喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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人の○○に何してやがる

 

 

 

 

 千束との別居が始まって二日目。

 俺は新生活にストレスがかなり軽減された。

 束の間の休息とはいえ、初日の夜に枕を濡らすような感動に身を震わせた。

 素晴らしい!

 これぞ、望んでいた生活スタイルだ!

 ……まあ、店内での奴隷業は続行なのだが。

 

『ピンポーン』

 

 おお。

 頼んでいた品が届くようだ。

 前から歳の近いオタク友達に『濡れ場もストーリーも至高!』と勧められた大人のゲームを注文した。

 この方、ゲームをやる暇なんて無かったし。

 心機一転、初挑戦してみようと思う。

 さてさて……お品は。

 

 

『はーい、配達ご苦労様でしたー』

 

 

 ……聞こえてはいけない声が聴こえた。

 扉の向こう側で配達員が踵を返す足音がする。

 そして――扉の前で砂を噛む、一人の靴音。

 え。

 えっ。

 え゛!!!?

 ま、待て。

 き、杞憂かもしれない。

 妙に聞き覚えのある声ではあるが、きっと別居して直ぐなので過剰反応して、そ、そうだよきっと。

 

『ピンポーン』

 

 地獄のインターホンが再び鳴る。

 弾んでいた胸が加速して早鐘を打つ。

 額に滲んだ嫌な汗が頬を伝った。

 ドアノブにかけた手が震えているのが分かる。もし俺の憂慮が正しかったとすれば、俺は今日どんな死に方をするのだろうか。

 頼む……無駄だと思うけど、頼む……!!

 

 俺はそっと、玄関の扉を開けた。

 そこには。

 

 

 

「えっち」

 

 

 

 郵送品を抱いて俺を睨む千束が立っていた。

 後ろでは、無表情のたきなもいる。

 ………つまり、そういう事か。

 現実って小説より奇なり、とはまさにこの事。

 

 俺はそっと――玄関の扉を閉めた。

 

 …………ったー、わたー、終わったー!

 知り合いにバレたら小っ恥ずかしいのはそうなのだが、一番バレたくないたきなに見られてしまうなんて。

 ここから、どう弁解しても言い訳っぽく聞こえて相手も真面目に受け取ってくれないだろうな。

 はー、命を断つなら今と?

 

「おーい、開けろ」

 

 扉を叩く音がす……聞こえない。

 聴きたくない。

 だが、現実はいつまでも叩扉の音を途絶えさせることはなかった。

 …………南無三。

 

 

 数分後、現状を報告致します。

 俺は土下座してます。以上。

 

「別居した途端にコレか、貴様」

 

 郵送品を踏みしめる千束の片足しか見えない。

 顔を上げる事を許されていないし、許可されても上げたくない。

 そこにどんな光景があるのか。

 少なくとも俺の本能が拒絶している。

 

 俺の何が悪かったんだよ!!!?

 

「随分と解放的に過ごしてるみたいじゃん………私がいなくなったからって」

 

 はい、俺の何もかもが悪かった!!!!

 

 普段から色々と抑制されていると、時に何かに先走ってしまう事は人間よくあるだろう。

 なのに、コイツはそれも許さなかった。

 これは九年間の俺の煩悶の発露である。

 だが……見られちゃいけないモノには変わりない。

 

「千束、その辺で」

「たきなはどう思うよ!?」

 

 や、やめて。

 たきなの言葉が一番効くから。

 

「調べたところによると、成人男性がそういった興味を持つのは人間として何も異常では無いようです」

 

 ぐふぁぁッッッ!!!!

 下手な軽蔑よりも効果的なのきた……!

 

 思わず床に這いつくばる俺の、いやウジ虫めの後頭部に千束の足の裏が乗せられた。

 もう、良いですよ。

 何なら他の屈辱や痛みで紛れさせたい。

 

「ところで、何で二人はここに?」

「え、いやー……?っは、話を逸らそうとしたな!?」

「いま全力でオマエの方が話題逸らそうとしてない?」 

 

 千束が狼狽している。

 そうだよ。

 そもそも、俺は一般成人男性として興味が湧いただけだ。多少は人目を憚る物とはいえ、別にリコリスに殺されるような悪い物ではない。

 問題は別だ。

 なぜ、ここに千束たちがいる?

