DA…………正式名称『Direct Attack』。秘密裏に国の治安を維持すべくテロリストや凶器を持って犯行に及ぼうとする犯罪者を暗殺し、事件を先んじて阻止する独立治安維持組織。警察すら封じる特権があり、情報操作はインフラにおいて優先権を有するAI『ラジアータ』によって不自然なく行われる。
リコリス……テロリスト等を処理するDAが育成した暗殺者。主に戸籍も無い孤児であり、ライセンスを得ている事で殺人を許可されている。
制服は赤(ファースト)、紺(セカンド)、ベージュ(サード)とランク付けがある。
喫茶リコリコ。
それは人々に美味しい料理と和洋折衷の店構えで人々に快適な空間を提供するお店です。
その裏では危険な仕事を請け、秘密裏にテロリストや犯罪者を処理するDAなる組織の支部の一つで、所属するリコリスといった女の子の殺し屋と一緒に難題も解決していきます。
ふふ、そんなリコリコの一日が始まろうとしていた。
「いらっしゃいませ」
「天、何してる?」
「挨拶の練習です、店長」
何も無い壁に向かって俺は挨拶をしていた。
訝しんだ店長の視線が痛いが、これが俺に降された命令である。
厨房役ばかりを担っていた所為で、接客が疎かになっていると『ご主人様』のお叱りを受けたのだ。昨日の夜にメールで練習しろと、詳細な練習法も記載された内容を忠実にこなしている。
「また千束か」
「ええ、我が敬愛すべきクソ小娘です」
「おまえもよく何年も堪えられるな」
「ははっ!堪えないとどんな目に遭うかわからないので!」
笑顔で振り返れば、目も当てられないという風に沈痛な面持ちで顔を逸らす店長がいる。
やめて、せめて笑ってくれ。
俺だって泣けるなら泣きたいよ。
「おはよーございます!千束が来ましたー!」
扉を開け放って元気よくご主人様が登場した。
マズイ!
練習を怠っているとバレたら、また訳の分からないペナルティを課せられる!
俺は慌てて壁に向き直って。
「いらっしゃいませ!」
「あ……ホントにやってたんだ。やめた方がいいよ、テン」
…………ンだよチクショおおおおおお!!!!
テメェがやれって言ったんだろうが!
やらなきゃ怒られるし、やったら恥かくだけだし!方向性が変わっただけで昔も今も上司はクソじゃねえかよ!
俺は泣くのをぐっと堪えて笑顔を維持する。
不幸中の幸いか、やめて良いそうなので一刻も早く壁から離れた。
それから更衣室へと向かっていく彼女を見送り、肩の力を抜いた。
そっとカウンター席のテーブルに淹れたての珈琲を店長が置いた行為に、目頭が熱くなった。
「俺の何がいけないんだ、何がいけないんだよ!」
「アタシは何で結婚できないのよ!」
俺は珈琲を飲みながら、テーブルに突っ伏す。
奇妙にも横に同じテンションで嘆いている酔っ払いがいるが、全く気にならない。
残念美人のミズキさんのブライダル雑誌を取り上げて中を広げた。ページの隅にシワが付くほど読み込まれた内容に、俺は視線を通す。
今年で俺も二十三だ。
実はつい三日前にお客さんの一人――相手は女子大生と恋仲になったばかりである。
健気にも俺を店裏に呼び出して告白してくれた彼女には、是非とも誠意で応えさせて貰った。
よろしくお願いします!!と。
経歴もそうだが、こんな俺にできる筈などないのだ。
だって、表向きも看板娘の奴隷。
裏では喫茶リコリコに来る危ない案件のサポート。
誰がお近づきになりたいよ、こんなヤツと!
でも、ようやく出来た恋人も油断ならない。
以前にもお付き合いした人がいたのだが、デート中に千束と遭遇してしまい、デートを妨害された挙げ句に少し彼女と恋人のふたりきりで話し合った後に俺がビンタされて破局する展開になった。
何事?
軽く脳内が宇宙猫だった。
あれ以来、よく分からんがプライベートな部分は千束には全力で隠している。
今回の恋人との甘々生活だけは成功させたい。
「あ、そういえばテン」
「はい、何でしょう」
着替え終わったご主人様――千束が現れる。
何だ、新しい指令だろうか。
「次、黙ってたら極刑だよー」
俺に何か紙片を一枚押し付けて彼女はカウンター席に着く。
何だ、コレは?
俺は折り畳まれたそれを広げて中を見た。
『私では貴方に不相応でした、別れましょう』
……………えっ。
えっ。
え?
え??
