喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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もう13番じゃない

 

 

 

 

 藤宮天side

 

 

「会いたかった、13番」

 

 その声を聞いて、喉奥から冷たい物が迫り上がる感覚を覚える。

 片手で口元を抑えて、ぐっと堪える。

 曰く付きの右手は異常な震えを来していた。

 

 銃の引き金を引くといつも思い出す。

 刹那だが、何よりも鮮明だ。

 

『ごめん、約束守れなかった』

 

 あの声が未だに耳の奥を離れない。

 涙で霞む視界と、その奥で弾けた真紅を忘れない。

 あの瞳に映った醜悪な機械の顔が記憶から消えない。

 何もかもが俺という人間の始まりを形作った物であり、最悪のスタートラインだった。

 俺は、また立たされるのか?

 

 ――殺しなさい。

 

 そうだ。

 殺したはずなのだ。

 それなのに俺を懐かしむ顔とあの双眸は何なのか。

 精巧に似せた人形なのか?

 それなら効果覿面だ、現に俺は恐怖のどん底である。

 千束を救いに現場へ急行したというのに、これ以上のアクションを起こす事に大きな躊躇いを抱いていた。

 何でだよ。

 何でだよ!!

 

 ――殺しなさい。

 

 うるさいよ。

 任務でもそう、いつも油断すると聞こえてくる。

 忌々しい幻聴だ。

 幼少期から叩き込まれた所為で、体はそういう風に出来ている。思考を捨てれば、数秒の内に傍らで死体が増えている寸法だ。

 何て忠実な機械だろう。

 でも、生憎と俺は今は奴隷だ。

 昔とは違う。

 

 違う、だから、だから。

 

「千束から……離れろ。21番」

「オッケー♪」

 

 今は、『作戦』を遂行しろ。

 

 震える喉で声を張って告げる。

 嬉しそうに21番が返答し、千束の傍を離れた。

 だが、奇妙な事にそのまま俺の方へと小走りで寄って来る。

 逃げたい、逃げたい、逃げたい。

 でも、足が根を張ったように動かない。

 嫌だ、マジで嫌だ!!

 

 至近距離に21番の顔がある。

 ダメだ、堪えている物が本当に出そうだ。

 明らかな拒絶反応を示している。コイツが生きているという事実に、俺を笑顔で見つめている事を体全体が否定したがっていた。

 実際に、助けたかった千束を考える余裕が無い。

 自分の精神を守る事で必死だ。

 

「おやおや、13番くん〜?」

「ひっ……!」

「もしかして、僕の顔が見えないのかなぁ?」

 

 反射的に顔を背けると、21番の白い手が頬に添えられた。

 柔らかく、儚い感触が伝わる。

 

 その時、限界を迎えた。

 

 俺はその場に蹲って、地面の上にぶち撒ける。

 視界がぐるぐる回っている、周囲の音も遠くなっていく感じがした。

 情けない事に、呼吸も難しくなってきた。

 ただ、俺を気遣ってか背中を擦る21番の手によって際限なく体の異常は増えていく。

 

 無理だ、死ぬ。

 

 視界が白んで、遂に意識を手放す。

 

「痛ッ!?」

 

 その瞬間に、銃声が鳴った。

 赤い粉を噴いて、21番の上体が横へ傾く。

 着弾した肩を押さえて、弾の飛んで来た方向を彼女が睨んだ。

 この状況で、その弾が撃てるヤツは一人しかいない。

 

 

「テンに触んな、変なヤツ!」

 

 

 千束がこちらに銃口を向けていた。

 即座に傍にいたあのテロリストが銃を構える腕を踏み抑えて、アイツの眉間に銃を押し当てる。

 俺の隣で21番が苦悶していた。

 さすがはゴム弾、やはり痛いよな……日頃からブチ込まれているのでよく分かります!!!!