 

 踏まれながらも、俺はたきなの方を見た。

 状況説明求む、という視線の真意を察したであろう彼女がうなずく。

 

「寂しいと言って聞かなかったので」

「ぬぁっ!?ちょ、たきな!」

 

 千束が動揺で足を退ける。

 俺は体を起こして二人を見た。

 

「帰ってから天さんの枕を手放さず、何時間もテレビを見ていたのですが次第に表情が曇り始め、遂には荷物をまとめ始めました」

「あ、あややややや……!」

「止めようとしたら駄々を捏ねたので仕方なく」

 

 以上、経緯はこの通り。

 ……ちら、と千束に視線を投げる。

 全力で顔を背けられた。

 

 まさか、本当に寂しかったのか?

 俺の枕を抱えて気を紛らわせていたと……帰ったらその枕捨てておこう、千束の怨念でも憑いて悪夢でも見せられそうだ。ついでにゲームも直ぐに処分しよう…………プレイした後で。

 

「つまり、今日はここに泊まる気か?」

「…………」

「……良いけど明日には戻れよ。それに俺は奴隷ですから、拒否権なんてありませんしね」

「そ、そーだそーだ!」

「調子に乗るなよ小娘」

「……ごめんなさい」

 

 割とガチのトーンで本音が漏れた。

 千束がしょんぼりと肩を窄める。

 

「たきなも大変だったね」

「いえ。……あとこれを」

 

 たきなが震える手で何かを差し出す。

 顔は真っ赤だが、一体何をォ…………!?

 

「あ、ああ!ありがとね、ははは!」

 

 俺はひったくるようにソレを受け取る。

 お、推しに俺は何て物を触らせてるんだ……一生の不覚、恥を知れ!!!!

 でも、冷静なフリして案外たきなも耐性無いんだな。

 うん。こういう事で知ってはいけない一面だ、俺重罪。

 

「ふ、二人とも飯は?」

「お腹空いたー!」

「食材を買ってきたので、キッチンお借りしてもいいですか?私が用意します」

「いいよ、テンがやるからっ」

「了解。ふたりとも座ってな」

 

 取り敢えず、千束は飯抜きで。

 

 

 

 

 

 

 別居生活、四日目。

 もうこの際だから自由を手にして四日目と言おう。

 店を閉めて、皆でようやく一息つく。

 たきなが入ってから、客足がまた増えたな。

 やはり美少女店員というのは人を惹きつけるのか、或いはたきなエルの神聖さをしっかり民衆が理解しているのか。

 ううむ……難しい。

 

「うーん」

 

 座敷で一人、たきなが唸る。

 どうした?可愛いぞ。

 一目で懊悩していると分かるたきなの様子に、店長もミズキさんも注目する。

 

「どったの、アンタ?」

「……勝てないんですよ」

「は?」

「家事の分担をじゃん拳で決めてるんですけど、一向に千束に勝てないんですよ」

 

 ………そ、そんな決め方をしていたのか。

 俺たち三人は、思わずため息をついた。

 いや、そうなるよ。

 

 本来なら誰にとっても勝率において平等な勝負、その代名詞として愛されるじゃん拳で千束は唯一反則を犯せるヤツなのだ。

 たしかに、たきなは知らないよな。

 俺は居た堪れなくなって、裏の座敷へと移動する。

 千束の反則技の術理については、まあ店長たちが丁寧に説明してくれることだろう。

 

 裏の座敷で、何やら千束が変身していた。

 雨合羽のようなポンチョを身に着けている。

 

「あ、テン!」

「何してるんだ?」

「これから組事務所に配達」

「なら俺も出るか」

「あー、良いよ!すぐ済むし」

「万が一がある。例の襲撃だって、まだ最近の事なんだぞ」

「その為の対策が――コレだよ!」

 

 千束が両腕を開帳してみせる。

 うん、そのポンチョが何?

 

「クルミは制服でリコリスを識別されてるんじゃないか、って」

「……なるほど」

「えっへん!だから大丈夫!」

「何かあったら早く連絡入れろよ」

「はーい」

 

 千束が意気揚々と出ていく。

 店長たちと同じ事を繰り返しているように聞こえたが、結局は一人で行くらしい。

 確かに、ほとんどの有事は千束単独でも解決できる。

 敵がまた同類の反則持ちでなければの話だが。

 

 さて、仕事も終わる事だし今日もぐっすり――

 

 

 

「――ああああああああ!!?」

 

 

 耳を劈くクルミの声。

 穏やかな夜の過ごし方を思索する俺の横を、転がるように走り去って行った。

 ヤツが蹴破った押入の襖が俺に激突したんだけど、謝罪は??