「あの、千束」
「なーに?」
「これ、何処から?てか、これ筆跡から千束と違うの分かるんだけど誰から?てか俺の珈琲飲まないで」
「その一文が全てだよ、テン」
「貴様、彼女に何をしたぁ!?」
三日で俺のリア充は終わった。
この一文がその残酷な現実を伝えている。
俺は千束の肩を掴んで叫んだ。
「前も言ったでしょ。あくまで、人手不足だからリコリコに来て貰ってるの!」
「それとコレにどんな因果関係が!?」
「テンは奴隷なのです、それ以外は求めてないので恋人も結婚も許しません」
「ほああ!?」
俺は思わず拳を振り上げ――テーブルに突っ伏した。
「「結婚してェエエエエエ!!」」
ミズキさんと声が重なった気がするけど気の所為。
奴隷ってきっと小さい子の冗談だと思ってたけど、いよいよ本格的に人権も無くなってきた。
店長、アンタの看板娘解雇した方が宜しいんじゃない!?
「千束、天も年頃なんだ」
「センセー、私だって辛いよ。でも……テンの立場が許さないの」
「立場じゃなくて許してないの貴様だが!?」
くぉら。
なに善人ぶった顔で見てやがる。
千束のその愛らしい顔を軽く往復ビンタ四十回セットしたい衝動をぐっと抑えて、俺は厨房へと入った。
いつかストレスで禿げるぞ。
俺は千束を睨みつつ、下拵えをする。
「オイ千束、買出しはどうした?」
「えっ、アレはテンの仕事でしょ」
「千束、行ってきなさい」
「はーい、センセ」
店長に言われて、渋々といった様子で千束が立ち上がる。
へへっ、ザマー見やがれ!
「テンもだ」
ハァ!?
嫌です、俺は千束の奴隷だけど店長の所有物ではないので余裕で命令に背きますよ。
誰が朝からあんなのと一緒に買い出しなんて苦行に身を投じなくちゃならないんですか。
そんな俺の悲嘆を察したのか、店長が苦笑する。
く、やめろ。そんな優しい父親みたいな目をやめろ。
「頼むよ」
「くそ、店長がもっとロクでなしなら……ミズキさんみたいな人だったら余裕で断ったのに!」
「アタシならとか言うな!」
ミズキさんが酒瓶を手に叫ぶ。
この人、ルックスと面倒見の良さはあるのに。喫茶店で多少の出会いはあるのに、なぜ誰も貰ってくれないのか。
まあ……大体は察せる。
残念な性格はあるが、そこは色々カバーできる。
問題は、有りすぎる包容力のせいで姉と接している感覚を味わうのだ。その上でだらしない一面もあるものだから、恋人よりも頼れる面白い友人としての面が先立つ。
「ミズキさん、あと十年ダメだったら俺と結婚します?」
「お、良いね。性格はともかく、顔と家事スキルの高さは知ってるから全然アリよ」
「勿論、十年後に俺も独り身だったらね」
「おい。上げて落とすな」
ミズキさんが真顔になってしまった。
いや、きっと独り身だと思うよ?
だって、交際して三日でフラれるような男ですから(泣く)。
「そういえば、天」
「はい?」
「千束にも伝えたが、今日ここへ転属になるリコリスが来る」
「そういうの早く教えて!?」
「いや、言おうと思ったんだが思ったよりボドゲ大会が盛り上がったからな」
「アレは面白かったですねー」
いや、そういう話じゃなくて。
「転属?こんなちっさい支部に?」
「ああ」
意外だな。
如何にDA本部の司令官だった店長ミカがいて、歴代最強と謳われるリコリスの活動支部とはいえど、表向きは完全に喫茶店をやっているような場所だ。
依頼だって、ほとんど民間からの物である。
言うなれば――左遷先にうってつけかな。
そうだとすれば、最近問題行動を起こした人物というのが派遣される人材の最もあり得る要素となる。
問題行動、最近でか……。
「………まさか、この前ので機銃ぶっ放した厄ネタですか」
「鋭いな、流石だ」
うわー、メチャクチャ熱いのきた。
まだホカホカだよ、問題行動起こしたばっかの子だよ。
先日、こんな事件があった。
銃一千丁をテロリストと武器商人が取引する。
その現場をリコリスが押さえようとしたが、何の失敗かリコリス一人を人質に取られる緊急事態に陥った。
途中で通信障害は起きるし、しかも……待機命令が出ていたのに一人がそれを無視して機銃掃射したのだ。
俺も現場近くにいたけど、きゃあああ!って叫びそうになったわ。
結果、捕えるハズの武器商人も死亡。
銃は行方知れず……大誤算である。
新しくリコリコに来るのは、そんな損失を生んでしまった子だ。
納得はするけど、不満はある。
「ウチ、現状でさえ赤字スレスレなんですけど」
