードアウトして良いっすか?

 

『少し早かったですかね』

 

 機械音声ではあるが楽しみにしていたのは伝わる。

 意外と驚かされたが、声帯の損傷だったり諸々の理由で発声ができずとも機械が脳波を読み取って伝えたい言葉を発音するというのが最近の研究でもあるし、これは普通なのか。

 それにしては言葉も流暢だし、抑揚もある。

 ホントに機械か……?

 元大企業の重役だから、身辺の機能性を充実させているのかもしれない。

 ……だとするとゴーグルは、何の機械だ?

 眼筋も衰えているから視る力が無いのだろうが……俺の知らない先進技術か。

 

『楽しみだったもので』

「いえ、準備万端ですよ。旅の栞も完璧です!」

 

 千束がここぞとばかりに栞を持ち上げる。

 

「千束、データで渡そうか」

「え?………はっ」

『助かります。……後はこの方たちにお願いするので、下がって良いですよ』

 

 クルミの助け舟の意図を察して千束が息を呑む。

 そうだった、失念していた。

 手の力も衰えてしまった依頼人には、旅の栞を渡しても自身で持って見る事ができない。

 

 ………俺の夜の苦労が水泡に帰さなくて良かった。

 

 

 背広姿の男性たちが老人の指示に従って退店し、車で去っていった。

 さて、ここからが仕事か。

 

 クルミが車椅子の機械部にデータを送信する。

 俺は隣からそれを見ていた。

 

『今や機械に生かされているのです。おかしいと思うでしょう?』

「そんな事無いですよ、私も同じですから。――ここに」

 

 機械に生かされる事を少し恥じ入るような曖昧な調子で話す老人――松下さんに対して、千束が胸前で振った手をハート形にする。

 その仕草にたきなが小首を傾げた。

 

『ペースメーカーですか?』

「いえ、丸ごと機械なんです!」

『人工心臓ですか』

「アンタのは、毛でも生えてんだろうね」

「機械に毛は生えねェっての!!」

 

 おい、そりゃ爆弾発言だって。

 ちら、と俺が確認してみるとクルミもたきなも驚いている。

 確かに言ってなかったよな。

 

「え……え、どういう」

「できたぞー」

 

 クルミのデータ送信が完了する。

 俺と千束制作の旅の栞を閲覧したであろう松下が驚嘆の声を上げる最中も、たきなは呆然自失としていた。

 初耳なら誰もが息を呑む情報だ。

 分かるよ。

 俺だって初めて聞いた時は……………………あんま驚かなかったな。

 何なら、『あー、やっぱり人造人間でしたか』みたいな反応で笑ってぶん殴られた記憶がある。

 ははははは!!

 あれ、頬の古傷が疼くな………。

 

 

「それじゃあ、東京観光しゅっぱーつ!」

 

 

 千束が率先して松下さんの車椅子を押す。

 たきなは置き去り状態だった。

 

「あの、今の話って」

「たきなー!早く行くよ!ミズキも車!」

「あ、はい!」

 

 千束に急かされて、たきなが慌てて後を追う。

 ミズキさんがため息をつきながら首の骨を鳴らし、外へと向かっていった。

 オイ、そのオッサンくさい仕草やめろ。

 だから美人なのに貰い手が見つからんのだぞ。

 

「店長」

「ん?」

「たきなに言ってなかったんですか?」

「……千束に任せれば良い」

 

 店長がやや目を細めて二人の後ろ姿を見送る。

 そうだな。

 俺も正直に言って、どうやったら暗い雰囲気にならず相手にすんなり受け容れて貰える説明が可能か分からない。

 いや、出来るヤツいる?

 

「ボクにも教えろ」

「相変わらず好奇心が強いな」

「まあね」

「だから殺されかけたんだぞ?踏み込み過ぎたら、次は俺がオマエの頭に一発ズガンと撃ち込まなきゃいけないじゃん」

 

 俺はやだよ、マジで。

 やるなら目一杯コイツの口にどんぐりをブチ込んで窒息死させるけどな。

 

「ボクを匿ってる時点で、ボクの情報が漏洩したら千束たちもDAから痛い目に遭わされるだろ」

「その場合は、俺が全員処刑しないといかん」

「なぜ?」

 

 店長が深いふかいため息をつく。

 すみません、逆に俺が余計な事を言ったわ。

 

「確かに、リコリコ所属という名義ではあるが厳密に天は正規のリコリコ所属ではない」

「ボクと同じ協力者か?」

「いや、千束専属の監視者……言うなれば『千束専属のリリベル』という扱いだ」

「は?」

 