 

 しかし、普段からクールで怠惰なクルミ様がやけに声を張り上げて何事だろうか。

 様子が尋常じゃないし、俺も見に行こう。

 

 表に戻ると、全員が険しい面持ちだった。

 俺を見るなり、ミズキさんがクルミを指差す。

 

「天、コイツよコイツ!」

「なんですか」

「コイツがあの銃取引でDAをハッキングしたヤツなんだと!!!」

 

 …………ふぇっ?

 ごめん、頭が追いつかない。

 

「い、依頼人に近づくには仕方なかったんだ!」

「アンタがテロリストに武器を横流ししたのね!」

「それは違うッ!……指定の時刻にDAのセキュリティを攻撃するってだけだったんだ」

「ほほぅ。そぉですか、それでテロリストは千丁も銃を抱き込んで、たきなはクビになり――」

「やめろ、ミズキ!!」

 

 店長の叱声で遮られる。

 つまり――たきなの左遷の原因に一枚噛んでるワケか。

 確かに、クルミの腕なら可能かもしれん。

 時期としても、あの護衛の件といい銃取引とあまり離れていない。

 なるほどね。

 

「おい、千束は何処だ!?」

 

 クルミがやけに焦った様子で周囲を見渡す。

 千束?

 

「さっき出ていったぞ」

「…………流出した写真は、もう一つある」

 

 クルミが手元のタブレットの画面を全員に見えるように掲げた。

 そこに―――千束の横顔が映っている。

 瞬間、リコリコ一同の顔から血の気が引いた。

 

「これは、いかんな……」

「ッ………!」

 

 俺は即座にスマホを取り出して千束に通話をかける。

 頼む、早く出ろ!

 1コールが異様に長く感じる。

 早く、頼む、早く……!!

 

 

『あ、もしもしもしもし〜?』

 

 

 呑気な声で、千束が応答した。

 

「千束!敵がオマエを狙ってる、今すぐ逃げろ!!」

『え?……ん?あっ、ちょ、ちょいちょいちょいちょいちょいちょい!!?――――ガシャンッッ!!!!』

 

 壮大な物音を最後に、通話が切れる。

 ………まずい。

 

「とりあえず、組事務所に向かいます!」

「クルミ、千束を探せ!ミズキも車の用意を!」

「わかった!」

「了解!」

 

 全員が動き出す中、俺は呆然としていた。

 あの音は、間違いなく車に撥ねられた音だ。

 最近自分が体験した事だからよく分かる……無事なのか、今向かっても……?

 もし、現場に急行して死体しか無いなら。

 行ったって、もう――。

 

「天、止まるな!」

「っ」

 

 店長に叱咤されて我に返る。

 そうだ、今は思考停止している場合じゃない!

 

 俺は更衣室へと向かい、手早く着替えを済ませた。

 武装は拳銃とスタン警棒、捕縛用のワイヤーを装備してリコリコを出た。

 裏に停めてあるバイクを急発進させ、千束を探しに向かう。

 

 

 

 間に合ってくれ――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千束side

 

 

 

 草野球でもやれそうな広い芝生の場所で、私はヤバいのを目の前にしていた。

 追いかけて来ていた一連の襲撃犯の首謀者――と思しき男を乗っていた車ごと転倒させたけど、一人だけ軽やかに車体から離脱して着地した影がある。

 こちらを、二色の瞳が見ている。

 珍し!!てかカワイイ!!

 

 目に合わせたように頭髪すらツートンカラーをした女性が、私の方へと歩み寄って来る。

 

 片手でナイフを弄んでいた。

 

「へー、僕以外に白い髪の人初めて見たよ」

「ソッチは半分黒いじゃん」

「染めてるんだよね。昔褒めて貰ったことあって」

「いや知るか」

 

 何でこの人、この状況で呑気に会話できんの。

 それより、銃を装備した相手にナイフで格闘するつもりか。

 こうなったら、近付かれる前に撃つ!!

 

 私は一発目を発砲した。

 その時。

 

「はいっ、残念♪」

「……!?」

 

 先生お手製のゴム弾が、避けられた。

 いや、普段から命中精度が悪いから別にそこは驚くことじゃない。

 問題は――コイツ、私が発砲する直前に首を傾けて弾を躱した。

 まるで、弾道が読めていたように。

 まるで、私のように。

 

「っ、マジ!?」

「じゃあ、キミもお終いだねっ!」

 

 女性が前へと地面を蹴る。

 体格的には私と変わらない。

 どちらにしろ、ナイフ持ち且つ反射速度も凄いこの人を懐まで入れちゃダメだ!