「しかし本部の意向だ、やむを得ん」
「いや優秀なら良いんですよ?でも、何でここにはイケナイ子しか来ないんですか。歴代最強の問題児といい、飲んだくれといい、レジ打ちの遅いオッサンといい……これ以上は面倒見れませんよ」
「「おい」」
店長からも睨まれてしまった。
何故だ、正論しか言っていないのに。
ともあれ……新しい恋を見つけなきゃな。
「じゃあ、買い出し行って来まーす」
「気をつけてな」
「いってらっしゃいませ」
「天も行くんだよ」
「ふぁい」
エプロンを外して、俺はそのまま千束に付き添う。
街の中をJKと歩きながら思う。
思えば、ここに来て九年も経っているのだ。
新しいリコリスが来るのなら、後輩という事になる。
中々新しい人が入って来ない場所だから新鮮な気分だ。
懐かしいな、成人した時は店長が高級なバーに連れていってくれて、その翌日には千束がプレゼントまで用意してくれていた。……まあ、日頃のアレで贈り物の中身を疑いすぎて殺されかけたが。
それに。
「オマエとも九年経つのか」
「なーに、急に?」
「そういえば、九年もDAの仕事手伝ってるけど知り合いのリコリスも大きくなったよなぁ」
「今度はリコリス狙ってる?」
「いや、しばらく恋愛とか無理。立ち直れない」
三日で間接的にフラれたんだぞ。
俺の精神はそこまで強くできて無いっつの。
「そうだよ!それが普通だよ!」
「はあ?」
「九年も一緒に暮らしてて、隣にこんなかわいい子がいるから目移りできんじゃろ」
「何いってんだよ。オマエのお蔭で美少女はアテにならないってなったんだよ」
そう言うと臀部を蹴り上げられた。
鍛えた尻の筋肉で跳ね返……せなかった痛い。
いや、一緒に住んでるの強制じゃん。
仕事の関係上恨まれる事が多い千束は複数のセーフハウスを所持しているのだが、専ら一号と呼ばれる場所で寝食を過ごす。
俺はその一階部分――昔はダミーだった部屋を使って生活しているのだ。
それを同棲と言われてもなぁ。
あと、侵入者が来るとまず最初に俺が被害に遭うのでそろそろ別のセーフハウスの使用許可か玄関のセキュリティ強化を所望したい。
「美少女って照れる〜」
「言われ慣れてるだろ、白々しい」
「いや?お世辞ばっかで本音で褒められるのは貴重だよ?」
「俺もお世辞だけど。……でも食べモグでホールスタッフが可愛いって書込みあったな」
「えー、ホントに!?」
それから買い出しを済ませて、俺たちは喫茶リコリコへと帰還した。
店前でシベリアンハスキーに襲われそうになって死にかけたけど。
「おかえり、二人とも」
「センセー、大変!食べモグでこの店ホールスタッフが可愛いって!これ私のことだよね?」
「アタシのことだよ!」
「……冗談は顔だけにしろよ酔っ払い」
いや、食べモグの評価は『ホールスタッフが可愛い』だからミズキさんも含めてだと思うぞ。
そう思いながら荷物を床に置くと、ふと見慣れない顔が目に留まった。
千束も気付いたのか動きを止める。
「あらリコリス……てか、どうしたのその顔」
「お、もしかして」
「例のリコリスだ、話したろ千束」
「「え!?」」
千束と――恐らく噂の新問題児のリコリスの声が重なる。
ふ、俺も今朝知ったばかりだがな。
「今日からお互い相棒だ、仲良くしなさい」
「この人が……?」
「この子がぁ!」
お、千束の満面の笑みだ。
これはテンションが更に高くなるやつだ、二次被害を受ける前に厨房に避難しよ。
「よろしく相棒!千束でぇす!」
「井ノ上たきなです。宜しくお願いしま――」
「たきな!はじめましてよね?」
「は、はい、去年京都から転属したばかりなので――」
「おお、転属組。優秀なのね!歳は?」
「十六です」
「私が一つお姉さんか。でも“さん”は要らないからね!チ・サ・ト、でオケー♪」
「はあ」
ほら、新人もかなり圧されている。
……とはいえ、機銃掃射した子だと聞いていたのでもっと「ヒャッハー!!」みたいなベルセルクが来ると思っていたのだが。
挨拶や礼儀正しい振る舞いからして、そんな風に見えないな。
少女――井ノ上たきなは、早くも千束からの避難先を探すように視線をさまよわせ、俺に視線を留めた。
「あなたは?」
「あ、はじめまして。喫茶リコリコで厨房とホールスタッフ兼任してます、藤宮天です。その子と一緒で、気軽に天って呼んでくれ」
「あなたが例の……よろしくお願いします」
「え、例のって何?何か不穏なんだけど」
楠木さん、余計な事言ってないよね?