 店の扉を閉めて、店長がクルミに振り返る。

 

「今は任務中だから詳しくは説明できないが、命令違反、または情報漏洩の元、あらゆる側面で危険なリコリスを処分するDA組織の上層部が操る別部隊がある」

「それがリリベルってヤツか?」

「簡単に言うとな。それも彼らの仕事の一部というだけだが」

 

 クルミが俺を見て険しい顔立ちになる。

 まあ、そうなるよね。

 つまり、リコリコにて看板娘やたきなを脅かす危険なエージェントが堂々と働いているのだ。もし普通のリコリスならば刃傷沙汰だっただろう。

 そうなっていないのは、複雑な俺の立場と千束の強さで成り立っている。

 

 昔の話だ。

 千束に捕らえられて、すぐ俺はDAに運ばれた。

 年齢的にもまだ職員ではないし戸籍も無い。

 俺を働かせる危険な警備会社の情報を吐かせるだけ吐かせて処理するつもりだったが、俺が思いの外すんなり情報を暴露した事やら、その後に会社で見つかった俺の過去の功績の記録から利用する事になったのだ。

 その時である。

 リコリスは女性しかいない。

 そこに俺は加われない。

 能力に目をつけた上層部は、もう一つの部隊――リリベルとして起用する事を判断した。

 

 それを、店長と楠木司令がどーにかこーにか!説得して止めてくれたのだ。

 俺としては何でも良かったのだが、千束がかなりのワガママを言ったのである。たしか、あの時はリコリコが建って間もない頃でDAを出た千束本人にもリリベルの襲撃が多かった時期だったし。

 千束と俺はDAの仕事を手伝う条件でリコリコに在留できた。

 その際に、元からDA所属の千束と違って外部の人間の俺にはペナルティ……のような物が課せられた。

 それが。

 

 

「じゃあ、天は」

「千束がDAにとって有害となった場合にのみ、千束を殺す事を使命とする人間だ」

「……今更だが、ここに置いて大丈夫なのか?」

「普段の生活を見て分かるだろう?」

 

 ええ、そうですハイ。

 昔は錦木千束を唯一殺せるリリベル、なんて呼ばれてたけど………。

 

「千束には勝てないし」

「天本人にその気が無いしな」

「最初はDAのリコリスを内部で監視するって役割もあって、だからDA本部に通ってライセンスも取ってたし、DAの作戦にしばしば参加させられるワケ」

「なるほどな」

 

 クルミがくつくつと笑う。

 何が可笑しいんじゃ我ェ!!

 言っておくが、知った時点で脳髄に銃弾を爆裂お注射しなくちゃいけないレベルの話題だぞ。

 

「なら、意味ないじゃないか」

「どうかな」

「違うのか?」

「千束が実弾を使えば天に勝つのは容易だ。だが本気で武装した天を相手に、ゴム弾しか使わない千束では勝てない」

「そうなのか」

「天の頑強さは、ゴム弾では普通に止まらないからな。だから、リリベルから呼び声もかかった」

 

 いや、ゴム弾でも止まります。

 普通に痛いです、死ぬほど辛いです。

 リリベルがどんな物か、全容は俺も正直知らない。

 課せられた『千束の監視及び危険時における処理係』という任務以外は、リリベルの仕事なんて全くしていないからな。

 うん、てかしたくない。

 リコリスと戦うとか正気じゃあねェ!!

 

 怖いもん。

 要は怒ったクソご主人様と正確無比なたきなエルの銃撃を相手取るんでしょ?

 そんなん開始一分で臨終するわ。

 

 そんな事だから、楠木司令にも早く辞めて本部で働けと言われる。

 優秀だからという理由以外にも、本部内でリリベル関連の人間を自由にさせたくないからだ。

 

「ほら、店長。とりあえず俺らの仕事は」

「二人のサポートだな」

 

 俺は今回、裏方の仕事だ。

 あと少ししたら、ミズキさんと合流する。

 現場に近い場所で後方支援することになるミズキさんも危険が無いとは言い難いので、俺は彼女のボディガードだ。

 千束と一緒なのよりはやる気出る。

 

「それじゃ、始めますかね」

「ミズキを頼んだぞ」

「ええ、勿論です」

 

 ミズキさんは俺が守る。

 

 …………任務中だけで将来の面倒は見ないけどな!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――おまけ―――

 