 

「おらおらおら!」

「はいはい、当たらないよ〜」

 

 私の弾が悉く避けられる。

 うわっ、他人にやられると怖い!!

 テンが私を警戒していたのが今になってよく分かる。バケモノじゃん、マジものの!?

 

 女性との距離が縮まる。

 あと二歩まで詰められた。

 

 突き出されたナイフの下を掻い潜り、私は相手の脇腹に銃口を殴りつけるように突き込む。

 

「かはっ!?」

 

 引き金を引こうとした瞬間に、頭上から首近くに肘を打ち下ろされた。

 更に、間髪入れず直下から女性の膝が振り上げられる。

 私は横へと転がって回避しながら発砲した。

 女性の髪の一房が空に舞う――だが、それだけ。彼女は躊躇わず、再び私へと肉薄して来る。

 

「うぉ!?」

 

 すぐ起き上がりながら弾倉を入れ換えた。

 くそ!

 当てるのが難しく、且つ近接戦なら私より立ち回りが上手いこの人にどう対抗する……?

 幾ら素早く、射線を読めても避けられない時はある。

 それは、行動中だ。

 特に攻撃動作の最中は中断が難しい。

 この人がナイフで攻撃した瞬間、回避と同時に発砲する!

 それしか当たる方法が思いつかない!

 

「はーい、終了!」

「アンタがね!」

 

 女性がナイフを構える。

 私も腰を落とし、目線の高さに銃を掲げる。

 

 撃つ、当てる!

 

 

「よくやった」

 

 

 背後から飄々とした声。

 同時に、私の肩を弾が掠めた。

 抉るように触れていった弾丸の威力で、私の体が横へと軽く弾ける。

 痛い……!!

 まずい、姿勢が崩れた……!

 

 その隙を逃がすまじと女性が飛び出して、私の腹を突き足で打擲する。

 

 立て続けに与えられる激痛に、意識が白みかけた。

 地面に倒れたところを、女性に足で踏み押さえられる。

 う、動けない……。

 

 見上げると、先刻の男が頭から出血しながらもこちらへ歩いて来ていた。

 いつの間にか周囲が照明されており、男の仲間と思われる集団の車と歓声で包囲されている。

 最悪だー……。

 

「おい、見ろよコイツ」

「ん?」

「アランのリコリスだぜ?面白いよなー」

 

 男の銃口が私へと向けられた。

 クソ、足の力が強!

 逃げ、られない。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!

 

 銃の引き金に絡められた男の指が、ゆっくりと動き出す。

 

 あ、これ、死んだ――――――

 

 

「あん?」

 

 男の視線が横へと逸れる。

 その方向から、次々と悲鳴が聴こえた。

 私も顔だけ上げて、確認する。

 

 

 

「人の嫁に何してるんだよ、足退けろ」

 

 

 

 男の仲間の一人、その頭を鷲掴みにして持ち上げているテンがそこにいた。

 片手のスタン警棒でもう一人を地面に打ち据えている。

 容赦のない一撃だった。

 明らかに骨を折る音がした気がする。

 足下で倒れた相手を足で踏み押さえて、テンは頭部を鷲掴みにしていた人物を地面に叩きつけた。

 私は、その姿に思わず唖然とする。

 テンの顔は、見た事が無いくらい怒っていた。

 

 一斉に包囲網の銃口がテンに向く。

 その内の一人が一発だけ威嚇射撃をしたが、弾丸は握り込まれた彼の掌の中に収まった。

 ゆっくり指を開くと、血と共に歪んだ銃弾が地面に落ちる。

 

「もう一度言う。――退けろ」

 

 私の上から足が退けられた。

 い、意外とすんなり聞くんだなコイツ。

 体を起こして、踏まれていた背中をさする。くぅぅ、撃たれた肩も痛い……!

 

「13番だ……!」

 

 えっ。

 女性がこぼした言葉に耳を疑う。

 13番、それはテンを示す昔の記号だ。

 どうして、それを。

 

「………本当に生きてたのか。――21番」

 

 絞り出すようなテンの声に、私の全身の熱が一気に冷めていく。

 この、人が……?