 

 ……と、いつの間にか精神的余裕が戻ってきていた。

 

 良くか悪くか、千束の声が効いた。

 過呼吸気味だった呼吸が落ち着いていく。

 口の中に残った吐瀉物も吐き飛ばし、震える右手で拳を握る。

 戻れ、立ち直れ。

 感傷なら幾らでも後で浸れる。

 そろそろ、敵の注意を完全に引けた頃合いだろう。

 ならば『作戦』を実行し――。

 

 

「嘘。何これ、13番?」

 

 

 唐突に21番が俺の左手を持ち上げる。

 その視線は、薬指の指輪に釘付けになっていた。

 俺の『呪縛』に、何か用ですか……?

 

「これ、あそこにいるヤツがしてるのと一緒だ」

「…………」

「え?さっき、嫁、とか言ってたけど……冗談だよね?」

「……いや」

「だって、『約束』したじゃん」

 

 その言葉に胸が痛む。

 それは、俺が反故にした約束だ。

 21番を殺した事で、永久に叶わないと断じてしまった。今ここにいる彼女が本物であるかも半信半疑だが、仮に本人だとしたら確かに酷い裏切りだ。

 いや、コレ別にマジの意味の婚約じゃ無いんだけども……………。

 

 取り敢えず、今21番と会話は成立しない。

 千束を襲撃したテロリスト共々、関係を調べ直した末に改めて会えたなら、問うべき事だ。

 

 そう――今じゃない!!

 

 

「やれ!――――たきな!!」

 

 

 声を張り上げて号令をかける。

 

 すると、次々と俺たちの退路を塞いでいた包囲網の人間たちが悲鳴を上げて倒れていく。

 手足に銃弾を受けて痛みに苦悶し、混乱しているようだった。

 テロリストの男の銃もまた銃撃で弾かれる。

 え、マジで精度が半端ない。

 これが我がリコリコの誇る――大天使たきなエルのハートブレイクショット!!

 

 

 ……うん、ゲームやりすぎたな。

 何だその技名。

 

 テロリストが手元を弾かれた衝撃に体を引っ張られ、後ろに蹈鞴を踏む。

 その隙を見逃さず、千束はヤツへと発砲した。

 ほぼ至近距離の連射。

 しかし、当たらない。

 地下鉄の時のごとく、素早い身のこなしでそれを回避しながらテロリストは疾駆する。

 

 俺も参戦しようと腰を上げて、隣の21番がゆっくり立ち上がるのを見た。

 

「そっか、僕との約束は無しになったんだ」

「………?」

「じゃあ、あの女との指輪も、そもそも女も無かった事にすればいいよね?」

「ッ、やめろ!」

 

 俺の制止を振り切って21番が走り出す。

 ってか初速から早!?

 あの速度からしても、きっと近接戦でも相当な立ち回りをする筈だ。負傷している千束には分が悪いかもしれない、それは本人も理解している事だろう。

 ならば、俺は援護を――。

 

 

「人の物にベタベタ触るな!!」

 

 

 何か違う所にやる気起こしてる!?

 血気盛んな千束は、銃片手に21番へ迎撃の姿勢を取る。

 だから、こっちはオマエの救出に来たんだよ!

 

 そう――これは『作戦』。

 

 ここに来る前、たきなと合流していた俺は自らが囮になって千束から敵の注意を完全にこちらへと移動させた上で、たきなの射撃援護が通じやすく且つ千束が離脱しやすい状況を作るつもりだった。

 21番というイレギュラーで頓挫しかけたが……。

 いや、つまりね?

 千束、オマエが逃げてくれないと全部無駄なのよ!!!?

 

「千束、交戦するな!」

「――余所見か?」

「ッ!?」

 

 俺の背後に、あのテロリストがいた。

 その片手が、宙へと手榴弾を放っている。

 

「うらぁッ!!」

「おお?」

 

 俺は直上に振り上げた足で、手榴弾を上空に蹴り上げた。

 閃光が炸裂し、頭上の夜闇が一瞬だけ晴れる。

 その間も男は止まらず、俺の死角へと再度回り込んで銃を後頭部に押し付けてきた。

 まずい!?

 引き金が引かれる前に上体だけ前に倒す。

 一瞬の後に銃声が後ろで轟いた。

 あぶね、頭皮が焦げるっての!

