喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

20 / 77
ちさたきが激アツ!!
もう少しで鼻血が出る。


オマエが笑えるなら

 

 

『殺すんだ』

 

 車椅子を前進させて松下さんが近付いて来る。

 危険だから避難している筈だが、何故こんな現場までキてしまったのだろうか。

 彼の後ろでは、疲弊したミズキさんが座り込んでいる。

 あ、お疲れさまです。

 

『ソイツは私の家族の命を奪った男だ。殺してくれ』

 

 松下さんがやたらとジンの殺害を要求する。

 復讐心か――皮肉にも痛いほど気持ちが分かる。

 俺も大事な人を奪われ

 

 ――本当に?

 

 ……うるさい。

 ともかく、大事な人を奪われたら憤る。

 その相手が目の前にいるなら、尚更だ。

 実際にクソ上司が目の前にいたなら、俺だって我を忘れて刃傷沙汰を起こしていただろう。

 

「でも」

『あの時、私の手でやるべきだった。――家族を殺された二十年前に』

 

 苦しげな松下さんの声に千束も口を噤む。

 二十年も経た積年の恨みというのは深い。

 家族を殺された怨恨に目を瞑り、自らの命を優先して国外へ逃亡しなくてはならない事態というのは悔やまれる事で、本人にとって仇となる相手に背を向けた忸怩たる思いもある。

 確かに、自身の手で成し遂げたい復讐だろう。

 

 まあ……でも、それを代行して欲しいというのも疑問だけどな。

 

 他人に背負わせて良い物かも疑問だ。

 

『む?』

「どうしました、店長」

『ジンはその頃、私といた筈だ』

 

 ………は?

 店長と同じ所属だった時代に暗殺した?

 そうなのだとすれば、俺のいた会社と同じように任務として殺したのだろうか。

 いや、店長の口振りから常に一緒であり、そんな事をしていた記憶がない、という事だ。

 

 ……松下さんの知るジンと店長の知人で今回の敵だったジンは別人、という説もある。

 

 いや、妙だ。

 サイレント・ジンなんて異名が付く人間をそう間違うはずがない。何より、家族を殺されかけた松下さん本人の勘違いとしてはありえない。

 

 

『君が殺してくれ。君は――アランチルドレンの筈だ!』

「松下さん」

『……』

「私はね、人の命は奪いたくないんだ」

『は?』

「私はリコリスだけど、誰かを救ける仕事がしたい。……これをくれた人みたいにね」

 

 千束がペンダントを見せる。

 その瞬間、声が明らかに揺れた。

 

『何を言っ……千束、それでは君を、アラン機関が、その命を』

 

 

 何だ、なぜ千束に拘る?

 俺やたきなにも頼るべきではないか。

 一瞬でも異を唱えようとした千束ではなく、隣で拳銃を手にしている俺やたきなに。

 ………アランチルドレン。

 何で、そこで名前を出す?

 

 妙だ、この遣り口………既視感がある。

 

 特定の相手に拘り、その相手に誰かを殺させる。

 アランチルドレンという、拘り。

 

『何の為に命を貰ったんだ!その意味を考えるんだ』

 

 …………いや、まさか。

 そんな、まさか。

 

 

「オマエ……………誰だ?」

 

 

 車椅子を掴んで、こちらへと方向転換させた。

 ゴーグルで隠れた目元を、俺は至近距離から覗き込む。

 こちらから奥側は覗けない。

 駄目だ、これでは分からない。

 呼吸は一定。

 おかしい。

 こんなにも憎んだ相手を目の前に、これだけ興奮しているなら呼吸にも変化が現れてもおかしくない。なのに、随分と落ち着いている……まるで眠っているかのようだ。

 

 俺はゴーグルを剥ぎ取る。

 その行動に、後ろの千束に腕を掴まれた。

 

『何をするんだ』

「テン!何やってんの!」

「千束、違うぞ。松下じゃない」

「え?」

「見ろ」

 

 ゴーグルを剥ぎ取った顔は―――穏やかな寝顔。

 目すら開いていない。

 ずっと、眠っている。

 幾ら脳波で声などを出す機械があるとはいえ、そもそも目が開いてすらいないのに、どうやって俺たちを認識していた?