「司令からは、幾ら撃っても死なない男だと聞いています」
「へー、そうなん?でも、それ聞いたからって俺のこと徒に撃っちゃ駄目よ?普通に死ぬから」
はい千束(そこ)、嘘だぁみたいな顔するな。
俺は人間なんだよ、オマエと違ってな!当たったら普通に死ぬっての!!
「話よりも常識的な人で安心しました」
「え゛っ、どんだけ酷い予備情報を耳にしたの!?」
「いやテンはヤバいでしょ、私の奴隷だし」
「えっ」
「やめろー!新人に変なこと吹き込むなぁ!」
かっこいい先輩で始めようとしてんだから、まだ知らなくて良い真実まで教えなくて良い!
ホラ、もう既に怪訝な顔になっちゃったじゃん!
「てか、顔の傷はどうした?」
「あ、いや、これは」
「もしかして、機銃ブッパの時にガラス片とかで切った?」
「いえ………」
やや顔を険しくさせた新人たきなが次に告げた内容に、今度は千束の顔が険しくなる。
たきなが口にした名はフキ。
DAの本部で働く優秀なリコリスだ。
フキか、懐かしいな。
千束被害の仲として話が合うんだ。
あの目つきはともかく、千束より常識的で接しやすい。そんな子が――。
「殴らなくたっていいでしょ!」
電話越しにそのフキと千束がバトり始めた。
うん、殴るのは良くないよね。
ただ仲間を想う気持もあって、その衝突なのだろう。幾ら危険な任務に身を窶すリコリスの、それもファーストとはいえど、まだ十七歳の子だし感情的になっても無理もない。
機銃掃射で人質のリコリスごと殺しそうになったたきなを殴ったそうな。
いやー、フキも責められん。
たきながカウンター席に着いたので、洗礼とばかりに俺は自分用に作り置きしていたショコラケーキを提供する。
目を見開いた彼女が、食べて良いのかと視線で尋ねて来る。
いいよ、どうせ千束に食われていただろうし。
「……美味しい」
「まだ店長ほどとはいかないけどな」
「いや、天の技量は十分に私を超えている。最近じゃレパートリーも私より多いしな」
「褒めるなら給料アップして下さい」
まあ、俺の口座は千束に管理されてるんですけどね!
知らない内に三万消えてた事もあったしね!
「うっせぇアホ!」
「お、電話終わったか」
「ったく、指令指令って!少しは自分で考えろっての」
「オマエくらい従わないのもアウトだけどな」
「何か言ったかね下僕クン」
「いえ、今日もいい天気ですよね」
ともかく。
新人のたきなを加えて、今日が始まる。
ショコラケーキをもぐもぐと目を輝かせて食べる辺り、第一印象のやや冷めた感のある女の子というイメージは払拭された。
何だかんだで年頃の女の子、甘味には敵わないよな。
「美味しかったです」
「えー!!それ私のケーキじゃない!?」
「違う、オマエ用じゃない!」
「うぇぇん。一週間に一回の楽しみがぁ……!」
「毎回オマエが食うからもう作らんぞ」
「その時は命令しますぅー」
喜んで従いますクソご主人様。
必殺店長のコーヒーも飲みながら、幸せな心地のたきな。
うん、ファーストコンタクトはばっちり。
それにしたって、本当に問題児なのか、この子?
「それじゃ、たきな!仕事に行こう!」
「はい!」
千束の号令に、さっとたきなが立ち上がる。
その素早さたるや、よほど仕事に熱意を燃やしているのだろう。
珈琲を飲んでからという事で、着替える彼女を待つ間も寛ぐ彼女と話した。
「そいじゃ、いってきまーす!」
「はいはい、気をつけてな」
「テン、いい?私がいない間にまたお客さんに手を出したら分かってる?」
「おい、普段から俺が客相手に変なことしてる風の言い方はやめろ。しねーよ、できねーよ暫く」
「よろしい!」
最終確認とばかりに、着替えた千束は笑顔になってリコリコを出ていく。
俺たちに軽く一礼してから後を追うたきな。
本当にいい子だな。
「良かったねー、後輩ができて」
「ミズキさんも、研修お願いしますよ」
「アタシよりアンタの方が面倒見いいでしょ」
「いや、単に飲んでないで働けって話です」