 

 蹴り足を一歩前の地面に叩き下ろす。

 そのまま、俺はテロリストの銃を構えた腕を掴んで担ぐようにし、背負投げの予備動作に入った。

 

「相変わらず肉弾戦は強ェな!」

 

 背負投げを察知したテロリストが俺の背後から横へと移動する。

 ちっ、投げられなかった!

 ヤツは足を止めず、俺の脇腹を蹴って俺を突き放した。

 ふ、鍛えた筋肉の前にそんな打撃なぞちょっと痛いだけだわ!!!!

 

「くそ、千束……!」

「そうら、また余所見してると死ぬぞ?」

「はあ?……げっ!?」

 

 いつの間にかテロリストがかなり距離を取っていた。

 いや、それは別に良い。

 問題は、別方向から俺に向けて対戦車用の武器――ロケットランチャーを向けて来ているヤツがいる。

 コイツ、俺対策はできてるってか!?

 確かに、その威力なら俺を殺せる。

 着弾したら無事じゃ済まない!

 

 

「おらァッッ!!」

 

 

 放たれたロケット弾に対して、俺はスタン警棒を投擲する。

 回転しながら飛んだそれに着弾した。

 すると、先刻の手榴弾以上の威力で爆風が周囲一帯に拡散してしまった。

 俺も風に煽られて地面を転がる。

 で、でも何とか直撃は回避したぞ!!

 

 濛々と起爆地点で上がる爆煙で、一応は敵から姿を隠せている。

 今の内に、と俺は千束の元へと急いだ。

 

 二人の戦闘は――拮抗していた。

 ナイフを避けて、弾丸を避けて、ナイフを避けて、弾丸を避け……………何あれ。

 は、入り込めない。

 いや、それより二人とも顔が怖い。

 無言でひたすら撃ったり切ったりしている。

 

「しつこい!」

「なら13番置いてけよ」

「今は私のですぅ!」

 

 ……内容は、かなりの茶番だ。

 

「ち、千束!オマエは早く離脱しろ!」

「逃がすかよ、アランリコリス」

「オマエも大概にしろ!」

 

 千束の背後から挟撃を仕掛けようとしたテロリストの足下にゴム弾を撃つ。

 進行方向を遮るように赤い粉塵が舞う。

 舌打ちした彼を牽制するように撃ちながら走り、千束たちへの再接近を試みる。

 確かに凄まじい攻撃の応酬だ。

 入る隙間が全く無い。

 そう――怪我を避けるなら、だ。

 

 俺は視界の隅でこちらに走る一台の車を捉えた。

 アレはミズキさんが操縦している物である。

 ならば、やる事は一つだ!

 

「うおおおおおおおごばべびッッ!?」

 

 意を決して二人の間に割り込んだら、千束のゴム弾が胴体に三発も入った。

 それでも止まらない。

 21番のナイフを背中に受けつつ、千束を両腕で抱えてその場から持ち逃げした。

 

「い゛、い゛いから早く離脱じろ」

「テン、背中が……!」

「オマエの盾だ、気にすんな!」

 

 伊達に肉壁なんて呼ばれてないっての!

 体の頑丈さだけがこちとら取り柄なんでね。

 

「こっちだ、二人とも!」

「よし……店長、後は頼んだ!!」

 

 少し離れた位置で車が停まり、後部座席の扉が開く。

 中から店長が手を差し出していた。

 俺は千束をほとんど投げ入れるような形で車に突っ込み――そのまま踵を返してテロリストと21番の方へと向かう。

 

「テン!早く車に乗って!」

「たきなの乗るスペース無くなるだろ!」

「でも」

「俺は俺で離脱する!」

 

 走る途中、肩越しに後ろを見れば援護射撃を中断してたきなが車に乗り込むのが見えた。

 間もなく発進し、本格的な離脱が始まる。

 ならば――殿が全員の道と時間を作らねば!

 

 道すがらで三人を非殺傷弾で無力化しつつ、車へ向かって走るテロリストの前に回り込む。

 コイツの執念も凄まじい。

 千束と接戦を繰り広げた21番は勿論の事、コイツだって油断ならない。

 何よりも――地下鉄事件で引退できるハズだったあの子や他のリコリスの仇だ。

 

「あの子の借りを返させて貰うぞ」

「またかよ、ゴリラ!!」

「キミの相手は僕だよ、13番」

「っ」

 

 横合いからの声に、体の向きを変える。

 低く駆ける21番がすぐそこまで接近していた。

 声を聞くだけで吐き気と昔の思い出が去来する。

 まだ体は21番を否定していた。

 

 ――殺しなさい。

 

 うるさい黙れ!!