 なぜアランチルドレンだと把握できていた?

 

「どういう、こと?」

「最初から誰か、松下……コイツが松下かも微妙だが、俺たちと喋ってるのは別人だ。クルミ、コイツを調べろ」

『無理だ。見てみろ……電源を落とされた』

 

 クルミの言う通りだった。

 松下さんは、松下は物言わぬ眠り人になっていた。

 ゴーグルを無理に外したからではない。

 実際に外した直後も声は聞こえていた。

 車椅子に装着され心電図などを映していたモニターが消えている。

 クルミの言からも、きっとゴーグルの有無は電源に関係無い。

 

「あの、テン。何がどういう事?」

「誰かが機械越しに俺たちと話してたんだよ、松下を装って。何処からか俺たちを見て、車椅子にある機械でリモート通話状態、かな」

『……警察が来てるみたいだ。そろそろ離脱しないとマズいぞ』

 

 ちらほらと警報が聴こえ始めた。

 ちっ、色々と時間をかけ過ぎたか。

 

 俺は舌打ちしつつも、松下さんから離れてサイレント・ジンを背負った。

 事の真相はまだわからない。

 取り敢えず、この松下さん――を名乗る何者かに操られていた物言わぬ車椅子の老人の身元が判明するまでは、何を考えても無駄だ。

 

 9番に会った直後で昔を思い出した所為かもしれない。

 でも、老人を操る人物の声の雰囲気に過去を想起させられた。

 

 あの、クソ上司のような声に。

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、工事現場を離れた場所に来ていた。

 ミズキの運転する車を開けると、中ではサイレント・ジンが……なに寛いでんねん貴様!

 オイ!まだ背中痛いんやぞコラ!?

 っと、感情的になってしまった。

 

「……ミカ。おまえの部下か、いい腕だ」

 

 俺たちを見回してジンが呟く。

 一言も喋らないサイレントことコミュ障じゃなかったのかよ。

 いや、それより良い腕だと称賛する時に明らかに俺は外してたきなと千束しか見てなかったのは気の所為じゃないよな?

 もしかして、俺の事ただの肉壁だと思われてるな。

 

「そっちの依頼人は誰だ?」

「三週間前、女が直接訪ねて来た、現金先払いでだ。依頼者のプライバシーは聞かない主義だ」

「……二十年前、松下の家族を殺したのか?」

「その頃はお前といたろ。……ミカ、足はどうした」

 

 それから二人の会話は続いていく。

 昔話へと話題が逸れていったが、これでハッキリした。

 

 松下の妻子を殺された事情――あれが全くの作り話だという事だ。

 

 サイレント・ジンに覚えが無い。

 ただ、松下の本当の依頼はジンを殺す事。

 妙に千束にしか殺すことを促さない。

 あの姿勢は、明らかに千束個人に固執している。

 それに、ジンによれば三週間前に直接現れて現金先払いで報酬を渡す依頼人……これがどうも9番と同じ状況で

 

「テン」

「ん、なに?」

「いつになったら、その顔の血を拭くのさ」

「え」

 

 千束に指摘されて、俺は自分の顔に触れた。

 ぺちょり。

 ぺちょり?

 ゆっくりと指で拭うと、べったりと血が貼りついていた。

 え、いつからですか。

 これもしかして、轢かれた時からか。

 まさか走って現場に急行している間、周囲の人間に相当ヤバいヤツとして見られていたかもしれない。最後に来たの、もしかして警察じゃなくて俺を見て心配した人が呼んだ救急車なんじゃ……?

 

「いつから?」

「ずっと前から」

「何で言わなかったんだよ!?」

「だって……」

 

 だって、何?

 面白かったとか言ったら川に投げるぞ。

 何故か答えを渋る千束に疑問を覚えていると、たきなが隣からハンカチを差し出してきた。

 紺の布地に白い糸で刺繍された素敵なハンカチ。

 私物まで本人に似合うとか天使かよ。

 

「どうぞ」

「え、汚れるよ?」

「汚れる物ですから、構いません。――怪我は大丈夫ですか?」

 

 たきなが俺を見上げる。

 たきなエルの尊みが、溢れた。

 

 ま、マブいッッ!!