 

 

 

 

「会いたかった、13番」

 

 

 愛おしげに呼ぶ女性の表情は、どこまでも蕩けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜おまけ「あったかもしれない未来⑴」〜

 

 

 

 俺は今、車で東京から遠く離れた場所にいる。

 停めた車には、かなりの荷物を乗せていた。

 新しくしたスマホ、偽りの名義の免許証や身分証明物たち。

 はい。

 お察しの通り逃避行中です。

 

 DAとかいう組織に会社を潰された混乱に乗じて、逃げてきました。

 

 それから数年が経つ。

 クソ上司は干渉してきていない。

 死を偽装したけど、アレで本当に誤魔化せる程に甘い相手ではないだろう……と思っていたら、意外に欺けてしまっている。

 今は情報屋なんてやって日銭を稼いでいるのだが。 

 

「ここにいたんですね」

「ああ、久しぶり」

 

 俺が手を挙げると、紺色の女子制服に身を包む少女が軽く会釈する。

 彼女は井ノ上たきな。

 この国が秘密裏に運営するエージェントの一人らしい。

 肩書だけで途轍も無いな。

 

「例の倉庫街での事件ですが」

「あいよ」

 

 俺はUSBメモリを投げ渡す。

 たきなはそれを受け取って、掌の上で眺めた。

 

「相変わらず仕事が早いですね」

「そうじゃないと、今時稼げないんだよ情報屋」

「DAに転職してみては?」

「絶対に殺されるからヤダ。こうやって情報を売る事で追手の数を減らしてんだからさ」

 

 たきなはUSBメモリをポケットにしまう。

 無断駐車している車に凭れかかる俺の隣に、同じように立つ。

 それから封筒で報酬を渡された。

 JKが出せる厚みじゃないぞ、全く。

 

「実は、今回追っているテロリストの件が片付けば東京支部に転属になるんです」

「へー、おめでとうと言うべきか?」

「はい。本部行きは全リコリスの夢ですから」

「なら、俺とも今生の別れだな」

 

 そう言うと、たきなが目を見開く。

 いや、当然だろう。

 DAの目が光るのは日本中どこも同じだが、東京の警戒意識の高さは特に並外れている。拠点を転々としている俺だが、東京に潜伏先を作らないのはそれが理由だ。

 東京で一晩寝て、次の朝に起きる事があるかも不安だ。

 

「……付いて来ないんですね」

「個人契約は結んでないだろ」

「そうですね」

「東京に行っても会える確率が低いだろ」

「たしかに、東京支部となれば更に忙しいので会う事もないかもしれません」

「逆にそうなる事を祈るばかりだよ」

 

 次はコイツに殺されるかもしれないので。

 

 今思えば、たきなとの付き合いも長い。

 情報屋が軌道に乗り始めて三年目、俺の存在を嗅ぎ付けたDAが差し向けたリコリスが彼女だ。

 そこから追って逃げての戦いを繰り返し、その最中にDAとは交渉して、やっと脆い情報提供を主とした外部協力者の立場にこぎつけた。

 そこから、たきなを介してやり取りしている。

 

 しかし、仲介役のたきなが異動か。

 それの真意はつまり――俺の処分も確定した。

 早々に京都から遁走しないとな。

 

「もし東京に俺がいたら、その時は抹殺の命令だろ」

「では、私の手で」

「怖。そこは数年間の友情とかないの?」

「私たちは友人なのですか」

 

 たきなは至極真面目だ。

 冗談も通じないし、かなりドライだ。

 よく呆れられるし、はっきり言って無表情で笑顔なんて一度も見た事が無い。

 いつか見れたら、とも思ったが。

 

「なら、達者でな」

「精々殺されないように」

「変な事やらかして左遷とかされんなよ」

 

 ホンットに可愛くない。

 俺は車に乗り込んで、その場を離れた。

 

 車窓から見れば、たきなにしては珍しく、いつまでも俺の方を見ていたような気がした。

 

 

 

 

 

 半年後。

 俺は東京に来ている。

 何故かって?

 ちょっとヤバい事案に巻き込まれてリリベルに襲われてしまった。命からがら逃げ果せたものの、逆に追い詰められた感がある。

 何せ、逃げ場所が東京しかなかった。

 誘導されているかもしれない。

 

「ったく、ホントにしんどい」

 

 俺は車で墨田区の街を走っていると、喫茶店の看板を見つけた。

 喫茶『リコリコ』。

 へー。

 外装は、意外と好みだ。

 雰囲気が良さそうだし、ここで休憩していこうかな。

 

 俺は近くの駐車場に車を停めて、喫茶店へと入った。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 その先で、白髪の女の子に迎えられる。

 元気いいな。

 見ているこっちが活力を吸収されそうな勢いだ。

 

「お一人様ですね」

「はい」

「では、カウンター席にご案内しまーす!」

 

 俺は少女に案内されるまま、カウンター席に腰を下ろした。

 すぐ目の前で店長と思しき和装の男性が淹れてくれたコーヒーを啜る。………おお、これは隠れた良店を見つけてしまったか?