 ……スタン警棒は先刻のランチャー相殺でお釈迦になってしまっている。刃物を持った相手への対処は、当然ながら徒手空拳となりそうだ。

 弾丸が当たらないなら肉弾戦。

 千束との戦闘を見た限りでは、アイツ同様に何らかの方法で相手の次の動作を予測し動いている。

 

 ならば、俺に出来る事はただ一つだ。

 

 幸いにも21番は俺に集中している。

 後はテロリストさえ防げれば、リコリコの離脱時間が稼げる!!

 

「っ!」

「何であの子の味方するんだよ!」

 

 凄まじいナイフ捌きだった。

 正直、テロリストを抑える余裕が無い!!

 回避しようにも彼女との体格差もあって小回りも利くし素早い彼女に防戦一方の状態、精々急所をナイフから守る事で手一杯だ。

 

 その間もリコリコメンバーへの攻撃は止まない。

 

 大勢からの銃撃に車が逃げ惑っている。

 やはり、まだ手が足りないか!

 

「良いよ、13番」

「………!?」

「殺意でも、何でも良い。キミの意識が僕だけに注がれてるこの時間が、幸せ」

「やめてくれ」

 

 21番のナイフを持つ腕を掌底で叩く。

 そのまま肘の辺りを握力に任せて掴んで拘束し、彼女の腹部に向けて放つ予定の拳を固く握り込む。

 情けないことに、俺は彼女を撃てない。

 それに、怪我を覚悟で捕まえないときっと触る事すら難しい。

 実際に、ここまでで十はナイフを受けた。

 

「………」

 

 互いの動きが止まる。

 21番の腕を掴む掌が異様に熱い。

 鳥肌が立って、今すぐにでも離れたかった。

 

「顔色が悪いよ、13番」

「……もう、俺は13番じゃないんだよ……!」

「ううん。キミは僕の13番だよ、ずっと」

 

 構えた拳を、ゆっくり後ろに引き絞る。

 

「僕のこと、好き?」

 

 その質問に、応えてはならない。

 俺を人間にしてくれた子だから、答えなど一つに決まっている。

 でも、言ってはならない。

 

 

「俺は藤宮天、もう13番じゃないんだ」

 

 

 21番の鳩尾に三発叩き込む。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ……ごめんなさい。

 腹部を押さえてその場にくずおれる彼女に心の中で何度も謝罪を重ねる。

 俺の方こそ、好かれる資格なんて無いのに。

 

 暗澹とした気持ちで彼女を見下ろしていると、背後の闇で轟音がした。

 振り返ると、一台の車が火を噴いて爆発したようだった。

 そこから、ミズキさんの車が離れていくのが見える。

 

「な、なんだ……!?」

『テン、おまえも離脱しろ!』

「……了解」

 

 まだ、あの男が捕らえられていない。

 そんな煩悶を抱えながらも、俺は離脱に向けて動き出す。

 何やらテロリストの仲間たちは、海辺へと駆け寄って行く。

 意識がこちらに向いていない内に。

 

 

「行かないで」

 

 

 後ろからのか細い声に、足を止めそうになる。

 でも、振り返らず、再び速度を上げて走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、リコリコに帰還した俺は包帯グルグル巻きだった。

 隣では店長によって処置を受けている千束。

 対岸のカウンター席に酒を飲むミズキさん。

 

 そして――俺たちの間で、正座をするクルミと見下ろすたきな。

 

 えいえい!

 さあさあ、やっちまって下せぇたきなエル様!

 

 たきなが左遷された切っ掛けとなる事件に一枚噛んでいるハッカー『ウォールナット』ことクルミ様は、今回の件で遂に自らの罪を自白した。

 因果応報というか、世の中はうまく出来ている。

 

「――つまり!コイツが全部悪いってワケ」

 

 ミズキさんが愉悦たっぷりの顔で指摘する。

 はー、性格が悪い。

 でも、確かにこの人にも責める権利はあるのか……あるのか?