 

 か、神はここにいたんだな。

 ハンカチを渡されただけなのに感動が止まらない。

 具体的に言うと、このまま空が飛べるくらいの高揚感が溢れる。

 

「ああ、ありが――とんぅ!!?」

「はい、テン。これタオルね」

 

 パァンッ!!と音が鳴るくらいの強さでタオルが掛けられた。

 顔面が痛い。

 千束が笑顔でくれた物だが、渡された俺本人に笑顔が生まれない。

 

「優しく渡せないワケ?一応は怪我人なんだよ?」

「なになに?」

「優しく渡せな」

「ん?」

「……………や、優しく渡」

「聞こえない」

「………………………………ありがとう」

 

 何だコレ。

 優しさの欠片も無い。

 全く嬉しくない。

 

 俺は千束がくれたタオルで血を拭く。

 地下鉄脱線事故以来の怪我だ。

 血を見ると、少しだけあの日の事をよく思い出すようになった。リコリスと対決し、俺の追撃を躱してみせたテロリストは今どうしているのだろうか。

 少し対峙して分かったが、ヤツはあの程度で怯む相手じゃない。

 きっと、何処かで何かを仕出かしている。

 

 ……今回の雇い主も、ソイツ関連か?

 

 いや、考えすぎだな。

 アイツなら、誰かを雇わず自分で攻撃する。

 今回じゃなくても、いずれまた会う事になるだろうが。

 

「それより!たきなも怪我は平気?」

「歩くと痛みますが、任務なら走れます」

「ダメだって。無茶は禁止!」

 

 千束がたきなの身を案じて説教を始めた。

 本当に仲良くなったな。

 まあ、今まで歳の近い同僚がいないリコリコには無かった人材だから、千束も先輩として立ち回りつつ、どこかたきなに甘えているんだろう。

 

 たきなの心配はするけど……俺の怪我は心配しないんだね♪

 チクショウッッッッ!!!!

 

 頑丈ですから?別に心配しなくて良いんですけど。

 俺だって頑張っ……いや、ミズキさんが一番苦労してた気がする。

 後で高い酒買ってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 任務から帰宅して、俺は床に寝ていた。

 今日は色々と考えさせら9番は絶対に許さない許さない許さない許さない許さない!!

 オノレ、俺が奴隷生活を続けて苦節九年も経ていた間に人生の勝ち組ロードをこれでもかと闊歩し、遂にオープンカーで轢き散らかした挙げ句に見せつけるように二時間も拘束ですって!?

 野郎、次会ったらタダじゃおかない。

 

 ……いや、そうじゃなくて。

 

 あの後、松下さんを回収したクリーナーからの連絡によると指紋で身元が判明した。

 先々週、何処かの病棟から消えていた薬物中毒の末期患者。

 もう、自分では話す事も動くことも出来ないそうだ。

 

「やっぱりかよ」

 

 この事から、やはり松下さんは存在しないと判明した。

 クルミの調べによれば、ゴーグルのカメラに車椅子はリモート操作、音声は何処かの第三者が話していたそうな。

 

 では、誰なのか。

 

 千束にあそこまで殺しをさせようとしたヤツ。

 俺にも思い当たる人物はいないが、どういう人間なのかは理解できる。

 

「場合によっては、クルミに急がせるか?」

「何?独り言がデカい」

「……………聞かなかった事にして」

 

 声がして振り返ると千束が立っていた。

 相変わらず無防備な部屋着である。

 別に俺は良い人なので、千束に邪な感情を抱いたり企んだりした事はないが、こうも年頃の娘として警戒心の欠如した様子は感心しない。

 バケモノじみたヤツとはいえど、だ。

 

「わざわざ一階に来るとは珍しいな」

「そう?」

「オマエなら普通は来い、って言う側じゃん」

「なにー?言って欲しかったの?」

「え、ウザ」

 

 呼ばれても行かねえよ。

 文頭に『命令』って付いていなければ、余裕で無視したわ。

 調子の良い感じだが、千束の様子はどこか暗い。

 それは長年の付き合いで分かる。

 そして、理由も大体は察した。

 