 中々に味わい深くて美味しい。

 これは淹れ方が上手い人の出せる味だ。

 

「お客様、今日は初来店ですよねっ?」

「ん?ああ、そうだね」

「どうです?」

「良い店だよ。世辞抜きで通いたいな」

「良ければ他も注文して下さい。先生……店長の作るお菓子も美味しいんですよ〜」

「ほう」

「それに、閉店後はボドゲ会も開催してますけどよかったら参加しません?」

「ボドゲ会?」

 

 それから少女にこの店の色んな事を聞いた。

 少し特殊で愉快なお店だが、少女が太鼓判を押した通り提供される甘味もまた絶妙である。

 

 

 こうして、俺はリコリコの常連客となった。

 

 

 

 

 リコリコに通い初めて一年。

 俺は今日も今日とて、店に足を運んだ。

 

「さあ!米岡さん、先日の雪辱を晴らしに来ましたよ!」

「あ、テンさん。いらっしゃい」

 

 看板娘こと千束が俺を迎えた。

 俺をボドゲ会でボコボコにした米岡さんは……まだ来ていないようだ。

 ふ、だが待とうじゃないか。

 東京での仕事も軌道に乗ってきたしな。

 でも、出来る情報屋として名が売れると出張が増え始めてしまうので厄介だ。

 

 俺がカウンター席に着くと、隣に千束が腰掛ける。

 

「今回は何処に行ったの?」

「新潟でちょっと商談」

「連れてってよー」

「可愛い看板娘がいなくなったらリコリコが危ないだろ。お土産はあるから、それで我慢なさい」

「はーい」

 

 千束がニヤニヤと笑う。

 褒めるとすぐ調子に乗るのがこの子の性格だ。

 ノリに乗ってる時は止められない。

 長時間相手にしないのが疲れないコツだ。

 しかも、驚いた事にコイツはリコリス。制服を見てすぐに気づいたが、それを悟られないようにしながら過ごしている。

 因みに探ってもいない。

 その動きを悟られたら即死刑だし。

 だから、この店のただの常連として接している。

 

「あっ、そういえば店に新人来たんですよ!」

「可愛い子かな?」

「目移り?」

「それで、どんな子?」

 

 俺がそう問うた時、丁度よくその新人らしき人物が店の裏側から現れた。

 黒く美しい髪に、整った顔立ちの…………あ?

 

「えっ、たきな?」

「……何でここにいるんですか」

「なんでも何も、常連客」

「東京で仕事はしないんじゃなかったんですか?」

「大人にも色々と事情があんの」

 

 相変わらず無愛想な子ですこと。

 

「たきな、知り合い?」

「ええ。京都支部の時に少し」

「あっ。もしかしてDA勤務?」

「いえ。複雑ですが、むしろ追われている方の人間です」

 

 その説明の仕方ヤバくない?

 

「えー、そんな悪い人だったのテンさん!」

「そう見える?」

「いや見え……あれ、見えてきた気がする」

「オイ」

 

 千束と談笑していると、後ろでたきなの視線がより冷たくなったのを感じた。

 いつも笑いもしないのに、そういった変化だけはする。多いのは、情報屋繋がりでたきなと会うまで女性の同業者と話し込んでいると目が怖くなる。

 

『ナンパですか、人を待たせておきながらいいご身分ですね』

『また別の女性ですね。節操がない』

『もうあの人と話さないで下さい』

 

 最後のはよく分からんけど。

 取り敢えず、たきなの中で俺は異性との関係がアウトな人間であり、女性と関わっていると直ぐに誤解を受ける。

 うーん、気難しいな。

 現在も、その例に漏れない事態だろう。

 

「なるほど、千束にもですか」

「違うって」

「驚きました。歳下でも容易に手が出るんですね」

「え、えー……」

「見損ないました」

 

 再会して早々、こうなるのか。

 俺はため息をついて、天井を見上げる。

 

「相変わらず可愛くないこって」

 

 

 

 

 

 

 




21番と千束の能力は似て非なるものです(超能力ではありません)。
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