 千束の情報がテロリストに流出したのも、元はクルミが撮影した画像データらしい。クルミを雇ったクライアントが気になるところだが、今は目の前の問題だろう。

 

 たきなには悪いが……クルミ。

 

 オマエには超感謝しているぞ!!!!

 

 このリコリコに厄介な問題児ではなく、まあ最初は問題児っぽいのも否めないが、とても真面目な上に大天使様を降臨させてくれたんだからな!

 一生は無理だけどオマエについてくぜ!

 

「何だよ、助けてやっただろ……!」

「どーするよ?やっちまうか、たきな?」

「千束ぉ……!」

 

 千束も楽しげだった。

 肩の銃創は大丈夫だろうか。

 

「…………」

 

 一方で、被害者のたきなは始終無言だ。

 横顔がまた綺麗なこと……じゃないよな、ゲフンゲフン。

 その視線の圧力にクルミが狼狽える。

 そうだよな。

 今思えば、二人がリコリコに集合したのは運命かもしれない。

 この日の為の、である。

 

 

「……ごめん、たきな!」

 

 

 クルミがとうとう観念して床に額を付ける。

 頭を垂れる彼女を、そして沈黙するたきなの様子を俺たち三人は固唾を呑んで見守った。

 ほ、ホントにやっちまいますか?

 

 暫くすると、たきながふと微笑みをこぼす。

 

 その瞳には、殺意が無い。

 まるで、リコリコに来た時とは全く違う心の余裕と穏やかで、おそらく彼女の内面にずっと秘められたままだったであろう年相応な部分を感じさせる自然な笑みだった。

 

「あれは私の行動の結果で、クルミの所為じゃないです」

 

 その一言に、冷たく張り詰めた空気が弛緩する。

 流石はたきなエル!!

 これからも一生、推させて頂きます!!!!

 

「でも、アイツは捕まえる。――協力して貰いますよ」

 

 成長を感じる一言だった。

 クルミもぱっと顔を輝かせる。

 ふ、慈悲深い大天使……いや女神で良かったな。俺だったら墨田区周辺の川を何周も簀巻きにして流してやったよ!

 千束だったら、もっと残虐だったかもな!!

 だって地獄の大魔王様だし!

 

「早速だが、ヤツの名前が分かったぞ――『真島さーん』!」

 

 

 

 

 

 

 

 それから三々五々家に帰宅する事になった。

 俺はセーフハウス二号で寛いでいる。

 

 今日は、色々とありすぎた。

 

 9番の言う通り、21番は生きていた。

 確かに俺の手で始末したはずである。

 クソ上司の命令に従い、完遂した――でもあの子は生き延びていた。誰がどんな方法を使ったのか知らないが、いずれにせよテロリスト一団と行動を共にする以上は戦わざるを得ない。

 そういう立場になってしまった。

 

 そして、もう一つ気づいたことがある。

 21番を目の前にした瞬間から、躊躇いの他に俺を支配するモノがあった。

 それが――クソ上司の命令。

 未だに俺の中でそれが生きている。

 21番が生きているなら、任務を全うしろ、殺せ、と。

 

「………最悪だ」

 

 気分はどん底である。

 どれも今すぐには解決しない問題だ。

 なので。

 

 

 

「っしゃあ!今日からエロゲー解禁だぜ!!」

 

 

 

 まずは一つずつ処理しておこう!

 手始めに、千束にバレてしまったこのエロゲーだ!

 さっさとプレイしてさっさと売ってしまう……こうやって悩み事を解決していけば、いずれ、いずれはきっと……!!