「観光案内、残念だったな」

「それね、折角プラン考えたのにぃ」

「いや、そうじゃなくてさ。『良いガイド』って褒められてたろ、あれもウソって事に」

「ならないよ」

「……?」

 

 なんだろうか。

 相手が最初から虚像でしなかったのだ。

 だから、態度から言葉の一切まで疑わしい。

 そして実際に妻子の暗殺どころか松下さえも嘘だったのだから、何も信じる物が無い。

 

「たきなは嘘じゃないと思うって言ってくれた」

「…………そうか」

 

 ……俺にはできない考え方だ。

 9番を雇った辺りも、俺への皮肉かもしれない。

 あちらの依頼者は、無論この松下を装っていたヤツとも結託、或いは同一人物だったかもしれない。

 そして――俺の過去を知悉した人間。

 そうだとすれば……さなければ。

 

「あのさ、テン」

「ん?」

「怪我、平気?」

「やっと心配かよ。まあ、多少は打ち身があるだけで特に何も。一応、明日は健診に行くけどさ……後は、DAにバイクを請求しないと」

 

 楠木さんに怒られるぅうううう!!

 あれ、DA支給品の普段遣いのバイクとは別に、何か楠木さんに二十歳の誕生日で贈られたヤツなんよ。

 支給品のバイクは別件で壊しちゃったし……。

 大破させました☆なんて報告した日には、DAの奴隷になれって言われる。職権乱用でライセンス剥奪からのDA職員就任直行の流れになる。

 は、しんど……。

 

「よいしょっと」

「ん?」

 

 俺が物思いに耽っていると、唐突に千束が俺の上に寝転がった。

 

「うわ、寝心地悪っ」

「うるさい。あと暑いから何処か行け」

「命令」

「硬くはありますが、どうぞお寛ぎ下さいませ」

 

 千束が俺の上で目を閉じる。

 どうやら、心音に耳を澄ましているようだ。

 

「今日は疲れたし、このまま寝ようかな」

「迷惑」

「えー」

「……毎回俺の上で寝るのやめろよ」

「落ち着くんだよね」

 

 自分に無い心音だからだろう。

 

「ねえ、テン」

「ん?」

「私、良いガイドだった?」

「いや、何言ってんだよ。俺だって旅の栞作ったんだから、『俺たちが良いガイド』だろ」

「……えへへ」

 

 勝手に一人の手柄にされても困る。

 でも、千束の独力でも同じようになっていただろう。

 コイツは他人を思い遣る事にかけては、人一倍なのだ。自分のしたいこと最優先の人間だが、その芯は誰かの為にある。

 だから、自分勝手ではあるが本気で嫌われない。

 ……俺は大ッッ嫌いだけどな!!!?

 

「あのさ、テン」

「寝るんじゃないのかよ、よく喋るな」

「おい」

「何でしょう、ご主人様」

 

 千束が胸の上から見上げて来る。

 このアングル、見えちゃいけない物がゲフンゲフン。

 視線が合って、暫く彼女が黙り込む。

 緊張とも呼べないが破り難い沈黙の空気の中、それを作り出した本人がそっと息を吐くように呟く。

 

 

「今日みたいに、何も言わずに消えないでね」

 

 

 俺はその発言に思わず目を見開いてしまった。

 千束がふ、と微笑む。

 

「……何で?」

「今日さ、テンが怪我で通信が途絶えたでしょ。ビックリして心臓に悪かった」

「俺がそう簡単に死ぬ筈ないだろ」

「うん。分かってる、分かってるけど」

「………はいはい」

 

 俺は千束の頭を軽くぽんぽんと撫でる。

 千束は昔から不安になると、こうするのが一番良い。

 自分に無い心音を聴いて眠ろうとするのも、きっと他の人間には言えない自分の弱さなんだろう。所有物の奴隷にしかこぼせない本音なのかもしれない。

 それを受け止めるのも奴隷の務め。

 超迷惑。

 だが、悲しい事に俺の役目だ。

 

「千束」

「ん?」

「良いガイドだったぞ」

 

 

 そう言うと、千束が幸せそうに笑ってくれた。

 それを見たら、何でも良くなった。

 寝よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




六話
リコリスの盾vsリコリス狩り
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。