 

 

 テンと私の付き合いは長い。

 特に、生活空間もほぼ一緒で共有状態である。

 そうなれば、多少はお互いにイラッと来たりストレスに感じる部分が見えてくる。

 

 

 その中でも最高にキレた瞬間がある。

 私が十二歳の時だ。

 

 

 やってしまった。

 セーフハウスの上階――テンの使用する部屋へと来て、私は後悔した。

 彼はなんと、上裸で筋トレ中だった。

 組み立てた機器で懸垂を途中で止めながら、彼もこちらを見ている。……てか辛くない?そこで止めるの。

 

 ヤバい、流石にダメだわ。

 幾ら日頃から奴隷と扱き下ろしていても、ね。

 

「あ、ごめーん!実は一緒に観たい映画ー……」

 

 言い訳しようとして、舌が固まる。

 肩越しに振り返るようなテン、その逞しい背中に目が、意識が集中した。

 懸垂を途中で止めている所為か、筋肉がいつも以上に盛り上がっている。

 隆々とした筋肉の峰に汗が伝って、どこか妖艶な色香すらあった。

 

「――――」

「あの、ご主人様?」

「え、あ、うん、まあ、何だ……へい、ユー!良い筋肉してるネ!」

「…………」

 

 あ、バカかコイツって顔だ。

 腹立つ。

 

「それで、何の用だ?」

 

 懸垂を中断し、テンは床に降り立った。

 体の前面をこちらに向けて――ふと右の脇腹にある大きな傷痕を目にする。

 私がそこを凝視してしまい、テンが困ったように笑いながら手で隠した。いや、もっと他を隠せ服を着……も、もうちょっと黙っとこ。

 

「その傷、どしたの?」

「これは、オマエと会う前にできたヤツ」

「結構大きいけど、大丈夫?」

「完全に塞がってるから。ゼロ距離で手榴弾を起爆させられた時のヤツだ」

 

 ゼロ距離で手榴弾……いや普通は死ぬだろ。

 さすがはテン。

 

「痛そー」

「まあ、痛かったぞ。……でも、俺にとっては良い思い出だよ」

「え、マゾ?」

「ちゃうわ」

 

 そんな深傷を負って良い思い出とは?

 なんだろうか。

 テンの事だから、しばらく仕事を休めたからラッキー、みたいな?

 

 

 

 

「初恋の女の子を守った、男の勲章だよ」

 

 

 

 キメ顔でテンがそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 その後の記憶は曖昧だった。

 ただ、近くに畳んで置いてあった服をテンに投げつけて自分のスペースに走って戻ったのは憶えてる。

 それで、次に我に返った時にはお気に入りのクッションをバラバラに引き裂いていた。綿も散乱して、酷い有様だった。

 

 え、どうしたんだ私?

 

 よくわからないが混乱していた。

 あと、その後に部屋に飾ってあった写真でもテンの胴の右半身を黒く塗り潰したりと、暴走していたようだ。

 

 時間が経って、晩ごはんを作りに来たテンが部屋の状況を見て顔を顰めていた。

 

「え、怖、何これ。そのクッションまさか俺に見立てて破壊したワケじゃないよね??」

「――――!」

 

 テンの姿を見た瞬間だった。

 体は勝手に動いていて、拳で彼の右脇腹を殴った。

 

「え、何してんの?さっき傷痕があるって言ったばっかりじゃん。ま、まさか本当に殺す気?クッションでした予行練習を活かすつもりか……!?」

 

 彼の言葉は聞こえない。

 でも、私は彼の傷痕へ重ねるように額を押し当てた。

 

 

「今は私のだから」

 

 

 思いっきりの呪詛を、口にした。

 

 これが、私がテンとの同棲生活で最も憤ったときだったと言っても過言じゃない。

 あの時はどうかしていた。

 

 傷痕をもう一度だけ開いて、私が刻んだ物として上書きしようとさえ考えた程に。

 

 因みに、それから私は彼と一緒にいる時は意識して右半身に寄り添うようにしている。

 塗り替えるように。

 せめて私といる時は思い出さないように。

 

「あの、千束?本気でどうした?」

 

 テンの心配する声が聞こえたので、私は顔を上げて微笑みを返した。

 

 

 

「初恋の人って、可愛いの?」

「ああ、オマエよりはな」

 

 

 

 テンの眉間と頬に四発撃った。

 暫く青い顔をして凄く避けられた。

 うん、自業自得。

 

 

 

 

 

 

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