 

『ピンポーン』

「……………………え゛」

 

 

 

 

 この後、千束にバレて半殺しにされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千束side

 

 

 テンが私に重ねる人に出会った。

 確かに似ているのは分かる。

 あの人は、テロリスト集団に加わっていたけど殺害目的のリコリスである私よりも、先にテンの方へと向かっていった。

 自分のやりたい事に正直、そして最優先。

 だからかな。

 テンが私を優先してくれるのは。

 

 そして、あの場で――21番を見た瞬間からテンは私など眼中に無かった。

 

 怯えや多大な不快感に堪えながらも、21番だけをまっすぐに見ていた。

 私じゃなくて、アイツを。

 テンに触ったあの白い手を、嫌がっているくせに振りほどかない。

 

 そっか。

 私は二の次か、って思った。

 

「あのさ、テン」

「ん?」

 

 たきなとの同棲を解消し、再びテンが私の所に帰って来た日の夜だ。

 私は彼と並んで映画を見ている。

 その横顔は、いつも通りだ。

 私がこんなにも気を揉んでいるのに冷静なのがとても腹立つ。

 

「テンにとって、21番さんって何?」

 

 私の質問に、テンは視線も向けない。

 かといって映画に集中しているワケではない。こういう時の彼は、視線は固定しただけで別の事を考えたりしているのが殆どだ。そのくせ感想会をすると、しっかり見ているかのように答えられるので粗探しも出来ないのだ。

 つくづく器用なヤツだと思う。

 これも触れられたくない話題だろう。

 それでも動じた様子が無い。

 

「答えないとダメか?」

「命令」

「…………」

 

 テンは黙り込む。

 お?一丁前に反抗ですか。

 私が横から頬を抓ったり、肩を揺すったりするとため息をついた。

 

 

「恩人だよ。掛け替えの無い人だ」

 

 

 素直な表現だな、と思った。

 私のときには、そんな風に言わないのに。

 

「じゃあ、何であんな怯えてたのさ」

「……そう見えたか?」

「めちゃくちゃビビってたよ」

「………あの子は十年以上前、俺が殺した。その筈だったのに、生きていたからだ」

「……そっか」

 

 自分の手で殺した人間と再会。

 そんな事があるんだね。

 私は生かすから報復されたりする事態が屡々あるんだけど、そのケースを体験した記憶は無い。

 そっか。

 そんなに衝撃的なんだ。

 

「初恋なんでしょ」

「多分な。あの時の俺は今ほど自己主張したり、誰かに想いを伝えたりする程に他人へ強く干渉しなかった」

「……」

「この前、会った時は?」

「え?」

「本当は、生きてて安心したんじゃない?」

「……アイツは俺にとっての過去だから。もう過ぎた事だし、アイツに恋心だとかそんな物はもう無い」

「………」

「ただ」

 

 テンがその場で頭を抱える。

 さっきまでの冷静さが嘘のようだった。

 

「それで今を壊されるんじゃないかって」

「テン」

「アイツはいつだって未来を見てた、自分の先を。『約束』だってそうだ……その未来を奪ったから、もしかしたら俺も奪われるんじゃないかって」

「テン!」

 

 私が呼びかけると、テンが止まる。

 

「だから、次会う時は殺さないと」

「ダメだよ」

「え?」

 

 テンの過去は、まだ分からない。

 先生から聞ける事は、色々と聞き出した。

 孤児として拾われて、ずっと裏で人殺しの仕事をしていた。

 本来なら常識で育まれる筈の倫理観も無かった。

 ただ、敵は殺せ。

 殺して生活を手に入れろ、と。

 

 私が口を挟めることではない。

 リコリスである私たちに似ている部分がある。

 何より、人の過去に口出しするのはその人を否定するのも同じだから、絶対にしない。

 それは前向きじゃない。

 だから、今と未来を見ないと。

 

 

「テンは今、私の奴隷なんだから!私がダメと言ったら、ダメ!」

 

 

 今は、私以外を見るのは禁止だ。

 

 テンはそれを聞くなり、こちらに振り向く。

 きょとんとした顔で、まるで何言ってんだコイツと言いたげでもある。

 ただ、その後に力が抜けたように笑った。

 

「そだな。奴隷だったわ俺」

「へへ」

「あー、過去を気にしてる場合じゃなかったわ……最悪じゃん。俺、過去どころか前途も真っ暗じゃん、現在進行で横の災厄に見舞われてるわ」

「あんだと!!?」

「はは」

 

 黒い瞳に私を映して、テンが肩を竦める。

 

「ありがとな、千束」

「よろしい」

 

 今が幸せで、過去なんて気にならない程にしてやる。

 何が出来るか分からないし、いつか私もテンの中で私も『過去』になっていくのだろう。

 ただせめて、彼の未来までは壊さないように。

 素敵な千束様になってやる!

 

 

 

「それはそれとして、あのゲームやってた事は許さんからな?」

 

 

 それを言うと、テンの顔が青白くなった。

 馬鹿者め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜おまけ「あり得たかもしれない未来⑵」〜

 

 

 

 

 俺は座敷席でたきなの労働に勤しむ姿を観察する。

 すると、視線に気付いた彼女がむすっとした顔で俺を睨んだ。

 

「追加注文なら声をかけて下さい」

「いや、注文じゃないぞ」

「ならお会計ですか」

「そんな帰って欲しいんかい」

 

 相変わらず辛辣な子だ。

 だが、この店で働く彼女は少しずつ変化している。

 まず、表情が随分と柔らかくなったものだ。

 話を聞けば、DAを左遷されたとか。

 何をしたかは調べれば良いのだろうが、そうやって自ら近付こうとすれば痕跡を残して蜂の巣にされてしまう。

 

「今日は仕事が無いんですか」

「ああ。事務所で部下を新しく雇ってさ、それが優秀なんで頑張って貰ってるよ」

「女性ですか」

「え?そうだけど」

「相変わらずですね」

「いや、そういうのじゃないから」

 

 また視線が冷たくなった。

 やっぱり変わってないか?

 俺に対する態度が未だに変化した様子が無い。相も変わらず俺の女性関連の評価は底辺なようだ。

 何ならそんな経験全く無いのにな。

 単純に暇が無かったんですけどね。

 

「えー、テンさん社内恋愛?」

「違うから。普通に上司と部下」

「というか、テンさんに事務所とかあんの?行ってみたい!」

「あー、その内に配達頼むかも。その時にな」

 

 何処からか聞きつけた千束が絡んで来る。

 

「いえ、私が行くので大丈夫です」

 

 たきなが空かさず進言した。

 ……どうやら同僚にも手を出さないかと勘繰られているらしい。

 そろそろ泣くぞ。

 

「じゃあ、頼むわ」

「えー、私にも行かせろー!」

「まあ、でもしばらくは無理だな」

「何で?」

「大きな仕事が入ったんだよ。だから、その為に方方を駆け巡らないと」

「まーた変な事したらDAに目をつけられちゃうぞ」

「もう痛い目見てるから、そんな事しないよ」

「ま!その時は千束さんがバンバン仕留めちゃるよ!」

「怖いこわい」

 

 俺は会計に向かう。

 レジ打ちをしている店長に代金を渡した。

 

「困ったら頼るといい」

「え?」

「私たちはそういう仕事もしている」

「じゃあ、その時はお願いしますよ」

 

 俺はお釣りを貰ってリコリコを出る。

 あー、暫くここには来れないな。

 

 

 

 一ヶ月経って、俺はようやくリコリコに来れた。

 くそ、三回くらいボドゲ会の勧誘メールが来ていたが全く参加できなかった。

 だが、今日こそは!

 

「いらっしゃいませ」

 

 ……ドアノブを引く前に扉が開かれた。

 たきなが顔を出して俺を迎える。

 エスパーか?何で来るタイミング分かったんだよ。

 

「忙しかったんですね。……一ヶ月も顔を出しもせず」

「お、おう」

 

 言い方が刺々しい。

 え、リコリコに来るのって義務だったっけ。

 いつの間に俺って従業員だったのか。

 

 そのまま店内へと導かれ、カウンター席にはいつの間にか俺がいつも注文していたセットが出されている。

 ……座る、しかないよな。

 ついでに、たきなには礼を言っておく。

 

「あれ、今日千束は――」

「千束が何か?」

「…………ぃぇ」

 

 怖い。

 今日のあの子、すっげー怖い。

 何があったんだ?

 

 結局、その日は始終たきなに睨まれて通うのを止めようか悩んだ。

 

 

 

 

 

 


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